40 蝶の間にて
「これ以上、あなたの好きにはさせない……!」
「はっはっはっはっはっ! いい度胸だ……!」
「カヌレ様の手を煩わせるほどの相手ではありません。ここは私が」
「いい。ムースは下がっていろ」
会長は指を鳴らした。すると会長のスキルで具現化していた剣が霧散し、跡形もなく消え去った。
「貴様を倒すならもっと客を集めなくてはな。……今週中だ。全校生徒の前で貴様を葬るための舞台を用意しておく。精々震えて待っていろ」
「ふっ……。ここでわたしを逃したこと、後悔しますよ……!」
「……ほざいてろ。行くぞ、ムース」
「はい、カヌレ様」
会長とわたしの決闘の話は、瞬く間に学園中の誰もが知るところになった。
見ず知らずの生徒を庇って始まった会長との対決。
周囲からの心配の声にも「絶対勝つから」と自信たっぷりに応える。
その日、寮に帰ったわたしはベッドから出られなくなった。
「どうしようどうしようどうしようどうしよう……。このままじゃガストリエちゃんが酷い目に遭って死んじゃう……! やばいやばいやばいやばい…………」
「……バカなんですか、あなたは。名も知らぬ他人を庇い自ら窮地を招くなんて」
「だって! だってだってだって……!!」
「ええ、そうですね。貴方はそういうお人です」
ダリオルはうんうんと頷いている。
そうだ、わたしは困っている人がいたら助けずにはいられない性分なんだ。けど今回ばかりは後悔してる……!
「ダリエモン〜。決闘に勝てるアイテムとかないの?」
「そう仰ると思い、珠玉の暗器を揃えておきました。万物を断つ東国の刀剣、山をも穿つ弩、骨も残らぬ劇薬──」
「やっぱいいや」
ダリオルはこんな時にも冗談で和ませてくれる。全然笑えなかったけど。
はあ……一体どんな決闘を挑まれるんだろう。剣の決闘ではないなら、バーリトゥード……?
そういえばクラスの貴族が話してたな。暴力は疲れるから知略とか簡単な遊戯で競うとかなんとか。
そうか、別に格闘だけが勝負じゃないのか……。まあか弱いわたし相手に確実に勝つなら暴力一択だけどね。
「ねえダリオル。わたしの一番の武器って何だと思う?」
「そうですね……。魔力は多いがすぐに倒れますし、膂力は期待できませんし、知力はあっても生徒会長が相手となれば分が悪いでしょう」
「だよねー。会長が突然美容に目覚めてかわいさ勝負を挑んでくれたら勝てるのに」
「……悪くない考えですよ」
「えっ? かわいさ勝負が?」
「そうではなく、決闘内容を『自分の得意分野』に持ち込めばいいんです」
「でも会長が内容を決めるんだよ? わざわざわたしにお誂え向きな勝負を用意してくれるわけが──」
「そこでリエ様最大の武器の出番ですよ。貴方なら、生徒会長にだって勝てます」
「わたしの、武器……」
ダリオルからヒントを得たわたしは、翌日、会長を呼び出した。
二人きりで話がしたいと言うと、会長は学園の奥まで案内してくれた。
普段授業を受けている校舎からしばらく歩き、庭園に入る。
道の傍には色彩豊かな植物が生い茂り、どこかから鳥や虫の音が聞こえてくる。神秘的な香りがした。
レンガの道を歩き庭のさらに奥に進むと、自然の中に溶け込んだ四阿がぽつんと存在している。
中央には丸い卓が置かれ、その上にはチェス盤と白黒の駒が飾られていた。
「ここは魔法結界で完全に隔離されている。私たち以外に誰もいないし、近づく者がいれば動植物が騒めきすぐにわかる」
「なるほど……素敵な場所ですね。あなたと話すには最適だ」
わたしと会長は机を挟んで座った。
会長は徐ろにチェスの駒を並べ始めた。わたしも倣って自分の駒を並べていく。
「王と女王が反対だ」
「え? あ、ほんとだ……」
「パティスリエ。チェスのルールくらいは知ってるな?」
「まあ、動かし方くらいは……」
まさかこれが決闘なのか!? 前世では将棋で伝説の三歩を成し遂げたほど盤上遊戯が苦手なのに……!
会長は黒の歩兵を2マス進めた。
「話とはなんだ」
「あの、これってもう決闘始まってます……?」
「関係ない、ほんの余興だ。話しながら打て」
「わかりました……えいっ」
特に取り決めはなかったが、お互い喋っている間に駒を動かした。
盤上はわたしの騎士と女王が大暴れして、黒の駒を削っているところだ。たぶんわたしの優勢だろう。
その勢いに乗って、わたしは切り出した。
「会長。あなたに話したかったのは、わたしとの決闘についてです」
「だろうな。それ以外に呼び出す用はないだろう」
「決闘の方法なんですが、会長の負担にならないようわたしの方で考えておきました。この内容で話を進めていきましょう」
「貴様……。決闘を取り決めるのは貴族だとわかった上での発言だろうな」
「はい。ですが思うのです、『会長が満足する決闘』とはなんだろうって。あなたはただ勝つだけじゃなく、わたしに有無を言わせぬ圧倒的な敗北を植え付けた上での勝利がほしいはずです」
「何故そう思う」
「だって、昨日わたしのこと見逃したじゃないですか。剣で戦えば絶対勝てたのに。あなたは勝敗そのものよりも、わたしを貶めることを優先した。どうせわたしが負けを認め泣いて詫びる姿が見たいんでしょう」
会長は何も言わず司教を動かす。
「なので、わたしが負けた時に言い訳ができないよう、わたしに有利な条件で決闘を行なってもらいます」
「……それで私が首肯すると思ったか? 貴様が負けを認めなかろうが知ったことではない。なんなら今からでも剣での決闘を始めてもいい」
「いや、昨日会長は剣の戦いを避けたんだ。それを今日になって『やっぱり戦います』ってのは道理に合わない。周りの貴族はあなたをどう見ると思いますか?」
「何……?」
「昨日戦わなかったのは、本当は負けるのが怖かったからなんじゃないかって、今日戦ったのは一日かけなきゃ勝てる確信を得られない臆病者だからなんじゃないかって、そう評価するかもしれませんね。あなたの身分は、常にあなたを肯定するものではないんですよ」
わたしの持論では、身分が高い人間ほど周囲の評価を気にするものだ。
だから貴族たちは頻繁に社交界や舞踏会を開いている。自分の富や名声を世間に知らしめるために。
会長は辺境伯の令息だ。それかどれくらいすごいかは知らないが彼のプライドは背丈よりも大きいだろう。
そんな人間が周囲の貴族から舐められるなんて屈辱、許せるわけがない。わたしの安い挑発に乗ってくるのも自明の理だった。
「……ああ、いいだろう。貴様の提案を呑んでやってもいい。しかしだ、決闘が私に勝ち目のないものであれば誰も貴様の勝利だとは認めず卑怯者と罵るだろう。王妃様の庇護を失った貴様なんぞ他の貴族たちに踏み潰されるだけだ」
わたしは満を持して塔を前進させる。
会長は女王を動かし睨みを効かせた。ここまで一切王には手をつけていない。
「故に、貴様は『両者ともに勝機のある決闘方法』を提示しなければならないわけだが、そこは理解しているか?」
「なるほど。でしたらわたしの案がぴったりですね」
「ほう……。言ってみろ」
わたしは大きく息を吸い、王手をかける。
「決闘の内容は、生徒会長選挙です」




