30 眠らない城⑤
シューの頭上に大量の剣が降り注ぐ。
剣の雨はシューだけでなく、近くの貴族たちも巻き込んだ。
「お、おい! やめろ!」
「うるさいっ!! 【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】…………!」
方々で悲鳴が上がり、人垣が崩れていく。決闘場は一瞬で崩壊した。
その辺に剣が散らばり、踏んづけた会長も足元が覚束なくふらふらとよろける。それでも攻撃をやめない。
そしてついに、頭上の剣に気を取られたシューの横腹を、会長の剣が殴りつけた。
シューは吹っ飛び、仰向けに倒れた。武器も手放してしまい、意識が朦朧としている。
衝撃で飛ばされた眼鏡が戦いの終幕を告げていた。
「平民、戦闘不能! よって勝者は、カヌレ様──」
「邪魔だっ!!」
決着を宣言しようとしたイルも遠くへ吹き飛ばされる。
会長は動けないシューに歩み寄る。恨みを晴らすように何度も蹴りつけ、半狂乱で何かを叫んでいた。
勝敗がついてもなお死体蹴りを続けるその男の姿は、学園の頂点に立つ生徒会長の姿とは遠くかけ離れたものだった。
会長は剣を振りかぶった。剣先はまっすぐシューの胸を指している。
わたしたちが止めに入るよりも先に、剣は振り下ろされた。
「…………な……なん、だ……? 動け、な、い……!」
ぴたりと動きを止めた会長。剣を振り下ろす姿勢のまま何故か固まっている。
その様子を見てプロフィトロールは即座にシューを引きずり、安全を確保する。
会長はまぶたを痙攣させるように瞬かせ、眼球をギョロギョロと動かし、自分に何が起こったのかを必死に理解しようとしていた。
わたしは気づいた。彼の頭上に日傘がくるくると回っていることに。
辺りを見回し日傘の少女の姿を探したが、わたしの目に飛び込んでのは別の人物だった。
「──あなたたち、何をしているの!?」
不夜城の入口にいたのは学園の教師、クイニーアマン先生。
凄惨な光景を見て先生は目を丸くしている。血痕は赤色絨毯で誤魔化せても、無造作に散らばる剣の数々や怪我をして倒れた人々の姿はあまりにも異様だった。
先生はズカズカとこちらに向かってくる。
「夜の社交界……。生徒の交流の場として黙認されてきましたが、暴力の温床であるならば学園として許すわけにはいきませんよ、カヌレ・ド・ボルドーさん」
「はあ、はあ…………ふっ、何を仰るのやら。これは学園の伝統、決闘によるものです。まさか伝統を否定するおつもりですか、先生?」
「伝統とはいえ、これは度が過ぎています……。知ってしまった以上、看過できるものでは──」
「クイニーアマン先生。私に楯突けばどうなるか……ご存知でしょう」
会長の頭上からいつの間にか日傘が消えていた。自由になった途端、会長は先生に圧力をかけ始めた。
先生は唇を噛み押し黙ってしまう。やはり教師陣は貴族、特に生徒会には逆らえないのか。
みんな生徒会に従い、会長の言いなりだ。おかしいとは思いつつ誰も声をあげない。もう我慢ならない!
わたしは邪智暴虐の会長の前に立ち塞がった。
「貴様、例の王妃様の……! 仮面でうまく紛れ込んでいたか」
「会長。先程のお話によると、決闘での暴力行為にはなんの問題もない……そういうことですよね?」
「何度も言わせるな」
「では決闘終了後にシューを甚振ったのは、ただの憂さ晴らしの暴力ということでよろしいですね?」
「……何が言いたい?」
「シューに謝ってください! シューをいたずらに痛めつけた行為にはなんの正当性もない!」
「敗者が虐げられるのは当然のことだ。私の行いは常に正しい」
「いいや、違うね。敗者はあなたです、生徒会長!」
「何……?」
この場にいる全員の視線がわたしに注がれる。
シューの傍にプロフィトロールが寄り添ってるのを確認してから、わたしは会長を糾弾していく。
「決闘のルールでは『故意による決闘相手以外への攻撃は禁止』とあった。なのにあなたは、すぐ近くに観衆がいるにも関わらず剣を振り回し、スキルを乱れ撃ち、何人もの負傷者を出した。これは明らかなルール違反ですよ」
「偶然当たっただけだ、故意ではない」
「あなたはそう主張しても、当の被害者はどうでしょうか。見てください、傷ついた無辜の貴族たちを。無関係なのに巻き込まれて災難でしたね」
「……ただの事故だ。怪我をしたのは危険を感知してすぐに避けなかった彼ら彼女らの責任だろう、……なあ?」
負傷した貴族たちの傷は魔法で治ったものの、流血の痕や無惨に裂かれたドレスコードが痛ましい。
そんな貴族たちは会長に圧をかけられ、恨みつらみを飲み込み首を縦に振っている。
「……貴族って、過保護で子煩悩なイメージがあるんです。みんながみんなその限りではないかもしれませんが」
「…………」
「もし被害を受けた方の家族が、あなたの行為を知ったらどうなるでしょうか? 誰も事故とは思うまい。あなたの身分でもただでは済まされないでしょう。……おっと、脅して泣き寝入りさせるのはダメですよ。被害者のうち誰か一人でも親へ報告すれば事態は明るみになります。この人数だ、全員に箝口令を敷くのは生徒会長様でも難しいのでは」
「…………ああ、そうだな、失礼した。怪我をさせてしまい申し訳ない。破れた服は弁償させてもらう。心から詫びよう、本当にすまなかった」
会長は観念したのか、貴族たちに素直に謝罪の言葉を述べた。
それを受けた貴族たちは困惑し、何故か逆に謝り始める始末。まあ貴族の立ち位置とか権力関係はどうでもいいか。
それより……。
「待ってくださいよ……」
「なんだ? まだ何かあるのか」
「どうしてわざわざ、シューに背中を向けて謝るんですか……! ルール違反とか勝敗とか正直どうでもいいんです、とにかくシューに謝ってください!」
「生憎、踏み潰した虫にへいこら詫びを入れる人間を私は見たことがないんだ。手本を見せてくれ」
「こうやるんですよ、こう!」
わたしは床に膝をつき、手をつき、頭をつけ、シューに謝罪する──ってなんでわたしが謝ってんの!?
