第38話 偶然ですかね?
「重いよこれ……ちょっと手がちぎれそうなんだけど」
「文句言わないでください。それ、師匠が飲むビールなんですよ」
「それにしたって箱買いしなくても……しかも一気に二箱もさ~」
「師匠がすぐ飲んじゃうからでしょうが!!」
夕方過ぎ、ビール24缶入りの段ボールを一箱ずつ抱え、リサと商店街を歩く。
仕事に出る前のリサを掴まえて買い物に連れ出したのだ。リサは、最初は面倒くさいと言ってたけど、ビールのストックが切れたので、このままだと夜勤明けのビールが飲めないと伝えると、しぶしぶながら付いて来てくれた。
「そういえば、最近ジャンの話をしなくなったね。彼はもうローデシアへ帰ったの?」
「ははっ……それは……」
リサの鋭い一言に思わずドキッとした時、ちょうど目の前に人影が現れた。ようやく待ち人が来てくれた。
「リサ!会いたかった……」
「ジャン……」
感極まったような表情で立ち尽くしていたのはジャンだった。
僕がどれだけお願いしても、リサはジャンに会うことを了解してくれなかった。だから、リサを商店街に連れ出し、偶然を装って二人を会わせることにしたのだ。しかもリサを油断させるために、あえてリサの前でジャンの話題を避けてきた。あのファミレスでの日から二週間も。
リサはどう思っているだろうか?僕の姑息さに怒っている?
それとも、なんやかんや言ってたけどジャンに会えて嬉しい?
気になってリサの方を横目で盗み見た。隣に立つリサは……まったくの無表情だった。まるで一人で電車に乗って何も考えず窓の外を見ている人のように、その顔には何の感情も浮かんでいなかった。
「一郎、私は会わないと言ったはずだよ」
リサのその声も静かで何の感情もこもっていなかった。リサはまったくジャンに話しかけない、見ようともしない。
「リサ……ずっと会いたかった。この2年間、辛かったけどリサの教えがあったから耐えられた……」
ジャンが泣きそうな表情でゆっくりと歩み寄ってくるけど、リサは、不自然に顔を曲げてそちらの方を見ないようにしている。まるで知らない人であるかのように、そのまますれ違って立ち去ろうとした。
「待ってくれ、リサ!!話を聞いて欲しい!!」
後ろからの声にもリサは足を止めない。むしろ早足になり、そのまま引き離そうとすらしている。
「あの、せめて一声でも掛けてあげてもらえませんか?婚約者なんですよね?」
僕の言葉にもリサは足を止めず、ただ僕の方を一瞥した。しかしその視線は冷たい。
「私に婚約者なんかいない。私はこの身を陛下に奉げた。それに、ジャンも、反逆者の私なんかに、いつまでもこだわっているからタジオに睨まれるんだ。私のことなんか忘れて、すぐに国へ帰って、タジオに心から忠誠を誓って一生懸命働けば、あの合理主義者のタジオのことだ、命は助けてくれるだろう」
リサの声がひときわ大きくなった。隣にいる僕ではなく、他の誰かに聞かせようとするように。
「……僕は、リサのことが忘れられない。リサと敵対するなんて嫌だ!!そんなことになるくらいだったら死んだ方が……」
「私が死んでほしくないと言っているんだ!!」
リサは相変わらず、ジャンの方を振り返らない。だけどその声はひときわ大きくなった。
「立場が違うことも、心ならず敵対することも、主君に仕える貴族なら当たり前のこと。その宿命に逆らって命を落とさないで欲しい。どんな立場でも、ただ生きて欲しい……」
リサは相変わらず無表情のまま。だけど、涙が一筋だけこぼれた。
「……リサの気持ちはわかった。僕は国へ帰るよ。そしてタジオ公爵の信頼も獲得してみせる。それで、その時はこの命に代えても説得して、陛下とリサの赦免を勝ち取ってみせるよ。だから、最後に、振り返って僕にその顔を見せてくれないか?」
「…………」
リサは何も言わず、足だけをピタリと止めた。だけど振り返らない。そのままずっと前を見ている。
あまりに長い時間立ち止まっているので、せめて顔だけでも見せてあげたら……と言おうとした瞬間だった。
背後から「ぐわっ……」といううめき声が聞こえた。
僕が振り向くと、ジャンを囲む帽子を深くかぶった黒ずくめの男が3人。ジャンの頭に紙袋のようなものを被せている。
「ちょ、ちょっと、師匠。見てください。意地を張ってないで見てください!!大変ですよ。攫われそうになってます!」
ようやくリサを振り向かせると、手早い三人は既にジャンを完全に拘束し、担ぎ上げ、近くに停めたエンジンのかかったワンボックスカーに押し込もうとしているところだった。
「待て!!」
慌てて追いかけようとするが、時すでに遅し。彼らはジャンと一緒にクルマに乗り込むと、あっという間に走り去っていた。
「裏切者が、手間をかけさせやがって……」
黒ずくめのうち誰が発したのかわからない。そんな小さなつぶやきだけが、わずかに耳に残った。




