28 眠らない城③
貴族に囲まれ悪意に晒される少女、フラン・フランヴァワーズ。
彼女の纏うそのドレスから、わたしたちが尾行してきた女の子はフランちゃんだったのだと察した。
不夜城に憧れていた彼女は今、貴族たちから蔑まれ、悪意を向けられている。
ほとんど条件反射で助けに出ようとしたわたしを、シューが引き止める。
「今出ていったら見つかるぞ!」
「でも! フランちゃんを助けなきゃ!」
「落ち着け! ここは貴族の根城、いくらパティスリエでも状況的に不利だ。お前がヤバくなっても助けられない……!」
「わたしもシューに賛成。危ないよ、パティスリエ」
「っ……! じゃあ指咥えて見てろって言うの……!?」
わたしたちが動けずにいる間、フランちゃんもその場で固まってしまっていた。
すると、舞踏会に参加せず離れたところにいた貴族の一人が中央に顔を出した。
生徒会メンバーの一人、イル・フロッタントだ。他の列席者とは違い何故か仮面をつけていない。つまり主催者ということか?
「困りましたねえ。あなたのせいで舞踏会が台無しだ」
「……すみません」
「おっと、この男爵令嬢は謝り方も知らないときた! ぷぷぷっ! さっさとその汚らしい服を脱いで許しを乞いなさい!」
フランちゃんは泣き崩れてしまった。それを見た貴族たちの冷笑いが城内に木霊する。なんて趣味が悪いんだ。
わたしは今すぐにでもフランちゃんのもとに駆け出したかった。けどシューの言う通り、わたしが出て行ってもさらにピンチを招くだけだ。
ダリオルを呼ぶ? 黙って不夜城に来たけど、呼べばすぐ来てくれるはず。だがこの衆人環視で執事ダリオルの姿を晒したら潜入してもらった意味がない……。最終手段として取っておこう。
やっぱり指を咥えて見てるしかないのか……?
「これが不夜城の真実ですか……。わ、私、先生を呼んできます」
「この時間でも宿直の先生ならいるか。今は大人しく大人の力を借りるしかないな」
「んーどうだろうね。生徒会が関わってるなら教師は動いてくれなさそう」
「なんでだよ、教師は生徒を助けるものだろ」
「見て見ぬふりしてるんだよ、生徒会の横暴を。彼らには逆らえないからね」
「ですが……」
先生に助けてもらう。真っ先に考え、真っ先に否定されてしまう選択肢だ。
大人は頼れない。それでもクレープちゃんは先生を探しに行こうとしている。
……クレープちゃんの気持ちはわかる。他の貴族たちが平民を虚仮にする中、自分は平民たちと行動を共にしているんだ。気まずくてこの場から立ち去りたいよね。
貴族に迎合はできないが、平民の味方もできない宙ぶらりんな立ち位置。なんとなく一緒にいるが、ことこの状況なら別れた方が彼女のためだろう。
だが結局クレープちゃんはわたしたちと一緒にいることにしたらしい。心情はわからないがわたしたちを信頼してくれてる気がする。
だったら応えるしかない。わたしがこの学園で編み出した、現状を覆す乾坤一擲だ。
「的当てだ……! ここから魔法であの人の髪を燃やして、パニックになってる間にフランちゃんを連れて逃げる。助けるにはこれしかない!」
「お前、正気かよ……でも悪くないな。何よりスッキリする」
「面白そう! わたしも援護射撃するね」
「い、いやいやいや……待ってください。えーっと、それはつまり……生徒会への宣戦布告なのでは!?」
「うん。だからバレる前に逃げるよ!」
わたしは片手で「イルの頭頂部」を座標指定して魔力の軸を作り、反対の手で火魔法を放とうとした。
しかし、わたしが魔法を放つより前に、イルはこちらの存在に気づいた。
「頭皮に刺さる感覚……これは、魔力!! 誰だ、そこにいるのは!?」
魔力って肌で感じられるんだ! 新たな発見をしつつ、わたしは安堵していた。とりあえず貴族たちの気はフランちゃんから逸れてくれた。
しかし事態は悪化していた。イルの周囲の空間が歪んでいる。魔力の強い上流貴族が魔法を使う際に見られる現象だ。
やばい、こっちに向けて攻撃する気だ……! 結界を張って他三人を守ろうとしたが、シューの姿だけないことに気づいた。
まさか、と思い外を見る。
シューはフランちゃんの前に立ち、正面からイルに相対していた。
「悪い、挑発したのは俺だ。気に障ったか?」
「あなたは……ああっ、生徒会に楯突いた、いつぞやの平民! よくもおめおめと出てこれたものだ……! 汚らしい服を着込んで貴族にでもなったつもりか?」
シューはわたしたちを庇い、危険を承知で貴族の前に姿を現した。
助けに行きたい。だが、これでわたしまで出て行ったらシューの献身が台無しだ。でも、このままじゃシューが……!
