アンリエッタの婚約
幼い頃から第一王子を支えることに慣れ切っていたアンリエッタには、逆に自分を守ろうとするエルネストはとても魅力的な人だった。
兄のセドリックのような、でもセドリック程の無遠慮でもないふわりとした優しさ。
同じように周囲の年下の令息達にも接しているが、それでもアンリエッタにだけ感じられる特別な熱があった。
この人の傍にいると安心する。
この人と話していると楽しい。
自分が興味を持っているものに関心を寄せてくれる。
そして、何より私自身を見ようとしてくれる。
彼の優しい微笑みが心を温かくしてくれる。
「最近の私はおかしくなってしまったのかと心配しているのです、お母様」
お茶の席で母親の侯爵夫人にそう相談した時、侯爵夫人は笑って教えてくれた。
「アンリエッタ。それは貴女がおかしくなったのではありませんよ。それが恋というものです」
「恋」
温かくて、少し切なくて。
その姿を、声を求めてしまう。
相手は公爵家の嫡男。
宰相家といえども、侯爵家から婚約の打診するわけにはいかない。
でもすぐに、公爵家の方からアンリエッタとの婚約を打診してきた。
「アンリエッタ嬢は王家の方々からも評判の高い素晴らしい御令嬢だと伺っております」
嫡男のエルネストを伴い、侯爵家に出向いて当主のバスティアン公爵が直々に婚約の申し込みをしに来た。
「王家の妃にと話があるやもしれない御令嬢を、我が公爵家にと望むのはエゼルキナ侯爵閣下に於かれましては些か不服なお話となるかもしれません」
「滅相もない事です、バスティアン公爵閣下」
そして傍に控えていたエルネストがアンリエッタの前に進み出て膝をつく。
「エゼルキナ侯爵令嬢。どうか私の妻になっていただけませんか」
いつも王宮で見るエルネストとは違い、緊張を孕んだ笑顔。
砕け散るかもしれない想い。
それでも、自分の手を取ってほしいと希う。
「あ…」
ロドニーのように、決定事項として自分に従えというのではなく、アンリエッタの意思を尊重してくれる、憧れの人。
差し出された手に、そっと自らの手を置く。
「はい、バスティアン公爵令息様」
自分の心を騒がせていた恋が実った。
「ありがとう、アンリエッタ嬢。ずっとずっと大切にします」
乗せられた手に、エルネストが震えながら口付けをした。
想いを交わし合った二人は、王宮では殆ど顔を合わせることはなかった。
その代わりに、毎週どちらかの屋敷を訪れて交流を図っていた。
外国の書物の話、公爵が外国で見聞きした文化の話。
外国語の勉強で躓いたところがあれば、父や兄に教わるのではなくエルネストから教わった。
「その方がエルネストの勉強にもなる。間違ったことをアンリエッタ嬢に教えられないとエルネストも学習に励むだろう」
バスティアン公爵は笑ってそう言った。
どちらかが一方的に寄りかかるのではない、切磋琢磨し合って二人とも成長していける関係。
躓いた時には支え、時には慰め合い、二人は愛情と一緒に信頼も育てていった。
同時期にロドニーも婚約しており、ロドニーからの招聘にもアンリエッタは少しずつ応じる回数を減らしていった。
「あまり私が王子殿下の傍に侍るのは、アンデル公爵令嬢という婚約者のいらっしゃる手前あまり感心されないものかと思われます」
思い余ってそう返事をしたこともある。
けれどもロドニーは気にしなくていいと言うばかり。
(いえ、気にするんです。私が。侯爵家が。アンデル公爵家を敵に回したくはありませんので)
比べるのはよくないと思っても、どうしても大人なエルネストとの差を感じてしまう。
決してロドニーが嫌いという訳ではないのだけど。




