14 夜に踊る
「ねえ、わたしと踊らない?」
「踊るって……。こんな夜にドタバタ暴れたら迷惑じゃない?」
「そんなの大丈夫よ! 空で踊ればいいんだから」
プロフィトロールは無理やりわたしの手を取り、そのまま窓の外まで走り抜けた。
突然手を引かれ、わたしはぶつからないように窓枠を飛び越え、久しぶりの【スキスキップ】で宙に留まる。
プロフィトロールは楽しそうにはしゃぎ、空を蹴ってどこまでも走っていく。わたしも引っ張られながらなんとかついていくが、また魔力を使い過ぎて倒れないか心配が頭を過った。
ただ、不思議なことにわたしの身体はふわふわと浮遊する感覚に包まれ、体調もすっかり回復している実感があった。
彼女の手から魔力が送り込まれてくるのがわかる。同時に、魔法にかけられているのも感じた。前にシャルロットが使っていた浮く魔法と同じ温もりが伝わってくる。
「パティスリエ! こんなについて来れるなんてすごい! どうやって飛んでるの?」
「わたしは空を歩くスキルがあるの。プロフィトロールは?」
「たぶん火の魔法かな。呪文とかは知らないんだけど、町の人たちの魔法を見てたら飛べるようになったの!」
「いやいや、知らずに飛べる方がすごいと思う……! わたしなんて練習に一ヶ月もかかってるし!」
「そうかな? そうかも!」
射干玉の闇が覆い尽くす夜の中、わたしとプロフィトロールは空を駆け回った。
彼女と手を繋いでいればどこまでだって行ける気がした。空の彼方だって、この世界の果てだって。
わたしは昔読んだ絵本を思い出した。ピーターパンに誘われたウェンディたちは、きっとこんな高揚感を胸にネバーランドへ飛び立ったのだろう。
夜の冷たい空気も二人の熱で打ち消していく。わたしと彼女は楽しさを抑えきれず、両手を繋ぎ意味もないままくるくると回り続けた。
純白と漆黒の髪は揺れる。その軌跡はまるで撹拌した天の川だ。
「パティスリエは面白い魔力を持ってるね!」
「わかるの?」
「うん。猫は目が利くの」
「そうなんだ……! わたしの魔力ってどんな感じ?」
「んーとね、ぐるぐる回ってるかな。ここまで流動的な魔力、初めて見た。命そのものって感じ。
それに魔力を溜め込める量が頭一つ抜けてる。あなた、貴族の純血でしょ?」
「正解! でも町のみんなには内緒だよ?」
「あはは、不思議な人! シューが気にかけるのも頷けちゃうな」
プロフィトロールは少し疲れたのか、町で一番高い教会の屋根の上に腰を下ろした。わたしも隣に座る。
眼下には底のない闇が広がり、足元を掬われ飲み込まれてしまいそうになる。
プロフィトロールは空を見上げていた。わたしも一緒に見上げると、空を埋め尽くす幾千もの光の粒が闇を飾っていた。星々を着た夜が踊っているみたいだ。
圧巻の星空に息を呑む。前世では見たことのない夥しい数の星。適当に結ぶだけで無限に星座ができそうだ。
夜がわたしの心なら、あの星一つひとつはわたしを前向きにさせてくれる夢や希望なのだろう。
それは美しく、煌びやかで、でも決して届くことのない憧れ。どれだけ手を伸ばしても掴むことはできない儚い光。
……だけどわたしは、この星々をもっと輝かせたいと思った。この闇を明るく照らすほどに、燦然と!
せっかく異世界に来たというのに、ずっと屋敷に閉じこもり、外に出たと思ったら名前を変えて潜伏生活が始まり、わたしはまだろくに異世界ワールドを味わえていないんだ……。
わたしはもっと、この世界を楽しみたい! いろんな所に行き、いろんな人に会い、好きなものだけを追求したい!
もっと魔法を学びたいし、もっとスキルを研究したい! 教会が出しゃばってきたせいでまだスキルは一つしか作れていないが、スキルクラフトにはまだまだ可能性があるはずだ。
一人が二つ以上のスキルを持てるのか、他の魔法とかけ合わせてスキルの能力改善ができるのかとか、いろいろ試してみたい!
あ、いいこと考えた! 教会がわたしのスキルクラフトを問題視して捕らえようとするなら、わたしがこの世界に必要不可欠なほど絶対的な女神様になればいいんだ! 天才か、わたし!?
この能力の有用性を証明して民意を得れば、教会もわたしに手出しできなくなる。そうしたらガストリエちゃんは自由に生きられる! お家にも胸を張って帰れる!
おじじはわたしの身の危険を知りながら能力のことを教えてくれたんだ。きっとわたしならうまく使いこなせると信じていたからこそ託してくれたんだろう。
おじじがどんな期待をしていたかは今となってはわからない。だけど、おじじが白髭を揺らして笑っちゃうような最強に輝かしいハッピーな未来にしてみせる!
