39 平民の十戒
平民の十戒
一、貴族が絶対であること
二、貴族に逆らってはならないこと
三、貴族の名をみだりに呼んではならないこと
四、貴族の命令を守ること
五、貴族を敬うこと
六、貴族の妨げになってはいけないこと
七、貴族を不快にさせてはいけないこと
八、貴族の身分を騙ってはいけないこと
九、貴族に嘘を吐いてはいけないこと
十、貴族の所有物に触れてはいけないこと
生徒会会長 カヌレ・ド・ボルドー
会長が策定した「平民の十戒」は、学園内のありとあらゆる所に貼り出された。
十戒に少しでも抵触したら虐げられ、遵守しようにも難癖つけて痛めつけられる。
ほとんどの貴族はなんの躊躇いもなく生徒会の方針に賛同した。思考停止しているわけではない、逆らえず従っているわけでもない。元からの価値観なのだ。
貴族は平民の上に立つ者であり、平民は貴族に踏み潰される虫のような存在。学園では毎日誰かの悲鳴が轟いた。
「なんなのもう! 今までも散々酷い扱いは受けてきたけど、もう我慢ならないよ!」
「ほんとだよ! 俺なんて教室を出た途端ぶん殴られたんだぜ? いってえ……」
「わたしなんて手に頬ずりされたのよ?! 逃げたかったけど逆らえないし……もう最悪」
「こんなことなら学園なんて入らなきゃよかった……」
一般クラスの教室では、今日も被害者の会が行われていた。
各々がどんな酷い目に遭ったかを話し、貴族への怒りを募らせるだけの時間。
ただ、平民が一箇所に固まるのは現時点で最善の貴族対策だった。
貴族たちは集団でいる平民は退学上等で反撃してくると思ったのか、迂闊に手を出してこないのだ。
「くそっ、何が貴族だ。生まれた家が違うだけで偉そうにしやがって……!」
「ま、まあまあ! 皆さん落ち着きますの! 世の中にはいい貴族もいますの! 私みたいに!」
「フランは……まあほぼ平民だからいっか」
「どういうことですの!?」
「シャルロットさんって公爵の娘なんでしょ? 生徒会になんとか言ってやってよ」
「わ、私は……」
「てかなんでお貴族様がここにいるんだ……何もできないくせに」
「おいやめろよ。シャルロットは友好的なのに、こいつまで憎んでたら敵が増えるだけだぞ」
「なんで貴族の肩持つんだよ。シューは生徒会長に痛めつけられたんだろ、貴族が憎くないのか?」
「……俺も貴族は嫌いだ。けど今は無意味に争っても仕方ないだろ」
「ちっ……」
みんな気が立っている。これまでも差別はあったものの、貴族と関わらなければ割と平和に暮らせたのだ。
それが学園爆破事件を機に、差別が助長され、奨励されてしまった。
学園内に漠然とあった貴族と平民の対立構造が浮き彫りとなり、まさに一触即発。
「……パティスリエさあ、前に爆破事件の捜査してたよね。もしかして犯人知ってるんじゃないの?」
「ううん、知らないよ」
わたしは同じ教室にいるプディングちゃんには視線を向けず、淡々と嘘を吐いた。
爆破事件が生徒会の横暴を許し差別の潮流を作ったなら、その事件の犯人が恨まれるのも当然。
幸いなことに会長は平民を個として認識する気がないため、犯人の名前には触れなかった。おかげで生徒たちは犯人が平民の誰かという情報しか知らない。
もしプディングちゃんのことが知れ渡ったら、彼女がどんな扱いを受けるかは想像に難くない。それに、平民同士で争ったらいよいよ収拾がつかなくなる。
なんとしても、彼女を守らなければならない。
「誰よりも先に事件を調べてたのはパティスリエなんだよ。生徒会は審問で犯人を見つけられなかったって噂だし、犯人特定はパティスリエにしかできなかったんじゃないの?」
「買い被りすぎだよ。わたしはそんなに賢くないし」
「そんなわけねーだろ。パティスリエは俺らの星なんだから犯人くらい余裕で見つけたんだろ?」
「あ、そういえばさあ。審問があった後、パティスリエたちとプディングが一緒にいたのを見たような──」
「……みんな、受験してこの学園に入ったんだよね。頭はいいはずだよね。だからよーく考えてね。もし犯人がわかってみんなでその人を寄ってたかって虐めたとして、結局それで誰が一番得をすると思う?」
「そ、それは……」
わたしの言葉を受け、憤っていたみんなは静まり返った。仲間内で争っても意味がないと理解してくれたみたいだ。
わたしたちが真に戦うべきは平民ではない。貴族でもない。生徒会が生み出したこの対立構造だ。
……とはいえ、戦い方なんて知らなかった。授業をボイコットすればいいのだろうか。学園に立て篭ればいいのだろうか。