わたしの土下座を見ていた貴族たちは本日一番の嘲笑を浴びせてきた。
「はっはっはっ! まさしく虫にぴったりだな!」
「ちょっと、どこ行くんですか!? まだシューへの謝罪が──」
「図に乗るな。王妃様の体面のため特別に見逃してやってるが、次はない。……今夜の舞踏会はこれにて終幕。行くぞ、イル」
「は、はいぃ……」
会長が不夜城を去ると、貴族たちも続いて城を後にする。
残ったのはわたしとプロフィトロールと先生、倒れてるフランちゃんとシュー、それと隠れてるクレープちゃん。
わたしが会長と口論している間、プロフィトロールはシューに抱きつき、傷を治療してくれていた。眼鏡を拾ってかけさせてあげている。
「ごめんね、シュー……。わたしを庇って戦ってくれて」
「…………パティスリエのこと、守れた、かな……」
「うん……。かっこよかったよ、シュー……!」
シューは微笑み、そして気を失った。ありがとうシュー、ゆっくり休んでね。
遺恨は残ったが、もうこの城に用はない。どっと疲れた……早く帰ろう……。
ふらふら出口に向かっていると、後ろから先生に呼び止められる。
「ところであなたたち、夜に校舎へ立ち入るのは校則違反よ」
「え」
「罰として停学一週間! ……と、言いたいところだけど、今回は一日だけでいいわ」
「それでも停学なんだ……。生徒会やあの貴族たちはお咎めなし、ですよね」
「……ごめんなさいね。生徒には平等にありたいのに、教育者として情けない限りだわ」
「いえ、先生はわたしたちを助けてくださったじゃありませんか!」
バツが悪そうに暗い表情をする先生を励ましたくて、わたしはありったけの笑顔をぶつけた。
「クイニーアマン先生、ありがとうございました! 停学明けは授業ゆっくり進めていただけると助かります!」
こうして、わたしたちは不夜城からなんとか帰還した。
フランちゃんは先生に介抱されている。先生が責任を持って寮まで送り届けるので、先に帰っているよう指示された。
シューは一足先に、空飛ぶプロフィトロール便で寮に帰った。傷が治ったとはいえ菌が入っているかもしれない。今夜は彼女がつきっきりで看病するそうだ。
クレープちゃんはどこを探しても見つからなかった。きっと騒動の間にうまく逃げてくれたのだろう。
……そう思っていたのだが、呪文で開けた鉄扉を出たところで、光の玉を浮かせたクレープちゃんがもじもじと待ち伏せしていた。
「あれ、クレープちゃん? なんでここに……」
「あ、あの……その…………私は、先生を呼びに行っていました」
「そうなんだ! クイニーアマン先生が来てくれて助かったよ! ありがとう、クレープちゃんのおかげだよ」
「うっ、それはよかったです……。ただ、私はそのまま帰ろうとして……でもやっぱり、パティスリエたちを見捨てて逃げたら、後悔しそうで……ああしかし、恥ずかしい話ですが、戻るのも怖くて…………」
「つまり、わたしたちを心配してくれてたってこと?」
「……そう、なりますね。ああもう、何故私が平民の心配などしなくてはならないのですか! あなたのせいで、私の心が変になりそうです! 責任とってくださいね!?」
「そっかそっか、心配してくれてたんだね。クレープちゃんはかわいいなあ……推しにしちゃおっかな……」
「……あの、聞いてます?」
寮へ帰る道中、不夜城の決闘の話をクレープちゃんに伝えた。
クレープちゃんはシューが無事だと知りほっとしていた。
「そういえば、クレープちゃんが不夜城を探してた目的は達成できたの?」
「まあ、一応……。カヌレ様たちから直接お話は聞けませんでしたが、あの光景を見てすべてを察しました。……きっとあの方も、不夜城で酷い辱めを受け心を閉ざされてしまったのです」
「そっか……。心の傷は魔法で治せないもんね」
「誰よりも優しいあの方の心を傷つけるなんて絶対に許せません……! 嗚呼、愛しのシャルロット様……」
「…………シャル、ロット……!?」
シャルロットだって……!?
お花の帽子を深く被り、赤いドレスを身に纏ったかわいいかわいい女の子。この世界で初めてできた友達……!
「ちょっと、私のシャルロット様を呼び捨てにするなど言語道だ──」
「今、シャルロットって言ったよね? ねえ!?」
「な、なんですか急に声を荒げて……!」
「シャルロットちゃん、屋敷から出てこなくなっちゃったの……!? 大変、今すぐ行かなきゃ……!!」
わたしが行ったところでどうこうなるかわからないが、とにかく友達が困ってるなら駆けつけないわけにはいかない!
本来なら授業があって学園を抜けられないが、幸いにも明日はお休みだった。
ありがとう、クイニーアマン先生……。あなたがくれた停学を使って、初めての友達に会ってきます!




