52 すれ違い、姉妹
生徒会室に生徒会のメンバーが揃うと、パティスリエは目安箱に入っていた奇跡の一枚を読み上げていく。
「生徒会の皆さん、こんにちは。私は現在、とても深刻な悩みを抱えています。妹も学園に通っているのですが、学園で見かけても目を合わせてくれず、廊下ですれ違っても軽い挨拶だけです。なんだか避けられているように感じます、お姉ちゃんとても悲しいです。大好きな妹と仲良くなりたいです。……というご依頼が来ました」
「お姉ちゃんは妹さんが好きだけど、妹さんはお姉ちゃんを避けてるってことね」
「てことは投書したのは二年生か。貴族か平民か……何組のやつだ?」
「あまり詮索しない方が良いのでは。匿名の投書なんですからこちらも配慮というものをすべきです」
「まさか、お兄さま……?」
「いやー、ガレット王子ではないでしょ。まず女の子じゃないし」
新生徒会メンバーで話し合った結果、この投書主からもっと詳しい話を訊くことになった。
しかし誰が書いたものかわからず、特定するわけにもいかない。
そこでパティスリエは、校内のあちこちに「妹と仲良くなりたいお姉様」へ宛てたメッセージを残し、他の生徒にバレないよう投書主だけが気づいてくれることを祈った。
学園敷地内の教会にある匿名相談室を借り、投書した人が誘導に従って来てくれるのを待つ。
メッセージを残した放課後、早速投書主が現れた。
パティスリエは「生徒会の者」とだけ名乗り、互いに顔が見えない状態のまま一対一で相談を受ける。
投書主はまだ訊かれてもいないのに、つらつらと喋り始めた。
「私、妹に嫌われてしまったのでしょうか……。ああなんてこと、私は妹のためだけに生きてきたというのに……」
「失礼ですが、何か妹さんの嫌がることとかしてませんか?」
「え……? そ、そんなはずは……」
「家族の仲といえど、なんでも許されるわけではありません。悪意なしに妹さんを傷つけたのかもしれない。些細なことでも構いませんので、何か心当たりがあったら話してみてください」
「……手を、握りました」
「手、ですか?」
「小さい頃ですが……妹に黙って、夜分、勝手に……! ああ、私は悪い人間です、どうか裁いてください!」
「すみません、わたしにそんな権限ないです……。とにかくそれが原因ですね、悔い改めてください。そしたらきっと仲良くなれますよ」
「はい、ありがとうございます……!」
投書主こと、コンフィズリ・ノワール。
彼女は妹のガストリエに会うために学園に臨時教師として入り込んだ。
だがガストリエはパティスリエと名乗り、何故か平民として振る舞っていた。
コンフィズリは自身を「察しのいいお姉ちゃん」だと思っている。なので、学園内では妹に合わせ妹をパティスリエと呼んだ。
相談の翌日。休み時間、コンフィズリは廊下の向かい側から歩いてくるパティスリエに気づいた。
触れないように、勝手に触れないように……!
とにかくパティスリエから体を遠ざけようと、壁に張り付いた。
通り過ぎてから、パティスリエの隣を歩くシューは振り返り、疑問を呈した。
「あの先生、何してんだ……? 蝉みたいに壁にくっついて」
「さあ。夏の終わりを憂いてるのかな」
そして放課後。
相談室で報告を待っていたパティスリエは、対面部屋から聞こえる啜り泣きに心配の声をかけた。
「大丈夫ですか!? その調子だとうまくいかなかったみたいですね……」
「ううっ! うううっ! 触れないよう気をつけたのに、変なやつだと思われました……!」
「うーん、じゃあ触れた件はそこまで関係ないかもですね。他に心当たりは?」
「特には……。妹は私が嫌いなら、どうしてそうと言ってくれないのでしょうか……?」
「人の気持ちは見えないし、わからないものです。家族といえど、いや、家族だからこそ言えないこともあるんじゃないですか?」
「そういうものでしょうか?」
「一度、妹さんとじっくり話す機会を設けてみてはいかがでしょう。完全に無視されてるわけではないなら、対話には応じてくれると思いますよ」
「本当ですか……!」
「はい! わたしを信じてください! そうだ、せっかくなら妹さんが好きなお茶やお菓子を用意してみてはいかがでしょう。妹さんの好みはご存知ですか?」
「好みはわかりませんが……そうですね、妹がよく口にするものを拵えてお茶に誘ってみようと思います!」
「できるだけ笑顔で、明るく振る舞うといいですよ! では健闘をお祈りしてます!」
翌日。
コンフィズリは妹ガストリエとの記憶を思い返し、妹が好きそうなものをあらかた集めた。
そして、今日はタイミングよく一年一組のパティスリエのクラスで授業を受け持った。
授業中、パティスリエの方をチラチラ見ながらご機嫌を伺い、確信した。今ならお茶に誘えるわ……!
