六十四話:まるいドアノブはとてもつよい
台詞での改行をなくしてみました。こっちの方が読みやすそうですね。
ヒュッ、シュ……ヒュッ、シュッブ……。
不思議な風の音に目を覚ます。
辺りはすっかり暗い。
お祭りは終わって、広場にいたヒト達は、お酒をたくさん飲んで寝ていたヒト達も含めて、みんな帰っちゃった。
僕はみんなを見送って、またこの木――十字の木の枝が落ちて来た木の下で、眠ったんだ。
目の前の砕けた十字の木の枝に視線を向ける。
松明も片付けられちゃったけれど、お屋敷の窓からカーテン越しに僅かに漏れる光と明るい月のおかげで、色はよくわからないけれど、形はしっかり見える。
あれから、マットやビル達に聞いて回ったけれど、だれも持ち主を知らなかった。
伝えた形の道具を使うヒトも、カンタラではいなかったはずって言っていた。
うーん。
いったいこれは、だれの物だったんだろう。
ヒュッ、シュパーン! パリパリパリ……。
風の音のあと、小さく爆発したような音がしたかと思えば、硝子の欠片が地面を転がるような音がした。
砕けた木の棒から視線を外して、音がした方を見る。
……ヒト?
尻餅をついたみたいに、地面に座り込んだヒトの姿。
お屋敷から離れているのと、木の影に隠れているから、顔もわからず、影法師だけがぼんやりと見える。
影法師がゆっくりと立ち上がる。
背丈は、アレクトよりも高くて、ハンナよりかは低そうだった。
たぶん、九歳から十歳くらいの子ども?
なんにしても、こんな遅くにひとりじゃあぶないよね。
なるべくおどろかさないように、ゆっくり近づいて、『こんばんはー?』とあいさつすると、「ひゃっ!?」と影法師が跳び上がった。
おどろかせちゃったみたい。
って、あれ? さっきの声って。
「……あ、ワカバ?」
『メラニー!』
木の影からメラニー出てくる。
さんかく帽子を被っていない。
それに、左右で結っていた髪も下ろして、服装もなんだかパジャマみたい。
『なにをしていたの?』
「あ、えっと、起こしちゃったならごめんね。実は魔法の……練習を……してて」
なんだか歯切れが悪い。
メラニーは両手の指先を合わせて輪っかを作り、その中で杖を支える様に立てているみたいだった。
指を動かしているのか、杖がゆらゆら揺れている。
「テオに内緒で練習してて……」
わ! 秘密の練習なんだ!
だからソワソワしていたんだね!
『わかった! 内緒だね!』
「……! そう! 内緒!」
メラニーは安心したのか、また練習を始めた。
ヒュバッ、ヒュヒューと風が吹く。
風はだんだんと力強くなり、音の数も増えていく。
魔力感知でみてみると、メラニーから杖に魔力が移り、杖から広場いっぱいに魔力が広がっていた。
風はより強くなり、低く唸る。
「祖たる鷲の羽搏きは大地抱く不可視の腕。盾とすれば篠突く雨の悉くを弾き、神解き砕く不倒の城壁。薙ぎ払えば嵐を鎮め、天分かつ無二の剣。顕現せよ――祖の翼!」
白く光り輝く風が吹く。
始めは僕が眠っていた木の方から、次に門の方、お屋敷の方、白い建物の方からと、どんどん風があつまってくる。
風はあつまると、メラニーのうしろで四つの大きな大きな翼を形取ろうとして――ぶわりと霧散して消えた。
風の名残りなのか、白い光の粒がポツポツと、地面へと落ちて消えていった。
「詠唱はこれで正解。後は制御かぁ……」
うんうん唸るメラニー。
なんだかすごかったけれど、納得出来なかったみたい。
ぶわーって消えちゃったけれど、そのままにしておきたかったのかな。
「地道にやるしかないよね」
『うん! 出来ることを一つずつだよ!』
「そうだよね……よし。頑張ろう」
メラニーはまた杖へと魔力を移し始める。
僕はその姿を隣りでじっと眺めていた。
しばらくして、メラニーが疲れた様子で帰っていくのを見送った僕は、さっき眠っていた木の下に戻って、横たわり、空を見上げる。
夜空はまっくろで、星がたくさんでとっても綺麗。
空の黒と、星の白い光を逆にしたら、ごましおをかけたお米の上みたい……。
…………
……
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
まぶたに光が当たり、目が覚める。
すこし白っぽい青の空。
なにかの音がたくさんする。
どこからか煙の香りがする。
もうみんな起きているのかな。
ぐぐーっと体を伸ばして、立ち上がる。
あ。
立ち上がった僕が見たのは、広場にいるヒト達。
ふたりで走ったり、ひとりで棒をふったり、いろいろしている。
「お、起きたか。おはようさん」
すぐ側で声がしてびっくり。
視線を声がした左へと向けると、
『スコット! おはよう!』
あごがジョリジョリの……あれ? ジョリジョリしていない!
