1 転生しましたスキルください
ガストリエ・ノワール、5歳。今際の際に前世の記憶が蘇る。
「うわあああああっ!! そうだ、そうだ……!
わたしは普通の家庭で育った善良な女子高生で運動も勉強も平均あたりで休日は推しの配信観ながら脚痩せストレッチしてて推しにファンレター書くために書道習い始めるくらい好きだけど友達には内緒でそれには深い訳があって、それで、それで…………ごほっごほっ!」
「ガストリエ?!」
「すぐに医者を! ガストリエ様がご乱心だ!」
それから数日間、お医者さんやら悪魔祓いやら、物々しい格好の大人がわたしの部屋を出入りすることになった。
どうやら病人のわたしが突然発狂したせいで、いろんな人に心配をかけてしまったらしい。体調は悪いが頭は正常であることをアピールし、なんとか安心してもらえた。
静けさを取り戻した室内。わたしはベッドの天蓋にかざした小さなおててをぼんやりと見つめ、ガストリエとして生きたこの5年間の記憶を反芻する。
教室よりも広い洋風の自室。お世話をしてくれるメイドや執事たち。窓から望む雄大な景色。空飛ぶ翼竜の群れ……。
そうか、わたしは……。
異世界に転生し、貴族令嬢になったのだ……!
生まれつき体が弱かったガストリエ──ことわたしは、人生のほとんどをベッドの上で過ごしてきた。
何かあると熱を出し、立ち上がると立ち眩み。咳が止まらず三途の川を渡りかけたことは数知れず。
生きていることすら不思議なくらい体よわよわで、こんなにつらいなら転生なんてしなくてよかったのに……と思わなくもないけど、それでもわたしの胸には希望があった。
それは、この異世界ワールド!
お話好きのメイドによると、この世界には魔法が存在するらしい。屋敷内では魔法禁止のため、庭を風魔法で掃除しているところを部屋から見せてもらったことがある。
「元気になったら外に出て、いっしょに魔法の練習しましょうね!」なんてうれしいことを言ってくれる。その一言が病気と闘う原動力になる。
また、この世界では10歳になると教会で「天授の儀」なるものを行なうとか。
天授という単語に始めはぴんと来なかったが、別名を聞いて要領を得た。
天授とは「スキル」のことらしい。
スキル。漫画とかゲームによくあるやつだ。
教会に行くと女神様から配布され、どんなスキルを授かるかは人によりけり。きっと時を止めたり回復させたりするスキルもあるに違いない!
なんて素晴らしき世界! スキルを使ってみんなから持て囃される未来を描くだけで胸が躍った。
嗚呼、わたしのスキルはどんなものなのだろうか。
やってみたいことはたくさんあるけど、やっぱり空を自由に飛べるスキルがいいな。空を飛べたら地図上で直線移動できるし、電車代や飛行機代とかの遠征費が浮くし……。
あ、そうだ! ガストリエの家族や使用人たちも空の旅へと連れていってあげよう!
「むへへ、楽しみだなぁ……」
わたしは苦い薬も咳で眠れない夜も堪え忍び、10歳になるその日を指折り数えて待ち続けた。
ガストリエ・ノワール、10歳前日。体調悪化を懸念され外出禁止令発動。
「どうしてですかお父様、お母様! 最近は体調も安定していますし、少しなら散歩だってできるようになりました!」
「ガストリエ、わかってちょうだい。私たちはあなたのことが心配なの」
「教会までは馬車移動だ、途中で体調を崩したらどうする。無事に着けても、ガストリエの体が儀式に耐えられないかもしれない。今は安定しているが、いつ倒れるかもわからない。それなら儀式は諦めて療養していたほうが賢明だ」
「でも、でも……」
ガストリエの両親の心配はごもっとも。わたしだってこの体での外出には不安がある。
それでも! 儀式のためだけに頑張ってきたのに、ドタキャンなんてあんまりだ……!
「スキルがなくとも死ぬことはない。お前はただ、生きていてくれるだけでよいのだ」
「侯爵令嬢としての役目はお姉ちゃんに任せればいいわ。さ、ガストリエは屋敷で安静にしていなさい」
「…………はい」
わたしは不服を隠しきれない膨れっ面で頷いた。両親はそれ以上何も言わず、部屋を去った。
スキルが……! わたしのスキルがぁ……!
