17 魔法少年とチョコレート
「チョコ……! た、確かに、この世界では高級品だ……! けど、なんでそんなことわかるの……?」
「んー、猫だから? でも間違いないよ」
根拠は曖昧なのに、プロフィトロールはやけに自信ありげに言い切った。何かを確信している様子だ。
しかし謎が一つ解けたところで、次の問題に直面する。侯爵のノワール家ですら社交界の時にしかお目にかかれなかった高級品をどうやって手に入れるんだ……?
「原料のカカオは北西の港から輸入され、業者を通して宮廷や上流貴族のもとに流れてる。買いたいならその業者に当たるしかないね」
「業者かあ……。高級品を扱っているってことは、やっぱ貴族だよね?」
「そうね。ブールドロ・ボヌール、南との貿易業を営む伯爵で、この町の領主でもある男」
「……じゃあ、そのボヌール伯爵と取引すればいいんだ! ありがとうプロフィトロール!」
有益な情報だけ与えると、プロフィトロールは闇の中へ消えていった。
これで謎の材料の正体とその入手方法がわかった。今日一日で一番の進捗だ。
勿論、プロフィトロールの情報の真偽を確かめる必要はあるが、彼女が嘘を言っているようには見えなかった。
もしプロフィトロールがいなかったらわたしたちは手詰まりだったかもしれない。借りた猫の手が優秀過ぎるのだが。
しかし彼女はどうしてそんなに詳しいんだ……? この情報量は、猫だからの範疇を優に超えていた。
翌日、シューとシブーストさんにチョコのことを伝えた。ちなみにプロフィトロールの件は内緒だ。どうせ信じてもらえないだろうし、如何わしいし。
するとなんとも都合のいいことに、今日は伯爵領の徴税人が町にやって来る日だった。伯爵に繋がる人物、うまくいけばボヌール伯爵に直接会える絶好の機会だ。
チョコレートの購入には店の金貨を使うことになった。これは以前、金貨一枚でお支払いいただいたマダムのものだ。足りるかはわからないが、まあ足りなければ店への投資としてわたしが支払えばいいか、金貨余ってるし。
昼になってようやく徴税人が荷車を引いて現れ、町の人たちが次々に納税していく。
わたしたちはパティスリーの前を通ろうとする徴税人に呼びかけ、伯爵からチョコレートを買い付けたい旨を伝えた。
「ああ、いいぜ。ブールドロ様に伝えておくよ」
「ほんとか!? よし、これで材料はすべてそろ──」
「勿論、伝達料を払ってくれたらの話だがな」
「金か。いくらだ?」
「そうだなあ……。チョコレートなんてもんを買う気なら、金貨くらい持ってるはずだよなあ……?」
「なっ……てめぇ!」
徴税人は下卑た顔で金勘定している。こちらに伯爵との伝手がないのを知って、足元を見ていた。
別にこの件が破談しても徴税人は損しないし、金貨をもらえたら儲け物といった具合か。
相手が銭ゲバなら考える時間を与えず、さっさと望むものを与えてやろう。
わたしはお父様に持たされた袋から金貨を一枚出し、徴税人の手に握らせる。それから耳元で囁いた。
「……これは命令よ。いいから、黙って、伯爵に話を通しなさい」
「お、おう……。でもよ、俺だって絶対ブールドロ様に会えるかわかんないぜ? 会えたとしても、何ヶ月も先かもよ?」
「だったら『グジェールの息子がチョコレートを探してる』と屋敷の人間に伝えたらいいわ。それだけで通じるはずよ」
徴税人は金貨をこそこそと懐に忍ばせ、下卑た笑みをこぼしながら荷車を引いて徴収作業に戻った。
わたしは一仕事終え、店に戻ろうとするもシューに止められてしまう。聴こえないように小声で囁いたのにばっちり聞かれていた。
「伯爵相手にかあさんの名前が通じるのか?」
「わかんない! でもさ、シューのお母さんがチョコレートをレシピの材料に入れてるってことは、伯爵様からチョコを買ったことがあるんじゃないかなって」
「ふーん、なるほどな。だとしても貴族が平民の名をいちいち覚えてるとは思えねーけど」
そううまくはいかないと思っていた取引だったが、効果はすぐに現れた。
翌日、わたしたちは伯爵様直々にボヌール邸へと招かれた。
お店に残るシブーストさんに見送られ、わたしとシューを乗せた馬車は走りだした。
あまりにとんとん拍子で話が進むから、いまだに現実感がない。
「……シュー、緊張してる?」
「どうだろうな……。今日取引を成功させなきゃ次のチャンスはないし、それに……」
シューは何かを口にしようとして言い淀む。握られた拳が震えていた。