授業が終わると、コンフィズリはパティスリエの前に立ち塞がった。
威圧的な雰囲気に、パティスリエは身構える。
コンフィズリは頑張って口角を上げ、なるべく明るいトーンで徹夜で考えたパティスリエへの誘い文句を述べた。
「パティスリエさん……! 一緒にお薬しましょう!」
「え、嫌です」
コンフィズリの記憶のガストリエは、いつもお粥か薬を口にしていた。
薬を飲むと少し体調が良くなっていたので、妹に喜んでもらうためにコンフィズリは大量の薬を用意した。
テーブルの上にきれいに並べ、社交界感覚で気軽に摘んで服用できるように整える。
もちろん、飲み込むための水も備えてある、細やかな気配りも忘れない完璧なセッティングだった。
だが断られた。
パティスリエはコンフィズリの常軌を逸したオーラと薬という単語から毒殺を恐れ、自分でも信じられない速度で逃走したのだ。
放課後。相談室。
「話が違うじゃないですか!!」
「ま、まあまあ! 妹さんは気分が乗らなかっただけかもしれませんし!」
「今日の妹はすごく調子が良さそうでしたが……。どうして私にだけ、あんな態度を……」
「うーん、もっと前に立ち返ってみましょう」
「前……ですか」
「まず、お二人は学園に来るまでは仲が良かったんですか? わたしにはどうにも、愛情がお姉さんから妹さんへの一方通行のように思えるんです」
「わかりません……。小さい頃から妹には近づかないよう親にきつく言われてまして、近づけたのも、たまに夜中に会いに行った時だけですし……」
「そうだったんですね。あの、話を聞く限りなんですけど、そもそも妹さんはお姉さんのことを認識してないのではないでしょうか?」
「え……」
「もしかしたら、あなたを自分の姉だと気づいてないのかもしれません」
「そんな……! 私は、この世でただ一人のお姉ちゃんなのに……」
「アピールが足りないんですよ! もっと姉であることを訴えるんです! あなたがお姉さんだと気づけばきっと、妹さんもあなたに心を開くはず!」
「なるほど、確かに……! 妹が私を見る目はいつも不審者を見る時のそれでした! これからは姉であることを存分に見せびらかしていきます!」
翌日。
廊下を歩くパティスリエの三歩前を、コンフィズリは歩いた。
相手の意図が読めず目をぱちくりさせるパティスリエ。
角を曲がると、コンフィズリはわざわざパティスリエを追いかけてきて、また三歩前を歩いた。
コンフィズリは言葉でなく、行動で示した。自身がガストリエの姉であることを。
三歩前を歩くことが、彼女にとって先駆者の証だった。
「あのぉ、ノワール先生」
「はい、なんでしょう!?」
「……これは、わたしへの罰か何かでしょうか」
「えっ」
「わたし、何か悪いことしましたか……。どうすれば許していただけますか……?」
放課後。相談室。
「違うの、虐めたかったわけじゃないのに! どうしてこんなことに……」
「ご愁傷様です……。わたしにも姉がいるので妹さんの気持ちは理解できると思ってたんですけど、妹さんはなかなか難しい年頃みたいですね」
「……いえ、気づきました。私は姉である立場に驕っていたようです。無条件で妹から尊敬されるものだと思い、自惚れていたのでしょう。考えを改めました、これからは適切な距離で妹を見守っていくことにします」
「そうですか……。あなたが決めたなら、わたしは応援するだけです。いつかまた手を握れるといいですね……」
「……あの、余計なお世話かもしれませんが、少し声が疲れているように聞こえます。大丈夫ですか?」
「ああ、いえ……。個人的な話で、ちょっと困りごとがありまして」
「まあ! だったら私に話してみてください!」
「ですが……」
「私はあなたに相談させていただいたのですから、私にもあなたの力にならせてください。当然匿名性は守ります。さあ、どんなお悩みですか?」
パティスリエはコンフィズリの言葉に甘え、悩みを打ち明けた。
「最近、わたしの姉に奇行が見られるんです……」
姉妹のすれ違いはまだまだ続く。




