43 まるで西洋将棋だな
わたしがクレープちゃんを見つけたのは学園の図書室だった。
流石は才女。夕暮れに本を読む姿が絵になる。
普通に声をかけようかと思ったが、気づかれぬよう彼女の背後に回った。
「……わっ!」
「ひゃあっ!?」
驚きのあまりクレープちゃんは本をすっ飛ばしてしまう。その本を、わたしはすんでのところで拾い上げた。ナイスキャッチ!
クレープちゃんは顔を赤くし、わたしに猛抗議してくる。
「わ、パティスリエ……! なんなんですか、もう嫌いです! 近づかないでください!」
「ごめんごめん、可愛かったからつい。ほら泣かないで……?」
「誰のせいだと思っているのですか!」
わたしは隣に座り、目に涙を蓄えたクレープちゃんの頭をよしよしと撫でる。
あれだけ怒っていたのに頭を撫でられるのは抵抗しないのか。やっぱりかわいいな。
「実は今度、生徒会長を争う選挙に出るんだ」
「……知っています。あなたは有名人ですから、勿論悪い意味で」
「でさ、わたしの選挙を手伝ってくれる補佐を探してるんだけど、クレープちゃんにお願いできないかな?」
「何故私に……。他を当たってください」
「クレープちゃん、頭いいからさ! なんか、こう、すごい作戦とか思いついてわたしが勝てるようにしてくれないかなーって」
「馬鹿みたいです。それに、私は貴族ですよ。現生徒会側に逆らう利点は皆無。あなたにとって敵なんです」
彼女の言う通り、貴族がわたしを応援する理由なんてない。貴族のための学園が実現した方が暮らしやすいのかもしれない。
けれど、それでもクレープちゃんには問いたかった。
「クレープちゃんは、今の学園をどう思う?」
「どう、と言われましても……」
「貴族が平民を甚振るのが公に認められて、どんどん日常の風景になっていってる。わたしは嫌だ、身分とか関係なくこんなの嫌だ! ……クレープちゃんはどう?」
「わ、私は……」
クレープちゃんは閉口してしまう。
仕方ないか、生徒会に歯向かえば例え貴族でもどうなるかわからない。
彼女は賢い。卒業後のことも考え、今、誰と仲良くするのが正しいのか、誰と衝突してはいけないのかをよく理解している。
これ以上、無理は言えない。残念だけどクレープちゃんを引き入れるのは諦めるか……。
わたしが立ち去ろうとすると、わたしのドレスの裾をクレープちゃんが掴んだ。
「……髪飾り」
「え?」
「私が、あげた髪飾り……。いつも付けてくれていますね」
「うん! かわいいからね! 手鏡見る時いつもニヤニヤしちゃうの。ここ最近のお気に入りなんだ〜! ありがとね」
「そ、そうですか。それはよかったです」
クレープちゃんはわたしの裾を掴んだまま、ぎゅっと握っている。
「どうして、仮面を外したのですか。誰かから素性を隠していたのでは……」
「ああ、もうその必要はなくなったの。いつまでも王妃様に頼ってられないし」
「そうですか……。パティスリエのお顔、久しぶりに見られました。相変わらずですね」
驚いた。まさかわたしの顔、覚えてくれてたなんて。
入学式の日、まだ仮面をつけてないわたしがクラスで最初に声をかけたのが彼女だった。あの時のことはもう忘れられてるのかと思ってたのに。
「ごめんね、選挙の件は他の人に頼むことにするよ」
「……はい」
「でも、一つだけお願い、いいかな?」
「な、なんですか。聞くかどうかは内容にもよりますけど……」
「クレープちゃんはさ、わたしのこと嫌いだろうけど、わたしにとってクレープちゃんは学園で初めてできた友達だと思ってる。……だから、これからもずっと一緒にいてほしいな」
うまく笑えているかわからなかった。それでもできる限りの笑顔を作れた気がする。
貴族とか平民とか、身分のせいで彼女とは反りが合わないことが多々あった。
それでも、小さいながら誰よりも賢く、けど年相応にかわいい反応をしてくれる彼女が好きだった。
いつか、わたしがガストリエを名乗れる日が来たら……その時はちゃんと友達になれるかな。