気持ちはわかる。店の命運がかかった大事な材料調達で、いきなり貴族の屋敷にお呼ばれするのだから緊張しないわけがない。
わたしは彼に笑ってもらいたくて、ガストリエちゃんスマイルを弾けさせた。
「大丈夫だよ。取引がうまくいかなかったその時は、わたしのかわいさでなんとかするから」
「……ほんと、お前って変なやつだよな」
思っていた形とは違ったが、シューは笑顔になってくれた。納得いかないけど、まあ、うーん……よしとしよう。
シューは女神級にかわいいガストリエちゃんと一緒にいても眼鏡をくいっとするだけで平然そのもの。だからこそ仲良くなれたのだが、もっとときめいてくれてもいいだろうに。
やっぱりお母さんで目が肥えちゃったんだろうな。それだけ美人なら一度会ってみたかったものだ。
屋敷に着くと、わたしたちは使用人に迎えられ中に通される。
ノワール邸とは違った造りだが、屋敷の光景にどこか懐かしさを感じた。今頃お父様たち、何してるかな……。
わたしがノスタルジーに現を抜かしていると、いつの間にか伯爵の元まで案内されていた。
緊張しているシューの手を握ると、シューも握り返してきた。気持ちは万全のようだ。わたしたちは応接室の扉を開いた。
室内に待ち構えていたのは、ブールドロ・ボヌール伯爵。チョコレートの番人だ。
「お初にお目にかかります、伯爵。わたしはパティスリエと申します」
「シューだ。……です」
「いやはや、平民がチョコレートを買い付けたいとはなんの冗談かと思ったら、まさかグジェールの息子とは!」
「かあさんを知ってるのか!? ……ですか」
「ああ、学園時代の後輩だ。平民とは思えぬ強かさで貴族にも食ってかかる女だったな。美人で人気だったから俺も狙ってたんだが、結局お前の父親に取られちまった」
「……親父を知ってるのか」
「いや、授業で見かけたくらいだ。あいつは同じ伯爵だが面倒な家系だからあまり関わりたくないのさ」
伯爵様とシューのお母さんが知り合いだった説は本当だったんだ。だから伯爵様は取引に応じてくれたのか。
適当に言ってみるものだなあ……。見たことのないグジェールさんの顔を思い浮かべて感謝した。
和やかな会話は終わり、伯爵様は商人の顔つきに変わる。さて、ここからが本番だ。
シューは机の上に金貨を置いた。
「金貨一枚か。ならカカオの実一個分だな」
「売ってくれるのか! やったな、パティスリエ!」
「量的には足りる……けど、試作用にもうちょっとほしいです」
「いくつだ」
「五個分ください。金貨一枚で」
「何? ……面白い、俺に冗談を言うとはな」
金貨なら持ち合わせているがシューの手前だ。あまり成金風情だと思われたくないので節約のための交渉をしたかった。
部屋の空気が急激に冷えだした。伯爵様の顔は厳しいものになり、わたしの目論見を図ろうと睨めつけてくる。
「その代わりとしてはなんですが、チョコレートをおいしくする方法をお教えします。その情報料、金貨四枚です」
「はっはっは! ここまでの図々しさ、久方ぶりだ……! お前の情報にそれほどの価値があるのか?」
「ええ、当然です」
「……わかった、だが金貨二枚だ。これ以上の値下げは貴族や宮廷との取引に響くかもしれん。それと大した情報じゃなければ金貨五枚払ってもらう。いいな?」
「取引成立ですね」
袋から金貨を取り出し、シューの金貨と並べて置いた。シューは『何枚持ってんだよ』と言いたげに目を見開いている。
念書を書かされた後、わたしはチョコレート加工の情報を紙に記していく。
実はわたし、かつて推しのバレンタインに手作りチョコを作ろうと思い、手作りの定義に迷った挙句、カカオ豆からチョコレートを仕上げたことがある。
その時に調べた情報によれば、確か固形チョコが発明されたのは大量生産され平民に行き届くようになった頃だ。つまりこの世界ではまだ液状のチョコしか存在していないはず。
液チョコはカカオ豆ごとお湯にぶち込む雑な調理で、甘い飲み物や薬としてしか利用されなかった。しかし固形チョコには味わいも加味され、一気に甘物の王にまで上り詰めた。
この情報は値千金。お菓子界に革命を起こしてしまうかもしれない。それでもパティスリーのために切り札を切らせてもらう。
わたしが加工方法を紙に認めている間、シューと伯爵様は興味深そうに眺めていた。
時々、わからない綴りがあったらシューが教えてくれた。流石は学園入学を目指してるシュー君! わたしより賢い!
