51 生徒会と聖女
夏休みが明けた。
町に帰省していたのは一月もないのに、再び戻ってきた学園は映る景色すべてが様変わりしたように感じた。
久しぶりにパティスリエのお菓子食べたけど美味しかったな……。またしばらく食べられないのか……。
懐かしさを少しばかり背負い、わたしたちは登校する。
「おいパティスリエ、そっちは正門だぞ」
「わかってるよ。今日からはこっちから登校しよう」
学園の伝統とかなんとか、貴族だけが跨ぐことを許される正門を、わたしたちは踏みつけにした。
周りの貴族たちが何やら騒めいているが関係ない。
学園は変わった。……いや、わたしが変えていく!
古き悪しき伝統はすべて取り払ってしまおう。
この、新生徒会長パティスリエが!
「パティスリエ、新生徒会長就任おめでとう!」
「ありがとう! シャルロットもよろしくね」
「うん、私にできることならなんでもやる!」
新生徒会長最初の仕事は、役員決めだった。
わたしは生徒会長選挙で補佐としてお世話になった三人を頼った。
シャルロットには生徒会広報をお願いすることにした。
有名人で顔が広いので、なんかこう、上手い感じに生徒会の良さを発信してくれると期待している。
わたしが頼むと、シャルロットは喜んで引き受けてくれた。
「クレープちゃんは副会長! よろしくね」
「わ、私がそんな責任ある立場を……。はい、よろしくお願いします」
クレープちゃんは生徒会副会長。実質No.2。
正直わたしよりも会長に相応しいとは思うが、わたしが選挙に勝ったのに会長職を降りたら投票してくれたみんなに申し訳が立たない。
なので、クレープちゃんの頭脳はわたしの側で遺憾なく発揮してもらおう。
「シューには書記を任せるね。字きれいだし」
「字ならお前の方が……、まあいい。よろしくな」
シューには生徒会書記を任せた。
計算は苦手らしいので、生徒会会計は他の人にお願いしよう。
だが、わたしには頼れる生徒がいなかった。
選挙補佐で頑張ってくれたプロフィトロールは残念ながら生徒じゃないし。
それに、彼女はいたりいなかったりの気分屋だ。毎日生徒会の仕事を任せるのはかなり不安だった。
他に誰がいるだろう?
候補としては、王子……は中立マンらしいから権力には属さないか。めんどくさい気質。
わたしに投票してくれた人の中から募集するか? いや、もっとちゃんと選びたいな。
やる気と熱意があって、かつ会計能力のある人……。
「あっ! 前生徒会の会計ってショコラちゃんだよね。誘ってくる!」
「待て待て! そいつは敵だろ」
「でもシューの出張パティスリーに来てくれてたよ」
「敵味方以前に前生徒会メンバーは皆今年で卒業です。在任期間を考えると一年から選ぶべきです」
「んー、ダメかー。かわいいんだけどな……」
一瞬、シャルロットの髪が逆立った気がした。きっと見間違いだと思い込もう。
悩めるわたしたちの前に、かわいらしい女の子が顔を覗かせた。
「あ、フェーヴちゃん!」
「うい」
「……こいつ誰だっけ」
「フェーヴ・デ・ロワ。ガレット王子の妹君です、無礼な言葉遣いは謹んでください」
フェーヴちゃんはまたしても一切れの紙を手に握っていた。
差し出されたので読んでみる。
「ガレット王子からだ」
「なんて書いてあるの?」
「えー……『フェーヴを生徒会に推薦する』、だそうです」
わたしたちは一斉に、フェーヴちゃんに視線を向けた。
フェーヴちゃんは真顔のままピースしている。
「フェーヴちゃん、まだ会計の席が空いてるけど……やる?」
「うい。5までならいける」
ピースがパーに変わっていた。
何がいけるのかは知らないが、とにかく生徒会会計はフェーヴちゃんに任せることになった。
さて、これで新生徒会発足!
わたしたちでこの学園を変えていこう! はいドーン!
「パティスリエ、それは?」
「目安箱! 生徒のみんなから生徒会への要望をここに入れてもらって、より良い学園になるよう改革していくの!」
「すごい! 流石パティスリエ!」
「でも大丈夫か? 貴族のやつら無茶なこと書いてきそうだけど」
「そう言う平民こそこの国の社会構造すら理解せず自身の私利私欲ばかり書き連ねるのではないですか?」
「あ? 何が言いたいんだ」
「ま、まあまあ! 無理難題は無理なんだい、ってことでなんでも叶えるわけじゃないからご安心を!」
何故かバチバチしているシューとクレープちゃんを宥め、わたしは生徒会最初の政策を打ち出した。
名づけて、「友達100人政策」!
