31 屋敷の屋上で愛を叫ぶ
不夜城での一件から一夜明け、わたしは晴れて停学をいただけることになった。
朝から外出の支度をし、ダリオルの助言を借りてドレス選びに勤しむ。
鏡を覗くたびにかわいさが更新されていく。そんなガストリエちゃんに引けを取らないかわいさの、彼女に会いに行くんだ!
久しぶりに学園の外に出る。ダリオルが手配した馬車に乗り込み、アムール公爵邸を目指す。
……今日だけは、仮面を外していられる。
「まさかシャルロット様に会うためにわざと停学になるよう仕向けるとは、流石はリエ様です」
ダリオルの煽りも今のわたしには効かない。頭の中はシャルロットちゃんと何を話すかの妄想だけで容量制限を起こしていた。
わたしが相談もなく不夜城に行き、貴族や生徒会と対立したことにひどくご立腹なダリオル。しかし、弟子のシューが会長との決闘に勝ったことで少し機嫌を直してくれた。
「あなたは危険を顧みず無策に飛び込み過ぎです。少しは反省してください」
「だって、だって……」
「はあ……。いいですよ、その無鉄砲なところがリエ様ですから。あなたの安全は私が守ります」
「ふふっ。頼りにしてるね、ダリオル」
わたしが停学を喰らっている間も、学園はいつも通り始業の鐘を鳴らす。
ちなみに先の件で停学になったのはわたし一人だけだ。
生徒会や貴族はともかく、不夜城に集った他の面々も停学処分にはならなかった。
フランちゃんやシューは被害者でもあるためなんやかんや許され、クレープちゃんは貴族なので無罪。
プロフィトロールはそもそも生徒ではないため関係なし。不法侵入とか別の問題に発展するかと危惧したが、とりあえずはお咎めなしで済んでいる。
「わあ……! 久しぶりだな、髪を結わずに人前に出るなんて。屋敷にいた頃を思い出すなー」
「どこからどう見ても侯爵令嬢ガストリエ様のお姿です。しかし、本当にその名を出すつもりですか……?」
「アムール家の人にはガストリエの顔は知られてるし、隠してもしょうがないでしょ。それにまったく知らない人間が来ても門前払いされちゃうだろうし」
アムール邸へはわたし一人で行くつもりだったのだが、どうしても心配だというダリオルがわざわざ仕事を休んでまでついてきてくれた。
まったく心配性だなあ〜。まあここまで心配してくれる人がいるのはありがたいことか。
給料も払ってないのにわたしの執事をしてくれているダリオルには、感謝のガストリエちゃんスマイルを送っておこう。
馬車に乗って一時間ほど。
わたしたちはアムール邸に到着した……のはいいが、ここで予定外の問題が起きた。
今回の訪問、急だと悪いのでクレープちゃんからアポをいれておいてもらった。
マシェリ家とアムール家は先祖代々交流があるとのことで、クレープちゃんにお願いアタックして連絡してもらったはずなのだが、応対した侍女は「そんな話は聞いてない」の一点張り。
昨日の今日ならぬ昨夜の今朝でまだ連絡が届いてないのだろう。それでもガストリエの訪問に、あまりいい顔をしていない模様。
「まあこうなりますよね」
「え、どういうこと?」
「世間的に、ガストリエは死んだということになっています。そのガストリエを名乗る人間が現れたら警戒するのも当然かと」
「んーそうかなー。わたしだったら『死んだと思ってたあのキャラ生きてたんだ!』って喜ぶけどなー」
面会謝絶どころか敷地に入れてすらもらえない。
ミルフィーユ様はお出かけされてるのかな……。あの人がいればシャルロットちゃんの元まで直通だったのに。
侍女が門の柵越しに「さっさと帰れ」と凄んでくる。どうしたものかとあれこれ策を弄していたら、単純な解に辿り着いた。
「……そうだ、失礼しました。わたしはガストリエではなく、パティスリエと申します」
「ちっ……クレープ様から話は伺っております。どうぞ中へ」
え、今この人舌打ちしなかった? したよね? ……まあいいか。
クレープちゃんは「パティスリエ」が訪問すると連絡したんだ。だからガストリエだと名乗っても入れてくれなかったのね。
門が開き、中へと促される。馬車から降り、ようやくアムール邸にお邪魔することができた。
シャルロットは学園から去ってしまった。その裏には不夜城が関わってるのか、はたまたもっと深い事情があるのか……。
彼女は屋敷に篭るほど傷つき苦しんでる。そんなシャルロットに、ほんの少しでも笑顔を与えられたらいいな。
屋敷に入ると、わたしとダリオルは応接間に通される。
上座だか下座だかに座り、背後には燕尾服のダリオルが立っている。懐かしい光景だ。
