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煉獄ノ陽炎―復活編―  作者: 王加王非
16/19

復活編6-1<案ずるより死ぬが易し>

案ずるより死ぬが易し



 君はどうしてアレだけ機械に興味を示したのだろうか。

 こんな状況でも焦燥感を感じられない薄情な僕は、地下鉄の窓ガラスに映る僕自身を、より厳密には隣に立っているはずの誰かが空けた空間をぼんやりと見つめながら考えていた。

 怜悧の示したあの反応は、ただ僕を騙すだけの演技であったとは到底思えない。

 別に怜悧が馬鹿だからなんてことではない。

 きっと怜悧は僕が思っているよりもずっと利口で、死神とか神様とかそんなものは関係なく、感覚的ではあれどそれこそ"怜悧"な女の子だ。

 怜悧は強さを求めて肉体を捨てた。

 より厳密には、機能性を獲得するために自らの肉体を収穫機と規定した。

 そして留まることを知らずに高みを目指して進化を続ける。

 まるで進歩し続ける機械そのもの。

 生命の司宰である死神とは無縁の機械。

 個ではなく全としての機械は彼女の眼には輝いて見えたのかもしれない。

 怜悧はきっと、機械と自分を重ねていたんだろうと思う。

 その過程で、なまじ似ているからこそ浮き彫りになる自分との明確な違いを求めていたのではないか。

 そんな厚かましい推測を続けている内に見慣れた駅に着いた。

 空は夕焼け。

 散々恨んだ太陽は沈み、暮れ泥む町並み全てを後ろに追いやり、スカートの通気性に軽い嫌悪感を抱きながらアスファルトを蹴り続ける。

 肩に羽織った黒い外套が向かい風を溜め込みバタバタと音を立ててはためく。

 玄川に心臓を刺される寸前、怜悧は黎明の鴉羽衣(これ)だけ僕に託してきた。

 収穫機同様に、神機と呼ばれる怜悧のそれらしい装備品は非存在なので着脱は意識次第だが、自慢された翼の使い方を聞いていないので空も飛べず、機能も効果もわからない。

 よってこんなのは怜悧の匂いが染み付いただけの単なるボロ布だ。

 だけど、今はそれだけで十分だった。

 玄川に教えられた行き先は僕の死んだ場所――珀楼高校。

 赤羽はそもそも学内信仰の怪異だとか、怜悧に植え付けた印があるから間違いないとか……まあ細かいことはもうこの際どうでもいい。

 飾り気のない黎明の鴉羽衣も、男子高校生であるはずの僕が着ているちょっと大きめのセーラー服も、ご丁寧に履かせられた黒いニーソックスも、今は全く気にならなかった。  

 それにしても、ここまで職質されずに来られたのは全て玄川が言っていたかつての僕の記憶操作の恩恵であると信じたい。

 きっとそうだ。そうに違いない。

 すれ違う下校途中の珀楼生らには目もくれず、正門を一気に駆け抜けると、自然と足が止まった。

 結界。

 珀楼の敷居を一歩跨いだその瞬間からもうそこは完全に異世界だった。

 別に地形や視界に映る校舎の造形が変わったわけではない。

 ただ、道中は高校の敷地内から聞こえていた野球部が硬球を金属バットで叩く音や、不真面目な軽音部がかき鳴らすエレキギターの音が消えた。

 そして、門を潜る前までは確かにいたはずの学生達も姿を消した。

 恐らく、消えたのは僕の方だろう。

 背に伸ばした右腕で、何も無い空間からもう一つの神機を掴む。


 ◇■◇


「鎬が鉄粉避けるは地獄、被れば極楽。されど我が血肉あるは此岸なり――ッ!」

 菊理が自身の髪と同じ金色に輝く一対の刀を屋上の床にめり込ませる。

「コンナ下手物術式ヲ作ルトハナ、ミラノ末裔ガ聞イテ呆レル」

 途端、赤羽の猛攻が止み、赤羽自ら私達から距離を取った。

「いやーそんな私を必要としてくれる物好きがいるもんでしてねー」

