32 愛のすみか
〜シャルロット劇場〜
『シャルロット・アムールは、アムール公爵家の一人娘として生まれました。』
私「おとうさま、おかあさま。わたくしをうんでくださり、ありがとうございます」
お母様「いいのよ」
お父様「いいんだよ」
『父と母の愛をたっぷりもらい、シャルロットは少しずつ大きくなりました。きっとこのまま立派な公爵令嬢になるのだろうと、そう信じていました。しかし現実はそううまくいきませんでした……。』
お父様「シャルロット。まだ字が読めないのか?」
私「ごめんなさい……」
お母様「シャルロット。食事のマナーは何回も教えたでしょ」
私「ごめんなさい……」
ジャンブレッド「シャルロット様。またピアノのレッスンをお休みになられたのですか」
私「だって、おこられるもん……」
『シャルロットはだめなシャルロットでした。』
『何をやってもうまくいかず、同じくらいの歳の子ができることも一人だけできません。両親からの期待に応えられず、シャルロットはとっても悲しい気分でした。』
『それでもひょんなことからガレット王子と婚約したことで、なんとかお家の為になることができました。』
ガレット王子「やあ、シャルロット」
私「まあ、ガレット王子!」
ガレット王子「君と僕は生涯を共にする伴侶だ。君と仲良くなりたいから、君がどんな人物なのか教えてくれないか」
私「わたくし……ですか……」
ガレット王子「君は何が好きなんだ? 君はどんな時に笑い、どんな時に怒るんだ?」
私「わたくしが……好きなもの……」
『シャルロットは答えられませんでした。』
『シャルロットにも好きなものはあったし、感情だってあります。けれど、それを伝えるのが怖かったのです。』
私「わたくしはだめなシャルロット……。きっと、わたくしを知ったら、王子もがっかりしてしまう……」
『シャルロットの周りにいた人たちも次第にシャルロットから離れていきました。一人になったシャルロットは、さらに心を閉ざしてしまうのでした。』
『こうしてシャルロットは自分だけの世界に逃げ込むようになりました。』
『誰にも怒られない、誰にも失望されない、誰にも嫌われない世界へ……。』
私「小鳥さん、いっしょにおうたをうたいましょう。あら、りすさん! ふふっ、そんなにたくさんなにを食べているのかしら?」
『シャルロットは部屋に篭り、窓から見える動物さんとばかりお話していました。そのおかげか、10歳になると動物と話せるスキルを手に入れました。』
『ずっとこのままがいいな……。そんなことを思いながら、シャルロットは一人で楽しく生きていました。』
『学園に入学する前は、他の子と仲良くできるか不安で毎日泣いていたシャルロット。』
『そんな一人ぼっちの娘を心配した母は、あの手この手でシャルロットを社交界に連れ出しました。』
『その社交界で、シャルロットは運命の出会いを果たしたのです。』
ガストリエ「やあ、お嬢さぁん……(吐息多め)。君のお名前を訊いてもいいかい……?」
私「は、はい////! わ、わたくしはシャルロット・アムールです!!」
ガストリエ「私はガストリエぇ……。かわいい名前だね、シャルロットぉ……。キスしたくなっちゃうな、ちゅっ」
「むきゃああああああああああああああああ!!!!!」
『爆発しました! 何かはわからないけど爆発しました!』
『甘い声で囁き! しなやかな指で撫で回し!! 透き通る瞳がシャルロットの心を貫きました!!! ……あ、ごめんなさい。興奮して鼻血が……。』
『えー……こほん。シャルロットは天にも昇る気持ちで満たされ、そのまま本当に天に昇りそうになりました。』
『社交界の緊張で魔力が暴走し、空へと浮き続けるシャルロット。そんな彼女を、なんと空を駆けるガストリエが助けに来てくれたのです。』
私「ああ……。わたくし、このまましんでしまうんだ……。でも、さいごにしあわせになれました……」
ガストリエ「シャルローーーット! さあ、この手を掴め!」
私「が、ガストリエ……!? だめです、このままじゃ大好きなガストリエまでしんでしまいます!」
ガストリエ「わたしも好きだ! だから死ぬな、シャルロットーーー!!」
私「は、はいぃ……////」
『空の彼方。二人は手を繋ぎ、指を絡ませ、永遠の愛を誓い合いました。』
