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病弱令嬢のスキルクラフト!  作者: 鏡石渚
第2章

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18/20

18 Chou à la crème

 俺がちっちゃい頃から、かあさんはよく働いていた。

 大好きな菓子作りに熱中して、楽しそうに客と話して、じいちゃんをこき使って、いつも忙しそうに店を切り盛りしてた。

 多忙の合間を縫い、かあさんはよく俺だけのために菓子を作ってくれた。自信あり気に眼鏡を上げる姿を見て、俺も真似をする。そんな二人だけの時間が好きだった。


 5歳になった俺は本格的に店で働くようになった。手伝い自体は店ができた頃からやってたらしいが、この時からようやく店の労力として認めてもらえたんだ。

 最初はうまくできなくて嫌になったりしたけど、かあさんはいつも優しく寄り添って俺に菓子作りを教えてくれた。

 俺はかあさんが好きだったし、菓子も好きだし、かあさんの念願叶えたパティスリーも好きだった。……あとじいちゃんも。

 かあさんが倒れたのは俺が7歳になった日のこと。ちょうど、俺の誕生日ケーキを作ってる最中だった。


「ただいま! お医者さん連れてきたよ!」

「ああ、シュー……。おかえりなさい……」

「かあさん!? な、なんで厨房にいるんだよ」

「だって…………シューのお誕生日ケーキ、まだ途中だったから……」

「ばか、何言ってんだ! 病人は働かなくていいから休んでろ!」


 ふらふらするかあさんを無理やり寝室まで引っ張り、医者に診てもらった。曰く『働き過ぎ』らしい。

 元々、かあさんは体の強い方じゃなかった。それでも店を経営しながら女手ひとつで俺を育ててくれてたんだ。

 もう俺はかあさんの重荷にはならない。頑張って店で働くし、喧嘩で怪我して心配もかけない。

 お店の空いた時間はかあさんの看病に費やした。また元気な姿を見せてほしい。またかあさんの美味しい菓子を食べたい。

 だから、元気になってくれ。


 半年が経った。かあさんはまだ治らない。

 働かなければ治るんじゃなかったのか。医者の嘘つきめ。

 かあさんは今日も二階のベッドで寝て、お店から客の声が聞こえてくるとうれしそうに笑っている。

 俺が看病をしてると、かあさんはいつも同じことをつぶやいた。


「ごめんね、シュー。わたしのせいで、あなたの貴重な時間、奪っちゃって……」

「だから謝らなくていいって。かあさんは悪くない」

「あなたも、やりたいことたくさん……あるだろうに……。母として……夢の邪魔は、したくないのに…………」

「何言ってんだよ。俺はかあさんの元気な顔が見れればそれだけでいい」

「お父さんがいないせいで、つらい思いさせたよね……。いじめられたりして……」

「いいんだよ、かあさんを捨てたやつのことなんて! 俺にはかあさんとじいちゃんがいる、それだけで十分だ!」

「…………ごめん、ね……」


 その数日後。かあさんは亡くなった。

 かあさんが埋葬されてから、俺はかあさんのいなくなったベッドの傍で、ただ何をするでもなくじっと座っていた。

 どれぐらいそうしていたかはわからない。店が再開してようやく、俺は現実を理解した。

