2 好きと魔法
超絶美少女令嬢ことガストリエちゃん──に転生したわたしは、日々体力作りに励んだ。
朝は屋敷内を散歩し、昼はダンベル代わりの手鏡を見ながら筋トレ、夜はベッドでストレッチを続ける毎日。
その甲斐あって、ガストリエちゃんが最もかわいく見えるエンジェル角度を発見できた。どれだけしんどくても鏡を見るだけで疲れを吹き飛ばせる。
はてさて、わたしがどうして運動を始めたのかというと、来たる魔法練習の日に備えて外出できる体力をつける必要があったからだ。
話は少し前に遡り、10歳の誕生日翌日のこと──。
「カモン、おじじ! 生きる目標できたよ!」
「ず、随分と早かったのお……。昨日の今日じゃぞ」
「ていうかおじじ! なんでガストリエちゃんが超激かわガールだって教えてくれなかったの?! 屋敷のみんなもさあ……まあかわいいとは言ってくれてたけど? でもそれって小さい子によく言うやつだと思うじゃん! あーもうどうしよ!? 可愛すぎてずっと見てられる!! くそー、自分とチューする方法がいまだ発明されていないのが悔やまれる……!」
「うーむ……めんどくさいことになっとるわい。これが噂の推進力なのじゃな……」
おじじは白髭をしなしなにさせ、少し引き気味でわたしを見据えた。
いよいよスキル伝授の時! ……と思ったが、わたしの期待は的を外れた。
「スキルを身につける前に、お主はまず魔法を覚えるのじゃ」
「え、魔法? スキルには魔法が必要なの?」
「そうじゃなあ、スキルとは『できることができる』ものなのじゃ」
「はあ……?」
できることができる。
至極当然で、わかりきった文言。しかしなんとなく、おじじの言うところは理解できた。
つまり、ある日突然チートスキルを授かる……みたいな都合のいい展開にはならないらしい。なってくれても全然いいんだけどね。
火のスキルを使いたいなら、まずは火の魔法を覚えなければならないということか。だとすると天授の儀とはなんなのだろう。女神はいずこや?
「それと魔法を覚えることはスキルに必要というだけでない。お主が生きていく上で欠かせないものになる」
「んー……? わたしなら魔法がなくても問題はなさそうだけど」
「ふぉふぉふぉ。まあその辺のことはいずれ理解するじゃろう」
おじじは意味深に白髭を弾ませ、にこやかに姿を消した。
そして現在。まさに今日。初めての魔法練習の日を迎えた。
身体が冷えないよう、メイドたちがあれやこれやと服を拵えてくれた。身動きが取れなかったので半分以上は脱がせてもらったが。
うきうきのメイドと手を繋ぎ、屋敷の庭に出る。前世以来の土の感触に、わたしもテンションが上がった。
「ガストリエ様、覚えていらっしゃいますか? 元気になったらわたしといっしょに魔法の練習しましょうって約束したこと」
「ええ、当然よ。ずっと楽しみにしてきたんだから!」
「ううっ……! まさか本当に実現する日がくるなんて……感激ですぅ〜!」
「こら、マドレーヌ! 泣いてばかりいないで早く魔法をお見せしなさい!」
「あまり外に長居するとガストリエ様のお体に障るでしょ!」
「うう……ずびばぜん……」
目を真っ赤に腫らしたメイドのマドレーヌは、袖を濡らしたまま両手をまっすぐ突き出す。
すると、マドレーヌのスカートの裾が揺らめき、四方の草木が音を立ててしなった。
わたしや見物しているメイドたちの髪も靡くほど広範囲に、見えない力が吹き出していた。
「見ましたか?! 今のです!!」
「ええ! あなたを中心に風が起きていたわ、すごいわマドレーヌ!」
「えへへ。ではガストリエ様もやってみてください!」
「えっ」
いきなり実践!? てっきりやり方とかコツを教えてくれるものかと思ってたけど……。
まあ意外と簡単にできるものなのかもしれない。とりあえず挑戦してみよう。
わたしはマドレーヌを真似して両手を突き出した!