ガストリエ「私が生涯……シャルロットを守り続けるよぉ……」
私「が、ガストリエ……////」
ガストリエ「愛してるよ、シャルロットぉ……」
「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!」
「──と、ここまでが私の半生、そしてガストリエとの出会いだったよね」
「え……知ってるはずの記憶が知らないんだけど」
鼻血を垂らしながら恍惚とした笑みを浮かべるシャルロットを前に、私は愕然とした。
悪い夢でも見ているのだろうか……。確か、屋敷に閉じ篭もってしまった可愛らしいご令嬢を探しにきたはずなんだけど……。なんか急に人形劇が始まった……。
シャルロットはガストリエちゃん人形をそっと台座の上に戻した。父親、母親、メイド、王子役の人形たちはぞんざいに転がっている。もうちょっと愛を分けてあげてほしい。
「シャルロット様! 先程、何者かがこちらの部屋に侵入したとの報告が! それに何やら奇声も……」
外から使用人がドアを叩いている。わたしが侵入したところを見られてたのか。
ドアは鍵がかかっており、シャルロットは鍵を開けに行く素振りも見せない。
「大丈夫! いつものことよ、ご心配なさらずに」
「なんだ、いつもの発作でしたか。お大事に」
使用人は胸を撫で下ろし去ったようだ。何が大丈夫なんだ。
部屋は再び、シャルロットとわたしだけの空間となる。
「……で、ここからはガストリエの知らない話」
「今までも知らなかったけどね?」
シャルロットは自分を模した人形を抱え、再び語り始めた。
お手製なのか、人形たちはやたら凝ったデザインをしており、見ただけでも誰かわかる質の高さだ。
……ガストリエ人形だけ神格化され過ぎてもはや別人なのは触れないでおこう。
『シャルロットとガストリエが結ばれた翌日。ある事件が起きました。』
『なんと、ガストリエがあらぬ冤罪をかけられてしまったのです! なんて酷い!』
『ガストリエを捕まえにきた方々は母が追い払いましたが、依然教会に追われ続けるガストリエ。』
『シャルロットはどうにかガストリエを守ろうと、ガレット王子の力を借りたり、できる限りのことをしました。』
『しかし、ノワール家を追放されたガストリエは執事とともに姿を消し、その行方には様々な憶測が飛び交い、最終的にガストリエが死んだという連絡が届きました。』
『シャルロットは深く悲しみ、授業にも身が入らなくなり学園を辞め、また屋敷に閉じ篭もる日々に逆戻りしたのです。』
そうか、わたしのせいで知らず知らずのうちにシャルロットを振り回しちゃってたんだな……。今日会えてよかったよ。
というかガレット王子、わたしを助けようとしてくれてたんだ。今はどういう考えかわかんないけど、もしかして味方なのかも?
『再び屋敷に篭ったシャルロットは、動物さんとお話する気力もなく、失意の中を生きていました。』
『ガストリエの後を追いかけようか……。そんな風に思うこともありました。』
『そんなある日のこと。シャルロットはお誕生日プレゼントに父から貰っていた人形を手直しし、自分を作り出しました。』
『父や母、メイドや王子など、身近な人物を作り、いよいよガストリエを顕現させました。』
『そこからシャルロットの夢想は始まったのです──。』
ガストリエ「やあ、シャルロットぉ……」
私「ガストリエ! 生きていたのね!」
ガストリエ「勿論さ、君を置いていったりしないさ」
私「まあガストリエったら!」
ガストリエ「私のかわいいシャルロットぉ……」
私「ああ!//// ガストリエぇ〜……//////」
ガストリエ「んちゅ、んちゅちゅ!」
私「んちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅ!////////」
推しが壊れてしまった。わたしはただ泣き崩れることしかできなかった。
この世界で初めてできた友達は真剣な表情で、ガストリエ人形とシャルロット人形の顔面を激しく擦り合わせている。
神様、これもわたしの責任なんでしょうか……。わたしはどうすれば罪を償えるのでしょう……。
悲嘆に暮れていると、シャルロットがギョロリとこちらを見つめてくる。まさか人形と同じことを……!?