 かあさんはもういない。

 あの菓子はもう食べられないし、あの優しい声も聞けない。いくら上手に菓子を作れても、頭を撫でてくれる人はどこにもいない。

 涙は出なかった。代わりに、心の真ん中にぽっかりと大きな穴が空いた。

 かあさんの分まで頑張るって誓ったのに、何もできない。自分の弱さに打ち砕かれてしまう。

 俺は動けなかった。もう、何をする気も起きなかった。

 このまま固まっていれば飢え死にして、かあさんのところへ行けるかなとか、そんな考えも過った。

 俺はただ、またかあさんに会いたかった。

 ……黒猫が現れたのは、その頃だった。




「……できた、アイスクリーム完成! ね、意外と簡単だったでしょ?」

「すげぇ、ほんとに冷たい菓子が作れるなんて……! パティスリエはなんでもできるんだな!」

「シューが氷魔法を教えてくれたからだよ。水魔法と風魔法を合わせるのかあ、魔法の組み合わせとかよく考えるねぇ……」

「かあさんから教わったんだ。学園で魔法のこといろいろ勉強したらしい」

「そっか。シューのお母さんはすごいんだね!」


 何言ってんだ。お前も十分過ぎるくらいすごいだろ。

 ある日突然町に現れた、きれいな白髪に背の高い男を従える貴族みたいなやつ。と思ったら、屈託なく笑って愛嬌を振り撒きみんなに愛される掴み所のないやつ。

 知識が豊富でなんでも知ってるし、文字の読み書きもできる。

 体は弱そうなのに根性があって、菓子作りでもめげずに努力を続ける姿をいつも見てきた。

 度胸もあって、相手がどんな人物だろうと冷静に、そして熱くぶつかってきた。王妃や伯爵の時はこいつがいなきゃどうにもならなかった。

 たまに変なやつだけど、他人の心を感じ取れる優しいやつだ。こいつと一緒にいる時間は、正直、楽しいと思えた。


 パティスリエのことは何も知らない。こいつからは何も言わないし、俺からも易々と聞けない。この町に流れ着いたのも何か深い事情があるんだろう。

 文字を知っていたり、大量の金貨を持っていたりと、気になるところはたくさんある。

 いつか、素性を話してくれる日が来るかもしれない。

 ただこいつが何者だろうと関係ない、こいつはこいつだ。俺は俺が知ってるパティスリエとして接すればいいだけだ。


「そうか……。冷たいアイスと、常温の生地、温かいチョコレートソースを一つに共存させる、それが青白赤のトリコロールの意味だったんだ」

「でもよ、そんなことしたらアイスが溶けちまうんじゃねーか?」

「んー、温度管理でなんとかなるか……。シブーストさん、この店でアイスを作ったことってありました?」

「俺が店を継いでからはねぇな。娘の時はたまにあったんだがなぁ」

「なるほど……。やっぱりグジェールさんのパティスリーが今より評価されていたのは魔法が使えたからか……」


 パティスリエは一人で何やらぶつぶつと頷いている。

 王妃が町に来て以来、パティスリエの活躍は目覚ましい。こいつのおかげでかあさんのレシピは着々と完成に近づいてた。

 たまに、パティスリエと俺らは別の世界を生きているみたいに思うことがある。同い年なのに、こいつとの間にはでかい壁を感じる。

 今回のレシピ作り、俺は何か役に立ててるのか?

 レシピを授けてくれたかあさんの想いに応えられるのか……?


