27 眠らない城②
灯りは正門を抜け、校舎の方へ。わたしたちは手を繋いではぐれないようにし、壁伝いに後を尾ける。
揺れる光源は小さく弱い。燭台の上で細い火が今にも消えそうに灯っている。
角を曲がる時に持ち主の姿がちらりと見えたものの、あんな頼りない光では誰だか判別つかなかった。
推理するなら、女子寮から出てきて不夜城に出かける人物、つまり貴族令嬢だと思われる。
時々立ち止まったり、迷ったりしている様子からまだ入学して間もない一年生だろう。
わたしと同じクラスの子かな。クラス全員の名前は覚えたが、誰とも話せてないから人物像が薄く、うまく顔が思い出せなかった。
わたしは夜を彷徨う彼女を追いながら、頭の中に校内図を描く。
歩幅と歩数、壁を触った感覚で大体の現在地は把握していたが、わたしが使ったことのない道を通っていた。
いや、おかしい。昼間にこんな道あったっけ……?
しばらくすると灯りの動きが止まった。わたしたちが追いかけてる光の主は、壁に向かい灯りで何かを確認しているみたいだ。
そして、彼女は片手を壁に押し当て、何かを唱え始めた。
「えー…………過去の伝統よ、未来へ栄光を。終夜踊る絢爛の海へ、我を誘い給え」
何かの呪文……?
すると突然、何かが開く音が聞こえてきた。扉だ。
彼女は光とともに開いた扉の向こうへと消えていった。
わたしたちも急いで追いかけ、扉の中に入ろうと駆け出したところで何かにぶつかる。
「いたっ! だ、誰ですか!?」
「ご、ごめんなさい! 気がつかなくて……」
「……火よ風よ弱く照らせ」
ぶつかった子が魔法を唱え、薄暗い廊下に淡い光の玉がふわふわと浮かび、辺りを照らす。
目が明順応するにつれ、尻餅をつく少女の姿が露わになっていく。
小柄な体で、絹のような髪が光を浴びて神々しく輝いてる。
幼くも気品を感じるその娘を、わたしは知っていた。
「あっ、誰かと思ったらクレープちゃん!」
「げっ、よりにもよってパティスリエ……」
彼女は同じクラスのクレープ・マシェリちゃん。侯爵令嬢らしい。かわいい。
学園の中でも一際小さい方で、その容姿から小動物的な愛らしさを醸し出す。
だが彼女は勉学に優れ、魔法実技では威力、精度ともに最高評価の好成績を収めている才女だ。凛とした目つきには肉食獣のような凄みがあった。
クレープちゃんは学園初日のクラス分けの時に話しかけ、わたし的には友達になったつもりだったのだが、生徒会の一件以降は目も合わせてくれなくなった。
倒れている彼女に手を差し出す。しかしクレープちゃんは自力で立ち上がった。
「おいあんた、こんな夜に学園内うろついて何してたんだ」
「それはこちらの台詞です。あと平民が馴れ馴れしく話しかけないでください」
「ねえねえクレープちゃん! もしかしてクレープちゃんも不夜城を探してたの?」
「だから馴れ馴れしく……はあ。あなたたちのような平民が、不夜城に何か御用で?」
「俺は不夜城に行って、夜の社交界に参加する」
「わたしはその付き添い!」
「……呆れて物も言えません。平民はどこまで愚かなのでしょう」
クレープちゃんは光の玉を操り、既に閉ざされてしまった扉をつぶさに確認している。
わたしたちが興味津々に見つめても、一瞥もくれない。
「この扉が不夜城への入り口なんだな。開けるためにはさっきの呪文が必要なのか」
「なんて言ってたっけ……タコの弁当おいしい! いや違うな、クレープちゃん覚えてる?」
「開いた隙に入るつもりだったので覚えてなんか……あっ、また平民と話してしまいました。ああもう……どうしてこう、うまくいかないのでしょう……!」
「まあまあクレープちゃん。焦っても仕方ないし、一緒に深呼吸しよ?」