わたしは、この世界でやりたいこと全部叶える。友達たくさん作って、異世界ファンタジーを満喫して、ガストリエちゃんを幸せにする。
星に向かってなら、いくらでも夢を語れる。夢は夢だ。でもこの夜空を見ていたらなんでも叶えられる気がしてきた。
隣を見ると、プロフィトロールの髪が闇に溶け込んでいた。吸い込まれそうなほどの漆黒は夜によく映える。
わたしは立ち上がり、今度はわたしから手を差し出した。
「ほら、もっと踊ろうよ!」
「え……。わわっ!」
プロフィトロールの手を取り、夜に駆け出す。
わたしがドレスの裾を掴み挨拶を披露すると、プロフィトロールは楽しそうに真似をした。
それから手を握り、反対の手を彼女の腰に回して舞踏会のイメージで踊りだす。
円舞曲のつもりで右に左に動きたかったのに、まったく息の合わない足運びでぐちゃぐちゃに絡れ、お互いに顔を見つめ吹き出してしまった。
普通の貴族なら舞踏会用のダンスも教わるんだろうな。誰も見ていない夜のステージだけれど、どうせならちゃんと踊ってみたかった。
すると、プロフィトロールから手を差し出される。またはちゃめちゃに踊るのかと思ったら、彼女のリードで踊りが始まった。
「パティスリエ。わたしの目を見て」
緩やかに動きだす。互いに視線が重なり、意識が同調する。
彼女の動きに釣られ、身体が勝手に動く。それが自然と形になっていた。次にどう動けばいいのかなんとなく伝わってくる。
初めての社交ダンスはぎこちなかったが、プロフィトロールのリードのおかげでうまく踊れた気がした。
「ダンス、上手だね……! どこかで習ったの?」
「どうだろうね? よく覚えてないの」
「覚えてないって……?」
「んー、よくわかんない! なんだか懐かしい気もするな」
静寂に舞う二人の少女。この世界にはわたしたち二人きりなんだと錯覚してしまいそうだ。
それから満足するまで踊り続け、わたしたちは宿屋まで降りてきた。
わたしが窓から部屋に戻ると、プロフィトロールは窓の冊子に座った。黒髪が月明かりに照らされている。
「楽しかったね! こんなに夜を楽しんだの、初めてかも」
「わたしも! ねえ、プロフィトロール」
「なあに?」
「わたしたち、友達になろうよ!」
「友達……? うん、友達!」
手を差し出すと、プロフィトロールも手を伸ばしてくる。
わたしたちは握手を交わし、何度も手を振った。
「もしかして、朝になったら猫に戻っちゃうの?」
「そうね、でもちょっと違うかな。わたしはこっちが本来の姿だから」
「ああ、だから猫耳がないんだ……。そっか……」
「なんで残念そうなの?」
「いやいや、なんでもないよなんでも」
「……わたしは不完全な存在だから、明るいうちは人の姿を保てないの。でもまた猫になって現れるよ」
「またなでなでさせてね」
プロフィトロールは手をひらひらさせると、そのまま闇に姿を消した。
わたしはベッドまで歩こうとするも、まだ足元が覚束ない。空を踊っている浮遊感がずっと残っている。
横になってもふわふわ浮いている感覚で眠れそうになかったが、明日も早いので無理やり目を閉じる。
まぶたの裏には無数の星が散りばめられていた。そのどれもが、わたしの未来へと繋がっているような気がした。
「リエ様、お目覚めの時間ですよ。体調はいかがですか」
「ん……おはようダリオル。一晩寝て快調よ」
執事の心地の良いモーニングコールで目を覚ます。窓から差す陽光が朝の訪れを告げていた。
わたしはぼんやりした頭でプロフィトロールのことを思い出そうとする。しかし、昨夜のことはどれも幻想的で、夢だったんじゃないかと思えてきた。
「ねえ、ダリオル。昨日の夜、わたしが外を飛んでいたの……見てた?」
「はて、なんのことやら」
「んんー……? やっぱり、夢……?」
なんだかすっきりしないまま、身支度を整えて仕事に出る。
わたしはシューやシブーストさんに体調が良くなったことを伝え、無理しないことを約束してまた働き始めた。
買い出しが必要になり、シューと二人でお買い物に行くと、路地の方から一匹の黒猫が現れた。
猫はそのままわたしたちの後をついてきて、お店に着くと二階の窓から中に侵入した。
休憩時間に入り、わたしとシューが二階に上がると、黒猫は机の上で呑気に日向ぼっこをしていた。
陽光に包まれる猫。夜が過ぎ、闇に溶け込んでいた黒は輪郭を取り戻し、非日常から日常へと帰ってきたことを改めて実感させた。
昨夜のことが夢だったかどうか考えていると、その横でシューはいつものようにプロフィトロールを撫で始め、顔を埋めていた。
あの夢が本当だったとしたら、プロフィトロールの本来の姿は黒髪の美少女なのか。猫になれる女の子ってとてもロマン感じる設定だから現実であってほしいな。
…………ん? 待てよ……あの少女がこの黒猫ってことは……。
今、シューが猫吸いしているこの状況って…………。
──はっ! つ、つまり……そういうこと……!?
わたしは目を閉じるか顔を背けるかどうしたものかと思案した挙句、手をかざして両の目を隠した。見ちゃダメ! ガストリエちゃんにはまだ早い!
……しかし、そこには指の間隙を利用しシューとプロフィトロールの情事を貪り見る変態がいた──! わたしって最低だ……。
「おい、顔赤いぞ。まだ熱あるんじゃねーのか?」
「いや大丈夫……。なんというか、その……ごちそうさまです……。続きをどうぞ……」
「はあ? なんなんだ一体……」
シューは怪訝そうな目でわたしに一瞥をくれると、また黒猫を撫で始めた。
猫は気持ちよさそうに喉を鳴らした。




