19 夢は暗く輝く
「あの、王妃様」
苦節一週間。わたしたちのお菓子が認められ、パティスリーは王妃様から勲章をいただくことになった。
歓喜に包まれる町はお祭り騒ぎで、誰かが二階から花びらを降らせている。
そんな中、わたしはある疑問を王妃様にぶつけてみたくなった。不躾ながら二人きりで話をさせてほしいと提案すると、王妃様は快く承諾してくれた。
と言っても、お付きの人が傍にいるけど。
「なんじゃ、白髪の少女よ」
王妃という肩書き以上に、この人の放つ圧倒的オーラに気圧されてしまいそうになる。
先週町に来た時は白髪だったのに今日は赤髪に染まっている王妃様。どれだけ衣装を変えても一目でわかる佇まいには見惚れてしまう。
そんな王妃様に、気になっていたことを質問した。
「王妃様……。以前にもパティスリーにいらっしゃってましたよね?」
「ほう、気づいておったか」
「金貨でお店の商品全部買っていたマダムは、やっぱり王妃様だったんですね!」
「あれだけ変装したのに妾だと見抜いたのは其方が初めてじゃ。どこでわかった」
「気品を感じたのもそうですけど、一番は匂いです。あのマダムからも王妃様と同じヴェルサイユな香りが漂っていました」
「匂いか……。これから町に出向く時は気をつけねばな」
普段から変装して町に降りてきていたのか。世間が思い描く王妃像が覆るような親近感がそこにはあった。
親しみすぎてうっかりタメ口になりそうになるのを抑え、王妃様との話を続ける。
「王妃様はパティスリーの味を知っていたのに、どうしてわざわざ試すようなことをしたのですか? おかげでシブーストさんもわたしも震えてましたよ」
「それは悪かったな。王妃として勲章を与えるには大々的に町へ訪う必要があったのじゃ」
「え、じゃあ先週の時点で勲章をいただけたんですか!?」
「妾が満足すればの話じゃ。あのお菓子は先刻とは比べ物にならないほど酷いものじゃったな」
「うっ、すみません……」
「しかし其方が切った啖呵に期待してみれば、斯くも絶品なプロフィトロールにありつけるとは。久しい旧友の味を思い出したわ」
「え……。ま、まさか王妃様も、グジェールさんのお知り合い……?」
「ああ、学園祭で食べたグジェールのお菓子が恋しくてな。いろんな町を探しここに辿り着いたが、そうか……もういないのか。惜しい友を亡くした」
シューのお母さん、王妃様の友達だったの!?
衝撃の事実に話が頭に入ってこない。グジェールさんマジで何者。
「そうそう。其方はボヌール伯にチョコレートの面白い技術提案をしたそうじゃな」
「もうご存知なんですね、お耳が早い」
「チョコの品質向上は妾の念願でもあった。其方には感謝しておる。して、其方の名をなんと言う」
「いえいえ、名乗るほどの者では──」
「名を言え」
「……パティスリエ、と申します」
ほとんど恐喝される形で名前を自供させられた。
正直、この場で名乗るのは避けたかった。何せこの人は王妃様なのだから、国王様にわたしの情報が流れてもおかしくない。
偽名だから大丈夫とは思いつつ、万が一にもわたしがガストリエだとバレたら今ある生活もこれからの未来もすべて終わる。
ダリオル通信だと、教会からガストリエちゃんを守ろうとしてくれたミルフィーユ様の嘆願叶わず、国王様も教会の考えに同意したらしい。
情報が錯綜しガストリエちゃん死亡説が有力になったことで指名手配には至っていないものの、実質指名手配状態には変わりない。
だから王妃様には名前を知られたくなかったのだが……。まあここで隠しても遅かれ早かれ結果は変わらないか。
王妃様から褒美をいただけることになったが、わたしはそれを固辞した。伯爵様に情報を売ったのはあくまで店のためであり、王妃様の個人的都合は関係ない。
だが結局ご納得いただけず、押し問答の末にチョコの件は王妃様への貸しということで落ち着いた。
もう王様関係の人と関わりたくないんだけどな……。
そんなわたしの思いも届かず、王妃様はまた来ることを約束し馬車に乗って去っていった。
王妃再来から一夜明け、町に元通りの喧騒が戻ってきた。
パティスリーは朝から珍しくお客さんで賑わい、わたしたちは悲鳴を上げ仕事に追われた。
あの王妃様の舌を唸らせたプロフィトロールを求め、遠方からのお客さんもいた。一日五個限定、お値段金貨一枚でもすぐに売り切れてしまう人気ぶり。
活気に満ち溢れた店内には、額縁に収められた王妃様の勲章がお客さんを見下ろすように飾られている。
忙しい一日が終わると、わたしとシューは二階に上がってお菓子を頬張った。
机に突っ伏すシューを慰めるように猫のプロフィトロールが寄り添っている。わたしはその光景を微笑ましく見つめていた。
「そういえば仕事後にシューと過ごすのって初めてだね。普段は何してるの?」
「勉強」
「わー頑張ってる。順調かい?」
「どうだかな……。一人でやるって強がってきたけど、正直限界だ。かあさんはすごかったんだなって感心してるよ」
「そっか……」
シューは成長し、他人を頼れるようになった。
でも助けを借りたくてもこの町から学園に行ったのはシューのお母さんたった一人で、その人も今はもういない。誰もシューの力になれないのだ。
学園入試の難易度は知らないけど、聞いた限りの情報だと相当難しそうだ。
何か力になれることはあるだろうか……。
困った時、わたしの頭の中に真っ先に思い浮かぶ人物がいる。
──そうだ! ダリえもんに頼ろう!
