35 閃光のエクレール①
朝の支度を終え、暇を持て余したわたしは毛先で遊んだ。
外を見ると、夜から降り出した雨がまだ窓を叩いている。
「雨か……。憂鬱だなー」
「おや? リエ様は雨がお好きなのでは」
「よく覚えてたね。まあ好きなんだけど濡れるのは嫌なわけ」
「なるほど。では今日は私が傘を差してご同行いたしましょうか」
「生徒が教師にそんなことさせてたら変な誤解されちゃうでしょ?」
傘はいつの時代、どこの世界でも変わらない形だなー、なんて浅いことを考えながら雨降りの通学路を歩く。
わたしとシュー、そしてわたしにくっつきたいけど傘が邪魔でやきもきするシャルロットとで裏門に向かっていると、他の生徒がわたしたちを追い抜いていく。
「おはよう! 今日もいい仮面だねー」
「おはよーおはよー!」
「……早くも人気だな、パティスリエ」
「んーそうなのかなー?」
わたしが生徒会と対立したことで、生徒会をよく思わない層からの人気が高まっている……らしい。さながら平民の星みたいに扱ってくる人もいる。
うーん、悪い気はしないけど尊敬されたいわけじゃないんだよなー。わたしはただ友達になりたいだけなのに。
シューと別れ自分の教室に入ると、クラスメイトの視線が集まる。
「ごきげんようシャルロット。……それにパティスリエも」
「ごきげんよー! 今日もいい天気だねー」
「すごく降ってるけど……?」
あれだけ無視を決め込んできたクラスメイトだったが、最近はわたしに挨拶してくれる人も出てきた。
シャルロットと親しい間柄なおかげで貴族たちのわたしを見る目も変わってきたように感じる。シャルロットの身分を笠に着てるみたいでちょっと複雑だけど……まあいいか。
少しずつだが、わたしを取り巻く環境は好転していた。
この調子で友達100人達成して、わたしのスキルクラフトを教会に認めさせる作戦を進めていこう!
そんなわたしを祝福するように、外に大きな雷が落ちた。
「きゃっ! 怖いわパティスリエ〜」
わざとらしく抱きついてくるシャルロット。
抱きしめて頭なでなでしたかったが、そうするとわたしをガン見しているクレープちゃんが泣いてしまう。
わたしは降参の意を込めて両手を上げた。
「おい! 校庭に雷が落ちたみたいだ!」
「誰かに直撃しているわ!」
騒然となる教室。わたしも窓から覗いてみると、焦げた芝生の上に立ち尽くす人影があった。
心配になって向かおうとすると、クレープちゃんに呼び止められる。
「エクレール・エトワール。それが彼の名前です」
「クレープちゃん、知ってるの?」
「はい、社交界で何度か。彼は少し変わっているというか……あまり近づかない方がいいですよ」
「うん、わかった!」
クレープちゃんの忠告をありがたく受け取り、わたしはエクレールさんとやらの元へ走った。
雨降りの校庭。天を仰ぐエクレールさんに傘を渡そうと近づいたその時、空が光った。
「ぬわぁあああああ!!」
「ぎゃあ! だ、大丈夫ですか!?」
またも雷は彼に吸い込まれていった。他にも避雷針になりそうな建物とかあるのに……。
とにかく校舎に連れて行こうとして彼に触れると、強烈な静電気が火花を立てて弾けた。痛ったあ!?
わたしが怪我をしたのを察知したのかダリオル先生が現れ、校舎へと連行される。
その後、エクレールさんもビリビリしたまま校舎へ戻された。ダリオルは電気を喰らっても顔色ひとつ変えない、どんな訓練を受けてきたんだ。
授業の合間の空き時間。わたしは廊下にエクレールさんの姿を見つけた。
うーん、わざわざ話しかける間柄でもないが、今朝のこともあるし挨拶しておくか。
「やや、君は……。今朝は済まなかったな、傘を持ってきてくれたのだろう? 君の善意を無碍にしてしまった」
「いえいえ、それはいいんですけど……大丈夫ですか?」
「む、何のことだ?」
「雷ですよ! あれだけ直撃して、なんともないんですか?」
「ああ、そのことか。私は雷とは友達だからな。はっはっは!」
彼は高らかに笑った。何が面白いんだ。
わたしは雷に打たれたことはないし、知り合いにそういう人もいなかった。実際、雷に打たれてもこんな感じに笑い飛ばせるものなのだろうか。
エクレールさんは遠くに落ちた稲光を見つめていた。
「仮面の少女よ。雷は何でできているか知ってるか?」
「え、電気……ですか」
「ふぬっ!?」
エクレールさんはわたしに迫ってくる。怖い怖い!
しかし彼の眼差しは真剣そのものだった。
「雷が電気でできていることを発見したのが私の祖父で、実験の末に証明したのが私の父。そして、受け継いだ研究成果を世に知らしめるのが私の役目だ」
「そ、そうなんですね。頑張ってください」
「しかし驚いた! まさかこんなところにエトワール家の研究を知るものがいるとは! 君は一体何者だ!?」
「え、えっと……」
「わかった! さては君、賢いんだな? 祖父と同じ観察眼を持ち、父と同じ頭脳で雷の秘密を解き明かしたのか! 素晴らしいぞ、はっはっは!」
「びびびびび!?」
熱くなったエクレールさんに肩を掴まれ、感電する。
わたしが白目を剥いているのに気づくとエクレールさんは慌てて手を離してくれた。
危なかった……。廊下の奥にダリオルの殺気があったから、手を離すのがあとちょっと遅れたら彼の手が離れ離れになっていたかも。
「す、すまない……。またやってしまった」
「いえ……肩こりが楽になりました……。それよりなんですか、今の! まだ雷が残ってる……!?」
「私のスキル【稲妻】だ。体内に電気を蓄積することができる。何かに触れるたびに蓄積は減っていくがな」
「だから、雷に打たれても平気なんだ……」
「ご名答! やはり賢いな、君は」
エクレールさんは何度か頷き、改めてわたしに向き直った。
「賢き少女よ! 私を手伝ってくれないか?」
「ええ!? どうしてわたしが?」
「君の力が加われば私の研究は完成すると、予感が囁くのだ!」
「うーん……。まあいいですけど、ちなみにエクレールさんの研究はどこが目標なんですか?」
「決まっている! ちやほやされることだ!」
「は……?」
「この世紀の大発見を王に認めてさせ、ありったけの金と名誉をいただく! そしてみんなから誉めてもらう! それだけだ!」
俗物……! なんて欲に塗れているんだ、この人!
研究者とか科学者って私利私欲とかじゃなく、自分の究めたい道を極めるものじゃないのか!?
「いや、そうじゃなくて……。目標地点がどこか知りたいんです。何を研究して、何を以って完遂するんですか?」
「ふむ……。わからん!」
「え?」
「とにかく何かすごいものを完成させて、みんなに認めてもらいたい!」
こ、この人、何も考えてない……! 安易に手伝うなんて言うんじゃなかった……。




