26 眠らない城①
学園生活が始まり二週間。生活にも授業にもすっかり慣れてきた。
今日もいつものように裏口から登校する。正門はもう通らない。王子に会いたくないし
午前の授業の教室に入ると、いつものようにわたし一人浮いている。【スキスキップ】は使ってないのに不思議だ。
入学前は友達100人を目指していたのに、現実はかくも厳しい。生徒会の一件があったせいか、ずっと仮面をつけているせいか、クラスの誰も目すら合わせてくれない。
まあ時間をかけて仲良くなっていけばいいか。今日も元気に挨拶し、見事に無視される。席に着いても一人。
学園の授業はレベルが高く、ついていくだけで精一杯だった。
特にわたしがいる貴族クラス、学科のほとんどは幼少の頃から家庭教師に教わっているものとして授業が展開していく。
大変だけど、夜になったらダリオルが一対一で補習をしてくれるのでなんとかなってる。
昼も教壇に立つダリオル。やはり教えるのが上手で教師が様になる。
「魔力を持つ者は無意識に、全身を覆うように魔法障壁を張り巡らせています。自身の魔法で怪我をしないのは障壁が防いでいるからですね。これを応用したのが魔法結界で──」
クラスのご令嬢たちも頬を赤らめ、ダリオルの声色や一挙手一投足に黄色い声を上げていた。女子からは大人気だな。
忘れてたけどダリオルは顔がいい。声もいいしスタイルもいい。
元完璧執事だけあって、料理も掃除も洗濯もなんでもできるお嫁さん候補筆頭だ。誰にも渡さない。
でも、もし生徒の誰かと禁断の関係になるならぜひ応援したいな。そういう漫画は割と好きだ。
座学が終わると魔法実技の時間だ。
演習場の奥に設置された的に向かって魔法を放ち、その威力と精度を評価される。
みんな貴族だから魔力のゴリ押しで的を破壊し、高評価を得ている。一方わたしは魔力を使い過ぎると倒れるので、節約しつつ評価を得なければならなかった。
しかし! わたしは二週間で裏技を見つけ、的当てを完全に攻略した。
まず片手を座標指定に集中させ、指先から魔力を細く搾り出して指向性の高い軸を作る。
そして反対の手で魔法を放つと、あら不思議。魔法が軸に沿って飛んでいき、的のど真ん中にきれいな真ん丸ができるのだ。
威力は低いが精度は最大評価をいただいた費用対効果最強の裏技だ。
他の生徒から感嘆の声が聞こえ、うれしくて振り返ったが、みんなから露骨に目を背けられた。最早わたしをいないものとして扱っているらしい。そろそろ泣きそう。
お昼は中庭でシューと過ごした。
お弁当を食べながら、それぞれのクラスや授業の話を共有する。
「入学からもう二週間かー。どう、学園生活楽しんでる?」
「まあな、クラスのやつとはだいぶ打ち解けてきたかな」
「そうなんだ! そっちは楽しそうだねー」
「……パティスリエのクラスは楽しくないのか?」
「えっ!? いやいや、楽しいよ本当! 友達いっぱいできちゃって困るなー」
わたしは咄嗟に嘘をついた。シューに心配をかけたくなかったからだ。
……友達なら打ち明けてもいいのかもしれない。でも、身分のごたごたで孤立してるなんて言えなかった。
生徒会と揉めた件はシューには影響していない。わたしだけ、貴族から疎まれている。
わたしもシューのクラスに行きたいな……。そんな思いは飲み込み、気丈に振る舞うしかない。
「……ところで、不夜城って聞いたことあるか?」
「ふやじょー? ううん、知らない」
「俺も小耳に挟んだ程度の噂で、真偽は確かじゃないんだけどよ。不夜城に行けば、俺が学園に入った目的……親父に近い貴族と親しくなれるかもしれない」
シューは声を潜め、自分が聞いた噂について教えてくれた。
「不夜城はこの学園のどこかにあるらしい。そこでは夜な夜な貴族たちが集まり、『夜の社交界』を開いてるんだとか」
「わあ、怪しい響き……!」
「貴族クラスで友達たくさんのお前なら知ってると思って訊いてみたんだが、知らなかったか」
「え、ああ、うん……。ごめんね、力になれなくて」
「いや、いつまでもパティスリエの力を借りてちゃダメだよな。俺一人で城に辿り着かなきゃ」
不夜城のことは貴族の間では人口に膾炙したものなのだろうか。
クラスのみんなに訊いてみる……? いや、知ってても教えてくれないだろうな。というか相手すらしてくれないと思う。
他に詳しそうな人といえば……。
「先生にも訊いてみよっか。長く勤めてる先生とか、あとダリオルも何か知ってるかも」
「ダリオル先生か……。あの人、俺の目的を知ったら協力してくれなさそうだよな」
「あー、確かに……」
ダリオルはシューの学園行きも反対していた。シューが夢を叶えることにいい顔はしないだろう。
「教師から話を聞くってのはありだな。学園のことならなんでも知ってるはずだろ」
「うん! じゃあわたしは授業担当の先生に訊いておくね」
「待て、なんでパティスリエも手伝ってくれるんだ? いや協力してくれるのは助かるけどよ」
「もう水臭いなー、言ったでしょ? わたしはシューの夢を傍で応援するって。どこまでも力になるよ」
「……そう、か。ありがとな」
不夜城捜索が始まった。
わたしはシューとは別口で学園内の人たちに話を聞いていく。
しかし平民は噂程度しか、先生は知ってても多くを語らず。当然貴族はガン無視を決めてくる。
有益な情報を得られないまま聴き込みを続けていく中で、わたしは意外な人物の名を耳にした。
「……ガストリエ・ノワールを、ご存知ですか?」
知ってるも何も、わたしです。
いや、そんなことより! 何故ここでガストリエちゃんの名前が出てくるんだ……!?