 不敵な笑みで返す菊理は、力尽きそのまま崩れ落ちた。

 夕闇が迫る空の下、吹き荒ぶ珀楼高校の屋上。

 最優先目標は赤羽の寵魄内に押し込められた黒死舞踏の禁縛解除。

「Verweile doch, du bist so schoen !」

 受け売りの天の秘技も自身の霊的源泉も尽き果て横たわる菊理の前に立ち、小さく呟いた。

 身体の内側から溢れ出る魔力が私自身を溶媒として象を結ぶ。

 肉体から霊魂が剥がれる前にひとつ言ってやりたい。

「その魂が幸福以上に恨めしく、羨ましい」

 誰に向けて言ったのか、自分でもわからなかった。

 血塗れのガーディガンを脱ぎ捨て身体で呼吸する菊理は静かに笑っていた。

 やがて、私の醜い身体はメフィストへと捧げられる。

「さて、殺しますか」

 両手の爪は黒々と変色し、手に持つ直線的なステッキも大きくうねるように形状を変えた。

 彼の家でも高架下でもここまで出力を上げてはいない。

 彼は平然とやってのけているが、神格に劣る天落格の蝶魂だろうと本来人の皮を被った人外を人間の体内にぶち込むものじゃない。

 脱力感、無力感、虚無感が精神を蝕む。

 かつて菊理に半ば強引に誘われて散々暇を潰したR.P.G.やら格ゲーに例えるなら、キャラクターを手足のように使うのではなく、プレイヤーに手足のように使われる感覚。

 前者を『感情移入』と呼ぶならば後者は半ば強引ではあるが『感情移出』と呼べなくもないだろう。

 自分が誰なのか、それがわからなくなったら最期、私の蝶魂は二度と寵魄に還ることはなく、メフィストに喰われる体裁をとって天国も地獄も無くそのまま消滅する。

 高出力でメフィストを霊蝶装填する度、彼の才能は血筋や初代刈谷の先祖返りだけではないと再認識させられる。

 機械的な無個性。

 無機的な客体性。

 熱狂的な依存性。

 そう、彼は最初から死んでいた。

 私や菊理のような半端な人間らしさなど微塵もない。

 ――すまない。

 私の肉体は柄にも無く口元を醜く歪ませて、赤い獲物に飛びついた。


 私の意識は苦痛の峠を越えて完全に開放され、メフィストが駆る私の身体が赤羽に火炎系魔術で対峙するのをただ眺めていた。

 霊体は無意識的に物体をすり抜けることもできるため飛び散る火の粉に気を配る必要もない。

 それと引き換えに、ただ指を加えて見ていることしかできない、このもどかしさが延々と私の無力さを譴責する。

 結局の所、私は彼にああ言ったものの、事態の全てを把握しているわけでもなく、彼を私の意のままに誘導していることに変わりはない。

 私は彼の知らない彼を知っている。

 私はそこにつけ入って意のままに操ろうとしている。

 一体誰に向かって使う言い訳なのかは自分でも解りかねるが、私の言葉は彼の足場を崩したに過ぎない。

 だが、彼の原動力は今も昔も依然として変わらない。

 ただ一人、花原咲夜を起点として彼のシナリオは進められる。

 私や菊理、黒死舞踏が引っ掻き回そうとも彼自身の進む道は変えられない。

 しかし、花原咲夜が死んだ今となっては、彼が何も知らないのであれば、私を含め彼を知る数々の存在が彼の選ぶ道を潰し、新たに道を用意することは容易い。



 

 ただぼんやりと彼との先の会話を思い出す。

『そう。しかし、貴方の厳選した私を含め除外された三人は利害の関係からも裏切りはありえない』

 そんな悪魔憑きらしい虚言を真顔で吐いた後、私は真実を告げた。

『黒死舞踏は全てを知っている』

 彼には何か思い当たる節があったのか、それとも平常なのか、動揺せずに返してきた。

 彼自身が封印を解いたのだ、と。しかし、それは内容の伴わない形式だけの開封に過ぎない。

 花原咲夜が殺される時点では既に黒死舞踏は世に放たれていたのだから。

 