読んで字のごとく、学園みんな友達になろうという平和的な取り組みで、決してわたしの私利私欲が混ざっているわけではない。
……まあ、スキルクラフトの件で教会と争う時に仲間が欲しいのは事実だが、本当に心の底から協力してくれる人じゃないと裏切られるかもしれない。
だからこそ、みんなと仲良くなりお互いをよく知り、仲間になってくれる人を探すんだ。
とはいえ、本当に生徒全員と仲良くなれるとは思っていない。
カヌレ・ド・ボルドー……。あの邪智暴虐の前生徒会長だけはいまだに許してない。
きっと目安箱に「自害しろ」とか書いてくるんだろうな。
いや、あいつの場合、わたしが用意したものを使うのは避けるか。「虫ケラが感染る」とか言って。そういう奴だ。
……なんでよりにもよってカヌレの解像度だけ上がっていくんだろう。
先生に呼び出されたわたしは一人で職員室に向かっていた。
こういう時に限って王子とかカヌレとか会いたくない人がぬっと出てくるんだよなー……。
どうか、災いをもたらすタイプの人には会いませんように!
「あなたが生徒会長さんですか」
「え……。はい、今日から会長になったパティスリエです」
廊下で出会ったその生徒は、わたしの知らない子だった。
え、嘘。あれだけ全生徒の顔と名前を覚えたのに全然出てこない……!
仕方ない、思い出すのは諦めよう。
「えーっと、ごめんなさい。名前が出てこなくて……あなた、お名前は?」
「今日から転入してきました、ゴーフル・ボーテと申します」
転入生か! そりゃそうだ、顔も名前も知らないわけだ!
でもこの学園、途中転入なんてあったのか? 試験は年一だったはず……。
ああそうか、貴族だからその辺融通が効くのか。
ゴーフル・ボーテちゃんね、よし覚えた。ボーテ家のご令嬢ね……。
「……あれ、もしかしてあなたのお父様って、クラクラン伯爵?!」
「ええ。父をご存知でしたか」
「う、うん、名前だけはね……」
クラクラン・ボーテ。かつて教会から追われた時にお父様が頼るよう言っていた伯爵だ。
そのご令嬢かあ……。うーん、ガストリエのこと知ってそうだしあまり関わりたくない……!
でもガストリエの顔は知られてないか……? じゃあ大丈夫なのかな。
わたしはゴーフルちゃんと握手を交わし、今後とも仲良くしていけるよう交友を深めた。
そういえば、先生からの呼び出しって転入生の案内の件だったのかな。
確認のため、職員室の扉を三回ノックする。中から声が聞こえた。
わたしが扉を開くと、中にはわたしの記憶を呼び覚ます麗しき黒髪の淑女の姿が見えた。
「パティスリエさん。こちら、本日から臨時教師で赴任されましたノワールさんです」
先生に紹介されるまでもなく、わたしはその人を知っている……。
いや、これはわたしではなく、ガストリエの記憶だ……。
まだ前世の記憶が戻る前、ガストリエちゃんの髪がきれいな黒だった時の記憶……。
緊張したわたしは、屋敷にいた頃以来となる挨拶をぶちかました。
「新生徒会長の、パティスリエと申します」
「これはこれはご丁寧に。初めまして、私の名はコンフィズリ・ノワール。以後お見知り置きを」
コンフィズリ・ノワール。
ガストリエちゃんの、お姉ちゃんだ。
わたしにこの人の記憶はないし、ガストリエちゃんの記憶にもあまり残っていない。
それでも、遠巻きにガストリエちゃんを睨みつける悪魔の形相は目に焼きついている。忘れることなどできない。
姉はガストリエちゃんとはろくに関わらず、いつも冷たい態度だった。
人間味がなく、現実味がない。頭から垂れ下がる艶やかな黒髪も、陶器か何かのように思えた。
そういえば、前にダリオルがなんか言ってたっけ。
夏休み明けに新しい先生が来るとかなんとか……それがこれか!