いや、会長は平民を嫌っているだけなんだ。仮に平民全員が学園を辞めたとしても、むしろ理想郷ができて会長だけ絶頂するのがオチだ。
あの眼鏡マント男が喜ぶ展開にだけはしたくない。わたしたちの持つ武器は少ないが、せめて一矢報いてやりたいところだ。
「あ、ガレット王子……! あの人ならなんとかしてくれるんじゃ……」
「ダメよ、あの人は誰の味方にもならないわ」
「そうなの? んー、ダメかー」
王子はわたしを生徒会から助けてくれたこともあったけど、立場的には貴族にも平民にも属さない第三勢力といったところか。
今は少しでも仲間がほしいけど、王子に期待はできないか。果たしてどうしたものか……。
とにかく今は、自分の身は自衛しながら助け合って過ごすしかなさそうだ。
翌週。
団結し始めた平民たちの想いを踏みにじるように、会長は新たな方針を打ち出した。
「非常に残念なことに、平民の十戒を厳守している平民は皆無だとの報告を受けた。これは規則に拘束力を持たせなかった私の責任だ、本当にすまない」
形だけの謝罪を済ますと、早速本題に入る。
「そこで、本日より十戒を破った者には我が学園の伝統に則り、『決闘』を行なってもらうことにした! ルールも条件も貴族が決めてよい! 仮に平民が死んでも安心してくれたまえ、不可抗力なら無罪としよう!」
会長はここぞとばかりに貴族優位の施策を始め、平民弾圧を強めていく。
最初は抵抗感のあった貴族たちも、自分が平民の上に立つ人間だと再認識すると、喜んで平民を痛めつけるようになっていった。
昼頃には方々で悲鳴が上がっていた。権力を持つ生徒会が率先して平民を甚振り、教師は見て見ぬふりをするしかない。学園は完全に無法地帯と化した。
わたしがいる貴族クラスでは、平民との決闘予約数を競い合っている者たちもいた。当然、決闘内容は貴族が勝つとわかりきったものだ。
平民(という設定)のわたしは、王妃様の仮面効果と近くにシャルロットがいてくれるおかげでなんとか無事でいられる。だが、差別感情の強いクラスメイトからの視線が背中に刺さる。
昼休み。いつものようにシャルロットと中庭に出ると、そこにはやつれたシューの姿があった。
平民クラスは荒れに荒れ、少しでも隙を見せると決闘を申し込まれるそうだ。会長に勝った実績からシューが狙われることは少ないそうだが、既に3件の予約が入っているとか。
「へー……。シューが負けたら結婚かー」
「な、何笑ってんだよ! 他人事だと思いやがって……」
「いやいや、よかったじゃん! 三人から言い寄られてるんだよ、モテモテだねー」
「はあ……。俺は親父みたいなクズにはなりたくない。恋とか結婚とか、そういうのは親父の件が解決するまで考えられねーよ」
ギスギスした校内で、唯一昼下がりの中庭だけは安らげる場所だった。
わたしたち以外にも平民の子が何人かいて、木漏れ日に照らされゆったり過ごしている。
そんな安息の地を、侵略者たちが土足で踏み荒らす。
「す、すみません……! 会長がいるのに気がつかなくて……」
「平民の十戒は知っているな? 生徒会の名の下に貴様に決闘を申し込む」
カヌレ・ド・ボルドー。背中のマントをはためかせ、不遜に他人を見下す諸悪の権化。
後ろに大男を連れ、中庭に降り立った会長。女生徒相手に情け容赦なく凄みを利かす。
「──【剣製】。さあ、その剣を取れ」
「えっ……! 決闘って、今から……ですか……!?」
「早くしろ。その剣を握った瞬間、決闘開始だ」
いつか不夜城で見た忌まわしき鉄剣が、中庭に突き刺さっている。
勇者の剣みたいな風情もへったくれもなく、ただ地面に刺さっている。
「こ、この子は悪くないんです! なんでもしますから、決闘だけは勘弁してください……!」
「手間を取らせるな。それとも二人同時にかかってくるか?」
「どうか、お慈悲を……!」
「私が数え終わるまでに剣を取れ。3、2、……」
「すっ、すみません! すみません……!」
「こんなはずじゃなかったのに……うう、ごめんなさいごめんなさい……許してください……!」
「1、…………死ね」
──わたしは駆け出し、剣を握っていた。
「その決闘、わたしが受けますよ。会長……!」
「おい、パティスリエ!」
「パティスリエ……!」
「…………また貴様か。王妃様の推薦だか知らんが、次はないと警告したはずだ」
「ええ……。わかってます」
剣を片手に、わたしは王妃様の仮面を外した。
いつまでも王妃様に守られているだけじゃダメだ、この諸悪とは自分の力で戦わなくちゃ。
わたしは会長に相対し、鋭く光る鋒を突き出す。
「これ以上、あなたの好きにはさせない……!」