 三年前、光照死星は彼の絶大な力を狙う主だった宗教組織の一つだった。

 彼が全界から彼に関する全てを忘却させた後も何かしらの記録は留まる。

 意識操作のお陰でその記録から意識を逸らすこともある程度は上手く行ったはずだった。

 しかし、空白の感覚だけは喉に刺さった小骨のように残り続けるもので、それを頼りにした光照死星は程なくして自覚した。

 自分達が重要な何かを忘れているという事を。

 オーディンの如き情報収集能力を持つ光照死星にとって彼に辿り着くまではもはや時間の問題だった。

 当時私は彼の元を離れ、世界を飛び回り情報操作に従事していた。

 彼の記憶操作が効いている内に記録の改竄や消去に邁進していた。

 明確な敵だと解っていても、襲撃は避けた。

 何故ならそう彼に頼まれたから。

 それ以外の理由は特になかった。

 その真意は解らずとも彼の願いで有れば叶えてあげたい。

 それはある意味当然といえば当然だった。

 彼はその気になれば、全界を支配できたにも関わらず実行しなかった。

 それどころか、花原咲夜ではなく、彼自身について記憶操作を行った。

 そんな彼は常々言っていた。


『意のままに操れる世界と意のままに操った世界は別物なんだよ』


 私にはその言葉の意味が解らなかった。

 それなら何のために、とまで思ってしまう――。

 光照死星の保有する彼に関する記録は確かに全て隠蔽したが、光照死星は黒死舞踏に目を付けてしまった。

 いくら彼を知らなくても、黒死舞踏を知っている者が居た。

 それが……赤羽。

 赤羽と黒死舞踏は彼を介さなくとも既に面識があった。

 それが彼を囲う絶対の城壁に亀裂を生んでしまった。

 本来百年間は相見えることの無い黒死舞踏の記憶が赤羽には残ってしまっていたのだろう。

 例え彼の記憶操作が神をも欺く力を持っていてもそれを行使する彼は人間なのだ。

 曖昧過ぎる線引きを全界で行えばどこかで必ず綻びが生じる。

 全ての記憶を無くす前の菊理が彼に言ったものだ。

 それでも菊理は彼を止めるということをしなかった。

 そんな私も人のことを言えない。

 いずれこんな日が来ることは私もなんとなく解っていたはずだった――。

 赤羽はその記憶の混濁を解決するためか刈谷家に侵入した。

 勿論、この時点では刈谷霊智のことは知られていない。

 精々黒死舞踏を捕獲した先代の当主の名前位しか知らなかったであろう。

 赤羽の侵入と黒死舞踏の開封を、鬼神学の絶嶺と謳われ、操影師としての頭角を現し始めた刈谷零奈もその両親を抑えてまで見過ごした。

 時既に遅し。

 もう下手に動くことはできなかった。

 碓かにそこで四人がかりで赤羽を討ってもよかった。

 赤羽単独であればなんとか追い払うくらいはできただろう。

 しかし、あの場で赤羽を討ったところで、それ自体を光照死星から完全に欺く術を私達は持っていない。

 実際、黒死舞踏を略奪されたところで何の問題もなかった。

 そもそも、長い年月をかけて彼の素性と彼の所業を知ったところで、記憶操作の解除くらいしかできない今の彼には、何の価値もないのだから。

 しかし、黒死舞踏という記憶操作の穴から全てを知った赤羽は思いついてしまった。

 彼を復活させる一手を――。

 彼を本来の彼に戻す為に最も必要なもの、それは彼自身の元の自分に戻りたいという強い意志。

 光照死星の望む通りに彼が出力形式さえ思い出せば、パトロンなど後からどうにでもなる。

 赤羽はそれを得る方法として花原咲夜を利用した。

 赤羽にとっては誰でも良かったのだ。

 彼の強い恨みさえ買えれば、彼がまた力を欲しさえすれば、彼の目に黒死舞踏が映り込む。

 世界再編の黒翼。

 絶望の先に見出す死神への信仰心。

 奇しくも花原咲夜を守る為に彼が積み重ねてきたものは花原咲夜の死へと収斂することとなった。

 黒死舞踏が再び彼に取り憑くことで赤羽は彼の復活を目論んだ。

