第7話 人はなぜ戦わなければならないのか?
「待ちくたびれたぞ!お前たち!」
閉園時間が間近の正門前。
ビール片手に顔を真っ赤にした不審な女に絡まれ、衣里とその彼氏の岩寺くんは間違いなくドン引きしていた。
恥ずかしくなってその不審な女、リサの袖を引く。
「やめましょうよ。もういいですから……」
「何を言ってるの!見習いとはいえ、一郎は栄えあるローデシア王国の貴族。女を寝取られるなんてローデシア王国の貴族じゃあり得ない!師匠として我慢ならん。ここは貴族らしく決着をつけるべきよ!」
リサは僕の手を振り払うと、腰を落とし、歌舞伎の助六みたいな決めポーズをした。
それどこで覚えた?こっそり練習したの?
「おい、そこの男!尋常に勝負しろ!」
変な決めポーズをする酔っ払い女にドン引きし、表情を強張らせながらも、さすが衣里が選んだ彼氏。頼りがいのある岩寺くんは、衣里を後ろにかばいながら一歩前に出た。
「勝負って……何をですか?」
「ふふん、あれなんかいいんじゃないか?」
リサが親指で指した先には……少し色褪せた、昔懐かしいエアホッケー台があった。
◇
「それじゃあダブルスで、11点先取した方が勝ちとするルールでいいかな?言っておくけど、私は人呼んでローデシアのワラビー。日本の高校生に遅れは取らないわよ!」
「わかりました。俺も南稲城高校バレー部ではジャイアント寺地と呼ばれてます。負けませんよ!」
寺地くんがノリのいい人でよかった。だけどローデシアのワラビーってなんだ?
ワラビーってカンガルーのことだよな?別にエアホッケー強いってイメージないけど……。
「ちょっと、他人事みたいな顔しないで!さっき言った通り、この対決で一郎の活躍を見せて、あのかわいこちゃんの愛を取り戻すのよ。まずは私の強烈サーブ。あいつはうすのろそうだから、きっと弱くしか返せない。すかさず一郎がスマッシュ。かわいこちゃんがキャーッ!!そんな流れでいいわね!」
耳元で甘々なプランを囁くリサに、僕はうなずき返すしかできない。
寺地くん・衣里チームのサーブでスタート。
寺地くんの紳士的なサーブに、リサが「死ね~っ!!」と子どもの前であるまじき叫び声をあげながら、パックを打ち返す。
ガコンッ!!
パックが僕たちのコーナーに吸い込まれて得点された。気迫一閃、全力で叩きこんだリサの渾身のリターンが寺地くんにあっさり返されたのだ。
リサは、「なっ…」とつぶやきながら絶句し、目を丸くしている。
「ふふ、言っておきますが僕は南稲城高校バレー部のエース。反応速度もリターンの強さも負けませんよ」
不敵に笑う寺地くん。本当にノリがいいなこの人。
◇
「0―5~。リサ、一郎、頑張れ~」マリアちゃんが声援を送ってくれる。
しかし、リサはそれに答える余裕もなく、苦しそうに肩で息をする。
「師匠、これは厳しそうですね……。寺地くんのショットが速過ぎてまったく見えません……」
「まだ、あきらめるのは早いわ。私に作戦がある」
リサは、小声で僕に耳打ちした。
「それは卑怯過ぎませんか?」
「バカッ!!『敵の弱点をつけ!!』ローデシア貴族であれば子供でも知ってる戦術の初歩よ!」
リサはそう言って不敵にニヤリと笑った……。
ガコンッ!!
「1―5、リサすごーい!」
リサのリターンが決まり、初めて得点できた。
「まだまだっ!これからだ!どんどんいくぞ!!」
ガコンッ!
「よしっ2-5!」
ガコンッ!!
「これで3―5だ~」
スマッシュが決まり、次々と得点しどんどん得意げな表情になるリサ。
しかし、これはリサの『敵の弱点をつけ!!』という指示の下、寺地くん・衣里ペアの弱点……つまり衣里を集中攻撃しているからだ。僕は複雑な表情でリサを横目に見るしかできない。
そんな僕の様子に気づかないのか、リサは淡々と『敵の弱点を突く作戦』を遂行していく。
そんなこんなで、10―9、僕たちのマッチポイントになった。
「あっ、ごめんっ」
衣里がリサのサーブを受け損ねて、パックがホッケー台の中央に弱々しく流れる。
「どりゃ~」
リサがそのパックに飛びつき、台の上にお腹を載せながらスマッシュ!!
すごいジャンプ力!なるほど、だからワラビーって呼ばれてるのか!!
リサの激しいスマッシュは衣里の手元をすり抜けて得点コーナーに吸い込まれた。
「やったぞ!私たちローデシア貴族チームの勝利だ!」
リサのハイタッチに応えながらも、衣里の様子が気になった。落ち込んだ顔で「ごめんね」と寺地くんに謝り、寺地くんが慰めている。
「ありがとう。楽しかったよ!」
寺地くんが白い歯を見せながら爽やかに微笑み、そのまま衣里の肩に手を回した。衣里も寺地くんに体を寄せて、二人仲良く去って行った。
ああ、まあそうだよな。エアホッケーに勝ったところで、衣里が寺地くんと別れるとはならないよな~。
しかも、リサの指示で、衣里を集中攻撃してなんとか勝ちを拾ったんだ。そんな卑怯な方法で勝ったところで、僕を見直すなんてことないだろう。いや、むしろ軽蔑されたかもしれない……。
ガックリしていると、なぜか衣里だけが小走りに戻ってきた。
「どうしたの?忘れ物?」
「違うの、あのね……」
そう言って彼女は僕の耳に口を近づけた。
「……新しいお母さんとは仲良しみたいでよかったね。中学の時は心配してたんだよ」
衣里はそれだけ言うと、僕が訂正する間もなく「じゃあね」と言いながら走り去って行った。
「あの子、何て言ってたの?やっぱり一郎のところに戻りたいとか?」
何も知らない師匠は、なぜか勝ち誇った顔をしたまま的外れなことをつぶやいていた。




