第36話 どうやって仲良しに?
年が明けて1月も末。この日は土曜日。僕は、いつものようにマリアちゃんを連れて岡崎道場へ稽古に来ていた。
道場は寒いけど、稽古終わりの火照った体にはちょうどいい。
この後は、岡崎家でご飯をご馳走になる予定。今日はすき焼きって聞いてるし、楽しみだな~。
そんな僕の稽古終わりの爽快感は、「一郎、また彼が来てるよ」という佐那の一言で一気に重くなった。
『彼』とは、リサの元婚約者のジャンのことだ。
ジャンには、既に昨年のうちにリサの回答をはっきり伝えた。
リサが、ローデシア王国へ帰ったらマリアちゃんに危険があるから応じられないと言っていると話したら、意外にもジャンは素直にうなずいた。
「僕もそう思う。殿下の安全のためにはそれが一番だろう。さすがリサ。むしろ、もしリサがローデシア王国へ帰ろうと言い出したら、僕が説得して止めるつもりだったんだ」
「じゃあ、なんでリサ師匠に会おうとしたんですか?」
「ああ、それはね……。おそらく、僕は、ローザマリア殿下とリサを連れ帰れなかった責任をとらされるだろう。だから、その前に一度だけでも婚約者であるリサと話したくてね……これは僕の未練かな」
「そうだったんですか……」
僕は遠い目をしながら淡々と話すジャンの様子に心打たれた。この人はもう死を覚悟している。その前に最後に一度だけでも愛しい人に会いたいと思ってここに来ている。
マリアちゃんとリサを帰国させることには応じられない。でも、この最期の望みだけはかなえてあげたい。気づくと僕の口からこんな言葉が出ていた。
「わかりました。リサ師匠と話ができるよう取り計らいます!!」
「本当かい!ありがとう、ボーイ。恩に着るよ。ありがとう、ありがとう……」
僕の手を握り、涙を流して感謝するジャンの様子を見て、良いことをしたと思った。この時だけは……。
だけど、僕はすぐに安請け合いしたことを後悔することになる。
「私は絶対にジャンには会わない!!」
リサは頑固だった。一度だけでいいから……喫茶店で少しの時間、話すだけでもいいから……せめて立ち話でも……どれだけ言ってもリサは首を縦に振ってくれなかった。
しかもジャンの方もあきらめてくれない。リサに一目会うまでは死ねないと言って、住み込みの仕事を見つけて、そのまま僕たちの街に居残った。それで暇さえあれば岡崎道場に来ては、いつリサに会えるのかと矢の催促をしてくる。
そんなこんなで、リサとジャンの間に入っている僕は板挟みに苦しんでいるわけである。
◇
ダイニングに行くと、既にジャンが席に着いて待っていた。
登場時こそ道場破りのような真似をしたけど、実は好青年だったジャンは、頻繁に岡崎家に顔を出し、気を利かせて、やれお土産を持って来たり、あれこれ手伝いなどをしているうちに、岡崎先生や佐那の両親にも気に入られ、今では一緒に夕食を囲む関係にまでになっている。
「やあ、ボーイ!!久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「一昨日も会いましたよ……」
「そうだったかな?いや、愛しいリサにいつ会えるのかと思うと一日千秋のように感じてしまうからかな~、ハハッ……」
ジャンははっきりとは言わない。だけど、こうやって遠回しに催促してくる。
「すみません。まだリサ師匠が了解してくれなくて……」
「いいんだよ。ボーイ。僕はリサのことだったらいつまでも待てるから。それに君には期待してるからね。貴族として一度した約束は必ず守ってくれるって」
ジャンに向けられたキラキラした瞳が眩し過ぎて、思わず顔を背ける。ちょうどそこにいた佐那と目が合った。
「一郎、今日はメロンもあるからね。しかもマスクメロン!!ご飯の後に切るわね」
「ほんと?やった~!!」
思わず万歳。大好物の丸ごとのメロンを切ってもらうなんて、いつ以来だろう!
しかし、佐那の次の言葉に世の中はそんなに甘くないと知ることになる。
「ジャンさんが、給料日だからって買って来てくれたの。ありがとう、ジャンさん!」
「いえいえ、お世話になってますから。岡崎家の皆さんも……それに一郎くんにも、ねっ!」
ジャンさんが僕にウィンクしてきて、思わずごはんを吐き出しそうになった。こうやって少しずつ逃げ道が塞がれていくのか……。
マリアちゃんの方を見て助けを求めようとしたけど、彼女は我関せずのすまし顔でお茶を飲んでいる。
いや、表情だけではない。実は「マリアとジャンのことは二人のこと。わたしは口を出さない」とはっきり言われている。王としては、家臣の間のいざこざに関わらないのは正しい姿勢なんだろうけど……。
僕はどうしたらいい?
子どものような恋愛しかしてこなかった僕にはどうしたらいいかまったくわかんない。
その日食べたすき焼きも、デザートに出てきたメロンも、大好物なのにまったく味がしなかった。




