セルジュの接近
その日の図書室には珍しく先客がいた。
見覚えのある人。
あの人と同じ、銀色の髪の…
(アンデル小公爵様)
図書室には魅力的な本が沢山あると薦めたのはアンリエッタ自身だ。
だから来たのだと考えるのは何も不自然なことではない。
けれどこの日、このタイミングでというのはちょっと出来過ぎた偶然ではないか。
彼が許可を得て此処にいるのなら、別に問題はないのだが。
セルジュ自身は、妹のメルローサが第一王子の婚約者となった時点で王子の側近候補からは外れている。
代わりに側近候補に上ったのがアンリエッタの兄のセドリックだった。
だから本来ならば、セルジュは王宮にはさしたる用事もない筈だった。
図書室に来るというのが目的というのなら別の話だ。
アンリエッタは静かに本を選び、それを抱えてテラスに向かう。
セルジュの前を通るときに軽く目礼した。
木陰が揺れるテラス席で本を読み始めると、不意に本に人の影が落ちた。
「こちらで読まれているのですか。同席しても?」
アンリエッタが顔を上げると、セルジュが本を抱えて立っていた。
「…」
断る理由がない。
目を伏せて軽く頷いた。
「よく図書室に来られるというのは本当だったのですね」
「…」
読書をするなら静かにしてほしい。
同席は認めたが話しかけてもいいとは言ってない。
「私は領地の経営をしていくことになりますが、何かお勧めの本がありましたらご教授いただきたい」
集中出来ない。
「アンデル小公爵様。私はこの後殿下との学習時間が控えております。御用の向きは司書にお尋ねください」
「君の目から見たお勧めを知りたかったんだが」
アンリエッタはロドニーに請われて登城している。
何の接点もないセルジュに付き合う義理はない。
本を閉じると、アンリエッタは無言でテラスを立ち去った。
そして書架の横にある読書スペースに座って再び読み始めた。
セルジュは苦笑を溢す。
すぐに追いかけるとあまりにもしつこいし下心も丸見えになる。
既に逸脱しているにしてお紳士の振る舞いとしてはいただけない。
「なぜお前がそこにいる」
その時、テラスに庭から声がかけられた。
陽の光を浴びた金色の髪が風に揺れている。
セルジュは席から立ち上がり、高貴な相手に礼を取る。
「第一王子殿下に於かれましては、本日もご機嫌麗し…」
「麗しいわけがないだろう。アンリエッタを追いやったのか」
セルジュはちらりと図書室の中を見遣る。
「いえ、侯爵令嬢がこちらの席を使われてもいいと仰いましたので」
「追いやったんだな。アンリエッタがお前に断れるわけがないのを知っていての事だろう」
まあその通りではあった。
ロドニーは無言で図書室に入っていく。
「アンリエッタ。迎えに来た」
「殿下。もうそんなお時間でしたか」
「ちょっと早かったんだけどね」
そしてアンリエッタは立ち上がり、読みかけの本を司書に示した。
王子の教育の時間に使うので、終了後こちらに戻しに来ると伝えて。
図書室を出て行く二人を、セルジュがテラスから見送っていた。
ロドニーはアンリエッタの手を引いて、護衛を後に連れて廊下を歩いていく。
「殿下、今日は少しお時間が早いのではないですか」
呑気に尋ねるアンリエッタに、ロドニーは少し顔を顰める。
「…エルネストが助言してくれた。今日は早めにアンリエッタを迎えに行った方が良いと」
「まあ、エルネスト様が登城していらっしゃるのですね」
「…」
曰く、メルローサの立場を案じて、小公爵がアンリエッタに接触するかもしれないと。
最初は全くの杞憂だろうと思っていたが、王宮にアンデル公爵家の馬車があるのを確認すると、ロドニーはすぐに庭を抜けて図書室に向かった。
王宮の構造上、図書室に行くには大回りになる。
「後でエルネストには改めて感謝の意を伝えるつもりだ」
「感謝が何かはよくわからないのですが…信頼関係が作られているのは喜ばしい事ですわ」




