名前を呼んで
23時52分。
僕は自分の部屋で、スマートフォンの画面を見つめていた。
さっき届いた通知。
何度読み返しても、意味が分からない。
【0:00までに学校へ集合してください】
【参加者32名の確認を行います】
【1名でも欠けた場合、参加者全員を削除します】
「……何だよ、これ」
誰かの悪ふざけ。
最初はそう思った。
でも、クラスのグループチャットを開いてみると、そこには同じようなメッセージが大量に届いていた。
『これ何?』
『誰か知ってる?』
『学校行くの?』
『行かなかったらどうなるんだよ』
誰も分かっていない。
そのとき。
スマートフォンが震えた。
【神谷蓮】
蓮からのメッセージだった。
『おい、これ見た?』
僕はすぐに返信する。
『見た。何これ?』
数秒後。
『知らん』
『お前行く?』
僕は画面を見つめた。
正直、行きたくなかった。
こんな時間に学校へ行くなんて、普通じゃない。
しかも、誰が仕掛けたのかも分からない。
『……行くしかなくね?』
蓮から返信が来る。
『やっぱそうだよな』
僕は時計を見た。
23時53分。
学校に集合するまで、あと七分しかない。
『あと7分しかないぞ』
『走ればいけるって』
『お前ん家から学校まで何分かかると思ってんだよ』
既読がつく。
しばらく返信が来なかった。
『……頑張れば7分』
「無理だろ」
僕は思わず声に出してしまった。
『無理だろ』
すぐに返信する。
『お前も人のこと言えないだろ』
『俺は大丈夫』
『何が?』
『知らん』
思わず笑った。
こんな状況なのに。
蓮はいつも通りだった。
くだらないことを言って、僕を少しだけ笑わせる。
それが、いつもの蓮だった。
僕は急いで靴を履いた。
『じゃあ学校で』
『おう』
スマートフォンをポケットに入れる。
玄関を出る。
夜の空気が、少し冷たかった。
僕は走り出した。
学校までの道を、ただひたすらに。
あと七分。
間に合わなかったら。
全員削除。
そんな言葉が頭から離れない。
でも。
僕はまだ、これが本当に起こるなんて思っていなかった。
ただのゲーム。
ただの悪ふざけ。
そう思っていた。
23時58分。
僕は学校に着いた。
息を切らしながら、昇降口を通る。
そのとき。
「直人!」
声が聞こえた。
振り返る。
「蓮!」
蓮が走ってくる。
「……間に合ったな」
「ギリギリすぎるだろ」
「お前もな」
「俺は余裕だったし」
「嘘つけ」
蓮が笑う。
僕も笑った。
いつもの会話。
いつもの時間。
何も変わらない。
そう思っていた。
僕たちは急いで教室へ向かった。
ドアを開ける。
「……いる」
誰かが呟いた。
教室には、クラスメイトが集まっていた。
次々と人が入ってくる。
「全員いる?」
「数えようぜ」
誰かが人数を数え始める。
一人。
二人。
三人。
僕は教室を見渡した。
いつもの教室。
いつもの机。
いつもの黒板。
でも。
先生はいない。
夜の学校に、僕たち32人だけ。
そのとき。
僕のスマートフォンが震えた。
同時に、教室中から通知音が鳴る。
全員がスマートフォンを見る。
【参加者32名を確認しました】
【欠席者:0名】
【参加者全員の参加を確認しました】
「……全員いるってこと?」
「そうじゃね?」
「じゃあ、これで終わり?」
誰かが笑った。
その笑い声に、少しだけ安心した。
少なくとも、今は何も起きていない。
そう思った。
時計を見る。
23時59分。
あと少し。
そして――
0時。
時計の針が重なった瞬間。
教室中のスマートフォンが、一斉に鳴った。
僕は反射的に画面を見る。
その瞬間。
『点呼を開始します』
全員のスマートフォンから、同じ声が流れた。
男でも女でもない。
感情のない、機械のような声。
教室が静まり返る。
『呼ばれた人物は返事をしてください』
一拍。
『返事をしなかった場合、参加者全員を削除します』
「……は?」
誰かが呟いた。
でも、機械音声は止まらない。
『一人目』
『小林由奈』
「……はい」
点呼が始まった。
次々とクラスメイトの名前が呼ばれていく。
僕はただ、スマートフォンの画面を見つめていた。
そして――
『七人目』
ほんの一瞬。
機械音声が途切れた。
ノイズが混じる。
僕は顔を上げた。
『神谷蓮』
蓮が自分を指差した。
「俺?」
誰かが笑った。
「お前だろ」
「そっか」
蓮は少しだけ笑って、
「……はい」
と答えた。
その瞬間。
僕のスマートフォンが震えた。
画面を見る。
【登録完了】
「……え?」
僕は眉をひそめた。
他の人の画面を見る。
みんなには、
【確認完了】
と表示されている。
僕だけ違う。
でも、その意味を考える暇はなかった。
点呼は続いていた。
八人目。
九人目。
十人目。
次々と名前が呼ばれる。