「えーっと……前にも会ったことあるけど、この人は?」
「ダリオルよ。わたしのお兄ちゃんってことになってるわ」
「はあ? なんだそりゃ」
「自己紹介は初めてでしたね。私、リエのお兄ちゃんのダリオルです。
ところでシューさんはうちのリエと随分仲良くしてくださってるみたいですがこれ以上仲良くなるようでしたら……夜道にはお気をつけください」
「と、冗談も言える愉快なお兄ちゃんよ。貴族の家庭教師経験もあるからなんだって教えてくれるわ」
「冗談に聞こえなかったけどな……。シューだ、よろしく」
朗らかに自己紹介を済まし、早速お勉強に取りかかるかと思いきや。
ダリオルは真剣な面持ちでシューに問いかけた。
「シューさん。あなたは何故、学園を目指すのですか?」
「あ、それわたしも気になってた」
「そんなの決まってるだろ。学園はかあさんも行ってたとこだし、いろんな魔法を学べるらしいし、パティシエになるためには絶対行きたいんだよ」
「……嘘はいけませんね」
「はあ? な、何を言って……」
動揺するシューにダリオルは畳みかける。
「私はあなたを信用していない。あなたはリエの傍にいるのに相応しくない。本当の理由を話すまで、私から教えることは何もありません」
「ちょっと、ダリオル! そんな意地悪しなくても……。シューはパティシエになりたくてお母さんみたいに学園を目指してるんでしょ、ね?」
「…………それも、ある。……けど、本当は違う」
シューは俯いたまま顔を上げなかった。
その体勢のまま訥々と、仄暗い本心を吐き出していく。
「本当は……学園に入って、貴族と繋がりを作って、そして……親父に会うんだ」
「シューのお父さんって……」
「親父は貴族だからな、平民の俺が会うためには貴族との交流が必要だ。だから貴族の子どもたちが集う学園に入りたい。……これが理由だよ」
「父親に会う。それで終わりですか?」
「……それで、俺は…………親父を殺す」
徐ろに顔を上げたシュー。その目には光なんて消え失せ、深い絶望が刻まれていた。
「シュー……」
「親父はかあさんを捨てたクズだ! かあさんは倒れてからも親父が帰ってくるって信じてたのに、とうとう姿を現さなかった! あいつはかあさんを苦しめたんだ、死んで当然! だから、俺がころ──」
「その言葉を軽々しく使うな」
ダリオルはシューの首にナイフを当てていた。緊張が走る。
臨戦態勢になったプロフィトロールを、シューは片手で抑えていた。
「ご存知とは思われますが、貴族を殺せば当然あなたは処刑されます」
「ああ……。わかってる」
「いいえ、何も理解していない。とても残念なことにあなたはリエの友達だ、死ねばリエが悲しむ。だから死ぬのは許さない」
「でも、あいつは……」
「……シューの考えはわかったわ。わたしもあなたの夢を応援したい。でもわたしは、シューに生きていてほしい。
だからさ、まずはお父さんと話し合ってみない? 会って、面と向かって話して……。それでも殺意が消えないなら、その時に考えればいい」
「…………はあ、わかったよ。お前に迷惑かけたくないからな」
本心かは見えないが、シューは納得してくれた。これで無茶なことはしなくなったと信じたい。
しかしシューが胸の内を晒してもなお、ダリオルは勉強を教えようとしない。まったく面倒な執事だ。
仕方ない。ここはわたしも正直に打ち明けよう。
「実はね、わたしもこっそり受験して学園に入ろうと思ってたの」
「はあ!? なんだそれ、聞いてないぞ」
「私も初耳ですが……。やれやれ、正気ですか」
「初めて話したからね、それに本気よ。学園で友達百人作ってパーティをするの! 絶対楽しいでしょ?」
まあほんとは学園ガストリエちゃんが見たいだけなんだけどね。
退屈な授業中に窓の外を見て黄昏れるガストリエちゃん、学友と親睦を深めるガストリエちゃん、放課後屋上に呼ばれ毎日告白されるガストリエちゃん……。うん、絶対見たい。
「それに、シューと一緒に学園に入ればシューの夢を傍で応援できるでしょ?」
「取ってつけたみたいな理由だな……。ま、パティスリエの人生なんだから、お前の好きにしろよ」
「私は反対ですが……。リエが望むのであれば応えるしかありませんね」
「ありがとう、ダリオル!」
ダリオルはわたしの身バレを懸念している。
そりゃそうだ。身分を隠して町に潜伏できていたのに、わざわざ露出の機会を増やす必要なんてどこにもない。
しかし学園に入りたい理由は他にもある。スキルクラフトの件だ。
学園内で信頼できる仲間を集め、この能力の有能性を広めたい。それも魔法が使えて顔の立つ貴族たちに協力してもらえれば最高だ。
そんな目的を察してなのか、わたしの奇行に観念したのか。ダリオルは不承不承頷いてくれた。
「というわけで、ダリオル! わたしに勉強を教えて!」
「それは構いませんが……。まさか、ついでにシューさんにも教えろ、なんて言いませんよね?」
「勿論言うわ! わたしはシューと勉強するから、否が応でもシューに教えざるを得ない状況よ。さあ、どうする?」
「まったく……。はいはい、降参ですよ。二人の勉強は私が見ます」
「やった、シュー! これで勉強できるわ!」
「お、おう……。よろしく、ダリオル」
「私には敬語を使うこと。それと、先生と呼びなさい」
「……はい、先生!」




