42 一票の価値
生徒会長選挙 選挙規約
『投票は来週日曜日の学園礼拝後。それまでの月曜日から土曜日までを選挙運動期間とする。』
『選挙権は立候補者以外の学園生徒全員が持ち、一人一票の投票ができる。』
『立候補者以外の選挙権を持たない者が選挙運動に関わることを禁止する。』
『立候補者は選挙運動を補佐する者を四人までつけることができる。立候補者と補佐のみが選挙運動を行える。』
『立候補者、及びその補佐が相手の選挙運動や投票を意図的に妨害する行為は禁止する。』
『身分に関係なく公平に選挙運動を行えるよう、選挙期間は一時的に平民の十戒を停止する。』
『貴族は高貴な存在故、貴族の一票は五票として数える。』
『貴族が平民に投票することは高貴なる責任の放棄故、一票の価値は一票のままとする。』
シューのクラスを仮の活動拠点として使わせてもらい、早速みんなに選挙規約を見てもらった。
「なるほどな。要は一週間で、できるだけ多くの貴族を味方にすればいいのか」
「貴族票を集めるのって、すごく難しいんじゃないかしら……。相手は生徒会だし……」
「だねー。全校生徒141人、うち平民60人はわたしに投票してくれるとして、わたしとカヌレを除外し、残るは貴族79人……貴族票は五票だから……」
わたしは高速で指折り計算していった。
「わたしたちは79人中、56人以上の貴族の票を集めなくちゃいけないわけだ」
「56人!? 貴族クラス約三つ分も……!」
「生徒会の取り巻きと不夜城の常連共はカヌレに投票するだろうし、こんなの勝てっこねーだろ……」
シューもシャルロットも、わたしと同じ反応をする。
こんなの、カヌレが勝つための出来レースと言われてもおかしくない不公平な戦いだ。
でも、勝機は目の前にある。
わたしは二人の肩に手を置き、頭を下げた。
「シュー、シャルロット。二人にはわたしの補佐となって一緒に戦ってほしい! ……ダメかな?」
「パティスリエに期待されている……! うん、私も戦うわ!」
「お前が負けたら平民は死活問題だからな。むしろ手伝わせてくれ!」
「ありがとう、二人とも……!」
頼もしい二人が協力してくれる。それだけで勇気がもらえた。
シューはご存知、パティシエだ。甘味に飢える貴族たちの胃袋を掴み票を集めてくれるかもしれない。
シャルロットは公爵令嬢だ。身分だけで言えばカヌレよりも高貴であり、肩書きしか見ない貴族たちはこちらに投票してくれるだろう。それと自慢の妄想力でわたしの武勇伝を語ってもらい……いや、やっぱりやめておこう。
「補佐って四人なんだろ。あと二人はどうすんだ?」
「一人はクレープちゃんに頼もうかな。わたしのこと嫌ってるみたいだけど、わたしは好きだからなんとかお願いするよ」
「へー、好きなんだ、へー……。賢い子だから味方になってくれたら頼もしい……か」
「もう一人はどうしようかな。ダリオル……は先生だし、他に頼れそうなのは……王子?」
「……ガレット王子は頼れないわ」
「前もそんなこと言ってたよね。でも、どうして? 王子も学園を変えてほしいみたいなこと言ってた気がするけど」
「『ノブレス・オブリージュ』。高貴なる責任、だそうよ。私には難しくてよくわからないけれど」
「責任……。一応、会う機会があったらダメ元でお願いしてみようかな」
それから選挙運動の方向性と段取りを決め、今日のところは解散となった。
わたしはクレープちゃんに補佐になってもらうため、彼女がいそうな場所を探し学園内を徘徊していた。
「ガストリエ・ノワール」
「はい、なんですか……いやあああっ!?」
ふいにガストリエちゃんの名前を呼ばれ、思わず反応してしまった。
しかもわたしを呼んだのは、よりにもよってわたしがずっと正体を隠してきた相手だった。
「ガレット、王子……!」
「驚きすぎだ。何故私を避ける」
「い、いえ……。あの、王子はわたしがガストリエってご存知なんですね……?」
「顔を見ればわかる。ようやくあの仮面を外したんだな」
「……殺しませんよね?」
「何故私が……。ああ、なるほどな。だから私を怖がっていたのか」
そう言って、王子は少しだけ笑った気がした。ほんの些細な差分だったので自信はないが、確かに笑ったと思う。
微笑を貼り付けていた頃のダリオル並みに表情が変わらない王子。
いつも冷徹な表情を浮かべ、眉ひとつ動かさない。そんな氷のような王子の人間らしいところが垣間見えた瞬間だった。
「選挙のことは聞いた、面白い発案だ。貴様はやはり、母上と同じようなことを考えるのだな」
「わたしが、王妃様と……?」
「投票権は全生徒にあるそうだが、今回私は辞退させてもらう」
「えっ! やっぱり民主主義はお嫌いですか?」
「そうではない。王子である私がどちらかの味方をすれば、私に追従する者が現れる。そうなると選挙の公平性を欠くだろう」
「いやー、むしろありがたいというか、すでに公平も何もないし。王子にはわたしの選挙補佐にもなってほしいくらいなんですけど……」
「それよりどうするつもりだ。あの規約なら、貴様が貴族だと公表した方がやりやすいんじゃないか」
ガン無視された。まあダメ元だったし……。
わたしの話より、王子は貴族票の五票について危惧しているらしい。
確かにガストリエちゃんは侯爵令嬢だ。素性を明かせば貴族優位のルールも公平なものになる。
……勿論そんなことできない。わたしが貴族だと明かせば、当然ガストリエであると周知される。いつぞやの社交界みたいに教会に密告する者もいるだろうし、教会の耳に入ればわたしはもう学園にはいられない。
もしやカヌレはわたしが教会に追われているのを知って、自爆するように仕組んでいた……?
……いや、それはないか。あの男の原動力は自分より下の人間を甚振ることだけなんだから。期待を下回ることに関しては期待を裏切らない男だ。
「あのぉ、王様とかにお願いできませんかね? ガストリエちゃんはとってもかわいくて無罪だって。そうしたらわたしも堂々とみんなの前で貴族だと主張できるんですけど」
「責めるつもりはない。だが無罪とはいかないだろう。スキルを作ることは世界への反逆だからな」
「うっ、痛いところを……。じゃあ、わたしがガストリエってこと、誰にも言わないでおいてもらえませんか?」
「それはいいが……。だったら何故仮面を外した? 正体を隠したいのならばつけていればいいものを」
隠したかったのはあんただよ……!
「ガストリエちゃんのご尊顔はほとんど知られてませんからね、見られても平気なんです。それに王妃様パワーで勝っても意味ないですから」
「そうか。しかしこれでようやく貴様の顔を拝めるようになるな。いいものを見た気分だ」
王子はまた笑った気がする。何が面白いんだ。
たぶんわたしの自意識過剰なんだろうけど、王子さん、わたしへの好感度高くない? 王妃様やシャルロットからわたしのこと聞いたりしてたのかな。
さて、仮面をつける理由もなくなったし、わたしは王子に怯えず学園内を歩けるわけだ。これから選挙運動をしていく上での障害が消え動きやすくなった。
王子の助力は得られなかったが、わたしはわたしにできることをやろう!