剃っちゃったみたい。
まあいいや! とにかくスコットが隣りに座っていた。
「昨日は楽しんだか?」
『うん! とってもたのしかったよ!』
スコットは「そいつはよかった」と言って、右手で持っていた、スコットの手よりすこし大きいくらいの本へと視線を向けた。
門をくぐって、男のヒトが広場へとやって来る。
そのヒトはお屋敷に向かわずに、僕と反対側の木の下で荷物を広げ始めた。
昨日の広場は、お祭りの時以外はだれも立ち止まらずに、お屋敷に入っていったり、門から出て行っちゃっていた。
昨日と今日、どう違うのかな?
あ! もしかして、昨日は僕が追い出しちゃっていたってこと?
お屋敷からマットと同じ服――濃い青に薄い黄色と白の線が入った服を着た女のヒトが出て来て、「――二番目の青」と言って空へ右手を挙げた。
すると、女のヒトの人差し指の先から青い光が空へと昇り、ポン! ポン! という音がすると、空よりすこし濃い青の煙が空に浮かんだ。
それを合図にしてか、一斉に広場にいたヒト達が動き出し、お屋敷へと向かっていく。
「今のは朝のクエスト更新の合図だ。昼と夜にも更新があるんだが、一番多いのは朝だから狙い目なんだ」
僕が不思議そうな顔をしていたからか、ゆっくりと立ち上がったスコットが教えてくれた。
それだと早い者勝ちなのかな。
でも、スコットは急いでいなさそう。
「俺も行ってくる。じゃあなワカバ」
『うん! いろいろ教えてくれてありがとう!』
スコットは僕へと手をひらひらして、お屋敷へと向かっていった。
広場を走ったり、背中を地面に擦り付けたりしていると、お屋敷に入っていたヒト達やスコットがもどって来て、門から出て行った。
門の外、街もヒトの声が増えてきた気がする。
そろそろ僕もお屋敷の中に入ろうかな。
更新したクエストってものを僕も見てみたいし。
スクっと立ち上がって、お屋敷の入り口と向かう。
ちょうど扉を開けて出てきた男のヒトが「うおっ」と言ったから、『こんにちは!』とあいさつして、中へと入る。
お屋敷の中は、昨日と一緒。
でも、スコット達の様に、動物の革を使った服を着たヒトがたくさん。
マットと同じ服を着たヒトもたくさん。
これが本来のお屋敷の中の風景なんだね。
ずらーっと左から右に見回してみる。
売店が一番ヒトが多いかな。
次は窓口だっけ? そこかな。
その次は……掲示板。
まずは掲示板を見てみようかな!
ずんずんと歩いて、掲示板の前。
昨日と同じようにたくさんの紙が綺麗に貼られている。
貼られた紙には、まるっこいにほん語でなにか書かれていた。
その中の一つを読んでみる。
“捜索願い。五歳の女の子アンの捜索。アンは腰まで伸ばした金髪。瞳の色は薄紫。大人しい。白の学舎から一人で出る所を目撃された後、行方不明。詳細は窓口のギルド職員に”
わ、たいへん。
どこに行ったかわからない子がいるみたい。
僕も探さないと……でも、金髪の金って、あの金色の金?
金色なら、キラキラ光って目立つよね。
なのに見つからないなんて……。
ふと気づく。
紙の右下に薄く細い線で描かれた円が七つ。
その内の左から三番目の円に、黒い印が付いている。
ほかの紙にも付いていて、なんだか印の形も違うみたい。
女の子を探している紙には、英語のBが逆さまになっている。
その隣りの紙には、まんなかの円に英語のC。
これってなんの意味があるんだろう? それに、判子なのかな?
聞いてみればいいよね!
ちょうど右隣りにヒトが来たみたいだし!
『こんにちは!』
靴からぐぐーっと上へと見上げ、男のヒトに声をかける。
黒っぽい服装の灰色髪の男のヒトは、僕に気づいていなかったのか、僕を見つけるとその鋭い目をすこし大きくして、「……おおう」と言った。
『あの紙の黒いびーとか、しーとかってなに? 教えて!』
「あ? そりゃ受注出来る冒険者のランクだろ。AならAランクの冒険者、FならFランクの冒険者しかクエストを受注出来ないんだ」
そうなんだ!
……でも、なんでそのらんく? の冒険者さんしかダメなんだろう?
聞いてみると、「そりゃどのランクにも仕事を回せるようにだろ。考えて見ろ。他のランクのクエストが受注出来るようになったら、間違い無く受注出来るクエストがない冒険者が増えるだろ。それを防いでんだよ」と教えてくれた。
男のヒトは、掲示板の右端を指差す。
「あれを見てみろ。Bの横にAもあるだろ。あれは、Bランクが残したクエストで、Aランクも受注出来るようになったやつだ」
『本当だ!』
その紙の右下には、Bの左隣りにしっかりとAの印があった。
『逆さになっているのはなに?』
「そいつは情報に報酬が出るって意味だ。こいつはBの逆さだから、Bランクの冒険者のみが受注出来て、それ以外は、情報で小遣い稼ぎが出来る。だがこいつは――」
ペリッと男のヒトが紙を剥がす。
「俺がサクッと解決するから、あんま稼げねぇだろうな」
そう言って、男のヒトは窓口へと去って行く。
いろいろ教えてくれたお礼を言うと、軽く右手を挙げてくれた。
とってもやさしいヒトだった。
あのヒトが探すんだから、きっと女の子もすぐに見つかるよね!
