3 好きとスキル
魔法暴発事件からさらに数日後。
体力を回復させたわたしは魔法練習を再開させた。
前回の反省を踏まえ、今回はメイドたちよりも魔法に長け、いざという時にわたしを止められるダリオルが家庭教師となった。
「最初にお約束を。お嬢様は私の許可なしに魔法を使わないでください。また屋敷を破壊されては困りますので」
「はい……。すみません……」
「さて、まずお嬢様には魔法に関する理論を身につけてもらいます。聡明なお嬢様ですからすぐに習得なされることでしょう」
「え、ええ……。どんとこいよ」
転生分の知識があるわたしは歳の割には賢い方なんだろうけど、買い被りがすぎる……。
ダリオルは家庭教師代わりに語学や音楽など貴族の教養を教えてくれることもあるのだが、これまた教えるのが上手い。
ダリオルに任せておけばわたしの理解度に合わせて軌道修正してくれるだろう。
「魔法の発動には魔力を消費します。昨日の様子を見るに、魔力操作のコツは掴めていますよね」
「そう、ね。体内に流れている魔力を手から出す感じ……で合ってる?」
「はい、正解です。魔力を変換し手から出力することで魔法が生まれるわけですね。それでは次に、放出する魔力量の加減についてです。
前提として、人間や動物の蓄えられる魔力量には限界があります。限界値は体格によって比例し、身体が大きければ大きいほど魔力量も多くなります」
「……ってことは、私は小さいからダリオルより魔力が少ない?」
「普通ならそうですね。しかし、貴族は例外です。
貴族、特に上級貴族に見られる血統主義の家系では魔力が濃くなる傾向にあり、保持魔力量が多くなります。メイドたちと比べれば、お嬢様の魔力は数倍上回るでしょう」
「なるほど……」
わたしの中にはそれだけ強い魔力がある。だから、あれだけの暴風を起こせた……ってことか。
改めて考えてみると恐ろしい話だ……。うっかり魔法が発動して、辺り一面を破壊できる力が眠っているなんて。
おじじの言っていたことがようやくわかった。わたしは歩く魔力タンクなのだから魔法、もとい魔力を扱えるようになるのは急務なのだ。
「前回、お嬢様が魔法使用後に倒れたのは魔力欠乏によるものだと思われます。一度に大量の魔力を消費しないためにも、その場に適した魔力量の調整を覚えていきましょう」
「魔法で庭掃除したいなら、魔力を少し出すだけでいい……ってことね?」
「流石はお嬢様。ご理解が早い」
家庭教師のダリオル。褒めて伸ばすタイプで助かる。
気分を良くしたわたしはダリオルの許可を得て、試しに魔法を使ってみる。
少しだけ、少しだけ……。わたしは両手を突き出し、指先くらいの魔力で風を吹かせるイメージを何度も念じる。
ふわりと、細やかだが確かに、風が頰を撫でた。
「今のは……成功?」
「はい、お見事です」
「やった! でもこれだと弱すぎるわね。もっと魔力を込めて……」
「それもいいですが、魔力量の調整には座標指定と呪文詠唱も効果的です」
「呪文……!」
魔法といえば呪文はつきものだ。いよいよファンタジーチックになってきてワクワクが止まらない。
しかしもう一つの、座標……がぴんとこない。数学チックで嫌気がする。
「難しい話ではありません。座標指定とは『魔法の起点』を明確にすることです。
目に見えている場所、あるいは地理や空間を把握できる場所を指定し、魔法を放つだけ。試しに実演してみせます」
ダリオルは「風よ」と唱えた。すると、ダリオルを中心に上昇気流が発生し、落ち葉が螺旋を描きながら宙を舞う。
そして『火よ弱く』と唱えると、ダリオルの周囲に蜃気楼が起こり、ダリオルに触れた葉にだけ火が灯って瞬く間に灰となった。
「おおー!」
「今のは『私の周囲』という座標を指定し、さらに呪文によって威力を大まかに調整しました。範囲を限定した分、無駄な魔力を消耗せずに済みます。
ちなみに座標を指定しなかったり見えない場所を指定して魔法を使うと、うまく発動しなかったり魔力暴走を起こす危険があります。お気をつけください」
気づくとわたしは拍手していた。なんてわかりやすい……!
