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第46話 帰れないってこと?

「……ヤマグチ様は精霊原理主義者ですかな?」


 隣の部屋に連れ込まれ、厳しい顔をしたじいやさんにされた質問の意味はよくわからなかった。

 なんだ?精霊原理主義者って?


「そもそも精霊派とか科学派とか、どっちでもないですから……」


 僕がそう伝えると、じいやさんはほっとした表情で胸を撫でおろした。


「安心しました。それでは、お嬢様に黙っておいていただけませんでしょうか?」


「いったい何をですか?」


 じいやさんは黙って、エアコンの方に目を移した。


「……お嬢さまは、知らないのです。あのエアコンも、自動車も、お風呂の全自動湯沸かし器も、コーラも全部が外の世界からの輸入品であることを。お嬢さまはみんな精霊の力で動いていると信じています」


「えっ?なんでそんなややこしいことに?」


「お嬢様が幼い頃に亡くなられたご主人様と奥様が生粋の精霊派で、かつては輸入品どころか、外の世界の技術を導入することすら禁止しておりまして……。お嬢さまもその遺志を忠実に受け継ごうとしているのです」


「なるほど……でも、それだったら電化製品とか使わないで、素直に精霊の力だけで暮らせばいいのでは?」


 僕の言葉に、じいやさんはフッとため息をついて窓の外に目を移した。

 何かを思い出しているのだろうか?しばし遠い目をした後、僕の方へ視線を戻した。


「そんな生活……嫌です」


「えっ?」


「夏暑く、冬寒い。飲み物だって生ぬるいし、ちょっと出かける時に歩かなきゃいけないのもダルいし~」


「えっ、そんな理由?」


「何を言ってるのですか?ライフクオリティは大事ですぞ!この便利な生活を手放したくない!だからこそ、先代の頃から領民ぐるみで騙し……いや隠し……、いやいや、まあ、え~っと色々工夫してきたわけです」


 いや、もうはっきり騙してたとか言ってるし。まさかこの辺境伯領が領民ぐるみで作られた夢の国だったとは……。


「だからお願いします。ヤマグチ様もご協力お願いいたします」


 頭を下げるじいやさん。僕にも異論はなく、素直にうなずく。


◇


「あっ、どうしてたんよ。話途中だったじゃんか~」


「ああ、ごめん。じいやさんから説明されてわかったよ。あれもこれも精霊の加護のおかげだってわかったよ」


 僕がそう伝えると、フィオは満足そうな顔で微笑み腕組みをした。


「やっとわかった?精霊の力とか、ダーリンが思ってる以上にすげ~かんな。ワイファイの精霊さんとか、エーアイの精霊さんなんかマジハンパねえかんな!神だし!」


 なんだ、Wi-Fiの精霊?AIの精霊って何?とツッコみたくなったが、ぐっと我慢。


 僕の様子を見て安心したのか、じいやさんは「それでは食事の準備をして参ります。う~ば~、う~ば~」と言いながら姿を消した。


「ところで、話は戻りますが王都までは、街道を普通に行っても3日はかかるんですよね」


「あ~そうね。途中の領主が素直に通してくれたらだけどね」


 なるほど。そうなるとこの軽装では無理か。準備のためにいったん家に帰ることにするか。


「長旅になりそうですし、僕たちはいったん日本に戻って、準備してまた出直しますね。ところで、日本への帰り道はどこにあるんですか?」


「ああ、それは時空の精霊の依り代があれば、すぐ見つかるよ。依り代の導く方に向かえばいい」


「依り代……?」


「ほら、最初に会った時に、その子が黒い猫を抱いていたじゃんか。おそらくあれが精霊の依り代だよ。普通、宝石とか神具とか、そういった依り代が多いんだけどね。あーしも猫を依り代にするなんて初めて見た」


 へ~っ!!そういえばバロンを追いかけてたら、こっちの世界に来たんだったな。

 だったら、帰り道もバロンが見つけてくれるわけだ。


「じゃあ、マリアちゃん、バロンをキャリーから出してくれる?って、あれ……?」


 マリアちゃんが俯き、泣き出しそうな顔をしている。


「……バロン、どっか行っちゃった……」


「えっ?」


「さっき、砂浜で雷の精霊さんと闘ったときにびっくりして逃げちゃって……。一郎が、ギャルのお姉さんと仲良くしてる時に探したんだけど、いくら呼んでも出て来てくれなくて……」


 マリアちゃんは一筋、二筋と涙を流し、やがて堰を切ったように声をあげて泣き始めた。


 マリアちゃんの肩を抱いて慰めながらも、僕も泣きたかった。

 バロンのことは心配だ。でも、今はバロンが見つからなければ、この異世界からしばらく家に帰れないという現実に押しつぶされそうだ。


 誰にも伝えないでこっちの世界に来たから、きっと姉さんとか佐那とかにも心配をかけるだろうな。せめて連絡だけでもしたいけど……。


 僕は一縷の望みを託してスマホ画面を起動した。すぐに『圏外』という文字が目に飛び込んでくる。やはりだめか……。


 いや?もしかして……。


「フィオ、さっきWi-Fiの精霊がいるって言ってたよね。もしかしてここWi-Fi使える?」


「いや~、前は使えたんだけどさ~、Wi-Fiの精霊さんは、最近ずっとご機嫌斜めで、全然言うことを聞いてくれなくなっちゃってさ~」


 戸惑うようなフィオの言葉を聞きながら、部屋の中を見渡す。あった!あれだ!!


 部屋の隅に見つけたのは白い長方形の箱。これはWi-Fiルーターに違いない!


 コンセントを差し込むと、青いランプが灯った。


「パスワード教えて。Wi-Fiの精霊さんにつながる言葉」


「えっ?呪文のこと?覚えてられないよ。たしか数字とかアルファベットを組み合わせて13文字くらいあったはずだけど……」


「それで分かった、ありがとう!」


 ルーターをひっくり返し、そこに記載されたパスワードをスマホに入力する。


 頼む、つながってくれ……。


 祈るように画面を見つめると、見慣れた電波のマークが表示された。


 やった!つながったぞ!!

 すぐにLINEで姉さんにメッセを送る。よしっ、既読がついた。


 その後、佐那にもメッセを送り、画面を閉じた。

 やれやれ、これでとりあえず、向こうの世界に連絡が取れることがわかった。まだ難題は山積みだけど……。


 ほっとして、スマホ画面を閉じようとした時だった。


「それ!すまほじゃね!!インターネットの精霊の依り代の!!それ、あたしにちょうだい!!使わせて!!」


 フィオが飢えた肉食獣のような目をしながら僕の手を掴んだ。


「だめですよ。スマホはプライバシーの塊なんですから」


「お願い。あたしにはそれが必要なんだ。だからお願い」


「いくら頼まれてもスマホは無理ですって」


「ただとは言わない。すまほの代わりにあんたたちが必要としているものあげるから」


 フィオはそう言うと、手を合わせ小さくウィンクをしてきた。


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