46 生徒会長選挙③
「クレープちゃん、ケモ耳いこっか」
「はい?」
この度の生徒会長選挙では、私はパティスリエの補佐として彼女の手伝いをすることになった。
選挙前日。補佐のみんなを集めての初の集会。
彼女は場違いな黒猫をまじまじ眺めてから、そう言った。
「犬が似合うと思うんだけど、どう? 一応本人の希望に沿うつもりではいるけど」
「あの、先程からなんの話をしているのですか」
「選挙演説の時の衣装だよ? クレープちゃん従順でなんでも言うこと聞いてくれてかわいいから、犬でいいよね」
「いいわけないでしょう、ふざけないでください」
「あー、やっぱり猫がよかった?」
「そういう話じゃないんです。どうして衣装なんかに拘っているんですか!?」
「かわいいから! あと生徒のみんなも注目してくれそうだし」
パティスリエが出す奇策にシャルロット様は肯定し、シューという平民は面倒そうに流し、猫はにゃんと鳴く。
私は帰りたい気持ちをぐっと堪える。
パティスリエが生徒会長に宣戦布告したと聞いた時、私は一抹の希望を抱いた。
彼女であれば会長を討ち倒し、本当に学園を変えてしまうかもしれない、そう期待させる力があった。
しかし蓋を開けてみればこの様。心底がっかりだ。
パティスリエの性格から推察するに、おそらく彼女は勢いで会長と対峙し、成り行きで生徒会長選挙を始めたに違いない。
最初から勝つ気などなく、決闘から逃げるための時間稼ぎのつもりなのか。
果たしてこのような人間に生徒会長が務まるとは到底思えなかった。この選挙に意味などあるのだろうか。
選挙運動三日目。平民による暴動が起きた。
その余波はパティスリエたちの活動に大打撃を与え、昨日まで聴衆で賑わっていた演説場も閑古鳥が鳴いている。
シャルロット様は平民を扇動した犯人に目星がついているようだ。だが罪を追及することは叶わなかった。
「まったく、うまくいきませんね」
「完璧クレープちゃんでもどうにもならないことあるんだね」
「完璧、ですか……。シャルロット様は何故、私を完璧と仰るのですか」
「あなたが賢くて、踊りも上手で、習い事もなんでも器用にこなしちゃうすごい人だからよ」
「それは……あなたのために…………」
それ以上を言う気にはならなかった。
私はずっとシャルロット様に尊敬される人物になろうと努力を重ねてきた。
その結果、シャルロット様は私から離れることを選んだ。
彼女が屋敷に閉じ篭もったと聞き、私はなんとか救い出そうとした。
だがシャルロット様を部屋から出したのは私ではなく、パティスリエだった。
シャルロット様の視界に私は映っていない。何がいいのか、すっかりパティスリエに入れ込んでしまっている。
彼女には、私は必要ないのだろう。
選挙運動四日目。
集まった少ない聴衆を見てパティスリエは私に尋ねた。
「せっかくだから、集まってくれた一人ひとりに個別で要望を聞くってのはどうかな。こんな学園にしてほしい、とかさ」
「ええ、それはいいかもしれませんが……」
「じゃあ決定! 今日は演説じゃなくみんなの声に耳を傾ける会だ!」
思いつきのまま始まった個別対談は思いの外うまくいった。
皆、今の学園への不満やこれからへの希望を胸に抱えていた。それらを打ち明け、受け止めてもらえることでより結束が固まったように感じた。
「私、学園祭の舞踏会に参加してみたいですの。伝統ある舞踏会で踊った殿方とは未来永劫結ばれるという噂がありますの!」
「へー、面白そう! でもいいの? フランちゃん舞踏会はあまりいい思い出ないんじゃ……」
「そう、ですの……。だけど、パティスリエ様が生徒会長になってくれたら私も安心して踊れますの! だから、絶対勝ってくださいまし!」
「うん。フランちゃんの気持ち、しっかり受け取ったよ」
人生単位で見れば、たった二年の学園生活に固執する必要性はない。
学業に勤しみ、卒業後を見据えて貴族や同世代との関係を作っておく社交の場として学園は存在する。
たとえパティスリエが会長になろうと任期は一年程度。
刹那に駆けるこの一瞬を謳歌しようがしまいが、彼ら彼女らの人生には大して影響がない。
それなのに皆、パティスリエに希望を寄せていた。
彼女が作り出す未来に光を見出していた。
そうだ。何か変えてくれんじゃないか、そう思わせる力が彼女にはあった。
「初めまして、生徒会長候補さん。あなたが会長の器に相応しいか、この知恵の試練で見極めさせてもらおう」