「……わ、私も! 初めての友達はあなたです、パティスリエ……! 勝手に一人で話を完結しないでください!」
「クレープちゃん……」
「あなたのことは、その……嫌いです。でも! 私は、あなたみたいになりたいと、思っています。あなたの強さは、わたしの憧れです……。だから、その……」
「クレープちゃん……! クレープちゃんクレープちゃんクレープちゃん〜!!」
「きゃあっ!? は、離れてください……!」
「やだやだ! 絶対離れない〜! そっかー、わたしに憧れてたんだー、へー?」
「なっ……!? もう、あなたが嫌いです!」
また嫌われてしまった。でも、彼女との関係はこんな感じで続いていくのだろう。
改めて立ち去ろうとしたら、クレープちゃんは席から立ち上がった。
「……補佐の件、引き受けても……いいですよ」
「えっ、ほんとに!?」
「ただし、シャルロット様も補佐になるなら──」
「あ、シャルロットも手伝ってくれるよ」
「なっ……!? ほんと、なんなんですかあなたは! 最初からそう言っていればいいものを!」
「だって、それじゃあ餌で釣ったみたいじゃん? わたしはクレープちゃんの意思で手伝ってほしかったんだ」
「……はい、わかりましたよ、なんでもします。やると決まったなら、必ずあなたを勝たせてみせます!」
「頼りにしてるよ、参謀!」
わたしはクレープちゃんと別れ、帰路に着いた。
日も暮れ、辺りはすっかり夜だ。
さて、残り一人の補佐を誰にしようかと考えながら裏門を通ると、壁に寄りかかったシューが待っていた。
「あれ、シューだ。こんな時間まで何してるの?」
「お前を待ってたんだよ」
「わたしを?」
「選挙補佐、まだ足りてないのか」
「うん……。クレープちゃんは手伝ってくれて、王子はやっぱりダメだった。どうしたものかなー」
「……プロフィトロールに頼めないか?」
「えっ、どうしてあの子に……」
「あいつ、学園のことやけに詳しかったから力になりそうだと思ってよ。それに、前に助けてもらった礼を直接言いたいしな」
「う、うーん……。力にはなるかもだけど……」
あの子、生徒じゃないんだよなー。いたら頼もしいのは確かだけど。
それに彼女は神出鬼没。いつ現れるのか誰にもわからない。
あ、でも今まで出てきた時って毎回、わたしたちが困っている時だったような。ということは……。
「にゃーん。呼んだ?」
「プロフィトロール!」
プロフィトロールは夜の空からふわふわと舞い降りてきた。
って、ドレスの中見えてる……! シューが顔を逸らしていることを確認し、わたしはプロフィトロールが着地するまで瞬きせず見守った。
「面白そう! いいよ、わたしもやる!」
「二つ返事かよ……」
「よ、よろしくね、プロフィトロール」
まあ、補佐は人間じゃないといけないなんてルールはないもんね。ルールの抜け穴、ということで。
昼間は猫の姿だから看板猫として頑張ってもらおう。
これでわたしを支えてくれる四人が決まった。あとは作戦を立て、選挙に臨むのみ……!
寮に帰ると、ダリオルが夕食を用意して待っていてくれた。いつも助かります。
ダリオルの力を借りれば選挙なんて楽勝なんだけど、規約違反なのでチート執事の恩恵は授かれない。
生徒以外の力添えを許可するとカヌレたちだって貴族パワーごり押しで好き放題暴れるもんね。必要な規約だ。
「学園の未来を決める選挙になるか、ただの人気投票になるか……。果たしてどう転ぶか」
「さあ。どちらにせよ、勝てばいいだけです」
「うーん……。勝つだけじゃなくて、誰もが納得する勝利で終えたいのよねー」
そもそも勝てるのかって話なんだけどね。
でも不思議と負ける気はしなかった。今回は一人じゃない、友達が支えてくれているからかな。
日曜日。一緒に戦ってくれるみんなで集合し、選挙に向けた作戦を話し合う。
一通りの選挙の方針を決め、結束を固めた。
そして……。
わたしたちの一週間に及ぶ戦いが始まった。




