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病弱令嬢のスキルクラフト!  作者: 鏡石渚
第2章

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11 町の洋菓子店

 石畳の道がうねりながらどこまでも続き、行き交う人々を見守るように石造りの建物がずらりと軒を連ねる。

 小気味のいい足音が跳ねて響き、拍動を刻み、賑わう声に溶け合ってこの町を息づかせている。

 生温い風が通りを吹き抜け、肌を撫でた。冷え込んだ朝の空気を入れ換えるように人の熱が充満する。

 鼻腔をくすぐる洋菓子の香り。お店のガラス越しに眺めているだけで口の中が甘味で満たされた。


「ダリオル。今わたしが何を考えているかわかる?」

「『わたくしの正体バレてしまわないかしら〜』といったところでしょうか」

「全然違う。不安どころか、わくわくが止まらないの!」


 目に映る景色すべてが新鮮で、わたしは完全に旅行気分だった。

 しかし実はこう見えて指名手配。わたしたちは素性を隠し町に潜り込まねばならない。

 まずは生活の基本である衣食住だ。服は町に馴染むよう上下繋ぎでフリフリのドレスを手に入れた。ガストリエちゃんはどんな衣装でもかわいい。

 食と住だが、まあ住むところが見つからなければ宿屋に連泊すれば問題ない。厄介なのは食べものだった。

 甘い匂いに誘われ入った洋菓子店。ガタイのいいおじさん店主に注文しようとしたところで我に返り、質問してみる。


「あの、もし金貨一枚あったらこのお店の商品いくつ買えますか?」

「金貨だと? 嬢ちゃん馬鹿言っちゃいけねぇ。金貨がありゃここにある菓子全部どころか店ごと買えちまうわ! がはは!」


 店を買えるっていうのは冗談として、実際さっきも服屋で似たようなやり取りがあったのだ。

 屋敷を追放される時にお父様から持たされた路銀、というより路金一袋分。その金貨を出し、服代に支払おうとしたら店内が騒然となった。

 お店の人が店内の服すべて売って釣り合うかどうか必死に勘定していた。わたしは親切な人から「町では絶対に見せてはいけない」と釘を刺され、事の次第を理解した。

 貴族社会にいたせいで麻痺していたが、市井では金貨なんて高価なものは滅多に流通せず、ほとんどが銅貨銀貨でのやり取りらしい。

 要は、高価すぎて扱えねーよとのこと。そういえば前世でも「一万円入りまーす!」とコンビニ店員が叫んでいたっけ。あれの意味を知らぬまま転生してしまったから何故叫ぶ必要があったのかは永遠に謎だ。


 結局服屋では物々交換で手を打った。わたしが屋敷から持ち出したガストリエちゃんのお古の激かわドレス。絶対に渡したくなかったが涙を飲んで渡し、なんとか平民服と革靴を手に入れたのだ。

 この洋菓子店でも同様に物々交換で解決できればよかったのだが、生憎食べ物の持ち合わせがなかった。ガストリエちゃんスマイルで払おうとしたらおじさんスマイルが返ってきた。笑顔0円。

 お金があっても払えない。わたしは諦めて店を出た。


「何も買えなくて残念でしたね」

「……ねえダリオル、昨日は立ち寄った町でお茶とか買い物したわよね。その時はどうやって支払ってたの?」

「簡単な話ですよ。通りすがりの方から財布を拝借し、数枚の銀貨と私の持つ金貨を交換した後、財布を元に戻しておいたんです」

「泥棒、ではないか……。資金洗浄(ロンダリング)……?」


 結果的に額面は増えているから拝借された人は万々歳なのかもしれない。金貨を巡って争いが生まれる可能性は高いが。

 つまり財布拝借術をこの町でもやれば銀貨も銅貨も容易く手に入るわけだ。ただ経済崩壊と治安悪化のリスクが高く、これから町に居座ろうって時にハードモードにする必要はないよな。

 ……というかダリオルさん、金貨の価値知ってるじゃん。わたしの買い物に口出しせず静観していたのはなんだったの? はじめてのおつかいを眺めて楽しかったかい?


