29 眠らない城④
シューの構えを見て、ずっとへらへらと笑っていた会長は面食らい、表情は真剣そのものになる。
きっと弱者を甚振り、優越感に浸るつもりだったのだろう。目の前にいる相手が最強執事にしごかれた弟子であることに気づいたのか、会長は冷や汗を流しシューを睨みつける。
「木剣以外でやるのは初めてだな。わざと喰らって敵の隙を作る、ってのは危ないからやめとくか」
「実戦は初めて、だと……? 貴様、誰に師事している」
「守秘義務だってさ。少なくとも、あんたよりは強いぜ」
「……イル。始めろ」
「は、はい!」
生徒会長の腰巾着イルが決闘を仕切ることになり、剣を携えた二人が向かい合う。
いよいよ戦いが始まる……。
その前にこっそり、わたしとプロフィトロールでフランちゃんを回収した。フランちゃんはわたしを見て安心したのか、緊張の糸が切れ気を失ってしまった。
「これより、決闘を執り行います! ルールは先に相手を戦闘不能にした方の勝利! 他者への魔法禁止。故意による決闘相手以外への攻撃禁止。
この人垣の内側を決闘場とし、決闘場からの逃亡も禁止です。以上の禁止行為を行なった者は即敗北となります。時間は無制限!」
「貴様が勝てば無罪放免、負ければ奴隷として生徒会の犬になってもらう。拒否権はない」
「命は取らないでくれるならありがたい。……まあ負けたら先生に殺されるけどな」
「それでは──始めっ!!」
開始の合図とともに、シューが飛び出した。
師匠譲りの早技で斬りかかるが、会長は刀身で受け止める。
シューは攻撃の手を止めず、果敢に攻める。何度も剣を振り、その度に会長の剣に防がれる。
「もし怪我させちまったら回復してやるよ。勿論、決闘が終わってからな」
「ふっ、減らず口を」
シューの猛攻をなんなく往なす会長だったが、その表情に陰りが見え始めた。
どれだけ防いでも、すぐに次の攻撃が打ち込まれる。攻勢に転じたくてもシューは隙を与えてくれない。
素人目に見ても、シューの動きは無駄がなく洗練されていた。当たってはいないものの、攻めの姿勢が相手を着実に追い詰めていった。
「くっ……!」
会長がよろけた! 又とないチャンス!
シューもその隙を見逃さなかった。すかさず剣を振り抜く。
横薙ぎの剣は、会長の防御よりも早く横腹を切り裂いた──はずだった。
剣を振り抜こうとした瞬間、衝撃が走る。
シューの鳩尾を、会長の剣が刺した。
急所を打たれた。上着のボタンが緩衝材となり傷は浅いが、蹌踉めくシュー。
周囲から侮蔑の冷笑が湧き上がる。
「ぷぷっ! 勝てると思ったか? 残念でした! 会長はわざと押し負けてるふりをしてたんだよ! 一方的に貴様を蹂躙するのは簡単だが、それだと盛り上がりに欠けるからな! まったく盛り上げ上手なお方だ!」
シューは呻くばかりで攻撃できず、剣先は赤の絨毯を擦っている。
会長が隙を見せながら近づいてくる。しかし、シューは相手の間合いに入らないよう後退りするしかなかった。
「貴様の攻撃は単調だ。いくら速くても高が知れている。同じ間隔で打ち続ければ隙が見えやすい。それに木剣との違いを失念していたな。鉄の重さで動きが鈍くなるのを考慮できていない立ち回りだ。貴様は圧倒的に経験値が足りていない」
「……はっ、敵に助言をくれるとは……」
「剣を握っている間は貴様も対等な存在として扱ってやっている。しかし惜しいな、もう何年か鍛えれば私と渡り合えたかもしれないのに」
シューは【治癒】で傷を治したらしい。それでも痛みは消えず、剣を持つ手に力が入っていない。
そんなシューを見かねたのか、会長は改めて剣を構え、一気に止めを刺しに来た。
「ぐっ……ううっ……!」
「何故防ぐ? 往生際の悪い男だ。素直に斬られていればよかったものを」
「はあ……はあ…………。俺はどうにも……貴族とは相容れないらしい……。お前らの思い通りには……なりたくねーってよ……!」
「哀れだな。今後の学園生活を奴隷として過ごすのがそんなに不服か? 平民よりはマシだと思うがな。平民は我々高貴なる者に劣る醜悪な下等生物であり、同じ空気を吸うことすら烏滸がましい。それなのに貴族の近くにいることを許されるのだ。素晴らしい提案だろ?」
「ぷぷっ、家畜用のエサと日常的な虐待つきですけどね!」
「……貴族ってのは、ほんと、嫌な生物だ……。夢のためとはいえ……、こんなやつらと、親しくなるなんて…………まっぴら、ごめんだな……」
「よかろう。だったら望み通り殺してやる」
会長は距離を取って構えを解いた。城内に緊張感が走る。
プロフィトロールはずっと会長に殺意を放っていた。わたしもなんとかよしよしして宥めているが、これ以上シューが傷付いたら止められる自信がない。
