49 勝利の価値
七日目。ついに投票当日を迎えた。
学園内の教会で礼拝を終えると、生徒たちの波が中庭に押し寄せてきた。
ここ数日空き時間を見つけてはせっせと作っておいた投票箱に、皆は学園の未来を託す。
投票前に生徒名簿と照らし合わせ、二重投票がないよう入念に確認していく。
投票期間は夕方まであったが、正午を回る頃には投票権を持つ全生徒の投票が終わった。
待っても仕方ないと判断され、開票作業が始まる。
「みんな、ここまでわたしについてきてくれてありがとう! どんな結果になろうとも、みんなの頑張りは無駄じゃないから!」
「もう、何回目ですかそれ。聞き飽きましたよ」
「大丈夫。パティスリエなら勝てるよ、きっと」
「……だな」
「シュー……?」
「ああ、いや、なんでもない。そういや結局、プロフィトロールのやつは来なかったな。代わりに黒猫がいたけどなんだったんだ、あれ」
未だにプロフィトロールの正体に気が付かないシューはさておき、わたしたちは健闘を讃え合い、結果を待った。
全校生徒141人、うち立候補者を除いた139人が投票権を持つ。
ガレット王子が棄権を宣言しているので、正確には138人が投票に参加した。
投票率100%。素晴らしい学園です。
修道女のお姉様方が一枚一枚と票を開く。
パティスリエへの票は線一本で、カヌレへの票は貴族票しかないため線五本で数えられていった。
開票が終わり、投票結果が出る。
緊張が走る。
「現生徒会長の得票数、115票。パティスリエの得票数、……115票」
「えっ」
同数? いやいや、そんなわけがない。
みんな投票してくれたんだ。それで、カヌレへの貴族23人分の115票。
つまり、残り116人の票はわたしに入っているはずだから、116票にならないわけが──。
……はっ! そういえばこのシミュレーションって、王子が棄権宣言する前のものだった!
ってことは、王子の票を抜きにしたら……同数になっちゃうんだ!
探せ! 今すぐ王子に投票させるんだ!
辺りを見回したが、周囲を囲む観衆に王子の姿はなかった。
取り巻きたちに囲まれたカヌレは腕を組み、選挙の行く末を黙って見届けている。
「えっと……。どうします?」
「引き分け、になるのかな。どちらも勝ち?」
「いやいや二人で生徒会長やっていくつもりですか、無理ですよ。どうにかして決めないと」
「だよねぇ。どうしたものか、いっそじゃんけんで……」
「待って」
人で賑わう中庭に降り立ったのは、日傘を持った少女だった。
フェーヴ・デ・ロワ。ガレット王子の妹さんだ。
彼女は観衆も気にせず突き進み、まっすぐ投票所へやってきた。
その小さな手には、投票用紙が握られている。
「わたしも、投票する」
「あれ、全校生徒の投票は済んでいたのでは……」
「あ、そっか! ガレット王子は投票を棄権したけど、フェーヴちゃんは棄権してないから投票権あるんだ!」
「だ、誰に入れるんだ……?」
フェーヴちゃんは手に持っていた紙を修道女のお姉様方に渡した。
その紙が今、開かれる。
わたしがフェーヴちゃんを見ると、目が合った。
彼女はにやり、と悪い顔を浮かべた。
「……パティスリエ! パティスリエに一票入ります!」
「115票と116票! よって、パティスリエが新生徒会長に決まりました!」
緊張が解け、中庭に歓喜の雄叫びが轟いた。
勝った……? わたしが? 会長に……?
「パティスリエ……! おめでとう!」
「すごいです! あの会長に勝ったんですよ!」
「よくやったな、パティスリエ!」
「大勝利ですの〜!」
シャルロット、クレープちゃん、シュー、他にもわたしを応援してくれていたみんなが一斉に祝辞をぶつけてくる。
なんだか実感がなくてうまく飲み込めないが……。
とにかく、勝ったんだ!
