36 閃光のエクレール②
放課後。くっつくシャルロットをクレープちゃんが回収し、わたしは一人に。
さっさと帰ろうかとも思ったが、約束がある。已む無くエクレールさんと待ち合わせている校庭に出た。
「雨足、弱まりましたね」
「困ったな……。雷は期待できなさそうだ」
「……正直、雷よりもエクレールさんのスキルの方が気になりますけどね」
「ん、この【稲妻】のことか?」
「スキルは『できることができる』ものです。でも、何がどうなったらそんなスキルになるんですか……」
「もしかすると、あれが原因かもしれんな」
「あれ?」
「私が幼少の頃、庭で遊んでいたら雷に打たれたのだ。周りに建物や木があって、父や大人たちもいた。その中で私にだけ雷が落ちたのだ」
雷に打たれやすいのは天性のものなのか。難儀だ。
「なんとか一命を取り留めたのだが、それ以来私は雷を喰らっても平気になった。そして10歳でこのスキルを授かり、確信した。私は雷に愛された存在なのだと!」
「まあ……愛されてはいますね」
「雷は素晴らしい! 電気の力は無限大だ! このスキルで身体を強化すれば、なんと……3秒で走り切ることができる! うおおおおおっ!!」
言うや否や、エクレールさんは突然校庭を走り出し、5秒くらい経ってから戻ってきた。
走った距離はよくわからなかったが、見た感じかなり速い。これなら世界記録も狙えそう! ドーピングだけど。
「いや、かなりすごいですよそのスキル! 正直ちょっと舐めてたしバカにしてましたけど」
「そうかそうか! やはり雷は素晴らしいということだな!」
「……あ、閃いた! エクレールさん!」
「どうした、仮面の少女よ!」
「そのスキル、もっと利便性を上げられるかもしれませんよ……?」
「な、なんだとぉーーー!?」
いちいち反応がでかくて面倒になってきたが、乗りかかった船だ。
スキル改造計画を始めよう……!
「まず、【稲妻】の効果は身体に電気を溜める、という解釈でよろしいですね?」
「そうだな。雷と電気は同一のものだ。この発見は私の祖父が──」
「では! 魔法で電気を生み出せたら、雷がなくてもスキルを使えるんじゃないですか?」
「な、なるほど! その手があったとは……! しかし電気を作るなんて可能なのか?」
「んー、そうですねー……。理屈で言えば、擬似的な雷雲を再現できれば電気が発生するはずです」
「……はっはっはっ! 面白いぞ、仮面の少女よ! 貴様とならどんな夢も語れそうだ!」
雷の原理は静電気だ。上空で氷の粒が擦れ合い、静電気が溜まって地上に落ちてくる。
つまり魔法で氷を大量に作り、静電気を発生させれば──。
わたしの手と手の間に浮かぶ氷の雲から、一筋の光が走った。
「や、やりました! この要領で、電気を生み出すことができ……うぅ」
「仮面の少女!? おい、大丈夫か!」
「はい、ちょっと立ち眩んだだけですので……。さっき魔法実技があったの、忘れてました……。でも気絶ラインにはまだ余裕があるのでご心配なく……」
「くっ……! 私は、か弱い少女に手を差し伸べることもできない……!」
エクレールさんは人に触れると感電させてしまう。
これまでの人生、きっと苦労しただろう。誰にも触れられないし、誰にも触れてもらえないのだから。
彼のスキルは外的要因で自動発動するから本人の意思でどうこうできない。誰も彼に近づけないのだ。
エクレールさんが研究に勤しむのは、誰か自分を認めてくれる人が欲しかったからなんだろうな。
「待っていろ! 今すぐ先生を呼んでくる!」
「いえ、それより魔法を完成させてください……」
「何を言う! このエクレール・エトワールが少女を見捨て私利私欲に走る薄情者だと思うか!」
「わたしは、少し休めば大丈夫です。だから、電気の魔法を……」
「どうしてそこまで…………。わかった、すぐに終わらせる」