「うん、知ってる……好き……愛してる……。けど、不夜城と何か関係があるの?」
「ガストリエ様は深窓のご令嬢。それが現在、屋敷から姿を消し行方を眩ませていらっしゃるそうですの」
「そ、そうだねー。どこにいるんだろうねー……?」
「不夜城は一見煌びやかですが、その影には黒い噂がありますの。『招かれた客人は行方不明になる』……と。ガストリエ様はきっと、不夜城へ招かれたに違いありませんわ!」
わたしはいろんな貴族に声をかけたが、無視せず答えてくれたのはこのフランちゃんだけだった。
男爵令嬢で、お金がなく一般枠で受験したフランちゃんは現在平民クラスにいる。そのため、わたしを無視する貴族の空気感を知らないのだ。
しかし見事にデマを掴まされている。ガストリエちゃんが行方不明になった頃はまだ学園に入学してないし。
情報弱者ゆえにわたしと話してくれるのだろうが、情報が当てにならないジレンマ。当てにならない……。
「えーっと、フランちゃんは不夜城には行ったことあるの?」
「ないですの! 不夜城の話はママ……ごほんっ、お母様から聞いたものですの。ちなみにお母様も行ったことはないそうですわ」
「なるほどねー。貴族ならみんなお呼ばれするわけじゃないんだ」
「わ、私フラン・フランヴァワーズは下流貴族ゆえ、憧れの不夜城とは程遠く……。パティスリエ様は王妃様のお知り合いですので、きっと招待されますわ! その時は是非、私もお連れくださいな!」
「そうだね、招待されたらフランちゃんにも言うね」
わたしが貴族の集まりに呼ばれるとは到底思えないけどね……。
結局何も収穫がないまま、下校時間を迎えた。
シューも今ある情報以上のものはなかったようだ。寮への帰路は重く沈んでいた。
「噂は確からしいことだけはわかった。しかし肝心の部分がみんなだんまりときた。さーて、どうやって探すかな」
「……こうなったら、尾行だ」
「尾行?」
「夜に学園のどこかに集まるなら、暗くなってから寮を出発するでしょ。そこを追いかけるんだよ!」
「いつ出てくるかもわからないのに待つっていうのか? ……まあそれしか方法はねーか」
「うん! じゃあ一旦帰ってまた集合ね。今夜は長くなるよ……!」
二人で寮の近くの茂みに張り込み、不夜城へ向かう貴族の動向を見張る。
だが特に目立った動きをする者もなく、日が落ちてきた。
昼は暑いくらいだった気温が夜になると冷え込む。もっと厚着してくればよかったな。
身体を震わせていると、シューが自分の上着を脱いでわたしにかけてくれた。
「ありがとう! へへっ、シューってクラスではモテるでしょ」
「……さあな、興味ねぇよ」
せっかくの素材なのに勿体無いなー。いや、他人に価値観を押し付けるのはよくないか。
シューの幸せはシューが決めるんだから。とやかく言うのはよそう。
「ところでどうして着替えてきたの?」
「決まってるだろ。不夜城を見つけたらそのまま社交界に参加するんだよ」
「すごい行動力……! 立派なタキシードだね」
「入学前に仕立ててもらったんだ。ドレスコート、って言うんだろ? こういうの」
得意気に語るシュー。それを言うならドレスコードだよ。
わたしが間違いを指摘せずにやにやしてると、シューは恥ずかしそうに睨んでくる。
「な、なんだよ。なんか言えよ」
「ううん、なんでもない。かっこいいよシュー」
「……うっせぇ」
シューは顔を赤らめそっぽを向いてしまった。お、照れてる? 照れてるのかい?
嗜虐心がくすぐられ、もっと言葉責めしたくなったがこれ以上は怒らせそうなのでやめておく。
学園に入り、社交界デビューを目指すシュー。いつか夢を叶える時には、教養を身につけ優雅に踊る、丁寧な言葉遣いの紳士になっているのかもしれない。
シューが変わってしまう……。そんな心配もあったが、今の彼を見てるとシューはシューのまま変わらない気がした。
いよいよ真っ暗に染まり、シューの姿は良く見えないが息遣いだけ聞こえてくる。
変わらず貴族たちの動きはない。今日は定休日なのだろうか。
諦めかけていたその時。寮の方で仄かに灯りが揺らめき、一定の高さを保った直線の軌道を描いて学園の方へ向かっていく。
誰か出てきた! しかもこんな真っ暗な夜の中……只事じゃない!
「……追いかけよう」
どちらともなく言うと、わたしたちは光について行った。