「リエ様、宿屋の店主と交渉して参りました。馬車と交換で一週間滞在してよいそうです」

「二部屋を一週間も? すごいわダリオル!」

「いえ? 一部屋を一週間ですが」

「え……。わたしとダリオル、同じ部屋なの?」

「ふふっ、冗談です。リエ様が男と相部屋なんてあり得ませんし仮にそのような事態になれば男は八つ裂きですよ」


 燕尾服から黒の外套に衣替えたダリオルは悪戯っぽく笑う。恐ろしい発言が聞こえたが気のせいだろう。

 昨日、ダリオルをわたし専属の執事として忠誠を誓わせたあの夜以降。ダリオルは心の仮面を外し、わたしにいろんな顔を見せるようになった。

 心を開いてくれたってことならうれしいけど、急に変わりすぎでは? わたしもダリオルに対して多少砕けた口調にはなってるけども。


「宿屋では食事も提供されるそうですが、昼食は自分で用意するしかないようです」

「そう……やっぱり食い扶持を探すしかないか。冒険者とか募集してないかね〜」

「リエ様が働くのですか……? 温室育ちのリエ様が? ふふっ、とても面白い冗談だ」


 ダリオルが働き、わたしは有閑を満喫する。諸々の配慮をするならこれが最適解なのだろうが、今日からパティスリエは一般市民だ。養ってもらうだけではなく自分の食事代は自分で稼ぎたい。

 それにダリオルも、わたしを一人にするのは不安だろう。なんたってわたしは一人になると夢遊病のように勝手にどこかへ行ってしまうからだ。

 さて、実際問題どんな仕事ならできるのだろう。この身体だと力作業は無理だし、読み書きも自信がないから頭を使う仕事も難しそう。

 そもそも、まだ10歳ばかしのかわいい少女を雇ってくれるのだろうか? んー、わたしにできること、できること……。


「……スキルを売るっていうのはどうかしら」

「おやめください。教会にガストリエだとバレますよ」

「んー、じゃあ……ガストリエちゃんのかわいい写真集を売るのは?」

「自ら指名手配の写真を配ってどうするんですかバカなんですか」


 あ、今バカって言った!

 ダリオルの表情が増えたのはいいのだが、ついでに一言二言多くなった。

 わたしのことを完全に舐め切っている。わたしへ向けられる目線もどこか見下しているように感じてきた。悔しい……!


「まだ町に着いたばかりですし、まずは地に足つけて平民生活に慣れていきましょう。

 リエ様は生粋のご令嬢ですので、平民の価値観に触れ、彼らの生き方を知るところから始めるのも良いかと」

「……そうね、わたしも少し焦りすぎてたみたい」


 食い扶持探しはとりあえず後にして、わたしたちは宿屋に入った。

 宿の一階は酒場となっており、机に突っ伏せていた女性が苦しそうに呻いていた。来客に気づくと、赤ら顔の出るとこ出ている露出の多いお姉さんがゾンビのように立ち上がり迎えてくれた。


「いらっしゃいー! ……あれ、やばい、白髪の天使が見える」


 正しい審美眼だ。この人は大物になる。

 自称看板娘のボンボンさんの案内で、部屋に通される。どうやらわたしたちは兄妹に見えたらしく、ダリオルはお兄さんと呼ばれ色目を使われていた。


 荷物を置き腰を据えたわたしはダリオルを呼び出す。

 服は平民風に替えたが、隠しきれないガストリエちゃんの気品が全身から滲み出してしまっている。

 市民に紛れるためにも、特に目立つ髪だけでもなんとかしたかった。


「ダリオル。この雪のように白いさらっさらの美しいロングヘアを目立たないようアレンジして」

「目立たないように、ですか」

「ダリオルならできるでしょ?」

「……承知いたしました、リエ様」


 ダリオルは慣れた手つきでわたしの髪を漉く。

 手鏡を覗くと、わたしの髪を結うダリオルの姿が見えた。何かを参考にしているのか迷いなく手を動かしている。

 前髪を上げおでこが開けたことでガストリエちゃんのご尊顔がより一層露わになる。こんな女神が町を歩けばみんな平伏してしまうのでは。わたし、目立たないようにって言ったよね?


