僕らのクラスは、32人
僕らのクラスは、32人いる。
多いのか、少ないのか。そんなことを考えたことは、一度もなかった。
朝の教室は、いつも騒がしい。窓際では男子がくだらないことで盛り上がり、教室の中央では女子たちがスマホを囲んで笑っている。黒板には昨日の授業で書かれた文字が少しだけ残っていて、窓から差し込む朝の光が教室を照らしていた。
僕は自分の席に座りながら、何となく教室を見渡した。
一人。
二人。
三人。
……別に数えるつもりなんてなかった。ただ、なんとなくだ。
僕らのクラスは、32人。
それだけのことだった。
「おはよ」
後ろから声をかけられた。
「おはよ」
振り返ると、そこには僕の親友――神谷蓮が立っていた。
「今日の数学、やばくね?」
「何が?」
「小テスト」
「……今日だっけ?」
「マジかよ。お前も忘れてんの?」
「いや、覚えてるし」
「絶対嘘だろ」
「嘘じゃないって」
蓮が笑う。
僕もつられて笑った。
こいつとは、小学生の頃からずっと一緒だった。くだらないことで笑って、くだらないことでケンカして、それでも次の日には普通に話している。
僕にとっては、それが当たり前だった。
このときの僕は知らなかった。
この日が、僕らの「普通」が終わる日になるなんて。
* * *
放課後。
僕は教室に残っていた。特に理由はない。ただ、何となく帰る気になれなかった。
窓の外を見ると、夕方の空がゆっくりと暗くなっている。グラウンドでは運動部がまだ練習を続けていた。
「まだ帰らないの?」
教室の入り口から声がした。
「もう帰る」
そう答えた。
教室を見渡す。
さっきまで騒がしかった場所が、嘘みたいに静かになっている。
机。
椅子。
黒板。
誰もいない教室。
僕は自分の机の横を通り過ぎた。
そのときだった。
――ピコン。
スマホが鳴った。
「……?」
通知を見る。
見覚えのないアプリが、いつの間にかインストールされていた。
黒い背景。
白い数字。
そして画面の中央に、
**0:00**
と表示されている。
「何これ?」
タップする。
画面が暗くなった。
数秒後、白い文字が浮かび上がる。
> 【アプリケーションを起動しますか?】
その下に、二つの選択肢が表示された。
> 【YES】
> 【NO】
「いや、怪しすぎるだろ……」
僕はNOを押した。
しかし、何も起きない。
「……え?」
もう一度押す。
やっぱり反応しない。
画面を閉じようとする。
電源ボタンを押す。
消えない。
そのときだった。
――ピコン。
また通知が届いた。
> 【午前0時まで、あと6時間】
「……は?」
意味が分からなかった。
その瞬間、教室の外から声が聞こえた。
「おーい! 帰るぞー!」
「あ、今行く!」
僕は慌ててスマホをポケットにしまった。
今は、どうでもいい。
ただの変なアプリだ。
そう思った。
このときは。
* * *
家に帰る。
夕食を食べる。
風呂に入る。
宿題をする。
いつも通りの夜。
時計を見る。
23時42分。
「……あと18分か」
僕はベッドに寝転がった。
スマホを取り出す。
昼間のアプリは、まだ消えていなかった。
画面には、
> **【午前0時まで、あと18分】**
と表示されている。
「何なんだよ、これ……」
僕はアプリを開いた。
今度は、最初とは違う画面が表示された。
> 【参加者を確認しています】
「参加者?」
嫌な予感がした。
その瞬間。
スマホが震えた。
――ピコン。
> 【参加者:32名】
僕は画面を見つめた。
32。
その数字に、なぜか引っかかった。
32人。
僕のクラスと同じ人数だ。
「……まさか」
ありえない。
ただの偶然だ。
そう思った。
僕はすぐに蓮へメッセージを送った。
> 『なんか変なアプリ入ってない?』
既読はすぐについた。
> 『入ってる』
その一言を見た瞬間、背中が冷たくなった。
続けてメッセージが届く。
> 『お前のスマホにも?』
> 『うん』
> 『何これ?』
僕は返事を打とうとした。
そのとき。
――ピコン。
クラスのグループチャットが動いた。
一人。
二人。
三人。
次々とメッセージが届く。
> 『これ何?』
> 『俺も入ってる』
> 『誰か消せた?』
> 『無理』
> 『怖いんだけど』
> 『ねえ、これ全員入ってる?』
僕は画面を見つめた。
クラス全員。
僕ら32人全員のスマホに、同じアプリが入っている。
そして――。
23時50分。
画面の数字が変わった。
> **【ゲーム開始まで、あと10分】**
「ゲーム……?」
僕が呟いた、その瞬間。
クラスのグループチャットに、見覚えのないアカウントからメッセージが届いた。
> **『1年3組のみなさんへ』**
誰も返信しなかった。
数秒後。
またメッセージが届く。
> **『あなたたちは、32人です』**
僕の指が止まった。
そして、最後のメッセージ。
> **『午前0時になったら、ゲームを始めます』**
23時51分。
あと9分。
僕はスマホを握りしめたまま、画面に表示されたカウントダウンを見つめていた。
> 【ゲーム開始まで、あと9分】
たったそれだけの文字なのに、妙に心臓がうるさかった。
何度も画面を閉じようとした。
でも、できなかった。
このアプリが何なのか。
誰が僕らのスマホに入れたのか。
そして――この「ゲーム」が何なのか。
何も分からない。
そのときだった。
――ピコン。
メッセージが届いた。
蓮からだった。
> 『なあ』
続けて、もう一通。
> 『これ、本当に俺たち32人全員が参加してるのか?』
僕は画面を見つめた。
その質問の意味が、よく分からなかった。
> 『どういうこと?』
すぐに返信する。
既読がついた。
でも、返事は来なかった。
僕はもう一度、クラスのグループチャットを開いた。
そこには、いつものメンバーがいる。
見慣れた名前。
見慣れたアイコン。
僕らのクラスは、32人。
それは間違いない。
なのに。
なぜか、胸の奥に小さな違和感が残っていた。
何かがおかしい。
でも、その「何か」が分からない。
僕はスマホの画面に目を戻した。
> 【ゲーム開始まで、あと8分】
数字が一つ減っていた。
その瞬間。
また、スマホが震えた。
――ピコン。
今度は、知らないアカウントからだった。
> 『準備はできましたか?』
僕は息を止めた。
そして、次のメッセージが届く。
> 『1年3組のみなさん』
画面を見つめる。
> 『午前0時に――』
そこで、メッセージが途切れた。
数秒後。
最後の一文が表示された。
> 『あなたたちのゲームが始まります』
僕はスマホを握りしめた。
午前0時まで、
あと8分。