希望がぱたぱたと飛び去っていく。手を伸ばしても、ベッドの上からではそれを掴むことはできなかった。
「…………様……」
いや、スキルなんていってもどうせ大したものは貰えなかったに違いない。
取れないぶどうは酸っぱいし、貰えないスキルはハズレなんだ。
でも、スキル欲しかったな…………。
「……ガストリエお嬢様」
「え」
声のする方を向くと、そこには黒で身を包んだ執事の姿があった。
端正な顔立ちから発せられる蠱惑的な声。いつ見てもシワひとつない燕尾服。その洗練された美しさに思わず目を奪われてしまう。
「ダリオル、ね。どうかしたの」
「旦那様からの言伝です。『何か欲しい物はないか?』とのこと」
「欲しい物? スキル!」
「無理です」
ダリオルはわたしの要望を突っぱねた。けんもほろろ。
もちろんダメ元の提案だが、彼なら本当にやってくれるような信頼感があった。
このダリオルという執事は、超人的なオーラを纏っている。できないことは何もないと言わんばかりにいつも不敵な微笑を浮かべ、実際、5年前に屋敷に来たばかりなのにノワール家で圧倒的な尊敬と信頼を集めている。
今回もきっと、わたしにプレゼントを渡し機嫌を取るようお父様に進言したのだろう。なかなかの策士だ。
ダリオルの考えは読めないけど、少なくともわたしのことを大事に思ってくれているのはわかる。
「欲しい物、欲しい物……」
考えてはみたものの、正直何も要らなかった。
いま一番欲している「スキル」や「健康な体」は誰にも用意できないし、無理難題をふっかけて楽しむ月の姫的な趣味もない。
それにお誕生日用のくまのぬいぐるみ(毎年恒例)が既に購入済みであることはお喋りメイドが匂わせている。
んーでも、お父様的にはスキルの代わりとなる贈り物をしてあげたいのだろう。形だけでも貰っておかないとお父様の自責の夜泣きが屋敷に響き渡ることに。
「うーん、そうね。だったら鏡が欲しいわ」
「鏡……ですか」
「ええ。寝込んでいても使えるような、手鏡がいい」
「御意。旦那様にお伝えしておきます」
そう言ってダリオルはいつもと変わらぬ微笑を残し部屋を後にした。
わたし──正確にはガストリエは生まれてこの方、鏡を見たことがなかった。
自室には鏡どころか反射しそうな物すらほとんど置かれていないのだ。弱った姿を見せたくないという配慮なのだろうか。
ガストリエの容姿で唯一わかるのは髪が真っ白だということ。親やメイドたちはかわいいかわいいと誉めそやすが、子ども相手ならみんなそう言う。
前世では日常的に酷使していた鏡。転生後はまるっきり触れてこなかったため違和感があった。手鏡をゲットできればスキルがない喪失感も紛れるかもしれない。
「はあ……」
つい溜息が漏れる。
窓の外では雨が降っていた。わたしにしては珍しく気持ちが沈んでいる。
友達はいない。
スキルもない。
令嬢の役割は実質解任状態。
快調になる見込みもない。
大人になれるかもわからない。
何も成してない。これじゃ転生した意味がない。
「わたし、何のために生きてるんだろう──」
ぽつり呟く。
ふいに風がカーテンを揺らした。
「ふぉふぉふぉ。若者よ、悩んでおるの」
「あ、おじじ!」
白髭をこれでもかと蓄えた小柄な老人が窓辺で黄昏ている。
焦茶色の布服は、童話に出てくる小人を思わせた。
「こうして沈む夕陽を見ておると昔を思い出すのお」
「昔って、前に話してくれた村娘にフラれた時のこと?」
「これ! 年寄りを揶揄うでない!」
おじじは白髭をぷるぷると震えさせ怒りを露わにする。
わたしが前世の記憶を取り戻した日から、おじじは現れるようになった。前世や転生関連の話はおじじが聞いてくれる。
おじじの存在はわたしにしか見えていない。おそらく、おじじはわたしの心が生み出した幻覚なのだ。
たとえイマジナリーだとしてもおじじはわたしにとって心強い存在だ。
ちなみに、おじじと話す姿は周囲にはわたしの独り言に見えているようで「いずれ治るはずだから……」とみんな温かく見守ってくれている。
「おじじが現れたってことは、わたしの相談に乗ってくれるってことだよね!」
「わしを都合のいいように扱いおって! まったく、これだから最近の若者は……」
ぷりぷりしながらもベッドに腰を掛け、わたしの話を聞く体勢に入る。おじじはなんだかんだ優しい。
わたしは今日あったことを簡潔に話し、内に秘めた悔しさや虚しさ、憤りをすべておじじにぶつけた。
おじじはうんうんと白髭を頷かせ、わたしの想いを受け止めてくれた。
「ふむ。そんなことで悩んどるとは情けないのお」
「だって〜、スキル欲しかったんだもん! そのためにつらい闘病生活を頑張って乗り越えてきたのに……」
「……そうじゃな。スキルが欲しいのなら、今からでも手にすることは可能じゃ」
「えっ! ほんと!?」
「やかましい! 耳元で叫ぶんじゃあない!
……だがそのせいで、世界を敵に回すことになるやもしれん。……それでもよいか?」
「うん! めっちゃ欲しい!」
「もうちょいと逡巡せえ!」
世界を敵に? 儀式以外でのスキル入手経路があって、でもそれを使うと違法になる、とか? でも国や司法じゃなく、世界……?