男のヒトに教えてもらったことを踏まえて、掲示板を見る。
この紙がクエストってやつで間違いないみたい。
だから、さっきのポン! ポン! は、この紙の新しいものが貼られたことを教えてくれていたんだね。
貼られた紙は、右端に貼られたものだけ印の数が多くなっている。
これは左が新しくて、右が残っちゃっているものなんだろうね。
印が多くなっている紙は四枚で、そんなに多くない。
みんながしっかりクエストをやってくれている証拠なのかな。
貼られる高さも、一番下に貼られたFのクエストから上に行くにつれて、CやBのクエストが多くなっている。
これは、冒険者さんが自分のランクのお仕事を見つけやすくしているんだね。
わかることが増えると、なんだかおもしろい。
とっても素敵。
でも僕はSなんだっけ?
上の方がちょっと見えにくいけれど、Sランクのクエストはないみた……あ!
Sって逆にしてもSだけれど、情報が欲しいクエストの時は、どうしているんだろう?
下に線を入れているのかな?
……まあいっか!
掲示板を見たから、次は窓口……は、ヒトがいっぱいだね。
でも一番右のクエスト受注窓口? はいっぱいだけれど、その隣りのクエスト完了報告窓口? はだれもいない。
マットと同じ服を着ているヒトもいないし、窓口を訪ねたら、ヒトが来る感じなのかも。
いいや。
売店に行こう!
掲示板を右に、売店へと向かう。
今日も昨日と同じで、前から見ると四角い背の高いテーブルに体を預け、前に組んだ腕を枕にして、ヒトが寝ていた。
テーブル……たしか、ヨミちゃんがあっちの長いテーブルをカウンターって言っていた。
このテーブルも形が似ているし、カウンターなのかな。
「ふわぁ~これ以上はダメですぅたべられませーん」
ふっくらと膨らんだ、先の黒い尻尾がゆらゆらと揺れている。
すこし離れて見ると、左を向いて寝ているみたいで、幸せそうな顔が見えた。
あ! 今、頭の耳が動いた!
ちゃんと動かせるみたい。
このヒトがユルビ?
化けていたキヌタにそっくり!
ん? キヌタがユルビにそっくり?
とにかくそっくりそのまま!
売店に今いるヒトはユルビだけみたい。
だから、寝ているのかな。
疲れているのかも。
起こしちゃかわいそうだよね。
「やめて~代わりにたべないでくださ~い」
ふふ。
ゆっくり休んでね。
すこし悲しそうな寝言を背に、売店をあとにした。
うーん、あとは勝手に入っちゃダメな右の通路と、二階……はいいかな。
そろそろ広場にもどろう。
あ、解体場ってところをまだ見ていなかったね。
掲示板があるところの通路を通った先にあるみたいだけれど……もう出入り口まで来ちゃったし、いいや。
僕は扉を右前足で触れて押した。
グッ。
あれ?
もう一度押してみる。
グッ。
あれれ?
開かない!
あ! ドアノブ! ドアノブを回さないと開かないんだ!
でもドアノブはドアノブでも、まるいドアノブ!
ジャンプで届いたとしても、足だとツルって滑っちゃう!
どうすれば滑らないで回せるかな……そうだ!
うしろ足に魔力をすこーしだけあつめて、ジャンプ!
グンッと接近したドアノブをアグッと口で咥える!
そして、まわ、まわ……ぷらーん。
ドアノブを口で咥えてぶら下がる。
勢いに任せて回すことは出来なかったけれど、このままなんとかして、回せないかな。
えい! えい! と体を捩ったり、首を横に曲げたりしてみる。
そして――
疲れた。
考えてみれば、僕の首ってフクロウさんみたいに回らないし、歯が滑るから、咥えても離さないようにするのがやっとで、回すのは出来なかったよ。
ほとんど諦めているけれど、せっかく咥えたドアノブを離すのもなんだかもったいない気がする。
このまま動かないでぶら下がっていたら、扉が開いてくれないかな……。
ギュイっとドアノブが回る。
落ちないように口に力を入れると、ガチャッと扉が開いた。
やった! とうれしさを表現する前に、今はとにかく外へと向かおうとして、入ってきたヒトを見て止まる。
「ただいまーっと。ひゃー大変だったー。ゴブイチのやつ、気持ちは分かるけどデカい音立て過ぎよねー。お蔭で森から出ようとするモンスターの処理が面倒なこと面倒なこと……」
『あ! おかえりなさい! ヨミちゃん!』
「ん? おー! 若葉。ただいまー」
お屋敷に入ってきたのはヨミちゃんだった。
バタンと、扉が閉まった。
読んでいただきありがとうございます。