「うん、いける! これでもうレシピは作れるよ!」

「本当か! 嬢ちゃんは頼りになるな」

「ああ。パティスリエ、このまま完成させてくれ」

「……このレシピはシューに完成させてほしい」

「はあ? できるならそうしたいけどよ……。お前が作った方が美味しい菓子になるんじゃないか」

「何言ってんの先輩! かっこいいとこ見せてよ、ね?」

「……俺は貴族の血を引いてるから魔力量が多い、だったか。だから俺に作らせたいのか」

「それもあるけど……。これはシューのお母さんのレシピだから、シューにやり遂げてほしいの」


 ……かあさんは、いずれ俺が作ることになると見越して、このレシピを託したんだろうか。

 魔力量の多い俺なら作れると信じて……。


「それに、わたしじゃ魔力切れ起こして気絶しちゃうし」

「魔力消費で気絶なんて普通はしないんだよ……。はあ、わかったよ。俺が完成させる」

「シュー……!」

「だけど、俺だってまだ一人前のパティシエには遠い。だから、その……俺を手伝ってくれ」

「当然! これはみんなの力で作るんだから!」

「できることがあったらなんでも言えよ! パワーなら任せとけ!」

「……ありがとう二人とも。よし、かあさんのレシピで王妃をぶったまげさせるぞ!」

「おー!」




 王妃が来る前日の日曜。教会礼拝から帰ろうとすると、町のみんなに声援をもらった。

 明日の評価次第で店の今後が占われる。ついでに町にも影響するとあって、みんな神よりも俺らに祈りを捧げてくる。事態の大きさを改めて実感した。

 パティスリエは「うちのシューがやってくれますよ」とか勝手に言いふらしてやがる。腹立つけど今はそれどころじゃない。

 店に帰ると早速レシピ作りに取りかかる。日曜日にも関わらず働いてるのは俺らくらいなもんだ。

 完成はすぐ目の前に感じるのに、あと一歩が足りなかった。


「むむ……。水に浸した砂糖の塊を食べてるって感じ……」

「いくら王妃様でも甘いだけの菓子じゃあ認めてくれんだろうな」

「わかってる……。じいちゃんの生地はいいし、パティスリエの盛り付けもたぶん完璧だ。あと足りないのは……」

「シューもうまくやってると思うんだけどなー。レシピ通り作れてるんでしょ?」

「ああ、そうなんだけど……レシピには魔法のことなんて一切書いてないからな。匙加減がわかんねぇ……」

「グジェールは魔法なしで作ってたんじゃねーのか?」

「それはないと思います。魔法は感覚的な要素が強いのであえてレシピには書かなかったのかな」

「いや、たぶん面倒だったんだろ。かあさん、ちょっと雑なところあったし」

「ああ……。汚れの上に風呂敷かぶせて『掃除完了!』とかよく言ってやがった」

「解釈不一致……!」


 あと少しだと思う。あと少しで、かあさんのレシピに辿り着けるはず……。

 それなのに、どれだけ試しても答えは見つからなかった。

 時間だけが過ぎていく。焦りが募る。

 二人きりの厨房。思案を巡らす俺の横で、パティスリエはまた何か考えてやがる。


「もし、レシピ完成のために世界を敵に回す必要があるとしたら……シューはどうする?」

「はあ? そんなの決まってるだろ。今はかあさんのレシピが最優先だ、世界とか知るか」

「……わたし、スキルを作る能力を持ってるの。いつでも誰にでも、好きなスキルを与えられる」

「はあ……? いや、何言ってんだ。天授の儀を受けなきゃスキルは授からないだろ」

「スキルクラフト──。これでシューにスキルを与えれば、完璧な魔法でレシピを作れるようになる」

「………お前、本気か?」

「うん。わたしもレシピを完成させたい。だからシューにも共犯者になってほしい」


 パティスリエは手を差し出してきた。

 スキルを作るとか難しいことはさっぱりだが、この手を取れば俺も後に引けなくなることだけは理解できた。

 俺を射抜く目が嘘ではないと語っている。本当に、こいつは神に等しい能力を持ってる。

 レシピは完成させたい。けど……この手を取っていいのか……?


 俺はパティスリエのことがいまだにわからない。

 ある日町に舞い降りた、女神様みたいな白髪の少女。いつも明るく笑う町一番の別嬪で、気づけば目で追ってしまう不思議な存在。

 店で働いてまだ二ヶ月も経ってないのに店の窮地に奔走し、俺らを助けようと頑張ってくれてる。

 この気持ちをなんていうのかわかんねーけど……こいつとずっと一緒にいたいって、ただそう思う。

 俺が手を取ると、パティスリエはまっすぐ俺の目を見据え、深く頷いた。


「──【幸せの魔法(スイート・マジック)】」


 体感的にわかった。これはスキルだ。

 かあさんから習った魔法が、俺の意思とは関係なしに発動するのを感じる。

 今までの苦労が嘘みたいに作業が進展する。

 見る見るうちにレシピは形を成し、そしてついに、完成した。


 じいちゃんを呼び、完成した菓子を三人で試食する。

 匂いを嗅いだ瞬間──。

 口に入れた瞬間──。

 噛んだ瞬間──。

 俺は……俺だけは、全てを理解した。


「んんっ、なんて美味さだ! シュー、よくやったな!」

「美味しい〜!! グジェールさんの味に近づけられたかはわからないけど、これなら王妃様だって──」

「……間違い、ない」

「え?」

「これは…………かあさんの、味だ……」


 俺はずっと、かあさんの作る菓子を食べてきた。だからすぐに確信した。

 昔……かあさんが作ってくれた菓子だ。

 かあさんのレシピは、間違いなく完成したんだ……!