 しかし、後手に回りつつもそれに気づいてしまった以上、赤羽の動きを観測していた私も舞台に自ら上がり、彼に干渉しなくてはならない。

 私には彼に課された使命がある。

 託された願いがある。

 三年前の彼が私に化した最後の使命。

『記憶を失った僕を頼む。ただ、何があっても決して記憶を取り戻させないで欲しい』

 彼が何を思ってそんなことを願ったのかは知らない。

 それでもやはり私はあの時彼が願ったことを叶えてあげたいと思った。

 他の誰でもなく、私に、玄川蓮香に頼んでくれたのだから。

 今の彼が昔の彼に戻る。

 それだけは命に代えても止めてみせる。


 そして今の彼は安堵と憎悪を同時に抱いている。

 そんな目をして言った。

『玄川が僕の味方だというならどうしてあの時赤羽を迎え討たなかった』

 その時、私にとって黒死舞踏など居なくても良い存在だ。

 そう言ってやっても良かった。

 だが、それは本音であり私情に過ぎない。

 もっと合理的な建前がある。

『貴方自身が貴方の手で赤羽を討つため』

 黒死舞踏を使役すれば確かに赤羽を仕留められる。

 だが、ここで黒死舞踏に頼れば、彼はこの先、破滅する。

 黒死舞踏とかつての彼の契約内容は志を同じくすることで成立していた。

 奇想天外より落つ。

 二人は馬鹿なのか阿呆なのか、『その天外を目指す』とそう口を揃えて宣った。

 私とは次元の違う話だった。

 意のままに操らなかった世界をその手で掴み取るとかそんな馬鹿げた事を言っていた。

 赤羽殺害の見返りとして黒死舞踏が望むものは今も変わらず天外への帰郷だ。

 それは茨の道であり、修羅の道であり、そもそも道など無い。

 いつか彼がかつての彼を望む日が来る。

 彼を彼として知るものが居ない今、かつてのように奇叡塾や奇想(ノストラム)の(・)望郷(ノスタルジア)が彼に従うとは限らない。

 なんにせよ、霊智にはそれしか打つ手が無い。

 去った過ちを忘れようが忘れさせようが、因果は成された。

 それが神に対する仇討ちであろうとも、呪いの責任と殺しの罪科を背負うのは霊智自身でなくてはならない。


『――』

 彼は口を閉ざし、思考に入る。

 新しい選択が始まる。

 そう。私は高架下で彼の願いを叶えるための黒死舞踏という最短ルートを潰した。

 しかし、その道はかつての彼が頑なに拒んだ道だ。

 彼は私の語った真実を信じる必要はない。

 どちらにせよ、答えは既に出ている。





「無駄ナコト。下級悪魔如キガ死神ニ刃向カウナヨ」

 赤いフードの奥から聞こえる言葉はとても陽気で、禍々しい。

「私もできることなら、死神とはワルプルギスの夜以外でお会いしたくないのですが」

 私の顔で苦笑するメフィストには本当に頭が下がる。

 戦況は劣勢。

 赤羽の言う通り、そもそも人に取り憑いた悪魔如きが死神に勝てるはずがない。

 黒く尖った凍て空を焦がすように、両者の放った炎の波が鬩ぎ合う。

 私の口から止め処なく溢れ続ける呪文は人間の言語ではなく、まるで早口言葉を逆再生でもしたような薄気味悪さを放つ。

 対して赤羽は白いグローブを嵌めた両腕を前に突き出しているだけ。

 互いに人型を取り繕っているだけで、保有するマナの総量が違い過ぎる。

 火炎放射器に無数のマッチ棒で張り合おうとしているようなものだ。

 どこから拾ってきたのか菊理の盗作魔法のお陰で赤羽の絶対回避の能力は抑えられている為、近接格闘だけは免れている。

 時間稼ぎというほど時間は経っていない。

 襲撃してから三十分も経っていない。

 それでも今ここで私のできうる計画修正は果たされた。

 メフィスト、全部使っていいから決めて。

「御意」

 景気の良さそうな返事をくれたメフィストは瞳を閉ざす。

 メフィストが生成した火炎の波が引く。

 十メートル足らずの間隔を埋めるように赤羽の火炎が流れ込んでくる。

