第44話 精霊って?
「そうでしたか~!!わざわざ王都からこちらまでお嬢さまに会いに来られて……事前にご連絡いただければお迎えに行きましたのに」
「そ、それは……砂浜で突然再会した方がエモいって思ったらしくてさ~!も、もう、ダーリンったらロマンチスト~」
砂浜でフィオと闘い、制圧し、近距離で見つめ合っているところを、じいやさんに見つかってから5分後、僕とマリアちゃんはじいやさんが運転してきたアルファードに乗せられていた。
拉致されたわけではない。問い詰められたフィオが苦し紛れにこう言い訳したからだ。
「お嬢様……その方はどなたですかな?」
じいやさんがクルマを降りて、ピカピカの革靴で砂浜を踏みながらこちらへ向かって来た。ストライプのスーツにツーピース。とてもカタギに見えない。対してこちらは砂浜に横たわる砂まみれの二人……。
もしや情事の後に見えてないか?
「あっ、え~っと、この人は~」
焦った彼女は、きょときょとっと目が泳いで次の言葉が出て来ない。完全にテンパっている。だけど気持ちはわかる。僕も怖い。
「と、友達とかでどうですか?遠くから訪ねて来た友達とか……」
耳元で囁いて助け船を出すと、彼女はコクコクとうなずいた。
「か、彼は、フィオの……ダーリン!!」
「ほう……」
ざっと足音を立てて、じいやさんが僕たちを見下ろしてきた。逆光で表情が見えない。
「ま、前にSNSで知り合ったんだけど、最近フィオがワイファイの精霊の加護を受けられなくなって連絡付かなくなったから、心配になってここまで来ちゃったんだってさ……」
「ほうほう……」
「この砂浜でエモい再会して、二人で感極まってたら、ちょうどじいやが来てさ~、ハハッ……」
「ほうほうほう……」
じいやさんが僕の方に顔を向けた。サングラスに砂浜で密着する僕たちの姿が反射している。僕は慌てて身を離し、砂を払い落しながら立ち上がる。
「僕は……イチロー・ヤマグチ、ローデシア王国の準男爵です。フィオさんとは親しくさせていただいています」
フィオの設定はなんとなく釈然としないけど、こうなったらこれに乗っかるしかない。とりあえず怪しまれないようリサ達を真似たローデシア王国風の自己紹介。
「準男爵……ヤマグチ……、もしやヤマグチ家の方ですか?」
じいやさんの声色が少し変わった気がする。
「はい。山口家のものです」
これは別に間違ってない。僕は山口家に生まれ、生まれた時から山口姓だ。
「そうでしたか、あのヤマグチ家の……わざわざフィオお嬢さまにお会いに来られたと……そうでしたか、そうでしたか!!」
じいやさんは、なぜか急に喜色満面になった。
その後、お屋敷へ案内すると強く勧められ、「妹さんですかな?」と言われたマリアちゃんともどもワンボックスカーに乗せられ、フィオの屋敷へ向かっているのである。
快調に飛ばすワンボックスカーの車窓から見える景色は民家や畑や太陽光発電パネル。日本の地方都市とそう変わらない。
さっきからじいやさんもフィオもずっと黙っていて、車内の空気は重苦しい。
「いいクルマですね~。トヨタのアルファードですか?これ高いんですよね~」
車内の沈黙に耐え切れず、ひねり出したお世辞に過ぎないけど、助手席に座ったフィオは真に受けたようで、得意げな顔になった。
「フフンッ、すごいでしょ~。辺境伯家が誇る、最新型!風の精霊の力で301馬力も出るのよ!!それに外からの音を遮断する静粛性の一方で、ウォンウォンってそれっぽい音も出してくれるのよ。音の精霊の頑張りには感謝だよね~」
「ハハッ、へ~っ……」
ところどころ何を言ってるかわからない。適当に相槌を打つしかできない。
あいまいに愛想笑いをしながら隣に座るマリアちゃんを見ると、キャリーを膝に乗せながら少しうつむいている。
「さあ、お待たせしました。こちらですよ」
じいやさんがクルマを停めたのは、三階建ての立派な邸宅の車止めだった。外見は蔦が這った古い洋館に見えたが、中に入ると意外にも現代風だった。
「アレックス、電気を付けなさい!それから、ちょっと寒いから温度上げなさい!」
邸宅の中には誰もいない。しかし、じいやの一言に反応するかのように電気がつき、それからピッと音がして空調が作動した。
「すごいね!音声認識型の家電?最新式じゃん」
「まあね!ここまで光の精霊と空気の精霊を使いこなせるなんて、ここらじゃ辺境伯家くらいのもんかな~」
またフィオが得意な顔でよくわからないことを言い出した。
なんだ、精霊って?
さっきのは普通の自動車だし、これも普通の電灯とエアコン。電気の力だと思うけど……。
「先にお風呂はいかがですかな。砂浜でお戯れになりましたから砂まみれでしょう?すぐにお沸かしますので……もちろん精霊の力で」
疑問を口に出そうとしたところで、突然じいやさんから肩を叩かれた。その目は「何も言うな」と言っているように見えた。