「ま、待って! そういうのはまだ早いんじゃないかなー!? いや、別にわたしも興味ないわけじゃないんだけどね? でももうちょっと大人になってからでも遅くないんじゃないかなー!?」
シャルロットはふらつく足取りでこちらに近づいてくる。
お、落ち着くんだシャルロット! キスでもなんでもするから、まずはシャルロットの豹変ぶりを整理する時間をくれ!
わたしはシャルロットの肩を掴み進撃を止めようと試みるが、背中に手を回され、彼女が抱きつくのを許してしまう。
もうダメか……。諦念がわたしの唇を尖らせた。
「……あぁ、やっぱりガストリエだ。あなたの心臓の音が、私の心に刻まれて忘れられないの」
シャルロットはわたしの胸に耳を当てている。
わたしのこと心拍で識別してるの……? キャッチーなビートでも刻んでいるのだろうか。
鼓動を聴かれてることを意識すると、変な妄想で心拍数が高まってることが恥ずかしくなってきた。わたしもシャルロットに抱きつくことでなんとか誤魔化す。
穏やかな陽光が窓から差し込み、緩やかに時間だけが過ぎていく。
シャルロットの熱が直に伝わるからか、わたしの顔はずっと火照ったままだ。
……シャルロットの唇、ぷっくりしててかわいかったな……。触らせてくれないかな……。
え? いやいや、これじゃまるでわたしがキスを望んでたみたいじゃん。これじゃわたしが変態じゃん。
なんか、納得いかない……!
シャルロットが部屋から出ると、屋敷中が響めいた。
わたしはシャルロットを連れ応接間に戻る。勝負はついたようで、ジャンブレッドをのしたダリオルが何事もなかったかのように笑顔で迎えた。
この侍女の処遇はどうなるのだろう。まあシャルロットのためを想っての暴走だったから謹慎とかで済むのかな。
しばらくして玄関の方が騒々しくなる。アムール邸屋敷に、あのお方が帰還された。
「シャルロットちゃん〜! 部屋の外で会うのは久しぶりね、体調はいかが?」
「はい、お母様。うれしいことがあって、とても幸せです!」
「そう! よかったわ〜」
親子の再会の喜びを一頻り噛み締めてから、ミルフィーユ様はわたしの方に向き直った。
「……お久しぶりです、ミルフィーユ様」
「…………ガストリエちゃん。生きててくれたのね」
勢いよく抱きつかれ、体勢を崩しそうになる。
ミルフィーユ様は何も言わず、ただわたしを強く抱きしめた。顔は見えないが、わたしの肩の辺りが湿っている。
わたしから離れた彼女は、いつもの自信に満ちた表情に戻っていた。目が少し赤らんでいる。
「ミルフィーユ様……」
「……たとえガストリエちゃんでも涙だけは見せないわ。私は公爵夫人であり、シャルロットの母だもの。強い私でいなくちゃね」
そう言って彼女は笑ってみせた。
肩に残った温もりにミルフィーユ様の強さを感じる。
わたしはずっと、この人に焦がれていたんだ。教会からわたしを守ってくれたあの時から、ずっとこんなかっこいい大人になりたいと思って生きてきた。
まだ遠く及ばないけど、わたしの目標はいつだってミルフィーユ様なんだ。
「おかえり、ガストリエちゃん。そしてありがとう、うちの娘に笑顔を取り戻してくれて」
「い、いえ、元はと言えばわたしがいなくなったのが原因ですし……」
「ううん。あなたのおかげよ、ガストリエちゃん。……私はあまりいい母親ではなかったわ。シャルロットに厳しくしすぎたせいで傷つけて、今度は甘やかして肝心な時に力になれない。苦しんでる娘にどう接すればいいのかずっとわからなかった。そんな娘に笑顔を与えてくれたのはいつも……他でもない、あなたなのよ」
意外だった。側から見ればミルフィーユ様は立派な母親なのに、本人がそう思っていないだなんて。