ダリオルの理屈による説明のわかりやすさに感動するとともに、マドレーヌの授業が無茶苦茶だったことを思い知らされた。あのまま彼女に師事していたら町が一つ消えていたかもしれない。
「せっかくですので練習の前に、目標となる魔法を設定しておきましょうか」
「魔法……。あ、だったら空飛ぶ魔法がいいわ! 何かないかしら?」
「軽く浮遊できる魔法ならありますが、空を飛ぶとなると思い当たりませんね。何故その魔法を使いたいのですか?」
「実はね、スキルのために覚えたいの」
「スキル……ですか」
おじじ曰く、スキルは「できることができる」らしい。
もし空を飛ぶスキルが欲しいなら、わたしはまず自力で空を飛べるようにならなくちゃいけないのだ。勿論、何もなしに飛べるわけがない。
そこで魔法だ。さっきみたいな風の力でいい感じに飛べたなら、おじじが空飛ぶスキルを授けてくれるはず!
取らぬスキルの活用法をあれこれ考えているわたしを、ダリオルはもの悲しそうに見つめていた。
「……お嬢様は、まだスキルをお求めになられているのですね」
「ダリオル……?」
ダリオルの微笑に初めて陰りが見えた。いや、初めてではないか。前にも見た覚えが……。
その後、魔力操作、座標指定、呪文詠唱と、今まで習ったことを総復習し、いよいよ空飛ぶ魔法の練習に入った……のだが、上手くはいかなかった。
失敗したわけではない。
練習はまだ始まったばかりだというのに、大して魔力を消費していないはずなのに……。
わたしはまた、意識を失った──。
魔法練習中に起きた二度の気絶。その話はついにお父様の耳に入り、わたしは魔法の使用を固く禁じられた。
舞い戻ったベッドの上の生活。手鏡に映るアンニュイなガストリエちゃんがかわいい。まるで憂う女神を描いた美術作品だ。
……だが、いくらガストリエちゃんで癒してもわたしの心中は穏やかではなかった。
お父様は決して意地悪でわたしを縛っているわけではない。心配ゆえの行動だ。だからわたしが安全に魔法を使えるようにさえなれば禁止令も解かれるはず。
問題は、安全に使う方法が見当たらないこと。
魔力消費が原因で倒れるのだとしたら、わたしの魔力量が多くなれば解決するのだろうか。
それはわたしが成長した5年後か、10年後か……はたまたもっと先のことか。
「……遠いなあ。いつも、届きそうで届かない」
「ふぉふぉ。また塞ぎ込んでおるようじゃの」
「おじじ……。いたんだ」
「やれやれ、推しを見つけ浮き足立っとると思ったらこれじゃ。まったく見ていて飽きんのお」
白髭を撫でながら快活に笑うおじじ。この白髭の老人に嘲笑され、ようやくわたしの心は落ち着きを見せ始めた。
浮き足立って墜落したなら、大人しく地に足つけて生きていくしかないのか。
でも……。
「……おじじ。今すぐスキルちょうだい」
「なんじゃと?」
「魔法は使っちゃダメだから……、代わりにスキルがほしい。……お願い」
「むむう。そんなにスキルが大事かのお」
「いや、正直どっちでも……。今はガストリエちゃんのご尊顔を拝めるだけで幸せだし……。
ただ、わたし……というかガストリエちゃんは体が弱くて、人よりできないことが多いからさ、少しでも人並みでいてほしいの」
「……それでスキルを欲するか」
小人閑居してなんとやら。部屋に篭ってばかりいるせいか、よく考えてしまう。
もしこの体にわたしの記憶が戻らず、ガストリエの自我のまま今も生きていたら……。きっとそんな世界線もあったはずだ。