 この味とともに、とろけだす喜びを噛み締める。


「頑張ったね、シュー」


 ふいに、パティスリエが俺の頭を撫でた。

 その小さな手が、かあさんに重なる。

 優しくて、温かい、いつだって俺の頑張りを誉めてくれた大好きな人の手。


「あ……ああ、あ…………」


 かあさんが死んでから抑え込んでいた感情が一気に込み上げてくる。

 前がぼやけて見えない。涙が溢れ、嗚咽でうまく息もできない。

 パティスリエも、うーうー唸りながら泣いていた。どうやら俺がかあさんのレシピを完成させて感涙してると思ってるらしい。

 ちげーよ、ばか……! お前のせいだよ……。

 …………お前のおかげで、俺はようやくかあさんの死にちゃんと向き合えたよ。


 それからじいちゃんの筋肉に抱き締められ、涙はすぐに引いた。

 落ち着きを取り戻した厨房では、明日のための準備に追われる。

 器材を洗っていると、横に来たパティスリエは目を赤くしたまま、口に指を当てた。


「みんなには内緒だよ」


 スキルクラフト、だっけか。こいつの謎がまた一つ増えたが、今回はすんなりと受け入れられた。

 世界が敵とか難しいことはよくわかんねーけど、この秘密は守り続けるよ。

 ずっとお前といたいからな。




 翌日。王妃がまた町に来た。

 前回とは違う派手な服を靡かせ店に乗り込んでくる。でも今度は大丈夫だ、三人で作ったかあさんのレシピがある。

 菓子を提供すると、王妃は食う前から味がわかってるみたいに満足気な笑みを浮かべ、一口食べると目をつぶったまま何度も頷いていた。


「見事じゃ! よくぞ(わらわ)を満足させるお菓子を作った!」


 王妃に認められ、俺とパティスリエは浮かれ立つじいちゃんに抱きつかれる。鬱陶しいけど、まあ今日だけは勘弁してやるか。

 外で見てたやつらも歓喜の雄叫びを上げて沸き立ってる。そうか、これで店も町も存続できるんだ。

 三人で作った菓子──しかも、かあさんが遺したレシピを認めてもらえたのが何よりうれしかった。パティスリエの方を見ると、やっぱり笑っていた。こいつも俺と同じこと考えてるのかな。


