5 はじめての社交界
木々を彩る鳥たちの囀りが、朝を連れてきた。
「晴れやかな日だ……!」
「おはようございます、お嬢様。朝から元気ですね」
「当然! だって今日は──」
待ちに待ち侘びた社交界の日……!
先日、お母様が社交界への参加を許してくれた。遠出は心配だからとノワール邸で開催してくださるとのことで、ここ数日、屋敷はてんやわんやの大騒ぎだ。
ノワール邸で社交界を開くのは久方ぶりらしい。
「料理の配給お願い! 菓子は足りないからもっと作って!」
「えー? でも皆さんどうせ大して食べないんじゃ……」
「どうせ大して食べないけど作っておくのよ! もてなしが貧相だとノワール家の沽券に関わるでしょ」
当日ともなればみんな慌ただしくあっちこっち行き来し、至る所から声が聞こえる。この空気感が学園祭のようでわたしはテンション上がりまくっていた。
一方、わたしの隣で青冷めているお母様。ぶつぶつと何かを唱えている様子。
「準備は万全かしら……。いえ、使用人たちが頑張ってくれているし問題ないはず……。でも不測の事態だって……」
「大丈夫です、お母様。社交界のお作法はたくさん学びましたし、なによりお母様仕込みの挨拶は上手にできるようになりました。きっとうまくいきます」
わたしは白いひらひらのドレスで挨拶を披露し、にっこり微笑んだ。するとお母様は力強く頷き、拳を握り締め前を向いた。すごい覚悟だ。
正直な話、わたしにとっては楽しいパーティーくらいのテンションだったが、お母様は今にも戦場へ駆け出しそうな勢いだった。
侯爵夫人という立場は考えることや気を配ることも多いのだろう。その気苦労は計り知れないが、ガストリエちゃんのかわいさでなんとか癒されて欲しいものだ。
にわかに会場の方が騒がしくなる。来客の到着だ。緊張とわくわくを携え、わたしは小さな一歩を踏み出した。
いざ始まってしまうとなんてことはなかった。
貴族やお歴々に挨拶回りするのは疲れたが、多少の失敗はガストリエちゃんスマイルで誤魔化せることに気づくと後は流れ作業だった。かわいいは正義。
ノワール侯爵の令嬢は屋敷からも出られないほど病弱、という話は界隈では有名らしく、わたしの拙い挨拶やそもそも立って歩いていることにすら感動されてしまった。
調子に乗って小躍りを披露すると陽気なおじさまおばさまたちが乱入してきたりして、終始和やかなムードで社交界は進行していた。お母様もずっとひやひやしながら、わたしを見守ってくれていた。
一通り挨拶を済ますと、わたしは会場から少し離れたところで休ませてもらうことにした。
庭の端にある木陰に入り、まだ口の中に残る甘い香りを味わう。普段の食事も十二分に豪勢だと思っていたが、社交界ではまた一段と力の入った料理が目白押しだ。
特にチョコレートは希少なのだろう。貴族の集まる場でもないと目にする機会がない贅沢品なので満足するまで頬張った。これなら毎日が社交界でもいいな。
なんて無茶なことを考えていると、草むらの方から物音が聞こえてきた。覗いてみると、お花の帽子を被り赤のドレスに身を包んだ女の子が一人で何やら話している。
他に誰かいるのかと思ったが人影はない。なんだ、この子も心にイマジナリーを飼っているのか。
そっとしておこうと思いわたしが踵を返すと、足元の木の枝が小気味のいい音を立てた。
「だ、だれ……!?」
「わっ、ごめん! 決して覗いてたわけじゃなくて……」
わたしが弁明を捲し立てていると、振り返った少女と視線がぶつかる。
ぽんぽんぽん。脳細胞がポップコーンになり弾けだす。
第一印象は「かっっっっっっっわ!!!」だった。
赤い薔薇のドレスを着ていたのは少し大人しめの少女で、日の当たらない影の中でもなお輝く金糸の髪は優雅さと上品さを演出している。
強張った表情からも素材の美しさを感じさせ、吸い込まれそうな青い瞳からは目が離せない。
もしわたしが手鏡を見る前にこの子と会っていたら、確実に最推しになっていた。でも今はガストリエちゃんが最推しだよ? ほんとだよ!
「あ、あのぅ……。そんなに見られたら、は、恥ずかしいです……」
「うがっ」
脳細胞が小麦粉になり粉塵爆発(?)を起こす。
な、ななな……なんてかわいい生物なんだ……!
恥ずかしいのか顔を背けてしまったが、お耳まで真っ赤で今すぐ抱きしめて家に持って帰りたかった。ここが家だけど。
興奮する脳を僅かに残っていた理性により鎮火し、我に返ったわたしは至って冷静に話しかける。
「どうかしたの? もしかしてあなたも気分が悪くなった?」
「え、あの、えっと……。私、小鳥さんとお話していたんです」
金髪の少女は顔を上げると、ちぃ、ちぃと鳴く。すると、一羽の青い鳥が彼女の指に止まった。
動物に好かれる系美少女……だと……!?
どの動物になれば彼女の膝の上でなでなでしてもらえるか真剣に考察してみるが、それ以前に彼女の名前すら知らないことを思い出し、背中越しに問いかける。
「ねえ、あなたの名前は?」
「え、えっと……。私、シャルロット・アムール……」
「私はガストリエ・ノワール。へー、シャルロットちゃんかー。かわいい名前だねぇ、ぐへ……」
「う、うん……」
目は合っていないが不思議と会話が成立した。
あれ? てっきり青い小鳥さんとお話してるのかと思ったけど、もしやわたしと会話してくれている……?