エクレールさんは水と風の魔法を唱え、両手の上に無数の煌めきを集めた。光の一つひとつが氷の粒で、それらを作り出す彼の魔力操作の精度の高さを感じさせた。
やがて煌めきは閃光に変わり、空を裂く雷鳴が耳に突き刺さる。
「できた、できた……! 本当に魔法で、電気を作り出したぞ!」
「その電気を、身体に……」
「ああ!」
エクレールさんは自身で生み出した電気を体内に取り込む。眩い光が彼を包んだ。
わたしはすかさず、スキルクラフトで彼のスキルを上書きする。
「…………【閃光】」
「む? 今、何をした……?」
「スキルです。エクレールさんに新たなスキルを与えました」
「何を、言っている……。スキルは一人一つと決まっているだろう」
「まあまあ……。試しにわたしを触ってみてくださいよ」
「おい、やめろ! 私に触ったら……」
「【閃光】で、あなたは自分の意思でスキルを切り替えられるようになりました。あなたはもう、誰も傷つけなくていい」
差し出された手を、エクレールさんは恐る恐る握った。
これまでみたいに電気が弾けたりしない。普通の握手だ。
エクレールさんは自分の手を見つめ、万感の想いで打ち震えている。
「ど、どうやったんだ、これは……!? 少女、貴様は一体……」
「雷に打たれ電気を纏うなんて、スキルがあっても普通できませんよ。わたしも同じです、みんなにできないことができるだけ。……あ、でもみんなには内緒ですよ」
「……何を言っているかさっぱりだが、わかった! 口外しないと約束しよう!」
スキルクラフトのおかげでエクレールさんは人に触れられるようになった。これでめでたく解決だ。
満足して帰ろうとしていると、エクレールさんは自信に満ちた声量でわたしに呼びかけた。
「さて、これで電気の研究が捗るな! 仮面の少女よ!」
「え? あ……そっか、研究が目的でしたっけ」
「無論! 私が思うに、いずれ世界中のあらゆるものが電気で動く時代が来るはずだ。電気にはそれだけの可能性が満ち溢れているのだ!」
「……そうかもしれませんね」
流石は研究者の家系だ。先見の明が冴えている。
わたしの転生前の知識を与えれば、エクレールさんはすべてを理解してあらゆるものを発明し、世界のエネルギー事情を一変してしまうのだろう。
そんなことを考えていると、シューがやってきた。空はすっかり晴れ渡っている。
「なんかうるせーと思って校庭を覗いたらお前が見えたからよ」
「いやいや、うるさいのはわたしじゃないからね?」
「わかってるって」
「眼鏡の少年よ、仮面の少女の友達だな? 友好の証に握手をしようではないか!」
「はあ? 俺は別に……」
「いいから握手だ!」
「お、おいやめ……びびびびび!?」
エクレールさんに手を握られ、シューは感電していた。
「す、すまん! まだ調整に慣れていなくてな」
「そんな状態で触るなよ……」
んー、難儀だ。
まあエクレールさんならいずれスキルを使いこなせるだろう。
「それでは失礼します。ほら、シュー行こう」
「お、おい! まだ私との研究が……」
「……あなたの研究は、いずれ世界を変えるでしょう。でも世界が変わるとしたら、それはエクレールさん自身の努力や発見の末に成り立ってほしいんです」
「し、しかし……」
「それに買い被りすぎですよ。わたし、そんなに賢くないので!」
わたしの転生前の知識をそのまま彼に与えれば、世界にエネルギー革命が起こるだろう。文明は発展し、より住みやすい日常になるはずだ。
それでもわたしは、もう少し今の世界を楽しみたかった。
「……そうか、付き合わせて悪かったな。しかし安心しろ! 仮面の少女がいなくとも、私一人で世界を変えてみせるさ! はっはっはっ!」
わたしが学園に入って最初にスキルを与えた人物、エクレール・エトワール。
いつか彼の名が教科書に載る日を楽しみに待とう。