「誰のせいだと思っているのですか! あなたたちさえいなければ、今頃侵入できていたはずなのに……! ようやく侍女の監視をくぐって夜に抜け出せたのに、ようやく入り口を見つけだせたのに……!!」
クレープちゃんは顔を赤くし、今にも泣き出しそうだ。
わたしは怒られるのを覚悟で恐る恐る手を伸ばし、頭を撫でて宥めると、彼女は意外とすんなり受け入れてくれた。本当は甘えん坊さんなんだな。
クレープちゃんが落ち着くと、また静寂が訪れる。
「そういえば、どうしてクレープちゃんは不夜城に行きたいの?」
「……私の敬愛する御人が学園を去られました。その原因が、不夜城にあると踏んだからです」
「あ、もしかして行方不明になるって噂のこと?」
「はい。行方は知っていますが……屋敷に篭り面会を拒まれ、学園を去った理由すら教えてくださらないのです。もし学園を去ったことと不夜城に関係があるのなら、私はなんとしてでも原因を突き止めなければなりません」
クレープちゃんの言葉からは強い意志が感じられた。
シューにもクレープちゃんにも、不夜城へ行かなければならない理由があるのだ。
しかしわたしたちの前には巨大な扉が立ち塞がっている。
学園には似つかわしくない両開きの鉄扉。シューが押したり引いたりしてるがびくともしない。
呪文を唱えない限り開かないのなら完全に手詰まりだ。
「……ごめんね。わたしがいなければ今頃、中に入れてたのに」
「平民のくせに謝らないでください。焦って飛び出した私の責任ですので」
「出直す、ってのも一つの手だな。また同じ時間に張り込んでればこの扉を開けるやつが来るかもよ」
「……ええ、それが最も合理的でしょう。ですが、私は可及的速やかに、不夜城の秘密を暴きたいのです……!」
「んー、とは言ってもどうしたものか……」
なんとか呪文を思い出してみようと頭を搾り、それっぽい単語をそれっぽく繋げてみるが扉は開かず。
結局どうにもならず、その日は諦めて帰ることになった。
来た道を戻り廊下を歩いていると、月明かり差し込む窓の縁に、一人の少女が座っていた。
「にゃーん」
警戒したクレープちゃんが光の玉を動かすと、少女は目を輝かせて玉を捕まえようと飛びついた。
その黒髪、その整った顔立ち、その悪戯っぽい笑み。どれもよく知っていた。
夜にだけ現れる深淵の美少女。そう、彼女は──。
「プロフィトロール……!!」
「こんばんは、パティスリエ! シューと、知らない女の子も!」
何故学園に? 町からどうやって来たの?
訊きたいことは色々あったが、先に彼女の紹介をしようとしたところで、わたしはあることに気づいてしまう。
そうだ、シューはプロフィトロールと仲がいいけど、彼女が人間だと知らないんだ。なんと説明したものか……。
「なんで俺の名前を? それに、その名前って……」
「あー、えーっとね……実はこの子、黒猫の──」
「……すげー偶然だな! 俺の地元にいる仲良しの猫もプロフィトロールって名前なんだ! パティスリエの友達か? あんたとも仲良くなれそうな気がするよ」
「シュー……」
「シュー君さあ……。鈍いよ、鈍すぎるよ」
「はあ? 何がだよ」
都合よく察しの悪いシューはさておき、自己紹介を終えるとプロフィトロールはさも当然のように廊下を練り歩く。
彼女が向かったのは先程の鉄扉。不夜城へと続く開かずの扉だ。
気になってついて来たはいいが、彼女が扉を開けられるとは思えなかった。クレープちゃんも彼女に期待しておらず、突然現れた謎の人物に対し不信感満載で睨みつけている。
「過去の伝統よ、未来へ栄光を。終夜踊る絢爛の海へ、我を誘い給え」
一瞬の静寂の後、扉は独りでに開いた。