どちらが幸せかはわからないけど、わたしがガストリエちゃんである限り、彼女を笑顔にし続けるのがわたしの生き甲斐なんだ。
そんなわたしの思いを知ってか知らずか、おじじは窓の外に広がる遠くの景色を眺めていた。
何かを考え込んでいるのがわかる。長く生きた者の沈思黙考には貫禄があった。音のない時間が過ぎていく。
「スキルクラフト──これはお主が前世の記憶を取り戻した時から持っていた力じゃ。お主はいつでも『スキルを作る』ことができる」
「スキルを作る……? そんな女神様みたいな……」
「『できること』を組み込みスキル名を『宣言』するだけでよい。自分にも他人にも与えられる。細かいことは使っていけばわかる。お主ならば悪用はせんじゃろう」
「…………おじじ?」
おじじの体は光に包まれ、その愛くるしい姿がぼんやりと消えかかっている。
いつものお別れの合図。だが、いつもとは違うとわたしの胸が強く騒いだ。
白髭に覆われた穏やかな笑みが、これが今生の別れだと告げていた。
「おじじ……死んじゃうの……?」
「ふぉふぉふぉ。心配するでない、わしは元いたところに帰るだけじゃ」
「でも……! わたし、まだおじじといたいよ……。おじじがいなかったらわたし、また一人になっちゃう……!」
「大丈夫じゃ。お主の笑顔があれば、いずれたくさんの友に恵まれることじゃろう。
スキルクラフトのせいで、世界はお主の存在を許さぬやもしれん……。じゃが、お主のことを助けてくれる仲間を作るのじゃ。信じられる仲間を……!」
「……でも、おじじにもいてほしいよ……」
「すまんのぉ、わしの役目はもう終わりなのじゃ……。世界の命運を託すつもりがいつしか、お主自身の幸せを心から願ってしまっておったわい。ケンジャ失格じゃの……」
「おじじ……」
「……さてと。これからお主を推しにして、遠くから見守り続けることにしよう。お主のかわいさで、いつまでもわしを笑顔にさせてくれい!」
「ありがとう、ばいばい……! おじじのこと、絶対忘れないよ……!」
おじじは最後まで白い髭を揺らし、光とともに消え入った。
スキルのこととか、正直まだよくわからないことだらけだけど……おじじの想いは受け継いだよ……!
あ、ただ同担拒否だからガストリエちゃんを推すのはやめてほしかったな。
魔法禁止令発布から一月が過ぎた。
禁止といわれつつ、誰にもバレないようこっそり魔法を使い続けてわかったことがある。それは、安静にしながら魔法を使えば急に気絶することはないということ。
なので寝ながらの脚痩せストレッチと魔法練習を毎日のルーティンにしていた。そして今日ついに、目標の空飛ぶ魔法が完成した。
魔法は手から放つものだとばかり思い込んでいたが、練習の成果で足にも魔力を送れるようになった。
要は体の末端ならどこでもいいのだ。手に比べて精度ガタ落ちなので普段使いはできない。しかし、スキルにしてしまえば問題ない。
早速、温めておいたスキル名を宣言してみる。これで本当にスキルを手に入れられるかは知らないが、おじじから託されたものを信じよう。
空を歩くスキルだから『空歩』……。いや、わたしと推しが歩んでいくスキルなんだ。だったら名前は──。
おじじ、見てる……? わたしはこれからも、おじじの顎が外れるくらい浮かれていくよ。
浮かれて、地に足つけて、推しと生きていく。それが一番わたしらしいよね。
わたしはベッドの上で大きく息を吸い、高らかに宣言する。
「────スキル名は、【スキスキップ】……!」