そして――
『三十二人目』
『桐谷直人』
「……はい」
最後の返事が教室に響いた。
『返事を確認しました』
最後の返事が教室に響いた。
全員が息を吐いた。
次の瞬間。
【点呼完了】
【参加者32名を確認しました】
そして。
【次のゲームを開始します】
教室の空気が変わった。
『全員で写真を撮影してください』
「写真?」
誰かが言った。
そのとき。
「せっかくだし、撮ろうぜ」
蓮だった。
「何がせっかくだよ」
「俺、夜の学校とか二度と来ないし」
蓮が笑う。
「じゃあ俺が撮るわ」
僕はスマートフォンを取り出した。
みんなが集まる。
「ちゃんと入ってる?」
「たぶん大丈夫」
「もっと詰めろって」
「押すぞー」
僕はカメラを構えた。
画面の中に、クラスメイトが並んでいる。
蓮もいる。
いつも通りだった。
三。
二。
一。
カシャッ。
写真が撮れた。
僕は画面を確認する。
「……うん。撮れてる」
「見せて」
蓮が隣から覗き込む。
僕はスマートフォンを渡した。
蓮は写真を見る。
「……いいじゃん」
「だろ?」
「送ってよ」
「あとでな」
「絶対だぞ」
「分かったって」
蓮が笑った。
その後。
僕たちは、ほんの少しだけ普通の話をした。
明日の学校のこと。
宿題のこと。
くだらない話。
いつもの会話。
ほんの数秒前まで。
僕たちは、いつも通りだった。
だから。
その音が鳴ったとき。
最初は誰も気にしなかった。
ピロン。
蓮のスマートフォンだった。
「何?」
蓮が画面を見る。
そして。
表情が消えた。
「……直人」
「ん?」
「これ……」
蓮がスマートフォンを見せてくる。
【参加者情報を更新しました】
【神谷 蓮】
【状態:削除中】
「……何だよ、これ」
僕は笑おうとした。
でも、笑えなかった。
「バグじゃね?」
「……そうかな」
「そうだよ」
僕はそう言った。
そう言うしかなかった。
蓮のスマートフォンが、また震えた。
画面を見る。
さっきまで表示されていた名前が消えていた。
「……え?」
蓮が呟く。
「どうした?」
「俺の名前……」
僕は蓮のスマートフォンを見る。
そこには。
【状態:削除中】
ただ、それだけが表示されていた。
名前がない。
「……蓮?」
「うん」
「名前、消えた?」
「……うん」
蓮が自分のスマートフォンを見つめる。
そのとき。
「なあ」
クラスメイトの一人が言った。
「……誰と話してんの?」
僕は振り返った。
「え?」
「いや、だから」
その人は蓮を見る。
そして、首を傾げた。
「誰?」
僕は言葉を失った。
「……蓮だよ」
「誰、それ」
「神谷蓮」
「……知らない」
冗談だと思った。
でも。
周りを見る。
誰も蓮を見ていない。
「おい」
蓮が笑った。
でも、その笑顔は明らかに引きついていた。
「……冗談だろ?」
誰も答えない。
僕は慌ててスマートフォンを取り出した。
さっき撮った写真を開く。
「……嘘だろ」
写真の中から。
蓮が消えていた。
僕は何度も画面を確認した。
間違いない。
さっきまで。
確かに。
そこにいた。
「……蓮」
「うん」
「お前……」
僕は言葉を失った。
蓮が、少しだけ笑った。
「俺、消えるのかな」
「そんなわけないだろ」
「でも」
「大丈夫だって」
「直人」
「何だよ」
「俺のこと、覚えてる?」
「当たり前だろ」
僕は即答した。
蓮は少しだけ安心したように笑った。
でも。
その顔は、少しずつぼやけていった。
「……直人」
「何?」
「俺の名前、覚えてて」
「……分かった」
「絶対だぞ」
「分かったって」
蓮の姿が、さらに薄くなる。
僕は手を伸ばした。
「蓮……?」
触れられない。
指先が、空気を掴む。
「おい……」
蓮の姿が消えていく。
そのとき。
僕は、急に怖くなった。
「……蓮」
「ん?」
「……明日、学校来るよね?」
蓮は少しだけ驚いた顔をした。
そして。
いつものように笑った。
「当たり前だろ」
「……そっか」
「何だよ、それ」
「いや……別に」
蓮の姿が、さらに薄くなる。
「……蓮?」
返事がない。
「おい……」
僕の声が震える。
「蓮……!」
次の瞬間。
蓮の姿が消えた。
「――蓮ッ!!」
僕の叫び声が、夜の教室に響いた。
誰も振り返らない。
誰も驚かない。
誰も。
蓮の名前を知らない。
「……なんで」
僕の目から涙が落ちた。
「なんで覚えてないんだよ……」
誰かが僕を見る。
「……桐谷、大丈夫?」
「……神谷蓮だよ」
「誰?」
「神谷……蓮……」
僕は何度もその名前を繰り返した。
忘れないように。
消えないように。
僕のスマートフォンが震えた。
画面を見る。
【神谷 蓮】
【削除完了】
【残り31名】
僕は、その名前を見つめた。
そして。
涙を拭った。
「……絶対、忘れないから」




