第5話 なにが彼女を突き動かすのか?
「最近、リサ、あんまり家にいないね」
「みゃ~」
晩御飯の食卓。今日も僕とマリアちゃん、それからバロンの二人と一匹だけだ。
「今日も遅くなるみたいだから、師匠用のハンバーグも二人で分けちゃおうか?」
「だめ。リサもお腹空かせてるよ。取っておいてあげて」
やさし~。僕はほっこりしながら、おかずを取り分けてラップして冷蔵庫にしまっておく。
家に食費も入れず、食っちゃ寝、飲んじゃ寝とだらしない生活をしていたリサにぶちギレたあの日。家を飛び出したリサは、すぐに仕事を決めて来た。
しかも一気に3件も!!
それからのリサの生活は一変した。
朝は夜明け前から新聞配達。昼過ぎからは総菜屋のパートとしてひたすら揚げ物を揚げる。そして夜は工事現場の警備員。
食事や睡眠は、アルバイトの合間に細切れに取っているようだ。
いくらなんでもこんなに働かなくてもいいのに。厳しく言ったから意地になっているんだろうか?
「今日もリサ、遅いのかな……?」
マリアちゃんも心配そうだ。リサが早朝から深夜まで働き続けているので、早寝早起きの小学生であるマリアちゃんとまったく生活時間帯が合わず、もう10日も顔を合わせていない。
余計なことを言ってしまったかもしれないと、少し胸が痛む。
今日、学校から帰って来た時、ちょうど夜勤に出ようとするリサと鉢合わせた時の様子を思い出した―
―
「師匠、大丈夫ですか?もう10日以上も働きづめですよ」
「私は騎士団長だよ。いざ戦場に出れば徹夜の行軍だって当たり前。問題ないし」
「いや、もう顔が真っ青じゃないですか!ちゃんと睡眠とってます?」
「問題ない!一郎に貴族の生きざまを見せてあげるから!!」
そう言って慌ただしく飛び出して行こうとした瞬間、彼女が少しよろけたように見えた――
せめて栄養のあるものを食べてもらおうと、ハンバーグにサラダとおにぎりをつけて食卓に置いておいた。
だけど、朝起きた時、リサはもう仕事に行っていなかったけど、僕が作ったご飯は手つかずで、代わりにエナドリの空き缶が2缶転がっていた。
◇
このままだとリサの体が壊れてしまう。
今日こそ、もう食費のことは気にしなくていいから、そんなに働かないでくださいと言おう。そう決意して学校から帰宅し玄関のドアを開けると、部屋の中が少し薄暗かった。
もう出かけたのかな?いや、でも靴があるし……。
嫌な予感がしてリビングへ向かうと、そこには床にうつ伏せに倒れたリサの姿があった。
◇
「リサ大丈夫?」
「みゃ~ん」
リビングに敷いた布団に寝かされたリサを、リビングの入口からマリアちゃんとバロンが心配そうに見ている。
「ちょっと熱があるかな。たぶん過労だと思うけど、もしかしたらインフルエンザかコロナかもしれないし、マリアちゃん達は自分のお部屋にいてね」
彼女たちを部屋まで送ってから、リビングのリサの所に戻った。
「師匠、雑炊を作りましたよ。食べられますか?」
「う~っ、気持ち悪いから無理……」
「働きすぎなんですって。そもそもバイトを3件も掛け持ちする必要なんかあったんですか?」
僕の言葉にリサは少し顔を赤くして顔を背けた。
「しょうがないじゃん。これまで働いたことなかったから、自分がどのくらい働けるのかわからなかったんだし……」
「えっ?働いたことなかったんですか?師匠って、結構いい歳ですよね!これまでどうしてたんですか?」
「うるさい……。これまでは本国から仕送りがあって働く必要なかったけど、ここしばらく送金が途絶えてて……」
「そうだったんですか…」
リサは掛布団を引き上げ、顔を半分ほど隠しながら、僕の方に視線を向けた。
「一郎にも……勝手に家に転がり込んで、迷惑をかけて悪いと思ってる。バイト代が貯まったら、食費を入れるから……」
弱ってるからだろうか?いつもの強気の態度がみじんも見えない。潤んだ瞳で見つめながら気弱につぶやく様子を見ていると、少しかわいく見えた。
「なに言ってるんですか!今は余計なことを考えず、とにかく休んでください」
「一郎……」
そこまで言ったところで、リサは完全に布団を被ってしまった。だけど、リサが続けた言葉はきちんと僕の耳に届いた。間違いなく「ありがとう」と言っていた。
◇
過労で倒れたことに懲りたのか、リサは方々に謝り倒して、無理なアルバイトをすべて整理し、新たに見つけた駅前のドラッグストアでのアルバイト一本に絞った。
そのおかげで、今ではまた、三人と一匹で仲良く夕飯の食卓を囲むことができている。
そんなある日の夕飯が終わった頃、リサがテーブルの下からごそごそと紙袋を取り出した。
「陛下、ご迷惑をおかけしました。これは私が稼いだアルバイト代で買いました献上品です!」
「あっ、やった~。新しいワンピだ~。リサ、ありがとう~。うれしい!」
マリアちゃんは紙袋から薄いピンクのワンピースを取り出し、鏡の前で体に当てたりしながらはしゃいでいる。
「それから、これはバロンにプレゼント」
リサは金色の鈴がついた首輪を取り出し、バロンの首に巻いた。バロンは違和感があるのか、外そうと前足で首のあたりをこすっている。だけど、黒い毛によく似合うな。
「それから、これは一郎に……」
リサがそっぽを向いたまま小さな紙包みを差し出してきた。
僕にプレゼント?リサが?あまりに意外過ぎて言葉に詰まってしまった。
「いつも履いてる靴下が擦り切れそうになってるよ。貴族は身だしなみも大事なんだから。ちゃんとした物を身に付けないと陛下が恥ずかしい思いをするんだからね」
「……ありがとうございます」
僕が紙包みを受け取ると、リサはそっぽを向いたままフンッと鼻を鳴らした。
「またバイト代が入ったら何か買ってあげる。これからもよろしくね」
その言葉に一瞬胸が詰まりそうになった。
だけど感動のあまり僕は大事なことに気づいていなかった。
そもそもリサはうちに食費を入れるためにアルバイトを始めたはず。
それなのに靴下一足で食費の件がうやむやにされてしまった。僕がそのことに気づいて頭を抱えたのは、その月の月末のことだった。




