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第8話 なぜ暖かくなると増えるのか?

 日曜日の夕方、僕はマリアちゃんと手を繋ぎながら河川敷の土手の上にある道を歩いていた。


 左手には夕飯の材料が入ったマイバック。マリアちゃんの背中にはランドセル。


 今日は日曜日だけど、マリアちゃんは学童の学習イベントに行き、そのお迎えの帰りにスーパーで買い物をしてきたのだ。


「リサ、夕御飯には帰ってくるかな~?」


「どうだろ?パーティーか何かに招待されているみたいだし、夕飯は済ませてくるんじゃない?」


 リサは、アルバイト先の同僚である清美さんに高貴な社交の場に誘われたとのことで朝から出かけている。


 ドラッグストアでのバイトの同僚の誘いで高貴な社交の場?と少し疑問に思ったけど、今朝のリサは、盛装に身を包み、しかも長い鳥の尾羽が付いたゴージャスな帽子を頭にのせていた。


 たしかにその格好で行くとすれば、富裕層のガーデンパーティーぐらいしか思い浮かばない。上流階級の人って、意外なところにいるものなんだな。


 そんなことを思いながら歩いていると、河川敷の先の方に、こちらを見ながら、ひとりで立っている男の人の姿が見えた。顔は普通の中年男性。珍しくもない。


 だけどおかしいのはその服装だ。もう5月に入ってだいぶ暖かいのに、黒色のトレンチコートのようなものを着て、裾を風になびかせている。


 春から初夏の風物詩である変質者だろうか?なるべくなら近づきたくないけど、この道の先に橋を渡らないと家に帰れない。


 僕は、変質者だったらいつでも通報できるようにと、マイバックを肘に掛けポケットからスマホを取り出した。もう片方の手ではマリアちゃんの手をしっかりと掴む。


 杞憂であって欲しい。ただ寒がりなだけの、通りすがりの普通のおじさんであって欲しい。


 そんな僕の期待を裏切り、その男は僕たちが近づくと不気味にニヤリと笑いかけて来た。


「ローザマリア殿下、お探ししましたぞ。男爵マロード・ギョーヌです!」


 男爵?変な格好してるけどマリアちゃんの家臣か……。

 ほっと安心しようとした瞬間、マリアちゃんが僕の手をぎゅっと握ったのを感じた。表情も強張っている。


「さあ、一緒にローデシアへ帰りましょう。そこの庶民、ご苦労だった。その手を離せ。それ以上は不敬だぞ」


 マロードが手を伸ばすが、マリアちゃんは僕の後ろに隠れた。間違いない。一緒に行くことを嫌がっている。


「やめてください。嫌がってるじゃないですか」


「なにっ?庶民の分際で何を言うか!俺はローデシアの男爵だぞ。黙って殿下をこちらへ引き渡せ!」


「嫌です。せめて師匠に確認しないと……」


 素早くスマホの通話ボタンを押して耳に当てようとした時だった。強烈な痛みが右手に走り、スマホが足元に落ちた。


「庶民、こちらが下手に出ているからって調子に乗るなよ。貴族と庶民の違いをその体に教えてやろうか?」


 いつの間にかマロードの右手には細いサーベルが握られていた。左手ではゆっくりとトレンチコートのボタンを外し、その隙間からフェンシングで着るような鎖帷子が見えた。


「さっきは峰打ちだったが、殿下を離さないようなら、その右手ごと切り落としてやる。さあ、それが嫌ならすぐに殿下をこちらに引き渡せ」


 僕の右手をギュッと握られる感触を感じた。

 マリアちゃんが嫌がっている。それなのに自分の身のために引き渡すなんて選択肢はない。マリアちゃんは僕が守らないと!!


「こっちだ!走って!」


 僕はマリアちゃんの手を掴んだまま土手を駆け下り、藪の中に逃げ込んだ。夕暮れ時であたりは暗くなっている。ここに隠れていれば逃げ切れるかもしれない。


「どこへ行った?手間を掛けさせないでさっさと出て来い!」


 どうやらマロードの目をくらますことができたようだ。助かったか……?


「出て来ないなら、この辺り一帯の藪をこの剣で刺して回るぞ!二人して串刺しになりたくなければさっさと出て来ることだな!」


 それは言葉だけの脅しじゃなかった。ガサッ、バサッと周囲の藪が剣で刺される音がする。


 どうして?そんなことしたらマリアちゃんも串刺しになっちゃう。


 彼はローデシア王国の貴族で、マリアちゃんの家臣じゃないの?


 何とかしなければ!

 そう考えている最中にも、マロードが剣で藪を突き刺す音は、確実に僕たちの方へと近づいていた……。


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