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第6話 その人は誰?

 5月の連休の中日、僕たちは少し遠出して動物園に来ていた。


「4月分の給料が出たし、今日は私が入園料を全部払ってあげるよ!思う存分楽しみな~!」


「ありがとうございます。でも、僕とマリアちゃんは学生だから無料みたいですよ。師匠はご自分の分だけお支払いください……」


 おごりかどうかは別にして、リサがやたらとテンション高くはしゃいでいるのが気になる。

 いったいどうしたんだろう?…と思っていると、マリアちゃんがすすっと寄って来た。


「リサは動物が大好き。今日はリサに付き合ってあげよ」


 なるほど、なんで急に動物園とか言い出したのかなって思ってたけど、そういうことか。それだったら今日はリサの好きにさせてあげようと、マリアちゃんとうなずき合う。


「師匠はどこに行きたいんですか?」


「そりゃもちろん、パンダよ!あの珍獣を見るために今日ここに来たと言っても過言じゃないわ!!」


「えっ……パンダですか?」


―5分後、リサは空になったパンダ舎の前で呆然自失になっていた。


「……そんな、まさか……」


「そうなんですよ。パンダはもう中国に帰っちゃったみたいで、でも、ほらレッサーパンダがいますよ!」


 ショックで立ち尽くし動けなくなっていたリサが通行の邪魔になっていたので、強引に引っ張って近くのレッサーパンダ舎へ移る。


 というか、あんなにニュースになってたのにこの人知らなかったのか?本当に動物好きなんだろうか??


「わ~っ、かわいい~」


 マリアちゃんが歓声をあげた。レッサーパンダは白黒のジャイアントパンダとは似ても似つかない狸みたいな外見だけど、これはこれでかわいい。


「師匠、見て下さい!うじゃうじゃいますよ!!」


「……こんなのパンダじゃない。偽物だし……」


 リサが不貞腐れてプイっと横を向いてしまった。パンダがいなかったくらいでこのテンションの下がりよう……本当に大人か?


「あの看板見てくださいよ。レッサーパンダって、元々はパンダって名前だったみたいですよ。それで、後から白黒のジャイアントパンダが発見されたから、レッサーパンダって名前になったとか」


「へ~。元祖パンダってわけだ。それで後から付け足されたレッサーってどんな意味?」


「小さいとか劣ってるとかそんな感じですかね?……んっ?」


 今度はリサではなく、マリアちゃんがうなだれて落ち込み始めた。


「そっか……後からきたジャイアントパンダに、名前取られちゃったんだ……」


「えっ?どうしたの?」


「やっぱり、本物が見つかると、ニセモノは名前も取られて、居場所もなくなっちゃうんだ……」


 すごくがっくりしてる。なんで?

 何かレッサーパンダに感情移入するような理由があるのかな?だったら……。


「マリアちゃん、今度はペンギン観に行かない?」


 すっかり元気をなくしたマリアちゃんの手を引き、ペンギン舎の前に連れて行った。ここではキングペンギンを見ることができる。


「……ペンギン、かわいいね」


 口ではそう言ってくれるけど、やっぱりマリアちゃんはまだ元気がない。


「マリアちゃん、知ってる?さっきのパンダみたいに、キングペンギンってキングって名付けられた後、実は似たような外見のもっと大きなペンギンが見つかったんだ」


 マリアちゃんの顔にサッと翳が差す。


「……それで、そのキングペンギンさんは名前とられて、居場所をなくしちゃったの?」


「ううん、違う。キングペンギンはキングペンギンのまま。後から発見された方がエンペラーペンギンになったんだ。さっきのパンダと同じで人間の都合で勝手な名前が付けられたけど、どっちもペンギンの王様で皇帝。どっちも気高く立派に自分の居場所でこうして生きてるんだよ」


 目の前では若きキングペンギンが短い羽根をピンと伸ばして雄々しく立っている。どことなく王様としての気品を感じる。それを見ているうちに、マリアちゃんの顔が少しずつ晴れて来た。


「うん……そうだよね。どんな名前になっても、後から何が出て来ても、自分の居場所で気高く生きてる。そうだよね……」


 小学2年生のマリアちゃんには少し難しいかと思ったけど、ちゃんと伝わって元気を取り戻してくれてよかった。


「じゃあ、次は何を見に行こうか……」


 そう思ってマリアちゃんの手をとって振り返った瞬間、僕の方を見つめて目を見開く彼女と目が合った。


「もしかして一郎くん……?」


「衣里……さん?」


「ひさしぶり~!!中学卒業以来じゃない?」


 彼女は一瞬だけ驚いた様子だったけど、すぐに屈託のない笑顔で僕の方に駆け寄った。僕も笑顔で応えようとしたけど、なぜかぎこちなくしか笑えない。


「新しい妹さんと……お母さん?と一緒に来たの?」


「ああ、うん……そんなとこ……」


 説明するのが面倒なので、言葉を濁す。なぜか背後から鋭い視線を感じる……。


「衣里さんは、ご家族と一緒?」


「ふふっ、な~に~?なんでさん付け?ううん、家族とじゃないよ」


「じゃあ友達と来てるの?ほら、中学の頃、仲良かった川口さんとか」


「グッチー?なつかし~!でも、今日は友達と一緒じゃないよ?」


 もしかして一人?そういえば衣里は動物好きだった。一人で来ていてもおかしくない。


 これはゆっくり話をするチャンスかも。

 勇気を出そう。勇気を出して一緒に回ろうって言おう。勇気を出すんだ、山口一郎!!


「あっ、こっちだよ~!遅いじゃ~ん」


 拳を握り締めて勇気を絞り出そうとしている僕の前で、衣里は背後を振り返って手を振り始めた。なんだ?


「ごめんごめん。トイレ混んでてさ~」


 歩いてきたのは見上げるような長身の男子。

「一郎くん、この人、岩寺くん。今の彼氏だよ」


 彼女の言葉に思わずヒュッと息を飲んだ。衣里がその『彼氏』に、僕が中学の『同級生』だとか、家族と来ているところに偶然出会ったとか、いろいろと早口で説明している。

 だけど、その言葉は、音を絞ったテレビみたいに、すごく遠くで話しているみたいで現実感がなかった。


「ちょっと一郎、大丈夫?」


 気づけば目の前から衣里と彼氏の姿は消えていた。リサに肩を叩かれて我に返るまでどのくらい立ち尽くしていたのかわからない。


「うわっ、どうしたその顔。本当に大丈夫なの?いったい誰なの?あの子に会ってから急におかしくなっちゃったけど」


「いえっ、あの、その……」


 僕はしどろもどろに説明した。衣里が中学の頃付き合っていた元カノだったこと、小さなケンカをきっかけに疎遠になっていて、さっき1年ぶりくらいに再会したこと。その他、もろもろ……。


「つまり一郎は、後から現れたあの男に彼女を寝取られて、しかも未練たらたらってことだね」


「えっ?寝取るなんて、そんな下世話な言い方……しかもマリアちゃんの前で」


「大丈夫!私に任せておきなって。かわいい弟子の恋路のためだ、一肌脱いでやろうじゃない!」


 リサは僕の肩に手をのせながら、自信満々な表情でサムズアップした。


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