閑話 フィオのやばい日常~マジ推したい背中~
「うひぇ~、松さま~。うひぃ~……」
あたしフィオレンティーナ、まだ16歳。こう見えてボーヴォワール辺境伯家の当主だよ。
我がボーヴォワール家は、ご先祖様から何代にも渡り、このローデシア王国と外の世界の関門を守護している。外の世界から欲にまみれた人間や汚れた科学技術の侵入を防ぎ、精霊たちの加護に祝福された美しいこの世界を守ることが、あたしの使命。
すごいでしょ~?ほめて~。
「うへへっ……相変わらずこの足さばき、やべ~っ!!」
そんなあたしの推しは、意外にも外の世界にいる。歌舞伎役者の仁村松太郎丈だ。
インターネットの精霊さんのご加護で、ローデシアに居ても外の世界の情報は入ってくる。当主が代々受け継ぐ『ぱそこん』『すまほ』という神具を使って、SNSとか動画とかを見ることもできる。
そんなすまほで、松さまにお会いしたのはちょうど半年前だ。すまほの小さな画面を通して、SNSの写真でその切れ長の目に見つめられた時、あたしの心臓は跳ね上がり、一発でフィオの砦は白旗陥落。
それ以来、ベッドに寝転がりながら、すまほで松さまの過去動画を漁ることが、あたしの生きがいになった。家庭教師に宿題を山ほど出された日だって、じいやにこっぴどく怒られた日だって、松さまのお顔を拝見するだけで、嫌な気分は全部ぶっとんじゃう!!
「あ~あ、ワンチャン、松さまとつながれないかな~」
その言葉を発した時、それが自分の口から出たなんて信じられなかった。松さまと、あたしは文字通り住む世界が違う。松さまの舞台を観劇に行く夢すら一生叶わないだろう。
まして直接つながる?ないない……。
そう思っていたけど、一度そう口にしてしまった時から、あたしの中の煮えたぎるマグマは抑えられなくなった。
なんとかして松さまとつながりたい。気づけばずっとそう考えていた。
そんなある日だった。あたしのすまほに見慣れない通知が表示された。
「SNSのDM?」
通知には、差出人が『Matsu』と表示されている。誰だそれ?
不審に思いながらもメールを開くや否や、表示されたアイコンに息を呑んだ。
「松さま……」
驚きのあまり息が詰まる。メッセを読むとこう書いてあった。
「ごめん、歌舞伎役者の仁村松太郎だけどすぐ連絡とりたい。これ紗季のアドレスで合ってる?」
な~んだ間違いか……と落ち込んだのは一瞬。
これって、松さまとつながる千載一遇のチャンスじゃね?
すぐに一世一代の作文に取り掛かった。
なんとしてもこの神様のいたずらを逃してなるものか!!その一心で!!
◇
『フィオちゃんって外国に住んでるんだ』
『そうなんよ~。きれいな湖水のほとりなんよ~』
あたしの努力の甲斐もあり、なんと松さまからDMの返信があり、そのままLINEを使ってトークできる関係になった。
奥ゆかしい松さまは、いつも『何食べた?』とか『今日は星がキレイ』とか、他愛もないメッセばっかり。
だけど、松さまからのメッセを待っている間は、もう送ってもらえないんじゃないかと不安になって胸が締め付けられる。メッセが届いた時は喜び勇んで小躍りしちゃう。
浮かれ過ぎ?
何とでも言ってよ。大丈夫。あ〜しは幸せだから!!
今日もベッドに寝っ転がりながらの松さまとのトーク。
至福……!!
『よければうちに遊びに来てね!』
これはもちろん社交辞令。依り代がないから松さまがこっちの世界に来れないのは百も承知。
でも嘘でもこう伝えると、なぜか明日にでも会える気がしてしまうから不思議だ。
『行きたいんだけどね。今、こっちで困ったことになってて……』
『どうしたん?話聞くよ』
『いや、いいんだ。うん。僕が解決しなきゃいけない問題だから』
最近、松さまが、トークの途中で急にサガることが多い。あたしが心配して事情を聞いても教えてくれない。責任感が強いから、自分で抱え込んじゃってるのかな?
