48 生徒会長選挙⑤
選挙ってのがなんなのか未だによくわかってないが、その選挙で、パティスリエは生徒会長と直接対決するらしい。
パティスリエから選挙に協力してほしいと頼まれた。もちろん引き受けた。
選挙を補佐するのは俺と、パティスリエにぞっこんの令嬢と、なんか小っこい令嬢と、俺を助けてくれた少女。
そして何故か猫がいる。なんだこの面子は。
黒猫は俺の地元にいたプロフィトロールそっくりだったが、まさか学園まで来れるわけないし別猫だろう。
選挙は一週間。パティスリエに頼まれた俺の仕事は選挙運動最終日に控えてる。
それまでは俺にできる範囲のことを頑張ろう。
……と思っていたが、出番は意外と早くやってきた。
一般クラス二年のやつらが、貴族を襲ったらしい。
「どうするんですか! 平民が貴族を襲ったとなれば、貴族からの票は期待できなくなります! このままじゃパティスリエは勝てません!」
「……ハメられたのかも」
「シャルロット、何か知ってるの?」
「う、うん。タイミング的にも、生徒会が一枚噛んでそうだなって」
騒動の発端が生徒会かどうかははっきりしないが、これ以上不利にならないよう、とにかく早く事態を収拾させなくちゃならなかった。
生徒会のムースとかいうやつが、決闘にて犯人たちを裁くことを宣言した。
そんな学園一の巨漢の前に、俺は立ちはだかった。
「ほう。貴様がこやつらの代わりに戦う、と」
「そうだ。それともなんだ、会長に勝ったことのある俺と戦うのは怖いか?」
「小童が……。いいだろう、せっかくなら決闘に相応しい場を用意しよう。明日の放課後、貴様と決着をつける。逃げるなよ」
パティスリエには止められたが、俺が止めなきゃ平民の先輩たちはあのムースとかいう男にやられていた。
勝つ自信は……正直ない。剣の腕はダリオル先生のもとで磨いてきたが、何せあの体格差だ。俺の技が通じるとは思えなかった。
それでも、俺は俺にできることをやるだけだ。
決闘当日。
この日のためにわざわざ拵えられた決闘場の周りには、趣味の悪い笑顔を浮かべた貴族たちがうじゃうじゃ集まっていた。
集まったほとんどは、平民が処刑されるのを心待ちにしてるらしい。
心配したパティスリエが戦闘スキルを渡そうとあれこれ考えてくれてたが、大丈夫と制した。
俺の役目は徹底的にやられること。
甚振られて貴族を喜ばせたりなんかしない。ちゃんと闘い、ちゃんと負ける。そして貴族の溜飲を下げる。
俺は選挙のこととかよくわかんねーけど、とにかく貴族の票を集めないと勝てないらしい。
だったら貴族の中で高まってる平民への敵意を少しでも収めなきゃならない。
そのために、俺は今日殴られる。他の誰にも任せられない仕事だ。
「シューはおバカねぇ、自分から貴族の見せ物になりに行くなんて」
「げっ、お前ら……」
マカロン、サブレ、プチフール。俺に婚約の決闘を挑んできた令嬢共だ。
もしパティスリエが選挙に負ければ俺はこいつらと決闘する羽目になり、もし俺が決闘に負けたらこいつらの誰かしらと結婚することになる。
そしたら晴れて俺も貴族の仲間入り。俺の学園での目標は叶うわけだ。何も悪いことなんてない。
……それでも、嫌だった。
何故かはわからない。でもこんな形で結婚したくない。
たぶん、パティスリエに負けてほしくないんだ、俺は。
……そう、それだけだ。
「別に、見せ物になるつもりはねーよ」
「ふふっ、だったら戦いなさい。徹底的に抗うの。そうしたら貴族が最も嫌う展開になるわ」
「はあ……。そういうものか?」
戦って勝てるならそれに越したことはない。だが相手が相手だ、理想に身体がついてこないだろう。
そうこうしている間に決闘の時刻となり、決闘場に上がるよう促される。
その時、観衆をかき分けて奇抜な服の貴族が俺のところに駆けてきた。とてつもない速さだった。
こいつ、確か前にパティスリエと一緒にいて、俺を感電させたやつだよな……。エクレールとか言ったっけ。
何故か応援の握手をせがまれ、嫌々手を出すとやはり電気を流してきた。クソ野郎が……!
だが不思議なことに、痺れとともに身体が軽くなったのを感じた。
剣を振ってみる。自分の身体じゃないみたいにいつもより素速く動いた。
「逃げなかったことだけは褒めてやる。楽に終わらせてやろう」
「……どうだかな。楽に勝てると思うなよ」
開始と同時に、決闘場の中心で火花が散った。
このムースって大男、体格の割にめちゃくちゃ速い……!
