41 貴族の五票
「選挙……だと?」
「学園生徒全員に問うんです、どちらが生徒会長に相応しいのか。それで票の過半数を獲得した方を決闘の勝者としましょう」
わたしに勝機があり、尚且つ平和に戦える方法。それが選挙だ。
この話に持っていくために長い前置きをしてきたが、当然断られてしまえばすべて無駄になる。容赦なく切り捨てられるかもしれない。
だから乗ってくるかはこの人の気分次第だ。
「生徒会は前任の推薦制だが……うまく考えたものだ。本来なら決闘で平民が勝っても何も得られないはずが、勝利条件を満たせば自ずと会長の座が手に入るようにするとは」
「え……? あっ、そっか……勝ったらわたしが生徒会長になるのか……マジか……」
「…………」
わたしがとんでもない事実に愕然とする間に、王手していた塔は会長の騎士によって弾かれた。
盤面は困窮を極めている。
「貴様……パティスリエは、平民の星と呼ばれているそうだな」
「いやー、星だなんて大袈裟ですよ」
「王妃様の推薦を受け、常に仮面をつけながら学園内の様々な揉め事に首を突っ込む平民……。初対面の時から目障りだったが、まさかここまで厄介な存在になるとはな」
「へへ……。自分でもこんなことになるなんて思ってもみませんでしたけどね」
「だが、期待通りだ。爆破事件は貴様なら犯人を突き止めるだろうと思っていた。生徒会に被害が出たのは想定外だったが」
事件解決後の乱入から十戒の施行まで、やけに生徒会の動きが早いと思っていたら、最初から企んでいたのか。
わたしたち、うまく利用されてたんだ……。
「王妃様に認められたのも頷けるな。仮面を外した今も、こうして私と正面から向かい合っている。大した奴だ。……よかろう。お望み通り選挙を決闘の場にしてやる」
「やった……! でもいいんですか? そんな簡単に会長を譲っちゃって」
「私が勝つから問題ない。それに、平民たちの星であるパティスリエを大々的に潰せば、貴様は失墜し奴らの希望は地に落ちる。貴族対平民の分水嶺となる争いだ」
「星、ねぇ……。正直、みんなに担ぎ上げられてる感は否めません。みんな誰かに期待したいんでしょうね、現状を変えてくれる救世主か、それとも英雄か」
「なんだ、人の上に立つのが怖いのか」
「いえ、期待は重いけどその分うれしいし、応えてみたいです。わたしはこの学園で友達100人作るのが目標なので、生徒会長になったら全生徒と仲良くなってやりますよ!」
「ふっ……。よろしい」
会長はにやりと笑い、黒の王を摘んでチェス盤の上の駒を敵味方関係なく薙ぎ倒していった。
……え? 何してるのこの人? ルール知らない?
四阿を通り抜けるように、鮮やかな翅の蝶がひらひらと舞っていた。
「虫は嫌いだ、見るだけで反吐が出る。だが蝶はいい。必死に空を舞おうとする姿が惨めで惚れ惚れするだろう。そうは思わないか、パティスリエ?」
会長はすべての駒が倒れた盤の真ん中に王を立てた。
いや何してるの? カヌレさん? ……はあ?
この日の対談では、目論見通りわたしの要望をカヌレに呑ませることに成功した。
口八丁を武器に暴論を展開し、決闘を選挙で行うことを取り決めさせた。おかげでわたしは怪我をせずに済み、ついでに決闘にも勝てるかもしれない。
カヌレと選挙の流れを具体的に打ち合わせていき、細かなルールを互いの了承の上で確認し合った。
会長が決闘に勝った際のわたしへの命令は、後日発表するらしい。どうせ碌なものではないのだろうけど、勿体ぶられるのも癪だった。
そして、土曜日。打ち合わせ通り、この日に会長の名を使って選挙告示が行なわれた。
しかしこのカヌレとかいう眼鏡マント差別男は期待を裏切らず、つくづくわたしを腹立たせてくれる。
選挙告示に際し、カヌレがまとめておくと言って持ち帰った選挙規約。完成したというので念のため確認すると、とんでもない文言が目についた。
『貴族は高貴な存在故、貴族の一票は五票として数える。』
『貴族が平民に投票することは高貴なる責任の放棄故、一票の価値は一票のままとする。』
「なっ、ななな、なんですかこれはあ……!?」
「見ての通りだ。忙しい合間を縫って生徒会長選挙の規約を制定しておいてやったのだ、ありがたく思え」
「いやいやいやいや……! おかしいでしょ!?」
えー、つまりだ。この追加された文言が意味するところは……。
貴族が貴族に投票した時だけ、五票分に。他は全部一票ってことで……。
「あの、平民がわたしに投票した場合は勿論五票──」
「当然一票として数える。私に投票した場合もな」
「ちょ、待ってください! わたしに不利やすぎませんか、これ!?」
「知らんな。貴族が優遇されるのは世界の理だ」
「でもこんなの不公平ですよ! 学園は貴族の方が多いのに、あなただけ貴族票が五倍だなんて……!」
「それのどこが悪い? 平民が貴族と同じ立場に立てるわけがないだろう。貴族が平民の上に立つ、これこそ真の公平だ」
カヌレ・ド・ボルドーという人間を完全に理解した。
この人には差別の意識がないんだ。根っこの価値観が貴族優先の排他主義で熟成されてしまっている悪意のない差別主義者だ。
彼に人権や公平性を訴えても意味はない。こんな勝負、勝てるわけが……。
「……会長。いえ、カヌレさん。まだ決闘に勝った時のわたしへの命令、聞いてなかったですね」
「ああ、それか。私が勝てば貴様には私専属の奴隷として働いてもらう」
「そうですか。では、わたしが勝ったら、あなたにはこれまであなたが虐げてきた平民全員に謝罪してもらいます」
「ふっ、ルールを捻じ曲げ新たな要求をするか。貴様の強弁には呆れたものだ。いいか、この決闘で命令権を持つのは私だけだ」
「……カヌレさん。あなた言ってましたよね、この選挙が貴族と平民の分水嶺だって。わたしもそう思います。あなたが勝てば平民の星ことわたしは威厳を失い、貴族が学園を支配する。わたしが勝てば、平民も安心して暮らせる学園になる。まさに転換点だ。
だったら、負けた側が今後一切反旗を翻したりしないよう、徹底的に負けを認めさせるべきです。わたしが負けたら奴隷に、あなたが負けたら謝罪する。そうすればすべての生徒が結果に納得し、決着がつきます」
「……よかろう、万一にも貴様が勝てたらの話だがな」
「今の約束、忘れないでくださいよ。言質とりましたからね……?」
わたしが勝てばカヌレに謝罪させることができる。それだけで俄然やる気が出てきた。
このルール、どう考えてもわたしに勝ち目はない。
元より過半数を占める貴族たちはカヌレに投票するんだから、わたしに残された勝機は貴族たちの懐柔だけだった。それなのに貴族は五票とかバカみたいな要素が加わり目に見えた負け戦だ。
しかし、まだ一縷の望みは残っている。わたしには頼れる仲間がいる! みんなとならきっと勝てるはず!
……わたしはずっと激怒してるんだ! 邪智暴虐悪逆非道のこの男に必ず敗北を与えてやる!
その鼻をへし折って地面に頭つけさせて、今までの罪を洗いざらい精算させてやる!
どれだけ泣こうが喚こうが、こいつだけは絶対に許してあげない。絶対に……!