わたしは、あの憎きカヌレを倒したんだ!!
選挙に勝ったわたしは真っ先にカヌレに謝罪を求めた。
しかし中庭のどこにもカヌレの姿はなかった。
一瞬、カヌレと一緒にいたショコラちゃんが校舎に入っていくのが見えた。
わたしは祝勝ムードを抜け出し、急いで後を追いかけた。
「待ってください! カヌレ・ド・ボルドー!」
「……貴様か」
学園の長廊下を闊歩するカヌレと元役員たち。
怒鳴り込むわたしをムースが妨げようとするが、カヌレは片手でムースを制した。
マントをひらりと翻し、こちらに向かってくる。
「会長の座は貴様に譲ってやろう。感謝しろ」
「はあ……? いや、そんなことよりも、約束!」
「約束?」
「そうですよ! まさか忘れたなんて言わせませんからね!?」
わたしを追いかけてきたのか、後ろからシューやシャルロットの声が聞こえてきた。
他にもよくわからずついてきた野次馬で廊下に人が密集する。
「……謝ってください」
「謝る、だと?」
「約束しましたよね、この選挙でわたしが勝ったら、あなたには謝ってもらうって」
「ああ、そんな約束もしたな。……で?」
は……?
何を言っているんだ、こいつは。
「この私が、一体誰に謝るというのだ」
「これまであなたが虐げてきた人、全員にですよ。不夜城でいじめきた人たちに、会長として理不尽な目に遭わせた人たちに、謝ってください!」
凄むわたしを見て、カヌレはへらへらと笑っていた。
自分の顔は見れないが、きっとひどいものだろう。ガストリエちゃんにこんな顔をさせてしまい申し訳なかった。
それでもわたしは、この男に謝罪させないと気が済まないんだ。
「わからんな。何故私が謝らなくてはならない?」
「あなたはわたしに負け、会長職を追われた。あなたがやってきた悪事を清算する時が来たんですよ」
「知らんな。私は常に正しい、そうだろう? 私が一体どんな悪事を働いたというのだ?」
「不夜城……! シューとの決闘が終わっても、あなたはシューを甚振り続けた! あの件、まだ謝罪してませんよね」
「だからなんだ? 強者が正義を執行した、それだけだ」
「あなたの理屈はどうでもいい! とにかく謝ってください! あなたに傷つけられた人たちに! 苦しめられた人たちに! ……シューに!」
「まったくしつこい奴だな。貴族相手ならまだしも、虫ケラ相手に謝る必要がどこにある?」
全身の力が抜け、よろめきそうになる。
よく理解した。この男が頭を下げることは決してないのだ。
わたしとの約束も簡単に反故にしてしまう。自分が絶対だと思い上がっている。
これ以上、何を言っても無駄だった。
だけどわたしは……。
「…………れ」
「なんだ? 何か言ったか」
「謝れ、って言ったんですよ……!」
手を握り締め、歯を食いしばり、カヌレを射殺すつもりで鋭い眼光を飛ばした。
「謝れ! 謝れ! みんなに、今すぐ謝れ! シューに……謝れっ!!」
悔しさが込み上げてくる。目頭が熱くなってきた。
ダメだ。絶対に泣くな。
わたしは強くならなくちゃいけないんだ。
ここで泣いたら、一生こいつに勝てなくなる。
わたしは吐き出すように心のうちを叫ぶ。
「謝れっ……! 謝れ、謝れぇ…………あやまれ……!!」
「……あまり調子に乗るなよ、虫ケラ」
カヌレは「剣製」と呟き、剣をわたしに突き出す。
周囲にどよめきが湧き立つ。わたしの名を叫ぶ者と、カヌレの名を叫ぶ者がいた。
わたしは引かなかった。喉元に鉄の冷たさを感じたが、決してカヌレから視線を離さなかった。
もしここで殺されても、一生こいつの記憶に残るよう、最後の最後まで睨みつけて死んでやる。