…………静謐な時が流れていく。遠くの方で鳥が鳴いていた。
「…………す、すごいです! 流石ガストリエ様!」
「今、できてたの……? 全く実感ないんだけれど」
「こらマドレーヌ! 適当言ってんじゃないわよ!」
「ガストリエ様はまだ魔力操作を教わってないのでできなくて当然です! ほらマドレーヌ、謝りなさい!」
「ひぃぃ〜! とりあえず褒めておいた方がいい気がして……すみません〜……!」
メイド集団に囲まれ叱責されるマドレーヌをよそに、わたしは全身を駆け巡る感覚に集中していた。
前世ではなかった感覚。今までも感じたことはあったが……そうか、これが魔力なのか……。
もう一度両手を突き出し、今度は体内の魔力を意識して風を起こすイメージをしてみる。
血のように身体を通う魔力を、胸の辺りに集め……そして、腕から手の先へ──。
一瞬の出来事だった。
突風が全てを吹き飛ばした。
庭に面していた屋敷の窓は連鎖するように割れていき、木々は根っこを剥き出しにして倒れ、魔法の爆心地であろう場所は地面が深く抉れていた。
少し離れたところにいたメイドたちは腰を抜かし、口をあんぐり開けこちらを見ていた。
わたしも開いた口が閉じなかった。
「あっ。え、嘘……わたし、やっちゃいました……?」
「その通りですよ、お嬢様」
異変に気づいたのか風よりも速く現れ、突風から身を挺してわたしを守ってくれたダリオル。
黒の燕尾服を何度か払うと、いつもの微笑を浮かべつつ、天災に遭った庭の惨状を見てどうしたものかと考えあぐねていた。
わたしはあまりのことに現状を把握できなかったが、とにかく怯えているメイドたちのもとへ走った。
「みんな、大丈夫……!?」
「は、はい……。それよりお怪我はありませんでしたか、ガストリエ様!?」
「私は平気……。あの、ごめんなさい……! 急に魔法を使ってみんなを巻き込んじゃって……」
「いえ、我々の落ち度です。初級者なら段階を踏んで教えていくべきでしたね」
「ひぇぇ……。やっぱりあれってガストリエ様の魔法だったんですね……」
「流石は姉妹、魔法の威力も桁違い……」
わたしとメイドたちは抱き合い、互いの無事を確かめ合った。
怪我をしているメイドもいたが、自分の負傷よりわたしの心配をしてくれる姿に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
これがもし、もっとメイドたちに近い場所で魔法が起きていたら……。
そうしたら間違いなく、怪我どころでは済まなかった。最悪、死んでいた可能性も……。血の気が引いていく。
……あ、あれ? 急に目眩が…………。
「ガストリエ様……? ガストリエ様──!」
そこでわたしの意識は途絶えた。
次に目が覚めたのはベッドの上。いつもの光景だ。
ぼんやりする意識で何があったか思い出す。
そうだ……。わたし、魔法の練習をしていて、それで……。
「お目覚めですか」
「うっ……ダリオル……」
起き上がろうとして、鉛のような体の重さに気がつく。
最近は体力もそこそこつき、軽やかに動けていたはずだ。それが病気で寝込んでいた頃と同じくらい体が弱くなっている。
ダリオルが言うには、わたしが気絶して丸一日以上経っているらしいが……それにしてもここまで衰弱するものだろうか?
「……ねえ、ダリオル」
「どうかなさいましたか、お嬢様」
「身体を拭いてほしいの」
「御意。すぐにメイドを呼んでまいります」
「ううん、ダリオルがいい」
「しかしお嬢様もお年頃です」
「ダリオルがいい」
わたしの強情にダリオルは仕方なく頷き、濡れタオルを用意してきてくれた。
ガストリエちゃんの柔肌を見られるのはいい気はしないが、これが初めてではない。ダリオルには今までもメイドがいない時に何度か拭いてもらったことがある。
服を脱ぎ、絹のような白髪を払う。ほてった背中に冷たい布が当てられる。
「……ありがとう、ダリオル」
「お嬢様のご命令ですから」
「いえ、それもだけど……。昨日のこと、私を守ってくれたでしょ」
「ああ、その件でしたか。当然ですよ、お嬢様を守るのが私の使命ですので」
「メイドのみんなは? 怪我している子もいたわ……。屋敷もぼろぼろにしちゃったし……」
「ご安心を。怪我をした者はすぐに治療しました。屋敷も今朝までには修復済みです」
「そう、よかった……。ダリオルがやってくれたの?」
「はい」
「なんでもできるのね」
「もちろん。執事ですから」
ダリオルに背中を預けていると、ふと前世の最期の記憶が呼び起こされる。
わたしは確か、お風呂に入っている時に倒れ、そのまま意識を取り戻すことなくお陀仏したんだ。
推しのライブに向け、お風呂場で脚をツルツルにしようとムダ毛処理していて……それで逆上せて……倒れて頭を打って…………。
馬鹿みたいな死因で恥ずかしい。わたしらしいけどね。
そういえば、わたしが倒れた後に救急搬送されたんだろうけど……ご近所の方にわたしの裸、見られたのかな……。
まあ大したボディじゃないし、片っぽだけツルツルの脚の方に注目が集まっただろうな……。
「ねえ、ダリオル」
「なんでしょう」
「ダリオルから見てガストリエちゃんはどう映る?」
「……そうですね。病気に負けず明るく振る舞い、元気で逞しい──」
「違う。かわいいかどうか訊いてるの」
「これはこれは。質問の意図を汲み取れず申し訳ありません、お嬢様はかわいいですよ」
「むへへ」
これで「かわいくない」なんて言おうものなら、ガストリエちゃんの可愛さを理解するまで見つめ合ってやるつもりだった。よかったよかった。