速さに加え、リーチも力もある。やつの一振りは剣で受けても容易く砕かれる威力だと直感した。
とにかく相手より早く動き、攻撃を喰らわず相手を斬らなければならない。
「ちょこまかと……!」
常に死角に入り、脚に細々とした傷を与える。
丸太みたいな脚でも、この調子ならいずれは立てなくなるはずだ。
俺が勝利に希望を見出し、油断を見せたその時だった。
ムースは飛び上がり、身体を捻って剣を振りかぶる。
落下の勢いを乗せた一閃。
咄嗟に防いだが、剣は最後の輝きを放って砕け散った。
急いで師匠を真似したナイフを取り出すも、ムースは追撃してこなかった。もし間髪入れず剣を振られてたら俺は負けていた。
「なんだ? 俺が武器を出すのを待ってくれてたのか」
「まだ何か隠していそうだったからな。私は生徒会の人間として、正々堂々勝たせてもらう」
「へっ、裏で汚ねぇことやってるくせによく言うぜ」
決闘が思ったよりも長引いたからか、周りの貴族たちが野次り始めた。
中には決闘場へ物を投げ入れる者もいて、ムースが止めるよう怒鳴りつける。
ムースが観衆の方に視線を送り、ちょうど死角になった後頭部に、大きめの石が飛んできた。
俺はナイフを投げ、石を弾いた。ナイフは決闘場の外に飛んでいった。
「……まさか、私を守ったのか? 最後の武器を捨ててまで」
「武器ならまだある。この拳がな……!」
「見ればわかる、貴様の武器は尽きた。何故そこまでして敵である私を助けた?」
「……あんたが、俺が武器を出すまで待ってくれたから、ってことにしとくよ」
ムースは初めて口角を上げた。
剣を捨て、拳を握り締める。
「よかろう、ここからは剣など要らぬ! 拳と拳の勝負だ!」
「ああ! 受けてやるよ!」
それから、周囲の貴族たちが飽きて閑散とするまで、俺たちは戦い続けた。
殴る、殴られる、治癒。殴る、殴られる、治癒。
雷貴族からもらった痺れもとっくに消え失せ、意識が朦朧としながら残った気力だけで立ち続けた。
「……ふっ、どうやら私に貴様を倒すことはできぬようだ。この決闘、シューの勝ちとしよう」
「いや、俺を倒すタイミングならいくらでもあっただろ? でも見逃してくれたんだ、ムースの勝ちだよ」
真っ向からぶつかり合う意見。
俺たちは正面を向き合い、最後の拳を繰り出し、そして──熱い握手を交わした。
決闘は、引き分けで終わった。
若干冷めた目で待ってくれていたパティスリエに肩を借り、俺は寮へと帰った。
この日ほど清々しい血と汗を流すことは今後一生ないだろうな。
爽やかな気分に浸る俺を見て、何故かパティスリエは困惑していた。
選挙最終日。
ついに出張パティスリーを開店する日がきた。
決闘の疲れをまだ引きずってはいたが、それでも俺に任された仕事だ。完璧にこなしてやる。
作れる菓子は少ないが、パティスリエがこの日のためにチョコレートを用意してくれた。選挙が始まるよりも前からブールドロと話をつけてたらしい。
いつか学園でパティスリーを開きたくて準備してたそうだが、俺には選挙で会長と戦うところまで想定してたんじゃないかと思えた。
チョコレートを使った菓子はパティスリーでも好評だった。
わざわざ遠方から貴族が買い付けに来るほどの人気で、今回の学園出張店でも目の色変えた平民貴族が飛びついてきた。
パティスリエは「わたしが会長になったら毎週出張パティスリー開店します」なんて勝手に言ってくれてやがる。
俺の腕が鈍らないよう菓子作りできる環境を作ってくれてる……んだよな? まあ悪くないか。
出張パティスリーは大盛況だった。
常に仮説店内は生徒で賑わい、製菓が間に合わず長らく待たせてしまう事態になった。
そういや、少し気になったことがある。
生徒会のショコラとかいう女が何やらキッチンを覗いていた。
何してるのかはわからなかったが、その後ダリオル先生やらパティスリエが来てなんやかんやしてたみたいだ。まあ俺には関係ないか。
無事に俺の仕事をやり遂げたんだ。
ここまで頑張ったからには、どうかパティスリエに勝ってほしい。あの生徒会長の鼻をへし折ってやれ!
いよいよ明日、すべてが決まる。
少し早めに寝ようと思っていたら、誰かが部屋の扉を叩いた。
……嫌な予感がした。
きっと、この扉を開けてはならない。
だが俺は選挙運動を駆け抜けた達成感で満ちあふれ、訳のわからん自信に満ちていた。
だから、開けてしまった。その扉を。
「やあ、シュー・アラクレーム」
そこには生徒会のイルがいた。
イル・フロッタント。こいつとは不夜城で会って以来だった。
闇討ちか? いや、するならもっと前だろ。出張パティスリーが終わってから俺を攻撃して何になる?
イルの目的が見えず、不安になる。それでも今さら選挙の結果が変わるようなことにはならないのは俺でもわかった。
……え?
いや、待て。おかしい。こいつさっき、なんて言った。
やあ、シュー・アラクレーム……?
なんで……なん、で…………。
「なんで……お前が、俺の名前を……?」
「ぷぷぷ、調べるのに随分と時間がかかったよ。おかげで選挙運動の日時を過ぎてしまった」
「……ああ、そうだよな。もう残すとこは生徒たちの投票だけだ。それなのに、今さら俺の家名を暴いたところで何になる?」
「残念ながら、貴様の名前になど興味はない」
「はあ……?」
イルの笑顔は、今まで見たことがないタイプのものだった。
見た相手を地獄に引きずり落とすような、そんな悪意を惜しみなく顔に描いてやがる。
今すぐ扉を閉めろ! 俺の経験がそう訴えた。
だが、次の言葉を聞いて、俺は扉を引こうとする手を止めてしまった。
「パティスリエの正体を、貴様は知っているか?」
「…………何が、だ……」
「ぷぷぷ……! やはり知らないか! それもそうだ、もし知っていれば、貴様がやつと仲良くすることはなかったからな!」
部屋に入れてもらおうか。イルは言った。
俺は、断らなかった。断れなかった。
……扉を閉めたのは、イルが完全に中に入った後だった。