「さっきパティスリエがやってた的当て、わたしもやってみるね。わたしの魔力なら一瞬で屠れる」
「ほふっ……!? 殺しはダメ! 絶対!」
「シューが危険だと感じたら、わたしは殺るよ……!」
まずい。この国に指名手配犯が増えてしまう。
プロフィトロールを宥めていると、外ではまたも事態が急変していた。
新たに仮面をつけていない男が登場し、イルの隣に立った。取り囲む貴族たちは彼の姿に息を呑んでいる。
あの男は……!
「か、カヌレ様……!」
「下がれ、イル。ここは私に任せろ」
「し、しかし、カヌレ様のお手を煩わせるわけには……」
「この男は以前、学園正門使用の罰を受けるはずが有耶無耶のまま見過ごされている。さらに生徒会が執り仕切る社交界の妨害までするとは。あの女は王妃様に免じ見逃してやる。だが貴様は有罪だ、ここで刑を執行する」
カヌレとシューが正面で向かい合う。その周りを貴族たちが円になって囲み、リングが出来上がっていた。もう逃げることはできない。
わたしとプロフィトロールはテーブルの下から出て、貴族の群れにしれっと混じって様子を見る。ずっとつけてきた仮面がついに日の目を浴びた。
クレープちゃんはまだテーブルの下に隠れている。それでいい。彼女はこの件には無関係なのだから、わざわざ巻き込まれにくる必要などない。
「はあ……。せっかく貴族の皆々様と仲良くなりにきてやったのによぉ、随分なご対応だな」
「口を慎め。この状況が理解できないのか? 貴様はこれから私直々に打ちのめされ、そこに転がる女と同じように這いつくばることになる」
「……ああ、わかってる」
あの不遜な態度、見下す目つき……。前に対立した時と同じだ。
平民のことをその辺の塵芥としか捉えていない。悪意など微塵も感じさせない、純然たる差別。
シューがどんな表情をしているか、こちらからは見えない。怯えてるのか、それとも臆せず立ち向かってるのか。
貴族の壁が邪魔でイルの髪の毛を燃やす作戦はできなくなった。隣では、プロフィトロールが相変わらず殺しも厭わない圧を放っている。わたしの役目はプロフィトロールを犯罪者にしないことに切り替わっていた。
「────【剣製】」
会長がマントを翻し、何かを唱えた。
リングのほぼ中心点。シューと会長の前に突如として剣が落ちてきた。
二本の剣は両に刃を持ち、刃の長さは優に60cmは超える。尖った刃先が赤の絨毯に突き刺さり、不夜城の光をぎらぎらと反射させている。
「これより学園の伝統に従い、『決闘』を執り行う」
「決闘……って、何するんだよ……?」
「決まっている、貴様の処刑だ。さあ剣を取れ」
先に剣を取ったのは会長だ。片手で剣を振るう演舞を見せ、観衆を沸かせる。剣は彼の身体の一部であるかのように馴染んでいた。
空気に飲まれたのか、シューは尻込みしながら剣に近づく。剣の柄をおっかなびっくり握り締め、ゆっくりと引き抜く。
このままではシューが殺されちゃう! シューに戦闘経験なんてあるわけがない。喧嘩もろくにしたこともないんだ。
軽い傷なら魔法による治療も可能だが、致命傷はどうにもならない。怪我を抑えて負けるしか生き残る方法はない。
こうなったら、殺さない程度にプロフィトロールに暴れてもらうしか……。
「──まさか俺に、剣術で挑むとはな」
最初は剣の重さに驚いていたシューだったが、両手で持ち直し、静かに構える。
刃に反射したシューの顔は、まだ希望を捨てていなかった。
「何をほざくか! カヌレ様はあのボルドー家のご令息! 幼き頃から剣に触れて育たれたのだ! 剣で敵う者などいるだろうか、いやいない! 勝った!」
「ボルドーだかなんだか知らねーけど、普通はそうだよな。剣術習って半年程度じゃ勝てるわけないよな。
……ただ俺の先生は負けなんて許してくれないんだよ。だから、勝たせてもらう!」
そうか! シューはダリオルから、剣を習ってたんだ……!
そんな素振り一切見せなかったのにな……。いつ訓練してたんだろ。
確かに、シューとダリオルの師弟関係がやたらと強固だったのは疑問だったんだ。裏でしごかれてるのかと思ってたら、本当にしごかれてたんだ!
そのおかげで、シューは戦える……!
「……見ててください、先生。あんたから教わった剣技で、パティスリエを守ります」