ガストリエの両親は、姉に厳しく妹のわたしに甘くして育てたらしい。ミルフィーユ様もそれに倣ったのだろうか。
親として何が正解かなんてわからないが、立派に母親していたであろうことは、シャルロットを見ればわかる。
「お、お母様……! 私は、その……お母様を尊敬しております! 厳しさも、優しさも、すべてお母様の愛だとわかっています。……こんなだめな私を信じてくれてありがとうございます。いつか、立派な公爵令嬢になってみせます! だから、もう少しだけお待ちください……!」
「まあ、シャルロットちゃん……! ええ、大丈夫よ。あなたならできるわ」
「今日はミルフィーユ様にも会えて本当によかったです。雲隠れ中なのでまだ難しいのですが、いつかガストリエとして、ミルフィーユ様とゆっくりお話したいです」
「あら、もしかしてまだおねーちゃんたちには内緒?」
「はい……。あ、でもわたしのことは伏せつつ両親の支えになってくれたら助かります」
「ええ、わかってる。教会の問題もすべて解決したらまた会いましょう。とっておきのお茶を用意して待ってるわ」
ミルフィーユ様は娘たちの成長に穏やかな笑みを浮かべていた。
シャルロットとわたしをまじまじと見つめ、それからわたしの背後にいるダリオルに厳しい目線を浴びせる。
「それと、ダリオル」
「……なんでしょうか」
「今更あなたの責任を追及するつもりはないわ。結果論だけど最善に近い行動だったんでしょうね。……だからこそ責任を取って、ガストリエちゃんのことしっかり守り抜きなさいよ」
「……御意、肝に銘じておきます」
あのダリオルが冷や汗をかかされてる! 流石はミルフィーユ様だ、わたしもいつかダリオルに冷や汗かかせたいものだ。
お別れの時間となり、わたしとダリオルは屋敷を後にした。
馬車の中で目をつぶると、目紛しい一日が思い起こされる。今日は色々あったな。
シャルロットに再会し、ミルフィーユ様とも話せた。そして……久しぶりに、ガストリエでいられた。
学園に戻ればまた仮面をつけなくてはならない。いつか仮面を外し、本名を名乗れる日を夢見て、今は少しだけ我慢しよう。
翌日。停学明けのわたしを寮の前で待っていたのは、昨日ぶりの彼女の姿だった。
「おはようガストリエ! 仮面をつけた姿も麗しいわ!」
「シャルロット!? な、なんで学園に……」
「私もてっきり除籍されたものだと思っていたのだけれど、いつでも学園に戻れるようにお母様が準備しておいてくれたの! だから今日から復学ってことになるわ」
有能ミルフィーユ様の手腕は知っているが、まさか引き篭もりをやめた翌日に復帰させるなんて……。
これからはシャルロットと学園に通えるのか。こんな美少女従姉妹と仲良くしてたら嫉妬されちゃうなー。あー困った困った。
「これからはずっと近くにいられるね……。毎日ガストリエの呼気で私の肺を満たせるんだ……うへへ……」
……やっぱり壊れたままだ。責任の取り方はわからないので、とりあえずいつも通りに接しておこう。
そんなシャルロットの側に立つのは、昨日ダリオルに喧嘩を売って返り討ちにされた侍女ジャンブレッドだ。クビにはならなかったらしい。
侍女は舌を出し、校舎の窓から殺気を飛ばしているダリオルを煽っている。やめとけ殺されるぞ……!?
「ガストリエ、正門はこっちよ?」
「あー、今は身分を隠してるから裏門を使ってるんだ。それとわたしのことはパティスリエって呼んでね」
「そっか……。じゃあ愛しのパティスリエって呼ぶね」
「う、うん、普通に呼んでほしいな!」
ただでさえ注目を集めるシャルロットにべったりとくっつかれ、めちゃくちゃ目立つ。学園では大人しくしてたかったのに……!
平穏とは程遠い、波乱に満ちた学園生活がまた始まるのだった。困った困った……。




