33 甘いの甘いの召し上がれ①
「ガス……パティスリエと同じクラスになるなんて、やっぱり私たち、運命で結ばれているのね」
「そ、そうだね……。とりあえず教室だし、みんなの目も気になるからちょっと離れてほしいなー……?」
「私は気にしてないわ。パティスリエの愛の糸は誰にも切れないもの」
復学したシャルロットは、わたしと同じクラスに編入してきた。扱いとしては一年留年したみたいなもので、わたしと同じく周りより一歳上だ。
朝からずっとわたしの隣にくっついている。教室ではわたしたちを中心に騒めきが広がっていた。
わたしが不夜城に乗り込んで生徒会と揉めた話は学園内で周知され、さまざまな揣摩憶測が飛び交っている。
その上、不登校の公爵令嬢を引っ張り出して再び登校させ、べったり懐かれている光景は注目の的となった。
「しゃ……シャルロット様!」
教室に入ってきたクレープちゃんは入口で固まってしまった。信じられないものを見ているかのように目を見開いている。
「久しくお会いできなくて寂しく思いました……! 体調はいかがですか? 私からの心配など不要でしょうが、無理なさらないようにしてくださいね。とにかく、ご無事で何よりです」
「えーっと……」
「私です、クレープ・マシェリです!」
「…………ああ! クレープちゃん!」
いま絶対忘れてたよね?
クレープちゃんはシャルロットと旧知の仲っぽいのに、シャルロットはわたしと会うまで友達はいないと言っていた。つまりシャルロットは、クレープちゃんのこと……。
……これ以上は考えないでおこう。きっと誰も幸せにならないから。
授業が終わってもシャルロットにべったりされる。
当然目立ちまくり、廊下を歩くだけで視線を浴びせられる。シャルロットはガレット王子の婚約者だし、王子に見つかる危険性大だ。
わたしが冷や冷やしてると、流石に目に余ったのかクレープちゃんがわたしの代わりに物申してくれた。
「シャルロット様、大変申し訳にくいのですが……。そちらにいるのが平民だとご存知ですよね?」
「平民……?」
「うんうん、わたし平民!」
「……ああ! そうだったわ。パティスリエは平民なのね」
「あの、平民とはあまり関わらない方がよろしいかと……。どういったご関係かは存じませんが、周囲の目もありますし、何より貴族として体面というものが……」
「どうして『好き』を我慢しなくてはならないの? 私は好きな人のすぐ傍にいたいだけよ。クレープちゃんの意地悪」
「なっ……!? な、何故……私が悪者にぃ……」
クレープちゃんは泣きそうになるのを堪え、わたしを必死に睨みつけてくる。ああもう人間関係ぐちゃぐちゃだよ!
不夜城でのあれこれを経てクレープちゃんとも仲良くなれたと思ってたのに、一気に嫌われてしまった。
シャルロットともクレープちゃんとも仲良くする方法はないものだろうか……。
「……パティスリエ。あなたがシャルロット様を連れ出してくれたことには感謝していますよ、実際。ですがあなたが平民である限り、シャルロット様には不釣り合いなのだと心得てください」
「酷いわ、クレープちゃん! あなたみたいになんでもできる完璧な人にはわからないのね、人の心の弱さというものが」
「私が、完璧……? だったら、何故私のことを──」
「あれ、パティスリエは……?」
「……消えましたね」
ごめん、王子との遭遇は避けたいから逃げさせてもらうね。あとはお二人でごゆっくり。
わたしが人目のつかなさそうな場所を探して学園を彷徨っていると、見覚えのある日傘が日陰に咲いていた。
名も知らぬ日傘の少女がぽつんと立っている。先日の不夜城での一件では、暴走する会長を止めてくれた……と思われる大恩人だ。
お礼を言おうとうっかり声をかけそうになり、すんでのところで踏み止まる。
危ない! この子、王子の妹だった!