「いかがでしょう」

「流石ね。……まあ、悪くないわ」


 艶やかな白髪が後頭部に向かってまとめられ、肩の辺りから三つ編みが一房下ろされている。町中でも何度か見かけた、きっとこれが平民的な髪型なのだろう。

 いくら髪型を変えてもガストリエちゃんは嫌でも目立ってしまうがそれも美人の性質(さが)だ。仮面でもつけない限り衆目を集めてしまうのは仕方のないこと。

 かわいいは罪だ。わたしはこの十字架を背負って生きていこう。




 新たな髪型のわたしは早速外に出かける。

 すれ違う住人にサラサラの髪を見せつけながら石畳の道を歩いていくと、人々の間を縫うように一匹の黒猫が横切った。

 猫は通りから路地に入り込み、くるりとこちらに振り返る。わたしは不思議な魔力に吸い込まれ猫を追って路地へと踏み入った。

 暗く細い路地を品のある足取りで歩む黒猫。その猫を追いかけるわたし。そのわたしについて来ざるを得ず溜め息をつくダリオル。

 一列になって進んでいくと、路地の奥の方から声が聞こえてきた。

 隘路の先にある少し開けた空間。そこにいたのは、見るからに碌なことをしでかさないであろう三人の不良と、そいつに絡まれている一人の少年だった。

 眼鏡をかけた少年は追い詰められるように壁を背にしている。手には麻袋が提げられていた。


「なんだよ、これっぽっちしか持ってねえのか」

「……いま払えるのはそれだけなんだ。勘弁してくれ」

「おいおい生意気だなあ? にいちゃん、やってやれ!」

「ああ! おれたちに舐めた態度とってんじゃねえぞ!」


 不良のボスっぽい子どもが威勢よく拳を振りかぶる。その右手には魔法の火がメラメラと燃えていた。

 繰り出された右手はわざと少年を外し、少年の背後の壁を少し焦がした。


「見たか! にいちゃんの魔法すげーだろ!」

「……金は渡したんだからもういいだろ。帰らせてくれ」

「ほんとはもっとあるんだろ? ほら、どうせその袋の中とかに──」

「やめろ!」


 不良が布袋に触れようとすると、少年は声を荒げ強い抵抗を見せた。

 少年の反抗が癇に障ったのか、不良たちの怒りはますます熱を増していく。

 またもボスっぽいやつが右手を燃やし、今度は本当に少年目掛けて殴りかかった。


「──ダリオル!」

「御意」


 わたしが叫ぶや否やダリオルは一瞬姿を消し、また現れた。その間に不良たち三人は膝から崩れ落ちていた。ダリオルの目にも止まらぬ早技だ。

 膝をつき、地面に這いつくばる不良たちは突然の出来事に理解が追いつかない様子。一人だけ何事もなく立っている少年から見下ろされていた。

 不良たちはさらに怒りを燃やしていたが、そこでようやくわたしたちの存在に気づいたようで、すたこらと路地を立ち去っていった。

 眼鏡の少年も何が起きたかわからぬまま呆然としていたが、少しすると安堵の溜め息を漏らしその場に座り込んだ。


「えーっと……あんたらが助けてくれたのか? だったらまずは礼だよな。ありがとう」

「いえいえ、当然のことをしたまでさ」


 まあ助けたのはうちの執事なんですが。ダリオルが笑顔でわたしを睨んでいる気がする、後ろは見ないでおこう。

 眼鏡をかけた、癖毛で金髪の少年。麻袋の中を確認しホッと一息ついていると、黒猫が少年の膝の上にひょいと乗っかった。

 黒猫はごろんとひっくり返り、当然のように少年に腹を見せ甘えている。これは珍しい……。余程の信頼がないと見れない光景だ。

 そして少年も当然のように猫を撫で、挙げ句の果てには顔を猫に埋め始めた。え、猫吸い!? 猫も猫で満更でもなさそうだし、仲がいいって騒ぎじゃないんだけど。


「かわいい……」

「あんたも撫でるか?」