「スキルを使え。自己強化魔法でもいい。伝統の決闘だ、死力を尽くして死んでいけ」
シューのスキルは触れた者を癒す【治癒】だ。先程、自分の傷を治したのもスキル【治癒】だったはず。
もう一つのスキルも戦闘用ではないし、相手への妨害もできない。どちらもシューらしい優しいスキルなんだ。
会長はシューが全力以上を出すことを期待しているみたいだが、それは叶わない。
シューは既に力を出し切っていた。師匠のダリオルと同じく、短期決戦で勝負を決めたかったのだろう。
今度は会長が床を踏み込み、間合いを詰めて斬りかかる。剣と剣がぶつかり火花が散る。
会長は優雅に踊るように剣を振るう。その剣はシューに劣らず素速く、一撃一撃が重い。シューは防戦一方を強いられ、一歩また一歩と押し込まれていく。
甲高い金属音が眠らない城に反響し、貴族たちの歓声も一層熱を帯び盛り上がっていく。
プロフィトロールが落ち着いてきた。うまく宥められたのだと思っていたが、そうではないらしい。
シューが勝つと、確信したからだ。
「……なんだ、貴様……! 何故すべて防げる……!?」
「師匠は容赦ないからな……。ボコボコにされてパティスリエに心配かけないよう、真っ先に自衛だけは極めたんだよ」
会長は実に多彩な剣技を披露する。きっと幼い頃から培ってきた鍛錬の賜物だろう。しかしその剣先はシューには届かない。
貴族たちも次第に会長優勢ではないと気づき、囃し立てていた声も鳴りを潜めた。
いける! 対等に渡り合えている……!
「だが、お前は出せる力をすべて防御に費やしている。反撃を狙う余力もない。このまま続ければ先に折れるのは貴様だ」
「……これでいいんだよ」
「まだ強がるか! 剣の技術は認めてやってもいいが、スキルも魔法もなしでは起死回生とはいかないようだな!」
「……スキルならとっくに使ってるさ」
「何……?」
連撃を受け続けたその刀身は、いつしか赤い輝きを放っていた。
昔、刀を作るアニメで見たことがある。あれは熱した鉄の煌めきだ。赤く、鮮やかに、燃え上がる。
不夜城の中心、シューの剣に反逆の炎が眩く灯った。それを見た会長は眼を見開いている。
「【幸せの魔法】……。あいつからもらったスキルだ。こんなことに使って申し訳ねーけどよ」
かつて王妃様のためにパティスリーのみんなで作ったお菓子、プロフィトロール。完成の決め手となったのがシューにあげたスキル【幸せの魔法】だ。
スキルの効果は「温度を保つ」というもの。会長の剣とぶつかる度にスキルを発動させ熱を保存し、剣の温度を段階的に上げていったのだ。
あの連撃を受けつつ器用にスキルも使っていたのか。いや、偶然かもしれない。なんにせよシューは恐ろしい技をやってのけた。
まさか製菓用のスキルを戦いに応用するなんて! シューの伸び代はまだまだ留まるところを知らない。
「あんたが重く打ち込んでくれたおかげで、ただの鉄剣が炎の剣にまでなった」
「あ……ああ、あっ……」
「──この剣で、お前を倒す」
「……き、きさ…………」
シューの口上も、会長の耳には届いていなかった。
会長は明らかに取り乱している。燃える剣身を見てから、息が荒くなり剣を持つ手が震えている。
恐怖とか戦慄とか、そんなありふれた感情じゃない。もっと、こう……心の奥の深いところにある絶望の扉を無理やりこじ開けられたような、言い表すならそんな状態だ。
あの不遜で太々しかった会長の異様な様子に、貴族たちはおろか、側近のイルまでもが愕然としている。
「きさ……、きさきさきさきさきさきさきさきさ……き、きぃぃ……き、きさ、ま…………」
「な、なんだよ……。燃える剣がそんなに恐ろしいか?」
「きさ…………貴様ああああああああああああっ!!!」
豹変した会長がシューに飛びかかる。さっきまでの酔いしれるような美しい剣技はどこへやら、まるで猛獣のように発狂し、剣をあちこち振り回す。
守りに入るシューだったが、錯乱した相手の剣は予測がつかず何箇所か斬られてしまう。しかしどれも傷は浅かった。
「お、おい! どうしたんだ!? 急に変だぞ!!」
「ころすころすころすころす! 貴様だけは絶対にぃ……殺す!!」
スキルが途切れたのか、シューの剣から熱が失われていく。
一方会長の顔は赤を煮詰めたように燃え盛っていた。
追い込まれたシューはリングの外壁──貴族たちの壁にぶつかる。
それでも会長の猛攻は止まらない。
「【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】【剣製】……、【剣製】っ!!」




