第50話 意地を張るのはなんのため?
ジャンと一緒に牢屋で一夜を明かし、翌朝早く。
僕たちは作務衣を着て微笑むおじさんに引き立てられ、庭のような場所に連れて来られた。
白い玉砂利の上にゴザが敷かれている。その正面の一段高いところに縁側と座敷……。
この舞台装置どこかで見たことある。
時代劇で見た町奉行所のお裁きの場だ!ということは、出てくるのは大岡越前?それとも遠山の金さん?
「もうすぐ家宰様が参られる。順に御詮議されるから神妙に控えるように」
まずは僕だけが正面のゴザに座らされた。ジャンは後ろに控える。
やがてキュッキュッという床が鳴る音が聞こえ、正面の縁側に白髪に白い髭の着物を着たおじいさんが座った。だいぶご高齢のようでプルプルと震えていて、左右を中年の男性に支えられている。
これは、まさかの水戸のご老公!!舞台装置とキャラが全然合ってない……。
水戸のご老公様(?)の向かって右側に座った中年男性がおもむろに口を開いた。ポジション的に助さんだろうか?
「おぬし名を名乗れ!!」
「ああ、はい……。イチロー・ヤマグチといいます」
名乗った瞬間、助さんは当惑したような表情を見せた。
「ヤマグチ?ヤマグチと言ったか?」
フィオの家のじいやさんもそうだったけど、なんか反応がいいな。もしかしてこの世界では山口姓は高貴の証なのだろうか?
「なぜ、ヤマグチ殿はここに来られたのですか?」
左側の中年男性――ポジション的には角さん――が口を開いた。敬称も付いて少し丁寧な口調になってる。
間違いない。この世界では山口姓だとなんか有利になるに違いない。だったら、その勘違いに乗じてやろう。
「妹とともに、ボーヴォワール辺境伯家を訪れ、船で王都へ送ってもらう際に突風に煽られて、この島に漂着してしまったんです。ご迷惑をおかけしてすみません。向こう岸へ送っていただければすぐに立ち去ります」
縁側に座った中年男性二人が、中央のご老公様ににじり寄り、何か耳打ちをする。ご老公が小さくうなずく。
「それでは、ヤマグチ殿は災害で遭難されたということですね。それは大変でしたね。妹さんとともに王都までお送りさせていただきます」
おおっ!!すんなりうまくいったぞ!
しかも王都までの足を確保できた!!
ホクホク顔で立ちあがり、背後に控える。入れ替わってジャンがゴザの上に座らされた。
「漂流したって言えば楽勝みたいですよ」
すれ違う際に小さく耳打ちした。ジャンも同じく漂流者なわけだし、僕と同じ説明をすれば、すぐに無罪放免だろう。
ジャンと一緒に解放されたらどうしようか?とりあえず王都の手前まで送ってもらって、そこでリサと合流して一緒に日本に戻れば万事解決かな。
あっ、帰る前にフィオからスマホを取り返さないと。あの感じだと素直に返してくれるかな~。
「なんじゃと!!もう一度言ってみよ!!」
お白州に助さんの厳しい声が響いた。
えっ?なんで?ちょっと考え事してて聞いてなかった。この短い間に一体何があったの?
「聞こえなかったか?僕の名前は、リ・ギョーヌ・ジャンククリストフ・フランソワジャクリーヌ・モレーヌ伯爵!この島の領主だ!!」
「おぬし!ここがツダヤマ伯爵領だと知っての物言いか?嘘も大概にせぬと承知せぬぞ」
ご老公の左に控える角さんが、顔を真っ赤にして立ち上がった!!
「ウソではない!!これが証拠だ!!」
ジャンはズボンの下のタイツから紙を取り出し、差し出した。
ちょっと汚いな。
助さんもそう思ったようで、顔をしかめながら指の先だけでそれをつまみ、ご老公に見せる。
ご老公は片目だけを開けてそれを一瞥すると、助さんに向かって何事か耳打ちした。
「たわけめ!こんな紙切れが何になる、ここはツダヤマ伯爵領だ……と家宰様はおっしゃっている」
「違う、僕はローデシア王国から正式にこの地を領地として与えられたのだ。だから僕が今の領主だ!!」
ゴザの上から必死の表情で訴えかけるジャン。縁側の上のご老公は、また片目を開き、それから角さんの方に囁いた。
「我らが戴く主君は、津田山平吉伯爵のみ。すぐに撤回せよ。撤回しなければおぬしを許すことはできぬ……と家宰様はおっしゃっておられる」
しかしその角さんの言葉に、ジャンは首を横に振った。
「撤回はいたしません。不本意ながら、今は僕がこの伯爵領の領主であることは間違いありません」
ええっ~?なんでそこで意地を張るの?
適当に調子を合わせて、『間違えました~、実は漂流民のジャンで~す。テヘペロ!』とか言っとけば丸く収まるじゃんか!!
なんか融通利かないな、この人。
そんな僕の内心を知ってか知らずか、ジャンは頑として譲らない。
その様子にご老公様がくわっと両目を開き、そして助さん角さんに耳打ちをした。
「わかったぞ!!お前は伯爵を僭称し、この伯爵領をも奪うつもりでこの島へ来たのだな!!……と家宰様がおっしゃっている」
「そうであれば津田山平吉伯爵閣下とその郎党の名誉に掛けて捨て置けぬ。それ以上続けるなら、この場で手討ちにしてくれる……と家宰様がおっしゃっている。撤回せよ!」
「脅されても曲げることはできません。口先だけとは言え、貴族が与えられた爵位と領地を否定するなど、命に懸けてできません」
助さんが背後の床の間から刀を取り、鯉口を切った。ジャンは平静な表情のままそれを見つめ返している。
なんでこの人は、こんなどうでもいいところで命を張るんだよ!?このままじゃ間違いなく斬られちゃうじゃんか!!
しかし、この国の偉い人も、領地のダブりくらいちゃんと管理しといて欲しいよな。
津田山平吉伯爵って人が領主なのにジャンにあげちゃうなんて……。
んっ?津田山平吉?
もしかして……。
「お待ちください!!」
僕の言葉にご老公、そして助さん角さんが一斉に僕の方を見た。助さんに至っては鞘から刀を抜いてしまっている。
ひぇぇ~怖い。でも、ジャンを助けるためだ。僕は勇気を出して声を振り絞った……。