用意された紅茶を嗜んでいると、テーブルの反対側に立つ侍女が物凄い剣幕で睨んできた。思わず咽せそうになる。
「アムール公爵、公爵夫人ともに外出していますので、わたしが応対します」
「でしたら……。既にクレープちゃんから伝わっていると思いますが、この度わたしがアムール邸に伺ったのはシャルロットの件です。何故シャルロットは学園を去り、屋敷に閉じ篭ってしまったのでしょうか?」
「呼び捨て……。シャルロット様の名誉に関わることですので返答はお控えいたします」
「あの、シャルロットは元気でしょうか?」
「だから呼び捨てにするな……。こほん、シャルロット様は安静にしていらっしゃいます。無闇に詮索されるとシャルロット様に負担がかかるため、これ以上関わらないでいただきたいです」
やっぱりシャルロットは大変な状況なんだ……。
侍女のこの様子だと、わたしが顔を出しても彼女には悪影響にしかならないのか。悔しいがわたしは力になれない……。
すると突然、背後のダリオルがわたしの耳元で囁いた。
「彼女は嘘を吐いてます」
「嘘……? どうして侍女がそんなことを?」
「さあ。ただ一つ、彼女からは明確な敵意を感じますね」
わたしたちのやりとりを不審そうに見ていた侍女は、大きく溜め息をつき、わたしの正面の席に着いた。
え、座るんだ! まさかの行動に面食らってしまう。
侍女は厳しい形相のまま、わたしを見据える。
「わたしの名はジャンブレッド。アムール家に支えております。パティスリエ……いえ、ガストリエ様でしたね。お会いするのは昨年のノワール家での社交界以来となります」
「ああ、あの時の! その節はどうも」
「あの社交界を機にシャルロットお嬢様は変わられました。生まれて10年間で一番の、明るく元気な姿をお見せくださったのです。屋敷の人間にとって喜ばしいことで、わたしもこのままずっと、シャルロット様は幸福で満ち溢れた人生を歩むのだと、そう思ってました」
侍女は少し前傾になり、両手を組んで神妙な面持ちとなる。
それでも相変わらずわたしから目を離さなかった。
「社交界の翌日。あなたが教会に追われているという報せが屋敷に届き、シャルロット様は大層ご心配なさっておりました。その後追放されたと聞いた時は耳を疑いましたが、それもノワール侯爵の考えあってのことだろうと信じ、我々はあなたの無事を祈りました。……しかし屋敷に届いたのは、ガストリエ様の訃報でした」
ジャンブレッドの話を聞いている間、わたしは冷や汗が止まらなかった。
シャルロットが心を病んだの、わたしのせいでは?
いや……うん、当時は急に命の危機とか言われて何がなんだかわからないまま流され、そのまま雲隠れしたもので、周囲の人間を慮る余裕なんてなかったから仕方ないんだけど……。
シャルロット視点だと、初めてできた友人が翌日には指名手配になってて、死んだわけだ。こんなのトラウマだよ。
振り返ったらダリオルは露骨に顔を逸らしていた。いやダリオルも頑張ってくれてたけどさ……。
デマを吹聴してくれたおかげでわたしは教会から追われることなく平和に暮らせたんだ。でも、こうして被害者を生んでいるのも事実。
わたしが原因なら殊更、シャルロットに会わなくては。
「シャルロットが屋敷に篭った理由は、わたしってことですよね」
「ええ。ぜーーーーーんぶ、あなたのせいです」
「あの! シャルロットに会わせてもらえませんか?」
「ダメです」
「じゃあせめて、ガストリエがまだ生きていることを伝えてもらえませんか? そうしたらきっと、シャルロットも元気に──」
「嫌です」
けんもほろろ。わたしの提案はまったく聞き入れてもらえない。
ジャンブレッドの態度には、侍女の立場関係なしに個人的感情が多く含まれているように感じた。
「……わかりませんか? あなたのせいでシャルロット様の心が揺さぶられ、苦しんでいるということが」
「だから、わたしが生きていることを伝えれば──」
「伝えれば、シャルロット様はお喜びになられます。かつての明るさを取り戻し、屋敷から出られるようになるでしょう」
「そうです! だったら──」
「ですが、そうなるとシャルロット様はまた、あなたを頼りにしてしまう。……あなたは教会に追われる身です。偽名で隠しても、いずれ正体が暴かれます。今後数々の危機に瀕することでしょう。その度に、シャルロット様はあなたの無事を祈り心を痛めてしまいます」
「うっ……」
「その上、学園では貴族や最高権力である生徒会に堂々と喧嘩を売りまくる始末。周囲の人間は心休まることありませんねぇ」