要領を得ないけど、スキルさえ手に入ればなんとかなるなる〜! ……なんて楽観的なわたしを他所に、おじじは神妙な面持ちで首を横に振る。
「……まだダメじゃな。今のお主ではとても背負いきれん」
「え、なんで? わたしが病弱だから?」
「違う。心じゃ」
おじじは自分の胸に拳を当てて見せ、わたしにもそうしろと言わんばかりに白髭を尖らせてくる。
わたしは自分の胸に手を当てた。異様に早い拍動が直に伝わってくる。
「お主には生きる気力が足らん。スキルを得たとして、お主の現状は何も変わらんじゃろう。
漫然と続く苦しみ、痛み。同情はされても理解されない孤独感。淡い希望を容易く打ち砕く現実──。スキル一つで解決すると思うか?」
「でも、でも……」
思えばスキルがどういうものなのか、わたしは何も知らなかった。
おじじの言う通りだ。スキルを授かった後、わたしは何を目標に生きていくんだ……?
新たな目標ができる? その目標のために生きたいと思えるのか? 病弱である限り一寸先は暗澹と闇が広がるばかり。
「病気を治すスキル」があれば万事解決だが、そんなご都合主義なものがあるならお父様が国中探して見つけてくれているはずだ。
やばい。ポジティブしか取り柄がないのに不安で押し潰されそうだ。
わたしはこのまま何も得ることもなく、ベッドの上から羨望の眼差しでただ窓の外を眺め続ける人生なんだ──
「なーにをしょぼくれとる! お主らしくもない!」
「でも、どうしたら……」
「生きたいのならば、推しを作ればよいではないか!」
「…………へ? 推し……?」
あの「昔はよかったわい」が口癖だったおじじが、わたしに合わせて若者文化を取り込んでくれている……。なんて柔軟好々爺。
「推しの話をする時のお主はまさしく世界を照らす太陽のよう。お主が推しを作れば、それは恒久的に輝く生きる希望になるじゃろう!」
「……うん、そうだね。推しは元気をくれる。推しのためならなんでもできる……けど」
前世の推しは今も好きだ。でも、今やその推進力はめっきりなくなってしまった。
というかライブは行けないわグッズは買えないわ御本尊は拝めないわで、もはや推しとしての力は弱い。
いない推しは推せない。現金なわたし。
しかし、新たに推しを作る……?
推しは作るものではなく気付いた時にはできているものであり、意図的に担ぎ上げるものではない。養殖は認めない主義だ。
それに今のわたしには推せるキャラがいない。
この世界の知り合いはこの屋敷の住人だけだし、小さい頃から見慣れているせいで推しにはなり得ない。
強いて挙げるなら執事のダリオルか……。いや、彼は完璧すぎてスキがなさすぎる。推しには欠点を求める主義だ。
「むむむ……」
「ふぉふぉふぉ、存分に悩むが良い。お主が生きる希望を見つけたその時にまた現れるとしよう」
おじじの身体が光に包まれ薄らいでいく。次の瞬間、そこには最初からまるで何もなかったみたいに虚無だけが残った。
あ、そういえば。推しの候補で一人だけ挙げていなかった人物がいる。
きっと前世なら国民的人気を誇ったであろう、小さくて可愛くて優しい、愛嬌たっぷりの白髭──
…………。
いや、おじじは違うわ。
翌朝。目を覚ますと部屋の中が華やかに装飾されており、ごきげんなムードの両親や使用人のみんながぞろぞろと部屋に傾れ込んできた。
「ガストリエ、今日が何の日かわかるか?」
「教会で天授の──」
「そう! 今日はガストリエの10歳の誕生日だ!」
有無を言わさず両親から渡されたのはラッピングされた二つのプレゼント箱。
一つはくまのぬいぐるみ(今年は水色)。
もう一つは、ダリオル経由で頼んだ手鏡だった。
「お父様お母様、ありがとうございます。このプレゼントは私の一生の宝物にします」
例年通りの文言で感謝を述べると、両親は涙ぐみながら「よかったよかった」と頷く。
わたしは両親がプレゼントの感想を求めているのを察し、ぬいぐるみを端に置き、手鏡を手に取る。
それは箱を開けた瞬間から眩い光と存在感を放っていた。枠縁の煌めく金属、あちこちにはめ込まれた宝玉、細部まで凝ったデザインがこの手鏡の価値を雄弁に語っている。
手鏡にしては重すぎるが、華奢な腕で支え、鏡面を覗き込んだ。
これがわたしとの初対面だ。さて、病弱令嬢はどんな顔をしているのかな?
「……………………は?」
え、待って。……は? え、え……え? ちょっと待って。いやいや、は? え、なにこれ。超やばいマジやばい。……はあっ!?
「かっっっっっっっっっっっっっっっっわっ!!!
えええぇぇぇ〜〜〜〜〜何この子ぉ!?!? 超絶美少女なんですけどぉ!!? お人形さん……? いや、妖精かな、妖精なのかな?? 尊い超えて神……!! 透き通る肌と白髪が芸術的でこの世のものとは思えんのだが!? 目も紅玉みたいにきらきらで……てか睫毛なっが!! こんな可愛くて美しい麗しのお嬢様が屋敷に閉じ籠ってるとか世界の損失だろ!!! え、てかこれがわたしとか無理すぎ最高かよ!!? きゃわわわ!! きゃわいいよおおおおおおおおお…………ごほっごほっ!」
「が、ガストリエ?!」
「すぐに医者を! お嬢様がご乱心だ!」
わたしの推しは、ガストリエちゃんに決まりました。




