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第7話 人はなぜ戦わなければならないのか?

「待ちくたびれたぞ!お前たち!」


 閉園時間が間近の正門前。

 ビール片手に顔を真っ赤にした不審な女に絡まれ、衣里とその彼氏の岩寺くんは間違いなくドン引きしていた。


 恥ずかしくなってその不審な女、リサの袖を引く。


「やめましょうよ。もういいですから……」


「何を言ってるの!見習いとはいえ、一郎は栄えあるローデシア王国の貴族。女を寝取られるなんてローデシア王国の貴族じゃあり得ない!師匠として我慢ならん。ここは貴族らしく決着をつけるべきよ!」


 リサは僕の手を振り払うと、腰を落とし、歌舞伎の助六みたいな決めポーズをした。


 それどこで覚えた?こっそり練習したの?


「おい、そこの男!尋常に勝負しろ!」


 変な決めポーズをする酔っ払い女にドン引きし、表情を強張らせながらも、さすが衣里が選んだ彼氏。頼りがいのある岩寺くんは、衣里を後ろにかばいながら一歩前に出た。


「勝負って……何をですか?」


「ふふん、あれなんかいいんじゃないか?」


 リサが親指で指した先には……少し色褪せた、昔懐かしいエアホッケー台があった。



「それじゃあダブルスで、11点先取した方が勝ちとするルールでいいかな?言っておくけど、私は人呼んでローデシアのワラビー。日本の高校生に遅れは取らないわよ!」


「わかりました。俺も南稲城高校バレー部ではジャイアント寺地と呼ばれてます。負けませんよ!」


 寺地くんがノリのいい人でよかった。だけどローデシアのワラビーってなんだ?

 ワラビーってカンガルーのことだよな?別にエアホッケー強いってイメージないけど……。


「ちょっと、他人事みたいな顔しないで!さっき言った通り、この対決で一郎の活躍を見せて、あのかわいこちゃんの愛を取り戻すのよ。まずは私の強烈サーブ。あいつはうすのろそうだから、きっと弱くしか返せない。すかさず一郎がスマッシュ。かわいこちゃんがキャーッ!!そんな流れでいいわね!」


 耳元で甘々なプランを囁くリサに、僕はうなずき返すしかできない。


 寺地くん・衣里チームのサーブでスタート。


 寺地くんの紳士的なサーブに、リサが「死ね~っ!!」と子どもの前であるまじき叫び声をあげながら、パックを打ち返す。


 ガコンッ!!


 パックが僕たちのコーナーに吸い込まれて得点された。気迫一閃、全力で叩きこんだリサの渾身のリターンが寺地くんにあっさり返されたのだ。


 リサは、「なっ…」とつぶやきながら絶句し、目を丸くしている。


「ふふ、言っておきますが僕は南稲城高校バレー部のエース。反応速度もリターンの強さも負けませんよ」


 不敵に笑う寺地くん。本当にノリがいいなこの人。



「0―5~。リサ、一郎、頑張れ~」マリアちゃんが声援を送ってくれる。


 しかし、リサはそれに答える余裕もなく、苦しそうに肩で息をする。


「師匠、これは厳しそうですね……。寺地くんのショットが速過ぎてまったく見えません……」


「まだ、あきらめるのは早いわ。私に作戦がある」


 リサは、小声で僕に耳打ちした。


「それは卑怯過ぎませんか?」


「バカッ!!『敵の弱点をつけ!!』ローデシア貴族であれば子供でも知ってる戦術の初歩よ!」


 リサはそう言って不敵にニヤリと笑った……。


 ガコンッ!!


「1―5、リサすごーい!」


 リサのリターンが決まり、初めて得点できた。


「まだまだっ!これからだ!どんどんいくぞ!!」


 ガコンッ!


「よしっ2-5!」


 ガコンッ!!


「これで3―5だ~」


 スマッシュが決まり、次々と得点しどんどん得意げな表情になるリサ。


 しかし、これはリサの『敵の弱点をつけ!!』という指示の下、寺地くん・衣里ペアの弱点……つまり衣里を集中攻撃しているからだ。僕は複雑な表情でリサを横目に見るしかできない。


 そんな僕の様子に気づかないのか、リサは淡々と『敵の弱点を突く作戦』を遂行していく。


 そんなこんなで、10―9、僕たちのマッチポイントになった。


「あっ、ごめんっ」


 衣里がリサのサーブを受け損ねて、パックがホッケー台の中央に弱々しく流れる。


「どりゃ~」


 リサがそのパックに飛びつき、台の上にお腹を載せながらスマッシュ!!


 すごいジャンプ力!なるほど、だからワラビーって呼ばれてるのか!!


 リサの激しいスマッシュは衣里の手元をすり抜けて得点コーナーに吸い込まれた。


「やったぞ!私たちローデシア貴族チームの勝利だ!」


 リサのハイタッチに応えながらも、衣里の様子が気になった。落ち込んだ顔で「ごめんね」と寺地くんに謝り、寺地くんが慰めている。


「ありがとう。楽しかったよ!」


 寺地くんが白い歯を見せながら爽やかに微笑み、そのまま衣里の肩に手を回した。衣里も寺地くんに体を寄せて、二人仲良く去って行った。


 ああ、まあそうだよな。エアホッケーに勝ったところで、衣里が寺地くんと別れるとはならないよな~。


 しかも、リサの指示で、衣里を集中攻撃してなんとか勝ちを拾ったんだ。そんな卑怯な方法で勝ったところで、僕を見直すなんてことないだろう。いや、むしろ軽蔑されたかもしれない……。


 ガックリしていると、なぜか衣里だけが小走りに戻ってきた。


「どうしたの?忘れ物?」


「違うの、あのね……」


 そう言って彼女は僕の耳に口を近づけた。


「……新しいお母さんとは仲良しみたいでよかったね。中学の時は心配してたんだよ」


 衣里はそれだけ言うと、僕が訂正する間もなく「じゃあね」と言いながら走り去って行った。


「あの子、何て言ってたの?やっぱり一郎のところに戻りたいとか?」


 何も知らない師匠は、なぜか勝ち誇った顔をしたまま的外れなことをつぶやいていた。


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