「謝れっ!! カヌレ!!」
青筋を立てたカヌレが、わたしの首を斬ろうと剣を振るう。
凶刃からわたしを守ってくれたのは、あの人の剣だった。
「──愚かしいぞ、カヌレ・ド・ボルドー」
「王子……!」
「が、ガレット第三王子……!?」
カヌレは咄嗟に身を引き、不敬の剣を納めた。
王子は一度振り返ってわたしの安全を確認してから、カヌレの方に向き直った。
「私は、自分の力を正しく知っている。白い物でも私が黒と言えば黒になる、誰もが私に従ってしまう。私の言動は強い影響力を持つ、故に私情で動くことは避けてきた」
剣を納める素振りも見せず、カヌレへと歩を進める。
王子の言葉に、その場の誰もが聞き入った。
「しかし、だ。パティスリエに剣を向けた貴様を、看過することはできない。これは個人的感情ではなく、客観的判断によるものだ」
「な、何故ですか……!? 何故、たかが平民のためにそこまで……。王子は、どちらの味方なのですか!!」
「私は常に、正しい者の味方だ」
見えなかった。
瞬きする間に、王子の剣はカヌレの首の横に添えられていた。
「私はいつでも貴様を処刑できるということを肝に銘じておけ」
「ぐっ……うぐぐぅぅ……!」
カヌレは居た堪れなくなり、マントを翻し早足で正門の方へ抜けていった。
元役員の四人も慌ててその後をついていく。
改めて、極悪生徒会長カヌレを討ち倒したわたしを、生徒のみんなは囃し立てた。
「おめでとう、新生徒会長」
王子はそれだけ言い残し、去ってしまった。
助けてくれたお礼をしたかったんだけど……。今度プロフィトロール(お菓子の方)でも送るか。
廊下に人がごった返してきた。みんなパーティよろしく羽目を外してはしゃいでしまっている。君たちちょっと浮かれすぎじゃないかな。
シャルロットとクレープちゃんがわたしに抱きついて喜びを爆発させていた。わたしも抱き締めると、いいにおいがした。
わたしを中心に盛り上がる輪の中に、シューはいなかった。
少し離れたところからわたしを見ているのが見えた。
その目は、どこか悲しそうだった。
そしてシューは何も言わず、廊下の奥へ消えていった。
その夜、わたしはシューの部屋にかち込んだ。
左右の拳を交互に打ち、扉に16ビートを刻み込む。
「ああもう、なんなんだよさっきから……って、パティスリエ?!」
「シュー、やっほ! 夜中にごめんね、入っていい?」
「はあ!? いや、待て、まだ何も言ってないのに入ってんじゃねーか!」
そういえば、シューの寮部屋に来るのは初めてだった。
わたしの部屋に比べるとかなり小さい。これが平民サイズなのか。というかわたしの部屋、一応貴族サイズだったんだ。
わぁ〜と部屋の中を見回し、物色するわたしに、シューはベッドの上から怪訝そうな目線を向けていた。
部屋の中はお菓子のにおいがした。
「で、なんの用だ」
「用がなきゃ来ちゃダメ?」
「そういうわけじゃないけど……お前はもうちょっとさ、こう、用心しろよ」
「わかった、次から気をつけるね!」
シューはわたしの返答を聞いて大きく溜め息を吐いた。
わたしは部屋の探索をやめ、シューを見上げた。
「七日間の選挙、お疲れ様。わたしが勝てたのはシューのおかげだよ、もちろんみんなのおかげでもあるけどね」
「そうだな。あの会長を負かしてくれて清々した」
「シューさ、わたしが勝ってみんなで盛り上がってる時、どうして離れたとこにいたの?」
「なんとなくだよ」
「ふーん?」
その素っ気ない態度で、なんとなく、シューが嘘をついているのがわかった。
何かあったのかな。昨日までは何もなかったと思うんだけど……。
「シュー、さては何か隠し事してるな〜?」