一気呵成に書き上げた紙を伯爵様に渡すと、伯爵様はそれに何度も目を通し、頷いたり嘆息を漏らした。
「チョコレートの固形化か。これは金の匂いがするぞ……! 事業拡大で収穫逓増も十分見込めるな……!」
こうして、晴れてわたしたちはチョコレートを手に入れることができた。
帰りの馬車の中では二人で喜びを分かち合い、シューのお母さんはすごい人だったという話で盛り上がった。
シューのお父さんのことは触れないようにした。父が貴族という話は気になったが、父親の話題になった時のシューの顔は曇っていた。
たぶん訊いたら答えてくれるだろう、でも訊かないでおく。シューにはいつも笑っていてほしいから。
町に戻ると、シューには先にレシピ解読を進めてもらい、わたしは金貨袋を置きに宿へと帰った。
大金を金庫にしまって一安心していたところに、町の不良のボスが一人でやってきた。
「よお、珍しくひとりじゃねーかよ」
「それはこっちの台詞……まあいいや。何かご用?」
「あんなやつといて楽しいかよ。シューなんかには勿体ねぇ女だ、俺と来いよ」
あ、そうだ。前々からスキルクラフトの被験体を探してたんだった。シューを愚弄したこの子なら心が痛まない。
「ねえ、鍛冶屋のペルデュ君。わたしのために一肌脱いでほしいんだけど……いい?」
「な、なんだよ。俺に惚れたか? ったく……なんでも任せとけ!」
「前にかっこいい火の魔法を使ってたよね。じゃあ上昇魔法も勿論使えるよね」
「おう、当たり前だ! 見とけよ……火よ昇れ!」
「──【浮頂天】」
魔法で拳ひとつ分くらい浮いている不良に向けスキルクラフト発動! 彼に新たなスキルをプレゼントした。
さて、問題はここからだ。一人が二つ以上のスキルを所持できるのか──。
「ん? なんか言ったか?」
「ううん、なんでもない! そういえばペルデュ君のスキルってどんなの?」
「俺のスキルは【火拳】! こうやって右手を力込めて握れば火がつくんだよ、ほら!」
自信満々にスキルを披露する不良に、わたしは一歩近づいた。顔を傾げエンジェル角度を作り、ゼロ距離からの最大級ガストリエちゃんスマイルをぶちかます。
すると、顔を赤らめた不良が宙に浮き始めた。【浮頂天】発動確認!
よし、今この不良には二つのスキルがある! しかも自動スキルの付与にも成功した! 初めての実験は思った以上の成果だ。
「なんだよ、これぇ……!?」
「【浮頂点】は『気持ちが昂る』と自動発動するよう設定しておいたの。ご協力ありがとう、じゃあね」
「お、おい! 騙しやがったな、このくそ女が!」
「……知ってる? 気圧の関係で高度が上がれば上がるほどに気温は低くなっていくの。そのまま空まで飛んで頭冷やしてきなさい」
と言っても、井の中の蛙でしかない彼の魔力では地表に揺蕩うのが精一杯だろう。
不良たちへの復讐はシューにやってほしかったけど、わたし個人に絡まれたならやり返しても問題ないよね? うん、問題なし。
さてと、個人的な用事は済んだしパティスリーに戻ってレシピ作りの続きだ!
店に戻ると、シューとシブーストさんが青冷めた表情でレシピを見ていた。
チョコレートが手に入った今、一体何を憂う必要があるのだ。わたしはひょっこりレシピを覗き込んだ。
「まずいぞ、パティスリエ……。これを見てみろ」
「……え、アイスクリームも使うの……?」
「アイスは貴族しか食べられない高級品だ。町では手に入らんぞ!」
「また高級品かよ……どうすればいいんだ……」
「いや、大丈夫。…………ただ、シューにはお願いがあるの」
「何か妙案があるんだな! ああ、俺にできることならなんでもやってやるよ!」
シューの父親が貴族なら、シューも貴族の血を引いている。
父に抵抗を見せていたシューに頼むのは酷かもしれない。けど、これしか方法がなかった。
「シューの魔法なら、このレシピを完成させられるかもしれない……!」
王妃再来まで、残り四日──。