「……何してるの」
片足軸で半回転し逃げようとしたら声をかけられてしまった。
気づかれてしまった以上逃げれば怪しまれる。わたしはさらに半回転し、一周回って平静を装う。
大丈夫、どこからどう見ても普通の平民だし仮面で顔も隠してる。ガストリエだと気づかれるわけがないんだ。
「や、やあ初めまして! 一人でこんなところに立って何してるのかな?」
「考えてた」
「おお、哲学者だね。一体何を考えてたのかな」
「あれ」
短い言葉で返答する彼女の差す指の先には、学園の農園が広がっている。
その中でも一際目を引いたのが、赤く実った苺だ。彼女は無表情のまま涎を垂らしてる。
「食べようとしたら怒られる。どうしたら食べれる?」
「んー、管理してる人にお願いする……とか?」
「はっ……!」
無表情なのに驚きが伝わってくる。「そんな手が!」とでも言いたげに感心した目でこちらを見てきた。むしろ今まで勝手に盗ろうとしてたのか。
農園を見回すと管理者と思しき人はすぐに見つかった。見たところ学園生徒のようだが、汚れてもいいように農作業用の繋ぎを着ている。
「あ、苺泥棒! また悪さしに来たなー?」
「取ってない。まだ」
「じゃあこれから取る気でしょ! ……ん、君は?」
「パティスリエと言います。この子が苺を食べたいそうなんですけど、もし余ってたら分けてもらえませんか?」
「だーめ。一年間丹精込めて育ててきた子どもたちなんだから、誰にも食べさせないよ! 勿論わたしも食べないし!」
「でも誰にも食べられなかったら腐っちゃいますよ?」
「うっ……正論言ってくれるねぇ」
フレジエと名乗った苺の番人は、それでも苺を欲望のまま貪られることが我慢ならないらしい。
まあ彼女が育てた苺をどうするかは彼女の自由だし、わたしたちがとやかく言えたものではないか。
諦めて帰ろうとするも、日傘の少女は足に根が生えたのか微動だにしない。前にもこんなことあったな……。
「あなた、お名前は?」
「フェーヴ」
「ねえフェーヴちゃん。ここの苺はフレジエさんのものなんだって、だから食べられないよ」
「……じゃあ、説得すればいいんだ」
そう言って、フェーヴちゃんは日傘を掲げた。
何やってるのやら。わたしが疑問符を浮かべていると、後ろの方でフレジエさんが呻いていた。
「な、なに…………からだ……動かな、い……!?」
硬直したフレジエさんの頭頂部から日傘が伸び、くるくると回っていた。
これは……かつて森の熊を操り、生徒会長にも生えていた日傘……!
「ふふふ……。これで誰もわたしを止められな──」
「うわー! ダメダメ、ダメだって!」
邪魔者を排除し、これ見よがしに苺を盗もうとするフェーヴちゃんを羽交締めにする。
なんとか未然に犯行を止められた。ふー危ない危ない。
「あれ? あなた、なんで動けるの」
「え?」
フェーヴちゃんは表情を変えず不思議そうにしている。よく見るとわたしにも同じ日傘が生えていた。
あー、急に曇ったのかと思ったら日傘だったのか。でもわたしは普通に動けてるよね……え? なんで?
「まあいいや! とにかく苺は諦めて!」
「やだ、わたしの苺……」
「だ、め……! 苺は……わたし、の……子ど、も……」
苺農園で繰り広げられる壮絶な戦い。
このままだと埒が開かないので、わたしは最大多数の最大幸福の理念の元、フレジエさんにある提案を持ちかける。
「あの、正直わたしもここの苺が食べてみたいです。なので学園生徒を集めて苺パーティを開くのはどうでしょう?」
「ど、どうしてそんなひどいこと……!」
「フレジエさん。真剣に考えてみてください、苺たちの将来を」
「苺の、将来……?」
「食べてもらうことで、あなたの苺の素晴らしさをみんなに伝えるんです! そうすれば、苺はなくなっちゃうけどみんなの思い出として生き続けます!」
「……確かに、このまま腐り果てるだけよりかは、いろんな人に苺を知ってもらった方が彼らにとって幸せなのかも……」
「そうです! みんなハッピーです!」
「子離れできてないのはわたしの方だったんだね……。わかった、ただせっかくなら最高に美味しく食べてほしいな」
「それならわたしに任せてください! なんたってパティシエですから!」
フレジエさんは得意気なわたしを見て不安気にしていたが、わたしの説得に心打たれ苺パーティの開催を認めてくれた。
フェーヴちゃんは無表情のまま拳を天に掲げ、苺を食べられる喜びを噛み締めている。かわいい。