わたしはガストリエちゃんの姉と、うまく目を合わせられなかった。
幸いなことにわたしがガストリエとは気づいてないらしい。初対面だと思っているみたいだ。
どこまでも冷たく、妹の顔すらわからない非道な人なようだ。
とはいえこの人はガストリエちゃんの姉だ。気づいてほしかったな……。
「パティスリエさんたち新生徒会のお披露目の際に、ノワール先生のご紹介も兼ねたいのですがよろしいですか?」
「はい、わたしの方は構いませんが……」
「ではお願いします。ノワール先生もよろしいですか?」
「承知しました。……パティスリエさん、よろしく」
「よ、よろしくお願いします……」
差し出された手を、わたしは掴めなかった。
なんでだろう……。ないはずの記憶が脳裏によぎった。
その後、新生徒会からの挨拶を聞きに生徒たちが校庭に集まった。
人前に立つ緊張の中、壇上に上がった各メンバーは、それぞれこの学園を良くしていくことを訴えた。
みんな、わたしに巻き込まれる形で選挙を手伝い、生徒会に入ってくれたけど、わたしが思っている以上にしっかりしていた。
うん、このメンバーなら一緒に戦えそうだ!
生徒会の挨拶が終わると、臨時教師の挨拶に移る。
校庭に出てからここまで、コンフィズリさんは一度もわたしと目線を合わせてくれなかった。
この人は昔からガストリエちゃんのことを嫌っていた。
そしてわたしがガストリエちゃんとは気づかずとも、わたしのことも嫌っているのだろう。
……まあいいか。嫌われるのはこの学園で慣れた。
今後、この人と関わっていくこともほとんどないだろうし、別に関係改善なんて考える必要もないか。
お手本のようなきれいな言葉遣いで挨拶を済ませたコンフィズリさん。
しかし、何故かずっと壇上から降りようとせず、生徒たちを見回し誰かを探している。
「えー、名前なんだっけ……カヌレ・ナントカ! 出てきなさい」
「ノワール先生……? 一体何を……」
「いないの? じゃあ誰か転移魔法で連れてきてちょうだい!」
コンフィズリさんは胸の前で両手を合わせ、ぽんと打ち鳴らす。
すると、彼女を中心に魔力旋風が吹き荒れた。
魔力に当てられた平民生徒の何人かはその場にうずくまってしまう。貴族でもふらつくほどの魔力が発せられていた。
一方わたしは、自身の魔力量が回復していくのを感じ、ちょっと健康になった。
ありがたやー。周囲に迷惑かけないなら毎日手を打ってほしいものだ。
混乱の最中、誰かが転移魔法を叫んだ。
校庭に前生徒会長カヌレが姿を現す。周囲が項垂れていたのでカヌレ一人が直立し、事態を理解できずにいた。
コンフィズリさんは何を唱えたかはわからないが魔法を使い、一瞬でカヌレとの距離を縮めた。
「あなたがカヌレ・ナントカね。私の愛するガストリエを随分と虐めてくれたそうじゃない……!」
「な、なんだ貴様……! このカヌレ・ド・ボルドーを何者と心得る! 私に傷をつければ、ド・ボルドーの家が黙って──」
「ド・ボルドーかなにか存じませんが、あなたのお兄さんなら学生時代たくさん可愛がってあげました。そういえば兄もカヌレ・ド・ボルドーでしたね。ちょっと触れただけで白目を剥いて泡を吹いてました、どうやらあなたの兄は蟹になりたかったみたいですね」
「おい、近づくな……! やめ、ろ…………」
「ふふっ、私は教師……。あなたが何者だろうと、平等に接します。ふふふ……」
ここからでは何を話しているかは聞こえなかった。
が、コンフィズリさんが去った後、怯えるカヌレだけがその場に残された。
ありがたやー。カヌレなら毎日脅してくれて構いません、好きにやってください。
そんなこんなで、新学期が始まり一週間。
わたしはコンフィズリさんとは関わらないように心がけ、ゴーフルちゃんに正体がバレないよう平民のふりを続けた。
日々見窄らしく痩せていくカヌレを観察しながら、我々生徒会はまったく引き継ぎのされていない業務を覚えていくところから始めていった。
目安箱は、設置当初は面白がって投書で溢れかえったが、蓋を開けてみれば「休日を増やして」「公爵と結婚させて」「一流シェフを呼んで」など無理難題ばかり。
そしてみんな飽きたのか、投書はついに途絶えてしまった。
思ってたようにはいかないな……。
この日も、どうせ空なんだろうなと思いつつ、生徒会室に一番に来たわたしはルーティンで目安箱を振ってみた。
あれ、音がする……!?
中を覗くと、投書が一枚だけ入っていた。
わたしはうきうきで、その一枚だけの投書を丁重に取り出し、開いていく。
そこにはきれいな字でこう書かれていた。
『大好きな妹と仲良くなりたいです。』