 焦げた空気が全身を炙るのも無視して、メフィストは魔術詠唱を続ける。

 灼熱の炎に身が飲まれる寸前、

「――」

 手に握ったステッキを屋上に垂直に突き立て、眼を大きく見開いた。

 身を焼く火炎はメフィストを照りつける。

 しかしこれ以上迫って来ることは無い。

 範囲は?

「赤羽から半径三十メートルで固定しました」

 そこまで局地的に指定できたのはやはり赤羽の行動を制限した菊理の功績だった。

 四次元割断――俗に言う時間停止。

 メフィストが悪魔だろうとその蓑が人間であろうとも、ここに現界しうるのは肉体を持つものだけであり、誰しも人間の――第二世界のルールに従う事となる。

 何人たりとも時間の檻から逃れることはできない。

 そして、この四次元割断はメフィストの十八番。

 メフィスト曰く、この世で最も速いものは光では無く心だそうだ。

 神経科学はそれを否定できるのであろうが、コイツは聞く耳を持たない。

 ――殺しても良いですか?

 できるならな。

 ――冗談です。

 一見、このまま赤羽にステッキを突き刺してしまえば全てが終わるようにも思える。

 しかし、そんなことはできない。

 別に霊智自身によって殺めさせなければならないといった事情は関係無い。

 ただただ物理的に不可能なのだ。

 戦術的な時間停止は金縛りに遥かに劣る羊頭狗肉な代物なのだ。

 そもそも四次元割断自体が物理的に不可能だと思うのだが、悪魔がそれを成したとして、この問題にぶち当たる。

 実際の四次元割断は、そんなに都合のいいものではない。

 そもそも『時が止まる』とはどういうことか、それは『効果範囲内に於ける全運動の停止』である。それも原子や電子レベルで。

 時間停止=運動停止。

 補足するとすれば加えて化学変化や熱量変化が停止するくらいだろうか。

 それはつまり、四次元割断対象内の空気さえ停止しているということになる。

 物理的な力ではなく概念的な規定によって空間を拘束している為、効果範囲内において何かが運動することはできない。

 つまり、今の赤羽は何もできない代わりに絶対的な防御壁を獲得している。

 だったら範囲ギリギリに核でも何でも打ち込めばいい。

 私も最初はそう考えたが、超光速で第一界から第四界へ離脱されてしまう。三十メートルもあれば余裕だろう。

 不意打ちに反応する時間があるのかという問題だが、実を言うと今この瞬間も赤羽には意識があり感覚もある。

 メフィストの忌み嫌う光だけは空間の制御が効かないのだ。

 量子力学を光が無視しているのではなく、光の波と粒子を抑えることができないということ。

 魔術における光の立場は物理学のそれとはまるで異なる。

 たださえ空間系を時間系で欺いているというのに、そこに暗黒系を追加させるのは難しい。

 ただ、基本的に空気や鼓膜を振動させることはできないので、聴覚は機能していても音声は聞こえない。

 メフィストの持論では神経系は物理法則を超越している為に魔法自体がそういうものとして作用する。

 結局、純粋な死神を不意打ちできるのは同じ死神くらいだ。

 討てないのならば極論、このまま一生放置しておけばいい。

 しかし、メフィストも私も半永久的に空間を制御できる膨大なマナは持ち合わせていない。

 仮に黒死舞踏がこの魔法を会得していても半径三○メートルの球体四次元割断を二年程しか保たせられないだろう。

 結局、この驚天動地の四次元割断にはたった一つの使い道しか無い。

 ――もう、よろしいですか?

 ありがとう。ノルマクリアだ。

 メフィスト自身の疲労からか私の肉体の限界からか、ふらふらと左右に揺れながらメフィストは屋上に突き刺さったステッキを引き抜いた。

 領域内の運動が再開される。

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