エルネストの心配
次のエルネストとの茶会の席で、アンリエッタはアンデル公爵家でのことを話した。
「あのメルローサ様とお友達になれたの。王子妃に相応しい、素敵な方だったわ」
ニコニコとそう言ってのけるが、それは最早アンリエッタの才能ともいえるものだろう。
「初対面で名前を呼び合うほど仲良くなれたんだ。凄い事だよアンリエッタ」
「あら、難しい事ではないわ。心を開こうとしている相手なら」
「そんなことはないよ。アンリエッタだからできたんだ」
買い被りすぎでは、と思ったものの、エルネストにそう褒められるのは嬉しい。
「あ、でも。ちょっと気になることがあったんです」
アンリエッタは、メルローサの兄の事を思い出していた。
「応接室に案内していただくまでに、小公爵セルジュ様と少しお話をしたのですが」
その名前を聞くと、エルネストの表情から笑顔が消えた。
「何やら王宮の図書室にご興味がおありのようでした」
「王宮図書室」
それで何かを感じ取ったらしい。
普段は王宮図書室には司書以外に人がいない。
アンリエッタが登城した時に大半の時間を過ごす場所がそこだ。
逆に言えば、侯爵令嬢に会いたいならそこに行けばいいという認識すら城の者の間にはある。
第一王子殿下のお気に入りの令嬢、それでも王子の私室には入らない。
王宮での自由な出入りを許されているにも関わらず、きちんと線引きをする。
それは父侯爵から最初の登城の際に言われたことだった。
王家に翻意なく、臣下としてあるための線引き。
これから為されるであろう王家の政略の縁に余計な波風を立てないようにという配慮だった。
王子の側近に外れたアンデル公爵家嫡男の代わりに一女のメルローサを王子妃に。
王子の側近となるバスティアン公爵家嫡男の婚約者には宰相家の一女を。
これで上手くバランスが取れる筈だった。
ここにきて王子がメルローサとの婚約破棄を画策している。
妹が王子の寵を得られないと見たセルジュが、アンリエッタと懇意になっておけば、王子に対する圧力になれる。
わざとセルジュがアンリエッタに近付こうとした意図がエルネストには理解できた。
恐らく自分とアンリエッタの婚約は、純粋に政略によるものだと思っているのだろう。
「…そうか。ならば次回の登城の折には、僕も付き添っていいだろうか」
「ええ、私は構いません。ですが王子殿下の学習室には入れないとは思いますが」
「久しぶりに図書室の文献を見たくなったよ。アンリエッタが戻るまで、そこで過ごすことにしよう。君が読んだ本を、僕も読んでみたい」
「まあ、それでしたら後で私のお勧めをお教えいたしますわ。取り寄せれば入手できるものもあるかもしれません」
わかってないな、と少し困ったような笑みをエルネストが浮かべる。
「いや、君が触れた本、という所に一番大きな意味があるんだよ」
他の人がアンリエッタの触れた痕跡を掬い取ってしまう前に。
そんな小さな執着を見せるエルネストの気持ちが嬉しくて、アンリエッタは頬を染めた。
もしも自分の読み通りなら、アンデル公爵令息のセルジュは王宮でアンリエッタに接触する。
偶然を装って図書室での密会という事実を積み上げる。
自分の妹の地位が危ういとわかっているから、その地位を危うくさせているアンリエッタとスキャンダルを作る。
王子は醜聞を持つアンリエッタとは再び婚約を結ぶことが難しくなる。
(流石公爵家嫡男、思惑が合理的だ)
侯爵家の御令嬢の評判を地に落とす事も厭わないだろう。
自身も婚約者がいるくせに。
小国として独立ができるくらい広大な領地を持つアンデル公爵家だからこその優越。
政略であれば、侯爵令嬢の嫁ぎ先がバスティアン公爵家からアンデル公爵家に変わるだけ。
そんな言い訳も立つ。
だからこそ王子が決断してしまう前に、積み上げて保険をかけておきたいのだろう。
(残念だったな。僕がアンリエッタを守る)




