アンデル公爵家でのお茶会(3)
「今迄に贈りましたのは、外国語の絵本と花の栞、それに刺繡をしたハンカチでしたわ」
「絵本に栞…意外ですわ。それ程本がお好きな方だとは思えませんが」
(ええ、その通りです。どちらかというと、側近候補の御令息様方と王宮の庭で駆け回っているのがお好きな方ですわ)
それでもそれを欲しいと言われたのも嘘ではないし、贈ったら喜ばれた。
「私も意外なものをご所望されるものだと不思議に思いましたの。ですから私にも何が喜ばれるのか、皆目見当が付きません。お役に立てなくて申し訳ございません」
そう謝ると、メルローサは小さく溜息を吐いた。
「そうなのですか…いえ、ありがとうございます」
メルローサとロドリーの婚約が結ばれてから迎える生誕日はこれが初めてではない。
何故今アンリエッタに知恵を借りようとしているのだろう。
そしてメルローサの浮かない顔。
アンリエッタはロドニーから送られた手紙を思い出した。
「あの…僭越ではございますが、アンデル公爵令嬢。本当は私にご相談なさりたいこととは、生誕日の贈り物というより、もっと深い所にある問題ではないのでしょうか」
そうアンリエッタが申し出ると、うつむいていたメルローサの目から涙が零れ落ちた。
(えっ!?)
侍女達にはまるでアンリエッタが泣かしたように見えているだろう。
慌てて席を立ち、メルローサの横に移動した。
「あの、大丈夫ですか!?何かお気に障るような事を申し上げてしまいましたか」
メルローサの横に跪き、心配そうにアンリエッタは見上げる。
駆け寄ろうとする侍女達を、メルローサは泣きながらも手で制した。
「違うのです。…違うのです」
抱えていた大きな重しをふと持ち上げられて軽くしてくれた。
孤独に悩んでいたメルローサの心に寄り添おうとしてくれる侯爵令嬢。
「侯爵令嬢。アンリエッタ様とお呼びしても?」
「え、ええ。はい」
「私の事もメルローサと。長く領地に居たものですからお友達がいなくて」
「…心細かったのですね」
うん、うんと泣きながら頷くメルローサの背を、アンリエッタはそっと摩った。
父公爵も兄も、メルローサは政略の駒でしかない。
でもアンリエッタは、自分の目線に立ってくれる。
「アンリエッタ様は、ロドニー殿下の妃に立たれたいと思われたことはありませんか」
先ずはアンリエッタの意向を確認する。
「いいえ。幼い頃より殿下の御学友にと求められたことはありましても、それ以上の感情は私は持っていません」
「そうですか…それならば良いのですが」
「ですからどなたがお妃様になられても、私が嫉妬することはあり得ません」
安心してもらいたくてそう言ったのに、メルローサの表情は晴れない。
「ですが、もう…だめかもしれません。殿下のお気持ちはアンリエッタ様にしかないんですもの」
ロドニーの生誕日の祝宴の場で、彼は婚約破棄を言い出すかもしれない。
このところロドニーから届く書簡を見ているとそんな気がする。
だから贈り物をする最後のチャンスかもしれないと、アンリエッタに知恵を借りようとしたのだろう。
王家の寵を失った公爵家は、それだけで貴族社会での地位が落ちる。
その埋め合わせに奔走することになるのは王太子ご夫妻になるだろう。
『父上が褒めているあたり有能なのだろう。でも冷たい。メルローサ嬢といると休まらない』
(王子はそうは言ってたけれど、婚約者の心が得られずこうして思い悩まれて初対面の自分の前で涙も溢して。メルローサ様って健気でお可愛らしい方だと思うの)
アンリエッタは、先にメルローサに会えてよかったと思った。
「誰も味方がいらっしゃらないというなら、私がなりますわ。私達が仲良くしていましたら、周囲の人々の見る目も変わるかもしれません」
「ありがとうございます、アンリエッタ様。どのようなことになりましても、アンリエッタ様との友情を信じて行きます」
メルローサはアンリエッタの手を包み込んだ。




