第49話 なんでこの待遇?
「家宰様の御詮議までここで待つように」
ドンっと背中を押され、たたらを踏みながら薄暗い鉄格子の内側へ入る。
僕とマリアちゃんは、フィオに借りたヨットに乗り、ニオノ湖を縦断して、一路王都を目指していたが、途中、突風に煽られてチクワ島という名前の小島に漂着してしまった。
流れ着いた浜で、一見にこやかに迎えてくれた島民さんは、笑顔こそ絶やさなかったけど、有無を言わさず僕たちを捕縛した。連行されている途中、いくらヨットがひっくり返って漂着しただけと伝えても一切言い分を聞いてもらえなかった。
鉄格子越しにガチャガチャと鍵束を鳴らしながら去っていく島民さんの後姿を見ながら、急に心細くなった。
「マリアちゃん大丈夫かな……」
途中でマリアちゃんとも引き離されてしまった。別のところに捕らえられてるのかな?
ひどい目に遭ってないといいんだけど……。
「騒がしいな」
奥の方で誰かが身を起こす気配がした。思わずビクッとする。
ここは牢屋。ということは、中にいるのは犯罪者さん?
つまり、牢屋に入れられただけじゃなく犯罪者と二人きりにされてるってこと?
身の危険を感じて振り返るのも躊躇していると、奥の方から「新入り?」という声が響いた。声の調子は落ち着いていて、いかにも慣れた感じだ。
「は、はじめまして。イチロー・ヤマグチと言います。お邪魔させていただいております……」
振り返り、すぐに平伏して声を絞り出す。だけど声が震えるのを止められない。
この牢屋からいつ出られるかわからない。
同房者に嫌われたらどんな目に遭わされるだろう? 下手したら五体満足で出られないかもしれない。
「…………」
平伏したまま、同房者の次の言葉を待つ。だけど、なかなか答えてくれない。
機嫌を損ねてしまっただろうか?
「もしかして?一郎くん?」
えっ?その声はもしかして?
ぱっと顔をあげると、そこにいたのは……ジャンさん!
リサの元婚約者にして、タジオ公爵の使者として日本にマリアちゃんとリサを迎えに来たローデシア王国の伯爵。そもそも僕らがローデシア王国にいるのも、元はと言えば彼のせいだったりする。
「どうしてここにいるんですか?たしか3人組に拉致されてましたよね!?」
「ああ、それね……日本で捕まって、こっちに連れ戻されて、ロングビーチから船に乗せられたんだ。それまではがっちり両脇を拘束されてて逃げ出す隙もなかったんだけど、この島の近くを通りかかった時に船が大揺れに揺れてね。その拍子に拘束が緩んだから、思い切って湖に飛び込んだんだ」
「へ~っ、すごい。勇気ありますね!!」
「ああ、リサだったら迷いなくそうするだろうって思ったら怖くはなかったよ。それでこの島に泳ぎ着いたまではよかったんだけど、不法侵入者と間違われて、ここに囚われてるわけさ……」
肩をすくめているが、少し得意げな表情のジャン。
なんだ。つまりリサが、わざわざ助けに来なくても、ジャンは自分で何とかしてたってことか……。
「そういえば、一郎くんはどうしてここにいるんだい?リサは?ローザマリア殿下はどうしたんだい?」
「ああ、それなんですよ」
僕はジャンに手短にこれまでの経緯を説明した。
「つまり、リサが僕を助けるためにローデシアへ来て、そのリサを追いかけて君たちが来たということだね。リサ……やっぱり君は今でも僕のことを想ってくれてたんだね……」
よほど感極まったのだろうか。ジャンは手を組み、まるでリサに向かって祈るようなポーズをした。少し涙ぐんでいるように見える。
「一郎くん、さっき話していたリサの書置きも見せてくれないかい?」
「ああ、はいどうぞ……」
僕は肌身離さず持っていたサコッシュから茶色い封筒を手渡す。
「ああ、懐かしいリサの字だ。この最後に大きく跳ね上がる豪快な筆跡がリサらしいよね」
ジャンは手紙に頬ずりし、キスし始めた。それ僕宛の手紙だから、衛生上、そういうの止めて欲しいな~。
「そういえば、リサ師匠は陸路を王都に向かってるらしいんですけど、どうしましょう?何とかしてジャンさんが無事なことを伝えたいんですけど、ここから出られないことには……」
この世界に来たのはジャンを助けるため。だったら無事が確認できた今、僕たちは後顧の憂いなく元の世界に帰れる。
だけど、リサはジャンの無事を知らないから、そのまま王都に殴り込みをしかねない。そうなると後が面倒だ。
「ああ、それなら何とかなる。僕たちは明日には出られるから」
「どういうことです?」
「このチクワ島は、南にあるダムを守護する任を負った伯爵家の領地なんだ。伯爵領の領民は精霊派にも科学派にも属しないモンロー主義で、よそ者にはこの土地を一歩も踏ませない。少しでも領地に近づいたら問答無用で打ち払うって宣言してるくらいなんだよ」
「はあはあ、なるほど……って、じゃあよそ者の僕たちも打ち払われちゃうじゃないですか!!」
「フフンッ……そこに秘密があるんだ。実は僕が伯爵に降爵させられた時、このチクワ島に国替えになったんだ。つまり、よそ者どころか、今や僕はここの領主。島民もそれがわかれば、喜んで僕の言うことを聞くはずさ」
「でも、さっきの島民さんは聞く耳を持ってくれてませんでしたよ。いきなり領主なんて言って信じてもらえますでしょうか?」
「そこはこれ、領地の安堵状を肌身離さず持っている。あんな下っ端じゃなくて、詮議の場でこれを上役に見せればすぐにわかってもらえるはずさ」
なるほど。ジャンが領主で、それを証明できるなら安心だ。
明日には出られるんだったら、牢屋ライフもいい経験だ。せっかくだし、のんびりごろごろしよっと。
楽観的なジャンに影響されていたのだろうか?
この時は無邪気にもそう思っていた。