あんまり踏み込むのはまずいよね。おどけたスタンプを押してこの話は終わり。
『そういえば次の公演もうすぐだね。楽しみだな~』
次の舞台は松さまが主演で、プロデュースもするらしい。
あたしは配信でしか見えないけど、いい舞台にして欲しい。それで松さまの魅力が少しでも有象無象の凡愚の徒に広まって、あわよくばスターになって欲しい。
他の人にも見つかっちゃうのはちょっと複雑だけど、これは二人の夢だ。
「……ごめん。次の公演はなくなった。それどころかもう舞台に立てないかもしれない……」
えぇ~?どういうこと?
驚きすぎて思わず、すまほを顔面に落としちゃった。動転して何を言っていいか分かんない。
気づけば、場違いにもとぼけた表情をしたキャラのスタンプを押していた。
10秒、30秒、1分、2分……返事がない。既読が付いたのに何も言ってくんない。
どうしよう?
真面目な話なのにふざけてると思われた?あきれられちゃった?
うわ~っ……あ~しの悪いとこ出ちゃったよ、もっと言えることあったよね~。
スマホを枕に向かって投げ、カメのポーズで苦悩。その時、すまほがブルっと震えた。
すぐにカメからウサギになって飛びつく。
『……ずっと黙ってようと思ってたけど聞いてくれる?』
『うんうんうんうん。もちろんだよ~』
間髪入れずに返したら、またしばらく返事がない。苦しい、息ができない……。
トーク画面を開いたまま、じりじりと焦り、どれくらい待っただろう。ようやくトーク履歴が更新された。
『実は次の公演、僕の幼馴染みに手伝ってもらってたんだけど、……』で始まる松さまからのメッセは長文だった。
松さまによれば、信頼して経理を任せていた幼馴染みが公演費を全額持って姿を消したらしい。
このままだと舞台を公演できないだけじゃない。前売チケットを買ってくれたお客さんに返金できない。
役者さんや出入の業者さんにもギャラや費用を払えない。
そして、歌舞伎の世界は信用が命。そんなことになれば、松太郎さまが芸能界を追われるのは間違いない……。
『ごめんね。フィオちゃんにこんなこと相談しても意味ないことはわかってる。いろいろ頑張ったけど、もう万策尽きたんだ。明日までにお金を用意できないと僕は引退しなきゃいけない』
『えっ?いくらいるんですか?』
松さまが示した金額は思った通り高かった。家一軒は買えるだろうか?
普通の人には無理だろう。だけど、あたしはボーヴォワール家の当主。これくらいなら……。
『わかった。そのお金、あ~しが立て替えたげるよ』
『本当?ありがとう!恩に着るよ!』
その後、松さまの指示に従って、ネットバンキングの精霊さんの力を借りてお金を送った。
◇
「お嬢様!大変ですぞ!!辺境伯家の口座から預金が流出しております!ハッカーかもしれません!!」
じいやが血相変えて飛び込んできたのは、あたしがベッドに寝ころびながら『フィオは命の恩人だ。もう僕はフィオがいなければやっていけない。ずっと一緒にいて欲しい』というメッセージを飽きもせずに何度も見返してニヤニヤしていた時だった。
「………」
じいやは、あたしの顔を見てすべてを察したのだろうか?
無言で近寄り、黙ってあたしから、すまほを取り上げた。
「この辺境伯家の口座からの出金記録はなんですかな?これは公金ですぞ」
「……ちょっと……借りた?」
その後のじいやの怒りぶりは筆舌に尽くしがたい。恐怖で何度も気が遠くなりかけた。気づけばベッドのシーツがぐしゃぐしゃに濡れていたが、これはあたしの涙と汗のせいだけではないだろう。
しかも、じいやに怒られ、泣く泣く松さまに返金を求めると、メッセにも通話にも一切応答してくれなくなった……。
この日以来、あたしはワイファイの精霊さんにも、インターネットの精霊さんにも加護を受けられなくなった。
しかも大事な依り代であるすまほは、じいやから返してもらえない。どうやらニオノ湖の湖底に封印されたらしい。
あたしは、松さまのことも、すまほのこともあきらめきれず、今日も今日とて、湖岸の砂浜を歩き、何かの拍子に湖底に封印されたすまほが流れ着いていないだろうかと探し回っている。
「あ~あ……いつかあたしも、運命の推しに会える日が来るのかな……」
そうつぶやいたのは、あたし、フィオレンティーナ・ド・ボーヴォワールが同じ砂浜で、彼ぴっぴと運命的な出会いをするちょうど100日前のことだった。




