第39話 どこへ消えた?
ジャンが路上で突然連れ去られた後から、ずっとリサの様子はおかしかった。
これまで無遅刻無欠席だけが取り柄だったのに、体調が悪いと言って老人ホームでの夜勤を休み、ずっと家で三角座りをして呆然としていた。
しかも、雨の日も風の日も毎日欠かさなかったビールを一滴も飲まない。
話しかけても生返事だ。ジャンのことを考えているのだろうか?
おそらくジャンを攫ったのはローデシア王国の者だろう。そういえば、ジャンが日本に来たのは12月の末。今は3月になろうとしている。こんなに長い期間、何の成果も挙げられず国にも帰ってこなければ、不審に思われても不思議はない。
まして、ジャンは、かつてはタジオ公爵に敵対していたと聞いている。そう言えば、ジャンを攫った一人が「裏切者」と言っていた。裏切者として工作員に拉致されたのだろうか?
だとしたら、ジャンの身が危ないのは火を見るより明らかだ。
「……ジャンさん、大丈夫でしょうか」
思わず口に出してしまってから後悔した。リサが僕よりもずっと思い詰めた顔をしていたからだ。
「私が意地を張らず、もっと早くに会ってあげていれば……もっと早くに国に帰るよう説得できていれば、裏切者として拉致されることもなかった……」
そうつぶやくリサに、僕は何の言葉もかけることができなかった。
◇
翌朝、目を覚ますと、隣に敷かれたリサの布団がきれいに畳まれていた。
いつも敷きっぱなしてるのに、どうしたんだろう?
ハッと嫌な予感が胸をよぎり、ダイニングテーブルに目を向けると、白い封筒、茶色い封筒、それから黒い封筒が並べて置かれていた。
白い封筒には、『謹上 ローザマリア陛下』、茶色い封筒には『一郎へ』と書かれ、黒い封筒には何も書かれていない。
「いちろ~、おはよ~。リサは?」
ちょうどマリアちゃんが眠そうな目をしながら入って来た。僕はダイニングテーブルを黙って指さす。
まず、マリアちゃんが白い封筒を手に取った。そこにはこう書いてあった。
『ローザマリア陛下。陛下をお守りすべき騎士団長でありながら、任を離れ、勝手な行動を取ってしまい恐懼の至りです。本来ならば、陛下への忠義とこの身の私事を天秤にかけることすら、貴族として許されざることは百も承知しております。しかし、私は、どうしてもジャンを見捨てることができません。陛下の下へ生きて戻ることを二度とできないかもしれませんが、もし戻れることがあったら、いかなる罰でも甘んじて受け入れます』
「リサは、ジャンを助けにローデシア王国へ行ったってこと?」
マリアちゃんはそうつぶやくと、手紙を手に持ったまま固まってしまった。
もっと詳しい事情が知りたい。僕は、自分宛の茶色い封筒を開き中に目を通す。
『一郎へ。去年の暮れに、これからも君の師匠として立派な貴族となるよう指導すると言いながら、約束を果たせずに申し訳ない。君はまだ半人前だが、私がいない間、陛下をお守りして欲しい。君しか頼れる人はいない。それからこれまで、ずっと君には生活面で面倒をかけたね。食費も払わず申し訳なかった。一人前になったらまとめて渡そうと思い、つい先延ばしにしてしまった。黒い封筒に、私の全財産を入れておいた。せめてこれを足しにして欲しい』
「リサ師匠……」
リサは奔放に生きているつもりで、きちんと僕のことを考えてくれていた。僕を認めて頼りにしてくれている。胸の中は、リサを失った空虚な想いと、認められ頼られたことを意気に感じる興奮が同時に湧き上がって来た。
しかも、僕のために全財産を残してくれたらしい。封筒は薄いけど預金通帳だろうか?
いくらでも構わない。全財産を残してくれようとした心意気が嬉しい。
僕は黒い封筒に手を伸ばし、手を入れた。通帳?じゃないな。なにか紙のようなものが入っている。財産の保管場所とかが書いてあるのだろうか?
「うん?」
僕は一瞬目を疑った。紙にこう書いてあったからだ。
『私、津田山平吉は、ローデシア王国の伯爵としてのすべての財産と権利をこの遺言状を持っている者へ譲り渡す』
なんじゃこりゃ?津田山平吉って誰?
まったく意味がわからん。
何かの暗号?宝の隠し場所が記されているとか?
その紙を裏から見たり、明かりに透かしたりして、矯めつ眇めつ見ていると、突然ズボンが引っ張られた。
見下ろすとマリアちゃんが僕を見上げている。
「一郎、ローデシア王国へ行こう!リサとジャンを取り返そう!!」
彼女の瞳は、若干9歳という実年齢には似合わない、強い決意の炎が宿っていた。