「…………隠してるのはお前の方だろ」
肌に触れる空気が突然ヒヤリとした。
冗談でも返そうかと思ったが、動揺して口をもごもごさせるだけでうまく言葉が出てこなかった。
シューはわたしの目をまっすぐ見つめ、真意を探っている。
……そうだ。わたしはずっとシューに隠してきた。自分のことを何も話してこなかった。
町で会ったあの日から。ずっと。何も。
それでもシューは、わたしと仲良くしてくれた。
ああ、そうか。甘えてたんだわたし。シューの優しさに。
話したい。話さなきゃ、わたしのことを。
シューにわたしを知ってほしいから。
「ガストリエ・ノワール。それがわたしの本当の名前」
「ガストリエ……」
「話すよ、ガストリエのこと。全部」
わたしは語った。ガストリエとして生まれてから今日に至るまでの半生を。
侯爵の娘に生まれ病弱なまま育ち、おじじに出会いスキルクラフトを得てそのせいで教会に追われ、ダリオルと家を出たら実は殺し屋で、でも殺さないでくれた。
そして、町に来て、シューに出会った。
シューは最初の方こそ驚いていたが、徐々にわたしの話に納得するように頷き始めた。
特にダリオルとの関係性については興味深そうに聞いていた。弟子だから師匠の話は気になるらしい。
そういえば確か、わたしがシューと会ってすぐの頃に貴族だと疑われたんだよね。
あの時は嘘ついてごめんね。そう言うと、シューは笑って許してくれた。
「何か事情があるんだろうなとは思ってたが、まさかここまでとはな……」
「話せてよかった。まだまだガストリエちゃんのかわいさについて話し足りないから、時間あったらまた聞いてよ」
「……ああ、ぜひ聞かせてくれ」
何もかも打ち明けてしまうと、途端に心が軽くなった。
もしかしたらわたし、シューに嘘をついていることをやましく思っていたのだろうか。
こんなことならもっと早く話せばよかったな。
シューは、昨夜イルが訪ねてきた件を話してくれた。
イルは人の魔力量が見えるらしく、わたしの魔力量が異常であることに疑問を抱き、それをネタにシューを揺さぶったそうだ。
わたしが何者なのか、シューはずっと知りたかったんだ。わたしから打ち明けたかったけど、今回はイルのおかげでその機会を得られた。ひっそり感謝しておこう。
わたしたちは、今後お互いに隠し事をしないことを約束した。
「じゃあ、これで仲直りだ。えーっと、ガス……いや、パティスリエ」
「うん! シューにはそっちの名前で呼んでもらえた方がしっくりくる! 仲直り、だね」
わたしたちは互いの手を握り、友情を確かめ合った。
今までのいつよりも、シューと通じ合えた気がした。
部屋に戻ったわたしは真っ先にベッドに飛び込んだ。
「お疲れ様でございました。ガストリエ様」
「おつかれ〜……」
重たい上半身を起こすと、優しく微笑んでくれているダリオルと目が合った。
「そうだ、ダリオル。手を出さないでくれてありがとう」
「なんの話ですか」
「会長と一触即発だった時だよ。近くにいたでしょ」
「ああ、そのことでしたか。まったくあなたはすぐ危険に身を置く、心休まる時もありませんね」
「えへへ、今も昔も、わたしはダリオルがいてくれるから無茶できるんだよ」
「おや、私のせいで問題児を生んでしまったのですか。これは反省しなくてはなりませんね」
しれっと問題児扱いされているのは気になったが、まあいいか。
選挙を終えたわたしは、深い眠りに就いた。
この一週間……いや、もっと前だ。入学した頃からずっと溜めてきた抑圧を一気に解放し、安心に包まれていた。
勝ったよ……わたし…………むにゃむにゃ。