ポカンと口を開けるわたしたち三人を尻目に、プロフィトロールは奥へと進んでいく。
扉が閉まり始めた。遅れてわたしたちも中に入る。
部屋は真っ暗闇かと思いきや、燭台の火で怪しげに照らされていた。
中央にそびえ立つ螺旋階段をプロフィトロールは上っていく。
状況がうまく飲み込めないわたしたちの様子を見て、プロフィトロールは悪戯っぽく笑う。
「何してるの? ほら、ついてきて!」
螺旋階段を上げる最中、プロフィトロールに怒涛の質問が浴びせられた。
「なんで呪文を知ってたの!?」
「なんとなく覚えてたの」
「お前学園の生徒か!?」
「んーどうだろうね」
「あなた何者ですか!?」
「プロフィトロールだよ」
案の定というか、彼女への質問はすべてはぐらかされてしまう。
謎の少女プロフィトロール。
昼は猫で、夜は女の子になる夢みたいな存在。
夜に踊ったり、チョコレートを知ってたり、不夜城への扉を開けたりと、その正体はわたしの知るところにない。
きっと、彼女自身も何者かわかってないのだろう。
上階にはバルコニーが広がっていた。満天の星空の下、夜風が吹き抜ける。
開けた視界。そこには大きな城が宙に座していた。
窓から光を溢し、まるで内に巨大なエネルギーを蓄えているかのような存在感を放つ。
わたしは今学園のどの辺りにいるか脳内地図を検索するが、皆目見当もつかない謎の場所だった。外を見回すと、校舎で一番高い時計塔が同じくらいの高さにあるのが見えた。
「着いたよ。夜にだけ現れる眠らない城、不夜城。ここに貴族たちが集まってる」
「でもわたしたちが張り込みしてたのに、出歩いてた貴族は一人しかいなかったよ?」
「転移魔法だよ。一度来たことがあればここまで直通で来れるの。初めての人は決められた道を通り呪文を唱えなきゃいけないけどね」
シューに上着を返す。身だしなみを整えたところで正面切って入ろうとすると、クレープちゃんに止められる。
彼女が指差す先、城の扉が少し開いていた。人ひとり通れる幅だ。
それに扉の近くに火の消えた燭台が落ちている。
わたしたちが追いかけていた人物は、この中に入っていったらしい。
「本当に社交界が行われてるんだ……」
「中に入っていいのでしょうか……?」
「いや、様子を見よう」
「はあ? なんでだよ。せっかくここまで来たのに」
「……なんだか嫌な予感がするの」
この中で不夜城に詳しそうなのはプロフィトロールだけだ。それぞれ思惑はあれど、わたしたちは彼女の判断に従うことにした。
四人でそっと扉に近づき、中の様子を覗く。
煌々と照りつける眩い光の舞台。
クラシックの演奏に合わせ、華やかな衣装たちが踊っている。
みんな目元を隠す仮面をつけており、誰が誰だかわからない。けどきっと、いや間違いなく貴族たちだ。
王妃様がくれた仮面って、もしかしてこの仮面舞踏会のためのものだったのか……?
「──きゃっ!」
突然音楽が止まる。豪華絢爛を振り撒いていた仮面の貴族たちも一斉に動きを止める。
貴族たちの視線は一点に集中しており、こちらを見向きもしない。
チャンスだ。わたしたちは互いに顔を見合い、プロフィトロールの指示のもと、音を立てないよう城に侵入した。
オードブルが並ぶテーブルの下に潜り、テーブルクロスの隙から様子を伺う。
「す、すみません……。うまく踊れなくて……」
「嫌だわ、また平民が地に這いつくばっているわ!」
「こらこら、彼女は男爵令嬢だ。平民と仲良しのな!」
「はしたないな。伝統の舞踏会の品位が落ちる」
至る所からくすくすと嘲笑が湧き立ち、中央で倒れている少女をより一層惨めなものにする。
少女は涙を拭うため、仮面を外す。その顔をわたしは知っていた。
「フラン、ちゃん……!?」