シャルロットちゃんはほとんど背を向けてしまっているが、コミュニケーションの意思は感じた。よかった、わたしの気持ち悪さが出て嫌われたのかと思った。
「あの、ガストリエって……病弱なのに、すごいですね……」
「シャルロットちゃんも知ってたんだ! そうそう、私があの病弱な侯爵令嬢ガストリエ・ノワールですわー!」
小指を立てた手を口に添え、お嬢様笑いをしてみると、シャルロットちゃんが少し笑ってくれた気がした。人生で五本の指に入るぐらいうれしい。孫の代まで語り継ごう。
この世界で初めて会った同年代の女の子相手につい浮かれていたわたしだったが、ある重要なことに気づいてしまう。
この子、シャルロット・アムールって言ったよね……? つまり、アムール公爵家のご令嬢……。
侯爵と公爵では、アムール家の方が身分的には上……! それなのに不敬な言葉遣いや態度の数々……あああ!!
メイド長から教わった礼儀作法を破ってしまい滝のように汗が流れる。ひぃ、またスパルタ指導が……!
「うわあああごめん、いやすみません! さっきから公爵令嬢に無礼な態度を……! 今後はシャルロット様とお呼びさせていただきますね」
「えっ! あ、いや、その……」
シャルロットちゃんはこちらに向き直ろうとし、やっぱり恥ずかしくなって顔を背け帽子を深く被り、青い鳥に向かって話し出す。
「……うう、わ、私……仲のいい人が、いなくて……。そ、その、普通に話してくれたら、うれしいな……なんて。お友達、みたいで……」
「そういうことなら遠慮なく。実はわたしもこっちの世界に友達いなくてさ、シャルロットちゃんが友達になってくれてうれしい!」
「え、え……? わ、私たち……友達……?」
「ん? そういう話でしょ? これからは友達だね、シャルロット! よろしく!」
「〜〜〜! よよよよろしくぅ!! …………と、友達……! 友達……かあ……へへ、友達……」
わたしが手を差し出すと、シャルロットちゃんはまごまごしながら手を伸ばし、友情の握手を交わした。青い鳥は祝福の歌を奏で、どこかに飛んでいった。
まだシャルロットちゃんとはあまり目が合わない。まあわたしが舐め回すように見ているのがバレないので逆にありがたい。
わたしたち二人はとても相性がよさそう。きっとわたしがいなくてもガストリエちゃんならこの子と仲良くなっていたと思う。微笑ましい限りだ。
カプというものに興味はなかったわたしだが、この二人なら推せるかわいさだ。末永く仲良くしていきたい。
カプ名を「ガスシャル」にするか「シャルガス」にするか悩んでいると、会場の方から素敵な奥様と執事の姿が見えた。
「あら、シャルロットちゃん〜。こんな所にいたのね」
「お母様……!」
「もー、挨拶もせずどこに行ったかと思ったら……あらあら? ガストリエちゃんと一緒だったのね。もうお友達にはなれた?」
「はい! シャルロットちゃんとは一生涯、おばあちゃんになっても仲良くさせてもらいます」
「あらあらあら! シャルロットちゃん、今日は同い年のガストリエちゃんに会えるから絶対仲良くなるって意気込んでお話の練習もたくさんしていたものね! 本当によかったわ〜」
「お、お母様……! あぅ……!!」
裏話をバラされ、赤い薔薇のドレスよりも赤く染まるシャルロットちゃん。かわいい顔を帽子で隠してしまう。
えええ〜〜〜……! そんなにわたしと仲良くなりたかったの〜!? もう……愛……。
ただ、今にも泣きそうになっているシャルロットちゃんが可哀想なので友達のわたしが救いの手を伸ばそう。
「アムール公爵夫人。シャルロットちゃんが火を吹いてしまいそうなのでそろそろご勘弁を」
「あら、それは大変。ごめんなさいね〜、シャルロット」
「いえ……。私は大丈夫です……」
「あ、それとガストリエちゃん。わたしとの間柄なんだから、これからはミルフィーユって呼んでね。それじゃシャルロットちゃん、ご挨拶に戻りましょう」
「はい……。ま、またね、ガストリエ」
「うん、またね!」
そのままシャルロットちゃんは社交界会場の方へ連れられていった。
大きく手を振って見送ってから、わたしは先程湧いた疑問をダリオルにぶつけてみた。
「ねえ、ミルフィーユ様と私ってどういう関係?」
「おや? スフレ様とともに挨拶なさっていたのでは」
「特に何も教えてくれなかったのよねー。あ、ただミルフィーユ様と話している間、お母様が頭を痛そうにしていたわ」
「……それが答えかもしれませんね」
結局正解は得られなかったが、なんとなくミルフィーユ様とわたしは同じ匂いがしていた。
それからしばらくダリオルと駄弁りながら過ごし、十分に休んだのでわたしも会場へ戻ることにした。
今頃お母様は一人きりで真っ青になっているかもしれない。ガストリエちゃんスマイルで癒やしてあげなくては。
社交界会場に戻ろうとすると、青冷めたお母様が口を押さえ、空を見上げていた。
悲鳴混じりの騒めきがあちこちから湧き立つ。
わたしも上を見ると、そこにはひらひらと空に浮かぶ赤い一輪の薔薇──シャルロットちゃんの姿があった。
「なにこれ……こわい……! 助けて…………」
「シャルロットちゃん!」