「プロフィトロールか。……懐かしい味だ」

「懐かしい……? それってどういう──」

「よし、いいだろう! このパティスリーに(わらわ)から勲章(・・)を授ける!」


 王妃直々に渡してきた勲章。星をかたどったブローチの真ん中に王妃の顔が彫られている。

 尻込みするじいちゃんは俺らに背中を押され、恭しく勲章を受け取った。

 それを見ていた町のやつが呟いた。


「噂に聞いたことがある……。王妃の勲章を貰った店は未来永劫発展していくそうだ」


 噂が本当なのか根拠はないが、本当だといいな。

 その後、町は賑わいムードになり、花吹雪が舞う中じいちゃんは町の人たちと盛り上がってる。

 パティスリエの姿を探すと、少し離れて王妃と二人きりで話していた。何を話してるかは聞こえなかったが親し気に見える。あいつはすごいな……。

 店に集まった大勢の人に酔い、人気のない方へ流れていくと、目の前にペルデュたちがいた。


「おい、ちょっと面貸せよ」




 町の喧騒から離れていく。狭く、暗く、細い路地へ。

 俺はいつも金を取られてた路地裏に連れ込まれた。


「王妃に認められて無事にかあちゃんの店が残って……よかったなあ、シュー? まるで町の英雄だなあ」

「シューの分際でやるじゃねーか」

「お前のおかげで俺らも町に残れるぜ、へへっ」

「……なあ、なんでさっきからちょっと浮いてるんだ?」

「う、うるせぇ! あのくそ女のせいだ、くそっ……!」


 ペルデュは何度も深呼吸し、ようやく地面に足がついた。

 俺はまた金を取られると思ってこいつらが満足する額面を用意しておいた。抵抗すれば怪我人が出るし、じいちゃんやかあさんに心配をかけちまう。

 しかし意外なことに、今回はやたらと俺を持ち上げてくる。金の無心はないらしい。


「なあ、シュー。俺たち友達だろ? 一つ頼みがあるんだ」

「頼み?」

「最近お前と連んでる女いるだろ。あいつを痛めつけたい」

「…………はあ?」

「シューとは仲いいみたいだからな。お前に裏切られたらつらいだろうなあ」

「へへっ! 泣き叫ぶ姿が目に浮かぶぜ!」

「にいちゃんに喧嘩売ったんだから当然の報いだ!」

「楽しみだな! どんな辱めを──むごおおお!?」


 俺はペルデュの胸ぐらを掴み、壁に押し付けていた。

 急に友達とか言い始めたかと思ったらこれか。とことん失望させてくれてありがたい。

 パティスリエは傷つけさせない。あいつにはずっと笑顔でいてほしい。

 あいつの笑顔は、世界一可愛いから。


「何しやがる! 親に捨てられた半端人のくせに!!」

「……ああ、そうだな。貴族の父親はどっか行っちまった」

「おい……なんなんだ、その目は……! お、お前……一体なんなんだよ!?」

「…………俺か? 俺は……」


 ──ずっと疑問だった。なんでかあさんは自分を捨てた男のことを想い続けてたのか。

 かあさんが倒れても、衰弱してても、姿すら見せなかった男なのに。

 死ぬ、その間際まで、かあさんはその名前を捨てなかった。

 かあさんに訊いたことがある、「なんでその名前を捨てないんだ」って。


『……シューにとっては、嫌な名前かもしれないわね。けどね、わたしにとっては……とても大切なものなの。

 貴族には家名があるけれど平民にはない。わたしにとって家名を持つことは憧れだったのよ。……だからってあの人を選んだわけじゃないんだけどね』

『で、でもよ、かあさんは自分を捨てたやつと同じ名前なんて嫌じゃないのか?』

『ううん、全然。だってこの名前があるから……あなたと繋がっていられるもの』


 あの時はよくわかんなかったけど、今ならわかる……。かあさんが、俺に伝えたかったこと。

 家名があるから、繋がりを持てる。誰が見ても明瞭な、親子の繋がりを──。


「俺の名前は…………」


 拳を握り締め、魔力を集める。

 パティスリエに習った座標指定で、拳に火の魔法を纏わせた。

 今までの復讐を果たすべく、熱い血潮みたいな真っ赤がメラメラと燃えたぎっている。

 あとはただ、振りかぶるだけ。


「────シュー・アラクレーム(・・・・・・)だ!!」


 炎の拳はペルデュをかわし、壁に叩きつけられる。

 殴った衝撃で壁には大人の背丈を優に超える亀裂が入り、拳を打ちつけた箇所は大きく凹んで真っ黒に焦げていた。


「やべっ! 修理費どれだけするんだ、これ……!? いやまずは謝りにいかないと、ここ誰の店だっけ……」


 俺が力を抑えられなかったことに焦ってるうちに、ペルデュたちはどこかに消えていた。

 デピスとフワスは腰抜かしてたし、ペルデュも涙目だったな。あいつらの恥ずかしいところしっかり目に焼き付けておけばよかった。

 思ったより魔力を使い少し疲れたので、俺は壁にもたれかかってそのまま座り込んだ。

 すると、一匹の黒猫が音もなくやってきて膝に乗った。

 何度か撫でてやると猫は気持ちよさそうに身体を伸ばしている。


「にしても、すげー偶然だよなー」

「にゃーん?」

「ほら、かあさんのレシピの名前。プロフィトロールってお前と同じ名前だ。……いや、お前は俺が名付けたから偶然ではない……のか? んーわかんね。

 でもさ、プロフィトロールの名前も使えてよかったよ。お前もあの店の一員だもんな」


 言葉が通じたのかプロフィトロールはご機嫌に鳴いた。

 こいつを撫でるたび、温もりが伝わってくる。それはこいつが初めて現れたあの日から、ずっと変わらない温かさだった。


「かあさんがいなくなってダメになってた俺を、お前はずっと支えてくれてたよな。

 ありがとな、プロフィトロール。お前がいたからここまで頑張れたよ」


 プロフィトロールを持ち上げ、顔を向け合う。その黄色い眼が俺を真っ直ぐ捉えていた。


「よく頑張ったね、シュー」

「え……?」


 周囲を見回した。けど、誰もいなかった。

 確かに聞こえた気がしたんだが……。まあ、気のせいか。

 そうだ、そろそろ店に戻らなきゃ。じいちゃんとパティスリエが待ってる。壁の修復は……また今度謝りにこよう。

 俺は立ち上がり、路地を後にした。黒猫とともに。

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