「えっ! いいの!?」


 わたしはしゃがみ込み、お言葉に甘えて黒猫を撫でさせてもらう。

 なでなでの許可は少年ではなく猫に窺うべきなんだろうけど、黒猫は初対面のわたしの手すら当然のように受け入れてくれた。

 普段、鏡を見てガストリエちゃん(自分)を抱き締めるしか欲求発散法がないので、全てを包み込んでくれる猫ちゃんにハマりそう……。黒のきれいな毛並みがブラックホールに見えてきた。

 二人で猫を撫でながら、話を切り出した。


「名前、なんていうの?」

「プロフィトロールだ」

「いい名前だね。よろしく、プロフィトロール!」


 わたしは握手をしようと、彼に手を差し出す。

 きょとんとしていた少年は少し間を置いてからその意味を理解し、突然笑いだした。


「はははっ! ああ、いや……プロフィトロールはこの猫の名前だ」

「あ、そうなんだ! 恥ずかし恥ずかし……」

「俺の名前はシュー。…………シューだ、よろしくな」

「シュー! こっちもいい名前だね、よろしく!」

「あんたの名前はなんていうんだ? 助けてくれたお礼もしたいし教えてくれよ」

「ふっ……助けたくて助けただけさ。名乗るほどの者でもないぜ」


 まあ助けたのはうちの執事だけど。頭上から垂直にダリオルの無言の圧を感じるのでこのまま猫を撫で続けよう。

 少年はお礼ができなくて残念そうにしている。黒猫は気持ちよさそうに手足をピンと伸ばしていた。


「あ、やべ! 早く帰らないとじいちゃんにどやされる! 店の買い出し頼まれてたんだった……!」

「お店? ……そうだ!」

「な、なんだよ急に叫んで……」

「ねえ……やっぱり、助けたお礼してもらってもいい?」




 わたしたちは路地を出て通りに戻ってきた。

 老若男女いろんな人々が行き交うこの町を、少年少女が駆けていく。


「ふーん、じいちゃんのとこで働きたいのか。じいちゃん厳しいけど親切だし……ま、断られても俺がなんとかするよ」

「ありがとう、シュー! これでひもじい思いしなくて済んだよ」

「あんたら見かけない顔だとは思ってたけど、今日この町に来たばっかりだったんだな」

「えへへ、いろいろありまして……」

「訳は聞かねーよ、みんなそれぞれ事情ってのをかかえてるもんだ。ところであの背の高い兄ちゃんは置いてきてよかったのか?」

「平気平気! いつも見守ってくれてるし、離れていても呼べばすぐ来てくれるし」


 わたしとシューは人の群れを掻き分け、革靴で石畳を鳴り響かせ、道をひた走る。

 同じペースで走っているものだと思っていたが、シューはわたしの走力に合わせてくれていた。彼にとっては早歩きくらいの速度なのかもしれない。

 シューのおじいちゃんが何を営んでいるのか聞きそびれたが、どんな仕事でも誠心誠意やるだけだ。力作業以外ならどんと任せてほしい。


「そうだ、名前! じいちゃんに紹介したいからやっぱ聞かせてくれよ、あんたの名前!」

「わたし、パティスリエ・アンジュ!」

「……マジかよ」


 シューは突然立ち止まり、目を開いて驚きを隠せていなかった。

 わたしは首を傾げた。すると、シューの奥にわたしの名前の由来となったお店の看板が見えた。


「す、すげー……。こんな偶然もあるんだな! 店の名前とそっくりなやつに会えるなんて!」

「え……? まさか……」

「着いたぞ。ここがじいちゃんがやってる店だ」


 シューは両手を横に広げ、高らかに謳った。それに呼応し、背後の看板の文字がきらりと輝いたような気がした。


「ようこそ、パティスリーへ!」

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