「ダリオル!? あなたどっちの味方なの!?」
「傷ついた心は魔法でも治せません。それでもあなたは今後一生、シャルロット様に寄り添いシャルロット様を支える覚悟がありますか?」
重要な選択の場面。しかし、わたしの答えはとうに決まっていた。
「わたし、誓ったんです。シャルロットとはおばあちゃんになっても仲良くさせてもらうって! これからは一生シャルロットを支えます。だからシャルロットに会わせてください!」
「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! シャルロット様の心から出て行けー!!」
激昂したジャンブレッドが投げた銀のフォークは、わたしの眼前でぴたりと止まった。ダリオルが二本指で挟んでいる。
続けて投擲される銀食器もダリオルが素早く掴み、テーブルの上に綺麗に並べられた。今夜はフルコースだ。
「薄々勘づいてはいましたが、やはり同業者……。私のご主人に手を出したんだ、覚悟はできていますね?」
「当然。シャルロット様のためならクビになっても首が切れても構わない。お仕えする方のためなら自らの命をも差し出す、それが我々の仕事でしょ?」
「ええ、まさしくその通りです」
目の前でダリオルとジャンブレッドの戦いが始まる。
ぽかんと口を開けて火花散る光景を眺めていると、ダリオルに首元を摘まれ部屋の外に放り出された。
「何やってるんですか、ガストリエ様。あなたにはここに来た目的があるんでしょう?」
「……うん! シャルロットに会ってくる!」
「させない──!」
ダリオルが応接間の扉を勢いよく閉めると、閉めた扉に銀食器が突き刺さる。ひぇ、危ない……。
わたしは屋敷内を走り回ったが、如何せん初めて来た場所だ、シャルロットの部屋がどこにあるかなんてわかりっこなかった。
案内図があるわけでもなく、流石は公爵家、ノワールの屋敷より広くて建物も多い。部屋を一つ一つ調べようにも数が多くて骨が折れる。
誰かに訊こうか? いや、ジャンブレッドと同じ考えの人がいるかもしれない。念のため避けよう。
バレないように隠れながら、シャルロットの部屋を探す方法はないものか。
……あ、そうだ! あの手があった!
屋敷の外に出たわたしは、【スキスキップ】で空に跳び上がった。
空中を歩きながら、屋敷の窓をつぶさに覗いていく。
だが、シャルロットの姿はどこにもない。
カーテンの閉まってる部屋がいくつかあったので、その内のどこかにいるのだろうか。
魔力温存のため、屋敷の屋上に着地する。
さて、カーテン部屋を一つ一つ確認していくか……。
しかし、そもそもシャルロットがこの屋敷にいる保証はないんだよな。公爵家ともなれば屋敷は一つや二つじゃないだろうし。
いるかどうかもわからないシャルロットを、わたしは見つけられるのだろうか──。
シャルロット……。妖精みたいな愛らしいあなたは、一目見た時からわたしの心を奪った……。
庇護欲が唆るのを肌で感じた。わたしが絶対守ってみせる、そう心に誓った。
ずっと友達がいなかったわたしと、仲良くしてくれたシャルロット。思えば会ったのはあの日一日だけなんどけど、あなたを想うだけで心がこんなにも愛で満たされるんだ。
わたしは溢れる気持ちを、ただどうしようもなく叫んだ。
「シャルロットーーー!!! 好きだーーー!!! いるなら返事してくれーーー!!!」
木霊する声も徐々に弱くなっていく。ああ、ここにはいないみたいだ……。
そう思って屋敷から降りようとすると、窓の開く音がした。
わたしがいるほぼ真下の部屋の窓から、金糸の髪を靡かせる女の子が顔を覗かせていた。
飛び降りて、【スキスキップ】を発動。ちょうど女の子の顔とぴったり合うように宙に止まると、彼女はびっくりしてのけ反ってしまった。
わたしは窓の縁にゆっくりと着地する。背中に陽光を浴び、室内にわたしの影を落とした。
「ガス……トリエ…………?」
「お待たせ、シャルロット。迎えに来たよ」
わたしは勢いよくシャルロットに飛びつき、熱い抱擁を交わす。
そのままくるくるとシャルロットを軸に回り、二人してベッドに倒れ込んだ。
「ガス、トリエ……? ガストリエ……! 生きてる、生きてたのね……!」
「うん、生きてるよ!」
二人の涙がベッドに染み渡り、やがて一つのしわになる。
握る手と手。互いの熱が中和される。
「もう、どこにも行かないでね……! 約束して……?」
「うん! もう絶対に、離さない……!」