「えっと、確かアミュレットさんでしたよね。ふふふ、わたしに知恵で挑むとは……助けてクレープちゃん!」
「え、諦めるの早くないですか」
「挑んでもらうのは俺の考案した、木の棒パズルだ! この『三角形三つ』を『正方形六つ』にしてみせよ」
男は同じくらいの太さ、長さの棒を台の上に手早く並べた。
その棒の配置自体が問題となっているようで、パティスリエは問題形式をすぐに理解していた。
だが、理解できても解けるわけではない。彼女の端正な顔が歪み、少し面白かった。
パティスリエは堂々と諦めこちらをじっと見つめてきた。どうやら助けてほしいらしい。
私は溜め息混じりに棒を動かした。
「立方体です。これで正方形が六つ、ですよね」
「素晴らしい……! まさかこんなに早く解かれてしまうとは!」
「り、立方体……?」
「解説は後ほど。それよりあなた、何故私が解くのを止めなかったのですか? あなたはパティスリエを試したかったのでは」
「ああ、いやぁ……。実は俺の考えたパズルを学園祭で披露したくて。ただ会長候補のあんたに興味持ってほしかっただけなんだ」
「なんだ、そういうこと! ぜひぜひ学園祭でもやっちゃってくださいよ!」
「い、いいのか……!? 今までどの貴族たちも見向きしなかったのに……」
「いいですよ、面白かったですしきっと盛り上がります! わたし解いてないけど!」
その後も、学園の未来を託したい者や、パティスリエと話したいだけの者などが集まり、彼女の人望が、窮地に陥った選挙運動を軌道に戻した。
パティスリエは不思議な人間だ。平民ながら力強い意思を持ち、貴族相手でも臆さず立ち向かってしまう。
彼女の人気が、私にはずっとわからなかった。
何故シャルロット様は彼女を愛するのか。
何故学園生徒に慕われているのか。
何故私は、いつも彼女を目で追ってしまうのか。
私は今回、選挙補佐としてパティスリエの傍につくことになった。そして知った、彼女の恐ろしさを。
彼女は選挙二日目に演説に突然乗り込んできた貴族の名前をすぐ呼んでいた。
今日だってそう、初対面でまだ自己紹介もしていない相手でもすぐに名前で呼んだ。
どうやって相手の名前を調べたのか彼女に尋ねると、「生徒は全員覚えた」と当然のように言い放つ。
覚えるだけなら、私にもできる。
ただ、会長になるために全生徒の名前を覚えようとする強い責任感や、全生徒を尊重し平等に扱おうとする器の広さを、私は持ち合わせてはいなかった。
私はこの選挙期間、パティスリエを勝たせるためにあらゆる策を弄した。
だが、そのどれもが彼女の発案である。
彼女が持ち出す奇策を私が手直しし、実行に移す。その手柄はすべて私のものになった。
複雑な心境だった。
やはりパティスリエは常人とは違う。世界を変えてしまうような何かを持っていた。
私などとは比べ物にならないほどの傑物が、平民という身分に収まっている。
パティスリエを平民と見下すたびに、その平民より劣っている自分がひどく惨めに思えた。
それでも彼女は私より下の人間だと刷り込まないと心が保てなかった。
彼女を嫌わないと現実から目を背けられなかった。
与えられた身分にかまけ、肩書きだけで優劣を決めるしか能のない自身の愚かさにつくづく苛まれる。
暗愚は、私じゃないか。
シャルロット様は私を見ていない。
元より見返りを求めていたわけではない。それでも少しは私を意識してほしかった。
彼女が見ているのはパティスリエという、とても不思議で少し変わった、素敵な人。
シャルロット様が好きになるのも納得してしまう。
そして納得できた自分にどこか清々しさを感じた。
「ん? クレープちゃん、わたしの顔に何かついてる?」
「あ、いえ……。髪飾り、とってもお似合いですよ」
「えへへ、ありがと!」
彼女は選挙に勝ち、生徒会長になるだけの素質を持っている。それどころか、いずれこの世界を変える偉人になってもおかしくない。
だけど、もし今回負けてしまっても、私は彼女の力になりたいと思えた。
この人ならついて行ってもいい。信じるに値する人物だ。
私はパティスリエに憧れた。あなたのようになりたい、なってみせる。
そして、いつかシャルロット様に振り向いてもらう。それが私の夢になった。
私の夢が叶った時、あなたはどんな表情を見せてくれるのだろうか。
喜んで、くれるかな?
……ふふっ、そうだといいな。




