47 生徒会長選挙④
「ダリオル先生。聞きましたか、選挙の話」
「ええ、耳に挟んではいます」
ガストリエ様が始められた生徒会長選挙。
その影響は生徒だけでなく、教師たちの間にも波及していた。
「いやー、まさかここまで大事になるとは」
「平民でありながら王妃様の推薦で学園に入り、入学早々生徒会に楯突き……。まったく忙しない子だ」
「もしかすると本当に、この学園を変えてしまうかもしれませんね」
ガストリエ様、もといパティスリエが起こす改革の嵐に、期待を寄せる声は多かった。
皆、待っていたのだ。
この学園を変えてくれる英雄を、ずっと。
「そういや何年か前にも生徒会と喧嘩して学園を荒らしていた子がいたわね。今は聖女になってだいぶ落ち着いたみたいだけど」
「コンフィズリね……。卒業するまで面倒を見たかったのに教会に行っちゃって。あの暴れ馬、ちゃんとやっていけているんでしょうか」
コンフィズリ・ノワール。
ガストリエ様の姉に当たる人物だ。お会いしたことはないが噂はかねがね聞いている。
どこまでが本当なのかは定かではないが、もし噂が真実だとしたらガストリエ様以上のおてんば娘だ。ノワール家にいた頃はよく制御できていたと感心するほどに。
どうか噂は噂であってほしい。ガストリエ様を超える問題児はいないと信じたい。
さて、いよいよ選挙が始まった。
ガストリエ様が取り決められた規約では、外部の人間の手助けは禁止となっている。
私がその気になれば満票集めて楽々と勝ててしまうので、私の力は借りたくないそうだ。
あくまでも自分たちの力で生徒会長を倒したいというガストリエ様の意思を汲み、私はそっと見守ることにした。
とは言ったものの、何もしないわけではない。
執事としてお嬢様を支えるのは、選挙に関係ない通常業務だ。
私は周辺の情報を集め、必要に応じてガストリエ様に助言をしていくつもりだった。
だが、ガストリエ様はご学友と協力し、本当に自分たちだけで圧倒的権力を誇る生徒会と戦っていらっしゃる。
この選挙で私にできることはあまりないらしい。このまま、ガストリエ様を見守り続けるとしよう。
ある時は、ガストリエ様が馬車を探していらっしゃった。
私は手伝わないが、偶然手配したままの馬車が学園に放置されていた。その馬車をガストリエ様たちはお使いになられた。
ある時は、ガストリエ様が降り落ちた火の玉からシャルロット様をお守りになられた。
私は教師として生徒を守る義務があるため、火の雨がガストリエ様に当たらぬよう空を舞い、お嬢様の傘となった。
そして選挙運動最終日。
シューが学園内でパティスリーを開き、ガストリエ様は集まった生徒たちに演説を行なわれた。
おそらく選挙期間の六日の中で、最も効果的と思われるこのお菓子作戦。
万が一にも失敗のないよう、二日前に生徒会との決闘を終えたばかりで疲れているシューをしご……鼓舞するため、私は客であふれる店内に足を運んだ。
平民も貴族も同じ空間で、同じものを食べ、同じ感情を共有する。
店内には、「笑顔」と「幸せ」の色で満ちていた。
これこそが、ガストリエ様がお求めになられた学園のあるべき姿なのだろう。
そんな中、店に異物が混入していた。
ショコラ・アリストロシュ。生徒会役員が不穏な色を携え、キッチンを覗いている。
彼は他の役員たちと比べ、経済力も膂力も情報力も劣る存在。恐るるに足らないと、あまり警戒をしていなかった。
キッチンに侵入し、提供前のお菓子に毒のようなものを仕込んでいる。私は彼の背後に回り込んだ。
彼の首をへし折ることは容易いが、ガストリエ様との約束だ、殺しは選択肢から外そう。
さて、どうしたものかと様子を見ていると、ガストリエ様の方から動かれた。
「あ、ショコラちゃん!」
「ひっ!?」
「来てくれたんですね! いらっしゃいませ、出張パティスリーへ! 生徒会の方々が来てくれないから届けに行こうと思ってたところだったんですよ〜」
「そ、そうなんだ、奇遇だなぁ……」
あからさまに動揺してしどろもどろのショコラに、ガストリエ様は何食わぬ顔で接していらっしゃる。
お前が何をしたかすべて知っているぞ、と圧をかけているようにも見えるし、何も気付いてないようにも見える。流石はガストリエ様だ。
「そうだ! 生徒会5人分のお菓子、持って帰って食べてください」
「ええっ!?」
「シュー、ここに置いてあるのもらっていいー?」
「ああ、どうぞお好きに」
「いや、それには、毒が……」
ガストリエ様はキッチンに入ってすぐのところに置いてあった皿からお菓子を取っていかれたようだ。
ショコラは焦っただろう。彼が毒を仕込んだのも手前にあったものだったから。
ガストリエ様の純粋な善意で、毒入りのお菓子を手渡されたショコラは感情の色をかき乱し、そのままお菓子を持って走り去った。
キョトンとされるガストリエ様だったが、またすぐに店内演説に戻られた。
風の噂では、その後ショコラは生徒会室に戻り、生徒会長カヌレの前で毒入りのお菓子を食べてみせたそうだ。
自らを犠牲にお菓子に毒が入っていることを伝え、ガストリエ様たちを陥れる作戦だったのだろう。
しかし、ショコラの身には何も起こらなかった。
彼が毒を仕込んでいる間に、私は彼が持っている瓶の中を毒味していた。
仕込まれた液体に毒性は一切なかった。
野菜の味がしたから、おそらく彼が毒だと思っていたものは、学園の農場で採れた何かの搾り汁だったのだろう。
結局ショコラは、生徒会長の前でお菓子を五個頬張り、泣きながら味わったそうだ。
生徒会選挙の行方は私にも知れない。
生徒会には盤石な支持層がいて、そこを崩すことはいくらガストリエ様といえど困難だった。
だが、それ以外の層は味方にできたのではないだろうか。お嬢様も選挙運動を終えた後、自信あり気に語っていらっしゃった。
どちらにせよ、明日になれば決着がつく。それまで私にできることはいよいよなくなってしまった。
仮に、ガストリエ様が敗北なされたらどうなるか。
その場合は、私の暴力によって学園を支配する未来が待っているかもしれない。
ガストリエ様はお望みになられないだろうから自重するが、お嬢様がカヌレに飼われるなんてことになれば私は私を抑えられなくなる。
ガストリエ様には笑顔がお似合いだ。いつだって笑っていられるよう、私はこれからも影から支え続ける。
……それに、他にも策は取っておいてある。
私が用意したとっておきを放ち、生徒会の名声を潰してしまえばいいだけだ。
私はこの度の選挙のために方々から情報を収集した。その中で、カヌレを葬る醜聞を得た。
生徒会に権威があるのは会長の家柄があるから。その会長、カヌレ・ド・ボルドーを名乗る男の名誉を失墜させてしまえば現生徒会は終わりだ。
つまり勝敗に関わらず、ガストリエ様の学園生活は安泰だ。
だがそれでもガストリエ様には勝利を収めてほしい。
私が仕えるのだ、貴方様には絶対的勝者であり続けてもらおう。




